第16話 黒猫のリラ

 家から帰る途中、案の定母様に大目玉を食らい、そして、ルークは魂が抜けた様な様子で……、そちらも含め私は深く反省した。


 重たい空気を抱えつつ馬車は夕焼けに照らされ走る。


 家に着く頃にはそんな重たい空気も薄まり、メアリーの顔を見て、あぁ〜我が家に帰ってきたと実感する。


 ——しかし! 私には仕事がまだ残っている! そう、だ。


 『タペタムGO』と『唸れ私のデコニックパワー』……。


 さて、当然まずはタペタムGOから!


 ……。

  

 ——ん? これ……、どうやって使うの?


 そんな事を思っていた瞬間、私の頭に文字が浮かんでくる。


 《タペタムGOと唱える》


 ——これ……、言わないとダメ……?


 「えーっと、タペタムGO」


 私は皆に気が付かれぬ様、静かな声で唱えてみた。


 ……。


 《注:ケットシーが召喚されていません》


 ……。


 ——ほほう、また仕様か!!


 私はトトを召喚し、タペタムGOを発動する。


 「タペタムGO」


 すると、視線が低く、そして目の前には小さな脚、見上げ見ると……。


 ——わ! わたし!! 


 本体の視線も……。


 ——きもちわりぃーー! こ、これは慣れが必要だ……。


 そんなこんな格闘していると新たに文字が現れる。


 『タペタム:ケットシー』

 『ブレス:ケットシー』

 『身体強化:ケットシー』

 『意志の弓』


 ——え!? ここに来ていっぱい! それにブレスって!


 私はタペタムGOを解除し、今出て来た諸々と向き合う。


 ——意志の弓しかない? って事は語尾にケットシーって付いてるのはケットシーの能力? タペタムGOでトトの視界と違ってる時にしか見えないっ……と。

 ふぅ、私がブレスを吐ける様になったのかと思ったよ……、出来たらもう魔王とかそんな話じゃなくなってた所だ……。

 まあ、兎に角、研究するモノが一気に増えたのは間違いない……。


 私はタペタムGOの研究に戻った。

 タペタムGOの能力によるものなのか、トトたちからの意志もはっきりと理解でき、前の念話もどきとは比べ物にならない。


 それに、この視界、これは使える……。

 

 ——覗きたい放題じゃないか!! ふむふむ、これならアレも出来るし、これも……、あっ! アレだって! タペタムGOマジ神!

 ちょっとアンバランスだけど少し練習すれば二本足でも歩けそうだしね! 

 ん? あれ? 普通に思い通りにトト動いてくれるけど……、まあ、今度……、会えたらに聞くとして、今は、そう言う仕様だと思う様にしよう……。


 

 リラは夕飯を済ませ、早めに寝床に入る。

 明日、ミラと一緒に登城し、ティファの治療をする事になっている、その為に早く寝床に入った……、のではなく、タペタムGOを使用、トトを使い夜間散策をする為である。


 ——やべぇ、やべぇよ! 楽しいよ! こんな時間に散歩なんて初めてだよぉー! それに夜なのにハッキリと見える! 


 リラはトトの身体を自由に操り二足歩行で街を散策する。

  

 南区の商店街、商店は閉まっているものの飲食店には灯りが残り、賑わっている。

 そんな道を歩いていると、突如、店から出てきた酔っ払った中年の男と目が合う。


 「あぁ? なんだコイツ、ちっ、飲み過ぎたか、二本足で歩く猫が見えらぁ」


 「酒クセェな、こっち来んなよ」


 しゃがみ、黒猫を見ながら話す男、その男に嫌悪感を示す、二本足で立つ黒猫、見つめ合う事、数秒。


 「「……」」


 「「え?」」


 男は喋る黒猫を目の当たりにし驚き、黒猫もまた同じ理由で驚いた。

 男は出て来た店に急いだ様子で戻ると大声を上げる。


 「お、おい! 二本足で歩く、ね、猫が喋った!!」


 店の中では幾人もの大きな笑い声が響き、男が再度黒猫を確認しようとするも、もう黒猫の姿はなかった。


 

 ——ふぃ〜、危なかった、この状態で喋る事が出来るとは……。

 あっ、子トトでも出来るのか!?


 私はゼロ・フィールド要員としてティファの所に残して来た、3匹の子トトを除いた105匹の子トトを呼び出し色々と検証した。


 そして、視覚や聴覚などは、共有する事は出来るものの、トトの様に自由に行動したり、喋ったりする事は出来ない事を知った。


◆◇


 ちょっと夜更かしをした、リラの目覚めは悪かった。


 「リラちゃん、大丈夫? 王城に行く時間だけど行ける?」


 母様の声で目が覚める、ロザリーが何度も起こしに来たらしいが記憶にない。

 どうも昨日の治療行為で疲れているのだと思っているらしい……、私は「大丈夫です、行けます!」と言いながら、母様の思い込みに乗った。


 ——ごめんティファ、でも夜中の散歩が楽しすぎて夜更かしした、なんて言えない……。


 

