第19話 双子と執事らしき人物の来訪
私はルーク・クラリス、トゥカーナ家へやって来て、そろそろ1年が経ちます。
今、この上ない幸せの真っ只中におります。
リラお嬢様を城へ送り届けると、私1人、メアリーさんが学び場からお帰りになられればメアリーさんと2人っきり。
トゥカーナ家への客人は月に何度か、孤児院長のフレア様がちょいちょい訪ねて来ますが、私の執事としての仕事は殆どありません。
そう、私は今、とても幸せなのです。
「ルーク様ぁ、そろそろリラ様のお迎えの時間ですよ」
「あ、はい、行って参ります」
やあ、今日も癒されました。これでリラお嬢様のお相手も頑張れます。
いざ行こう! 悪魔もとい、リラお嬢様の元へ!
城に着き待っていると、ティファランス殿下の治療を終えたリラ様が、ミッシェル嬢に連れられやって来ます。
あの言動がなければ、私が出会った数多の令嬢の中でも5本の指に入るほど、可愛らしいお方なのですが……。
帰り道、馬車を進める事、数分、リラお嬢様は馬車の中で爆睡されます、ティファレンス殿下の治療はやはり、かなりの負担なのでしょうか。少々心配です。
「ただいま〜」
「お帰りなさいリラ様!」
やはり、この家はホッとします。私もこんな家庭を築きたいものですね。
「ただいまメアリーさん」
「お疲れ様でしたルーク様」
挨拶を終えるとメアリーさんがお客様が来ている事を告げてきます。
お客様はオースナー男爵家の方々、明日来るとは聞いていたのですが、どう言う事なのでしょうか。
メアリーさんに案内され客間に行くと見知る2人の
「失礼致します、家長の娘、リラ・トゥカーナと申します。
あっ、アラン、ミラン、こんばんわ、今日はどうしたの?」
ミラ様もヴァン様もおりません、今はリラお嬢様がこの屋敷の責任者。そのリラお嬢様が挨拶された時、使用人は口を挟まず深々とお辞儀をするのが鉄則、私とメアリーは深々とお辞儀をします。
「リラお嬢様、この度、こちらの屋敷でご奉公させて頂くこととなりましたアランと申します」
「リラお嬢様、同じく、今日よりこちらのお屋敷でご奉仕させて頂く事になりましたミランと申します」
「……ど、どう言う事でしょう……?」
リラお嬢様が困惑しました、それは当然の事、今日の夜、ミラ様から説明する事になっておりました。
私はその事を説明しようと前にでます。
しかし、それを阻むかの様に、オースナー家の執事であろう人物が話を始めました。
「ルーク様、私からご説明致します。
先日家長であるミラ様に面談させて頂き、アラン、ミランの両名を召使いとして雇って頂く事になりました」
「召使い?」
私の名前……、当家の下調べは済ませている様です。
しかし、リラお嬢様が疑問をぶつけた様に、私も召使いと言う言葉に引っ掛かりを覚えました。
「はい、アランとミランは当オースナー男爵家より、既に離縁しておりますので、身分は平民、召使いとして貴族の屋敷に奉公するのは当然の事。
当家と致しましても出家され奉公する方を見つけられた事、非常に喜んでいる所で御座います」
なるほど、ギルマルキンの報復を恐れ、勘当、又は、領地からの追放と言った所でしょうか。
私は少々不快な思いを抱きました……、が、ま、まずいです! リラお嬢様も不快を抱いたご様子です!
