第20話 魔王の屋敷の風の執事
王都ミズリー南のベルト山脈、その中腹に突如して瘴気が湧き、ダンジョンが出現した。
ダンジョンの出現は付近の魔物を狂魔化させ、ミズリーに雪崩れ込もうといていた。
国王ローレンスの耳にそれが入ったのは辺りが暗くなり始めた夕方の事だった。
「ロダン! 状況はどうか!」
「はっ! 魔物の数、種族共に不明、まだ進行は確認されていませんが、始まれば2日後にはここミズリーにが戦場になるかと」
「リカード! 近衛以外の指揮は任せる、衛兵隊も使い王都に魔物どもを入れるな!」
「はっ!」
「第一近衛騎士団は西の、第三近衛騎士団は東の町や村に走り、警告を促せ! 避難は現地の者に任せ、直ぐに戻って来い!」
「「はっ!」」
「あ、お待ちください! それでは近衛が!」
ロダンが口を挟むがローレンスの怒号は続く。
「かまわん! 直ぐにフランクリンとトゥカーナを呼べ! ロダン! ギルドとも情報共有し、連携を要請しろ!」
「は、はっ!」
——魔物の溢れる周期が早い……、まさか、あの国が言う様に魔王が……、いや、今は情報だ!
「
城内は
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西にある森の林道を王都ミズリーを目指す幌付きの荷馬車が1台。
荷車には少量の荷物と冒険者さしき者たちが乗っている。
「助かったよ、まさかミズリーに向かう馬車にでくわすなんて本当運が良かった、俺はトラヴィス、このパーティーのリーダーをしている」
20歳過ぎの青年が馬車の荷車から御者に向かい言う。
「いや、ウチも大した量は積んでねぇし、タダで護衛をしてくれる奴は何時でも大歓迎さ、俺は流しの行商人でノグレーってんだ」
40歳前後の男、御者をしているノグレーは荷馬車に振り返り答える。
荷馬車にはトラヴィスと名乗った男を含め5人の男が乗ってた。その全員が剣を携えている。
「珍しいなみんな剣士さんかい?」
ノグレーの言葉に、ハッとした様子でトラヴィスが答える。
「あ、ああ、同じ門下の仲間でね、まっ、とは言っても臨時でね。ミズリーまでか、ファストーロのヴェノーヴァか、バトリンまで足を伸ばすか、まあ、どっかで解散さ、剣士、しかもヤローだけのパーティーなんて、つまらないだろ?」
同じ門下という割には歳はマチマチで、トラヴィスが一番若く見える。
「はははっ、そら、つまらんな。まあ、タダで護衛してもらうってのもなんだし、この出会いと新しい門出に一杯奢るぜ! 売りもんだったんだが……、ブラッチョの12年物あけちまうか!」
「マジかよ! 良いのか?!」
「おいおい、ブラッチョなんてかけちまって良いのかよ!」
「良いですねぇ、ブラッチョなんて何年ぶりでしょう」
「ああ! そこの木箱ん中だ、コップはキャンプ用で悪いが、そっちの麻袋に入ってる」
男たちは思わぬノグレーの振る舞いに歓喜し、酒盛りの準備をするが……。
よからぬ気配を感じたトラヴィスが口を挟む。
「……ノグレーさん……、ごめん、ブラッチョはキャンセルみたいだ」
トラヴィスの言葉に男たちは気配に気がつき、剣を手にする。
程なく、道の真ん中に大木が横に倒され馬が止まり、5人の冒険者たちは荷車から降りると馬車を囲む様に陣取った。