 母様、ロザリー、そして私、今日は3人で馬車にやられ王城に向かう。

 昨日よりは少し少ないものの、城下には多くの豪華な馬車が行き交っている。


 王城に着くと10代半ばの1人女性が声をかけて来る。


 「おはようございます、お待ちしておりました、わたくしティファレンス王女殿下の侍女として務める事となりました、リンシー・ドゥーレと申します」


 「おお、それではドゥーレ侯爵様の、私は第四近衛騎士所属、ミラ・トゥカーナと申します」

 「従者のロザリーです」


 母様の言動から良い所のお嬢様である事を理解した私は母様とロザリーに続き挨拶をする。


 「ミラの娘、リラと申します」


 リラは、公式の場でない事もあり軽く頭を下げて直ると、そこで憎悪に満ちた視線を一瞬感じる。


 「では、貴方様がオーガトロールを単独で退けたと言う……、父、ヴァーリンとは面識があったのですね、失礼ですが私もお会いした事が?」


 「また、昔の事を良くご存知ですね、もう10年以上前の話です、ヴァーリン殿とは共に魔物闘技の代表になった事があってね、シンリー様とは今日が初めてかと思います」

 

 「まあ、では父もあの大会に出場していたのですか! 初耳です」


 「優勝出来なかった事を悔いていらっしゃいましたから、言えなかったのかも知れません」


 「ミラ様、お時間が」


 話の節目を狙っていたかの様にロザリーが会話に割って入る、時間には余裕があったのだが、ドゥーレ侯爵には、反王族派である多くの貴族との癒着が噂となっていたからだ。


 ロザリーは優れた従者である、独自のルートにより、それは噂では無く、真実だと言う事を調べ上げていた。


 「お時間取らせてしまいました、ではリラ様、ティファレンス王女殿下のもとへご案内致します。

 ミラ様にお付き方、出来れば今度ゆっくりと」


◆◇


 私、はシンリーの案内でティファの部屋へと向かう。

 城内の1階は出勤時間と言う事もあり、多くの人が行き交う。

 そして、大きな扉の前に立つと静かに扉が開く。

 中では10数人の使用人が列をなし、昨日、王の居室で見た国王の後ろにいたオッサンが列の奥、真ん中に立っていた。


 「リラ様、お待ちしておりました。

 ティファレンス王女殿下がお待ちです。どうか、ゆっくりなさって行って下さい」


 ロダンは丁重にリラを向かい入れる。


 昨日、母様から話を聞いている。

 治療の事、魔法の事などは伏せ、私はティファの唯一無二の友人と言う設定で毎日、登城する事になっている、きっと知っているのは、このオッサンだけだろう。


 私としても魔法の事など言いふらすつもりも無いし、出来る事なら、みんなの記憶を操作したいぐらいなのだ。

 当然、余計な事は言わず、普通に挨拶をしようとした。


 「何故!! この様な子供に宰相様がお出迎えなさるのですか!」


 ——び、びっくりした! テメー! 急に大声出すなや!


 私が挨拶する前にリンシーが声を荒げる。

 そして、少しの沈黙の後、宰相様と呼ばれたオッサンが口を開く。


 「……はぁ、ミッシェル、リラ様をご案内しなさい、先程も話ましたが、リラ様はティファレンス王女殿下の真のご友人、客人として迎えなさい。

 無礼は許しません、わかりましたね」


 「はい、リラ様、ご案内いたします」


 ——……あの……、凄い嫌な空気なんですけど……、シンリー、めっちゃ睨んで来てるんですけど、もっとやんわりお願いしますよ……。

 

 私は軽くお辞儀をして、新たなる案内人、ミッシェルさんに付いて行く。




 リラの姿が見えなくなると、ロダンが、両サイドの男女に声をかける。


 「ドレイス、クロエ、今いない者たちにも徹底させない」


 「「はい、申し訳ございません」」


 「ちょっ、ちょっと待って下さい! り、理由を、理由をお聞かせ下さい!」


 納得がいかないリンシーは再度、ロダンに声を荒げるがロダンはドレイス、クロエに目を向ける。

 クロエがリンシーに話をするがリンシーは一向に引こうとしない。

 クロエは上司だが伯爵家、シンリーは侯爵家、ここロンフェロー公国でも貴族至上主義の貴族は多く、特に社会に出立ての若い貴族には顕著けんちょに出た。

 

 「はぁ、ドゥーレ侯爵家の教育はどうなっているんだ……、クロエ、リンシー嬢は、侯爵令嬢でいたいらしい、退職の手続きをして差し上げなさい、私の名で受理しよう」


 「は、はい、かしこまりました」


 「ちょっ、私は辞めない、辞める訳にはいかないの!!」


◆◇


 リラはミッシェルの案内でティファレンスの部屋の前に来ていた。


 コンコン。


 「失礼します、リラ様をと連れしました」


 ミッシェルが言うと、出て来たのは2人の王子、ランスロットとアルフレッドだった。

 ミッシェルは2人の王子の登場により動きも表情も止める。


 「やあ、リラ、いらっしゃい」

 「おはよう……、リ、リラ」

 