「わかりました、ルーク書類を」
「はい、ただいま」
私はリラお嬢様の言葉に書類を急いで持って帰ると、立たされていた
程なくメアリーさんがお茶を持ってくると、「もう、この子らは平民ですからお構いなく」と執事として、あるまじき言葉発しました。
そして、私が書類を手渡すと兄妹の前にそれを置き、リラお嬢様はこう言います。
「アラン、ミラン、ここが名前を書く欄です、そして、ここが家名……。
家名を書かずに当家が採用の印を押してしまうと貴方方は名実共に平民となります。良く考えて書きなさい」
アランとミランの手が止まらました、無理もありません。それは今まで育った家との決別を意味します。
「書いてはいけません! 貴方達は既に離縁をしたのです」
執事らしき人物がそう言うと、リラお嬢様は確信した様なお顔を見せます……、こう言う所、何処で覚えたのでしょう、本当にあざといです。
執事らしき人物の言葉を聞いた、アランとミランは筆を進め、リラお嬢様に手渡します。
「良いのですね?」
静かに2人に告げるリラお嬢様、2人は頷き、執事らしき人物は、「問題ありません」と満足げに言います。
「ルーク印を」
そして、リラお嬢様が2枚の書類に印を押した瞬間、リラがニヤリと……。
そうです、あの顔をなされたと言う事は……、お仕置きタイムの始まりです。
しかし、今回は少し「やってやれ!」と思ってしまう自分がいました。
執事としての言動、目に余ります。
「では、今をもって、アランとミランは当家の召使いとなりました。
間違い無いですか? 無いですよね?」
何が始まるのでしょう、ワクワクしますね、始まりますよね? 私も思考を巡らせます。ですが、今回は他家の家の問題、当家が関わる事は出来ません。
「間違いございません、これで当家も……」
「では、今よりアランとミランを当家の上級使用人見習いといたします」
「な、何ですと!」
「アランは今より執事見習い、ミランは侍女見習いとします、ルーク、貴方は執事としてアランとミラン面倒を見なさい、メアリー、貴女も今日からメイドとします、ルークに色々教わりなさい」
なるほど、そう言う事ですか。 私も召使いと言う事に疑問を感じていました。きっとこう言う事でしょう。
オースナー男爵家には御子息が4人、令嬢が3人おりますが、誰一人として社会に出ていない、次期当主となる者も、まだ運営には携わっていないでしょう。
もし、出ているのであれば、召使いにこだわる必要何でありません。
下級貴族の子供達にとって他家への奉公、使用人として雇われたのならばそれは、喜ばしい事。
更にいきなり上級使用人見習いともなれば、それは家の誇りにもなり得る。
当然、残された兄弟たちだ、当然それと比べられ、そして、家長の見る目を疑われる。家の不評はまぬがれません。
流石はリラお嬢様、相手の傷口を瞬時に見抜き、そこを
「「はい」」
私は、満足げに、メアリーさんは目を輝かせながら返事をします。
アランとミランもキツネに摘まれた様な顔をしていますが、当然でしょう。
そして、執事らしき人物がとんでもない事を言い出します。
「待ちなさい! 家長でも無い貴女にそんな権限はない!」
当然、リラお嬢様がこれに食いつかない訳がございません。
そうです、執事らしき人物は、やってしまったのです。
「権限がない? いつから? そもそも我が家のルールを貴方がいつ知ったのです?」
執事らしき人物は、ぐうの音も出ません。
想定外の事が起きてパニクってるご様子、面白いですねぇ、笑えますねぇ、昔の私を見ている様です。
「まあ、そんな事よりも一般常識のお話をしましょうか、ルーク、召使いを指導するにあたり、初めに教えるのは何かしら?」
え?……、私? こ、この流れ、最近……、な、何故そんな事を私に……?
「め、召使いの指導でございますか?」
「そうよ、一番最初」
皆さんは疑問符を頭に乗せ、視線を私に注ぎます。
「は、はい、召使いとならばお客様への対応をする事が想定されます、ですので先ずは、召使い見習いとして雇い入れ、良く来られる方のお名前、お名前の発音などを覚えさせ、挨拶、最低限のマナーを指導します。
それらを完全に……」
「もう良いわ、では下僕には初めに何を教えますか?」
え? 私は何をさせられているのでしょ……!!!。
私の脳裏に恐ろしい未来が見えてしまいました。
この
これはダメです! こんな事をされたら執事として立ち直れません! 執事とは使用人ので最高位の職。
リラお嬢様、それだけはやめてあげて下さい!