「ちっ、囲まれたか……」
ノグレーも異変に気がつき腰のナイフに手をかける。
馬車が止まるのを待っていたかの様にゾロゾロと出てくる黒いローブに白い仮面を付けた者たち。
その者たちの風貌にノグレーはボソリと言葉を漏らす。
「盗賊……、じゃねぇな」
「ちっ、ノグレーさん巻き込んじゃって悪いね、俺らの客人の様だ、道を作るから気にせず馬車を走らせ、行ってくれ」
「コイツら知ってるのか? なんなんだよ」
「ノグレーさんは知らない方が良い、迷わず言ってくれ」
トラヴィスが深妙な評価でそう言うと、ノグレーは静かに頷く。
ほんのりと赤みがかった剣を、横になる大木の前で上段に構えるトラヴィス。
『破斬!!』
それを振り下ろすと大木は木端とり、同時に砂埃の様なものが巻き上がる。
「ノグレーさん! 行ってくれ!!」
ノグレーはトラヴィスに頷き、荷馬車を走らせた。
◆◇
5人の剣を携えた冒険者たちは10数人の集団に囲まれている。
「へぇ、荷馬車は逃してくれるんだぁ、俺たちも見逃してくれると有り難いんだけどね」
トラヴィスがそう言うと細身の剣を持った仮面の男がトラヴィスの前に出る。
「貴方方を見逃すとでも?」
「あら、バレちゃってるんだ」
トラヴィスは徐に細身の剣を持った者に向かい剣を構える。
「逆に、バレてないと思っていた貴方方に驚きですね」
細身の剣を持った者はそう言った瞬間、その姿は、トラヴィスの目の前にあり、その剣をふる。
辛うじて
「マ、マジかよっ」
距離を空け剣を両手で構えたトラヴィスは細身の剣を持つ者に剣先を向ける。そんな中「ぐあっ!」っと、別の方角から悲鳴が聞こえる。
「ストラス! 2人やられた。コイツら恐ろしく強いぞ」
冒険者の1人が仮面の者たちと何合か剣を交え、トラヴィスに背を向けたまま言う。その男の近くには既に事切れたと思われる2人の冒険者が転がっていた。
「ごめん、こっちも結構ヤバイわ」
弱音をはくトラヴィスの前には、先程、細身の剣を持っていた者の姿、いつの間にか両手に一本ずつ細身の剣が握られている。
「おい、まさかそいつ……、カルディナ教団の……」
「だね、細身の剣の双剣、間違いないと思うよ」
「風の執事ゼス……」
「ほう、私をご存知とは流石は聖教の聖騎士と言った所でしょうか。ですがまだお若い。
私どもとしましては、そこに転がっている者たちで十分、このまま引き下がるのであれば追うなど言う野暮な事は致しませんが、いかがかな?」
ゼスは両手に握られている剣をフッと消し、両手に何も持っていない事を知らせる為か手の平をトラヴィスに見せ言った。
「その者たちをどうするつもりですか、聖教を敵に回すと厄介ですよ?」
「そうだ! 目的はなんだ! 貴様らただではすまんぞ!」
「この状況で何故貴方方は、そんなにも息巻いているのでしょう? 理解に苦しみますね。
貴方方、聖騎士が公にではなく、このアルカーナ大陸にいる事、それこそが問題であり、我々が動く理由。
ご存知でしょ? 聖教がこの大陸において、布教活動をする事への条件……、権力、勢力の不介入。
それが少数と言えど聖教の主力たる貴方方が、アルカーナでしかも身分を偽り活動し、戦闘を行ったのです。
聖教を敵に回す? 目的はなんだ?