 「おはようございます、王子様方」


 リラは、2人の王子に挨拶すると、固まっているミッシェルを見る。


 ——んー、ミッシェルさんも多分、貴族の令嬢さんだよね……、あのオッサン最悪な空気にしてくれたし、ちょっと挽回しときますか。


 「ミッシェル様、ご案内ありがとうございました」


 ミッシェルさんは、この日から私の案内担当になった。


 部屋に入ると、昨日よりも顔色の良いティファが笑みを浮かべ待っていた。

 子トトたち3匹もティファに懐いている。


 「リラ様、おはようございます、今日も宜しくお願い致します」


 「おはようティファ、それはそうと様とか敬語とか、やめて、こうゾワゾワしちゃうから」


 ——王女様から、様付けされると流石の私だってゾワゾワしちゃうよ、まっ、ルークはウチの執事だし、初めは知らなかったしノーカンで!


 「それはダメです、リラ様は私の先生何ですから!」


 ——んー、そー言われると……。


 「まあ、そのうちで良いから宜しくね、それと今日からは少し運動してもらうからね」


 「え? もう動いても良いんですか!?」


 「私だけの力では完治は出来ないからね、後々、ティファの体力が必要になるから、無理しない程度にね」


 「はい!」


 「じゃ、始めるよ!」



 私はティファのマナを吸っては、自身に溜まった毒素を浄化、吸っては、浄化を繰り返す。

 そんな光景を黙って見ている、ランスとアルフレッド。

 そして、休憩中、気になる所を見つけたランスが声をかけてくる。


 「そう言えばリラの属性って何だったんだ? さっきから使っているマナドレインってのは魔属性か、無属性だろ?」


 ランスの言葉にティファもアルフレッドも興味を示す。

 私の属性は土属性……、実は3歳の時に属性は覚醒させたのだ。調べるまでもない……、でも取り敢えず。


 「え、私まだ調べてもらってないよ?」


 「はあ!? それはおかしいだろ!」


 ランスロットが声を荒げる。


 「うん、属性鑑定の時に聖なる結晶から女神様のマナを感じる事で術式が刻める様になる」


 「え? アルフ兄様そうなのですか?」


 ……はい? なんですと? いや、瞑想でしょ! 瞑想で、マナを動かして覚醒……、って、まさか……、なんでマナコントロールが出来ないって思ってだけど、覚醒を外部から……? 

 これっておかしいよ! 外部からの覚醒なんて最終手段じゃん、こんなの故意にやってるみたい……、故意?


 私はやんわりと疑問をぶつける。 


 「そ、そうなんだぁ〜、ところでさ魔法って、誰が教えてくれるの? 女神様ってことは……」


 「うん、教会に行ってお布施を払うと鑑定してくれて、聖なる結晶から女神の祝福を受けると、使える様になるんだ、その後は家庭教師とか、学び場とか、まあ、頑張り次第だね」


 アルフレッド君は、ゾッとする様な事を当たり前の様に教えてくれた。

 聖なる結晶、それはきっと魔法石や精霊石の類だろう、それにマナを注いだモノ……、きっと間違いない。

 それに触れてマナを感じ、マナを動かす補助をさせる……。

 確かにそれだと簡単に覚醒出来るけど、せっかくの成長を阻害されてしまう。


 「ティファ、ティファは鑑定行ったの?!」


 「いえ、私は病で起き上がるのも辛かったし、マナも0と言う判定だったので……。」


 「行っちゃダメ、少なくとも治療が終わるまでは行っちゃダメだからね!」


 「は、はい、わかりました」


 ——兎に角、ティファには私が教えよう、それにしても教会、怪しすぎるだろ……。


 「なあ、なんで魔法を使える様になる方法を知らないリラが、魔法使えるんだ?」


 「あっ、確かにリラ様はどうして魔法を使えるのでしょう?」


 ——その質問、一足遅かったですねぇ〜、フッフッフー! 今度こそ、天は我に味方せり!!

 昨日、そう昨日、同じ質問をして来たなら、流石の私も取り乱したでしょう、だが、しかし!! 今日は想定内なのだよランス君!!!


 「ひみつにしてくれるぅ? 誰にも言わないって約束してくれるぅ?」


 私はランスにだけ分かる様に冷たい視線を送る。


 「あっ、ああ、ぜ、絶対誰にも、父上にも秘密にする! な、なあ?」


 ランスはアルフレッド、ティファに目配せをして同意を求め両人は、それに同意をする。


 「絶対の絶対だよぉ? もし国王様や他のみんなに私が質問攻めにあった時も助けてくれるぅ?」


 「あ、ああ、もちろん、なあ?」


 更にランスは両人に同意を求め、それも同意する。


 それを聞いた私は……。


 「来て、トト!」


 トトを召喚し……。


 「タペタムGO!」


 黒猫のリラと化したトトは、二本足で立ち、両手を上下に振り、腰をクネクネさせる奇妙な踊りを踊りながら言う。


 「それはトトの知識のおかげなんだよ〜」


 「「「……。」」」


 3人がめちゃくちゃ驚いたのは言うまでもない。

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