「リ、リラお嬢様、その辺で……」
リラお嬢様はこんな私の言葉で止まる事はあり得ません。
おい! 早く気づけよ! 執事のよしみで時間を稼いでやってるんだぞ! もって1分ほど、それまでに!
「ルーク、私は下僕には初めに何を教えるのか聞きました」
私の背中にゾクゾクっと何が走ります。
はい! よろこんで!!
「下僕は初め、下僕見習いと言う形で雇い入れます、下僕見習いは、客人に会う事を許されません、まずは裏場の掃除などを教えつつ、空いている時間でマナーを指導します、特にお辞儀は念入りに致します。
最低限のマナーを覚えさせた後、下僕となります。下僕となった後に……」
「もう良いわ、で? このお方は誰?」
リラお嬢様は執事らしき人物に目線を向けます。
そんな言葉と目線に、ハッとしたのか執事らしき人物が声を上げます。
「まっ、わ、私は……」
ハッキリ申し上げて、もう遅いです。私は2秒ほどもリラお嬢様を止めて差し上げました。同情の余地はありません。
「失礼しました、きっと私が聞いていなかったのでしょう、ルーク、このお方は誰なの!?」
「オースナー男爵家の者としか……」
実際私もこの方のお名前を知りません、ミラ様がオースナー家と書簡でやり取りをしていたのは存じておりました。
明日、お見えになる事も知っておりました。
この者はわざとミラ様が不在を狙い訪問して来たのでしょう、リラお嬢様ならば自らの思惑を通せると……、甘いです、甘々です。
「オースナー男爵家は下僕以下の者を使者として当家に、更に、当家の方針に口を挟んで来た、と、そうですか、当家も舐められたものですね。
ルーク、この者を摘み出せ! オースナー男爵家にも正式に抗議を!」
他家への訪問に執事をよこすのは本当であれば最大の敬意、それはその家で最高の品位を持ち合わせる者に他ありません。
それを無礼を理由に追い出される……、地獄です。いえ、執事にとって
当然、執事らしき人物は、引き下がりません。最低でも「不快な思いをさせてしまいました」と家長に報告出来るくらいには挽回したい所ですが……、このお方には無理そうです。
「ま、待ちなさい! 良いのですか!? 私はオースナー男爵家を代表して来ているのですよ! そちらこそ無礼だ!
そもそも召使いと使用人では給金が全く違う! 家の金をさも自分の金の様に、常識が無いにも程がある!」
そう、このお方は絶対に言ってはならないタブーを犯したのです。
「まあ、貴方に言う事ではないのですが……、誰が家のお金で給金を払うと申しました?」
そうです、リラお嬢様は今やお金持ち、
「はあ? では貴様が払うとでも? 貴様の様な小娘が? 馬鹿も休み休み言いなさい!」
も、もうやめて、未来は覆らないのです……、どうしてでしょう、涙が出て来そうです。
私の心情を例えるならば、助けなど皆無、出られぬ釜に入れられたゴブリン、と言った所でしょうか、しかもリラお嬢様はいつでも釜の下に火を起こせる状態。
そう、貴方は詰んでいます。
「当然、私が払いますよ。催促はしたくありませんでしたが、ルーク、先方に振り込みを急がせて頂戴」
「もう、前金の振り込みは確認しております」
「おっ、早いな、じゃあ、アランとミランの給金は私の口座から行って、あっ、それと孤児院の掃除道具がもう疲れていたわね、良いのを
「はい、かしこまりました」
私たちのやり取りに、執事らしき人物は固まってしまいました。まあ、それは仕方がない事。
しかし、それは最悪では無いのです、リラお嬢様も大人になられたのですね。リラお嬢様の雇い主が国王であると知る事になれば、貴方だけの問題ではかくなってしまいます。
リラお嬢様の優しさに感謝するのだな。
「では、お引き取りを」
もうかなり手遅れですが、これ以上はこちらも見てられません。
私は優しく執事らしき人物を玄関へと促しました。
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