逆、逆ですよ、聖教がアルカーナ大陸全土を敵に回す目的とはなんでしょう……。
まあ、理由は戦争しか考えられませんよね?」
ゼスの言葉にトラヴィスを含めた聖騎士たちは驚きの表情を見せる。
トラヴィスはゼスの思惑を理解したのか大声をあげ、2人の男に指示を出す。
「モーガン、フォーキー! 2人の死体を燃やせ! 跡形もなくだ!」
「フォーキー!」
モーガンと呼ばれた体格の良い男は前に出ると腹面の者らを警戒し、声を荒げるとフォーキーに目線を送る。
フォーキーもモーガンの意図を理解した。
直ぐに何かを取り出し死体に投げこむフォーキー、それは着弾と同時に辺りを燃やす。
トラヴィスは安堵な表情を見せるが、直ぐにそれは消えた。
ゼスの表情が微動だにしなかったから、更に死体をその炎から守る魔法による結界を目にしたからだった。
「貴様らカルディナ教団は何がしたいんだ! また戦争が始まれば、今度こそ世界が滅ぶかも知れないのだぞ!!」
「はあ、そのカルディナ教団と言うの、やめて貰えないですかね。我々はカルディナ教団や魔王教など、巷で呼ばれているそれを名乗った事など一度も無いのですが。
確かに頭の弱いお館様が『魔王の屋敷』などと言う馬鹿げたネーミングの組織を作りましたが、それは聖教のアルカーナ大陸進出を懸念しての、いわばシャレの様な物。
しかし、聖教など、今はどうでも良いのです、我々が最も懸念しているのは、その裏で暗躍する闇の組織。
そしてそこに転がっている2人は、闇の組織『アムサドー』に属している者たち、貴方方もご存知のはずですよね?」
トラヴィスは時が止まったかの様に動きを止め、ゼスの話を聞き込む。
「何がしたいとのご指摘がありましたが、我々は特に……、強いて言うならば真実を世に知らしめる、と言う事でしょうか。
戦争を望んでいる訳ではありません。しかし、戦争を望んでいる者があれば、それを世間に知らしめる……、その2人はその証拠の1つであるとのご理解してください」
「なっ! テメー!聖教が戦争を望んでいるとでも言うのか!」
「はい、そう言いました、見るに多くを知っている訳ではない様ですが、少し考えればわかる事です。
聖騎士がアルカーナ大陸で活動する事だけでも火種になりうるのですよ? しかも、ベルト山脈での異変が確認され間もなくです。
それでは、教えていただきましょうか、貴方方の目的を」
トラヴィスたちは警戒を少し緩め体の硬直を解く、男たちは理解していた、十数人いる腹面の者たち一人一人が自分たちよりも実力者である事、戦うどころか逃げる事もままならい事に。
数泊の後トラヴィスが口を開く。
「我々がそれを答えなければ、この状況を証拠と共にアルカーナの国々に伝える……、貴方はそう我々を脅していると言う事ですね」
「いいえ、貴方方の言動で公にしない選択肢はありませんよ、この事は間違いなく国々に伝えるでしょう。
貴方方の言動は、そうですね……、聖教の総意か総意でないか、その材料にすぎません。
勘違いされては困ります、貴方方が答えないのであれば、そう言う議論すら行われない様に伝える、そう言う脅しですね。
先程も言いましたが、今の我々の目的は聖教の裏で暗躍する者たち、聖教の行く末などの興味は今の所ないのですよ。
そう、文字通り聖教があろうが、なくなろうがね」
トラヴィスは雑に頭をかくと諦めの表情を浮かべる。
「参ったな、八方塞がりか……、でも答える事は出来ない、クソみたいな依頼だが俺が答えると迷惑をかける人もいるかも知れないしな」
「そうでございますか、では早々にお引き取りを」
「は? 俺たちを生かして返すのか?」
冒険者風の男たち3人は驚きにも似た表情を見せる。
「死にたいのですか?」
「いや、生かして返すメリットがないだろ」
「では貴方方を殺すと、我々にどんなメリットがあるのでしょう? そんな事でいちいち殺していては、そこら中死体の山ですよ。
聖騎士の方がその様な考えを持っておられるとは世も末でございますね。
早々にお帰り下さい。くれぐれも、こちらでの活動はせぬ様、それでは失礼致します」
腹面の者たちはゼスのその言葉に2人の亡骸と共に1人、1人とその場から気配が消えていく。
ゼスも男たちに背を向け森へと歩みを進める。
「ロンフェロー公国、王都ミズリー在住、オースナー男爵家の双子、2人の保護。
負の眷属に関わる極秘事項との事だ、どこまで本当かは知らないが、抵抗されたとしても必ず遂行する事。それが依頼内容だ、依頼主は言えないが
ゼスはトラヴィスたちの方へ振り向き、丁重にお辞儀をすると森へと消えた。
「ストラス……、これからどうするつもりだ」
死をも覚悟していた3人は何とも言えぬ脱力感を感じていた。
「どうするって……、戻るしかないだろ……」
3人は来た道を戻ろうとした時、禍々しい何かが目の前に現れる。
「困りますねぇストラスさん、依頼はきちんと遂行してもらわなくては」
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