第15話 ルーク・クラリスの苦悩2
お披露目会を追い出されたギルマルキン伯爵の馬車は王都を離れ西に向かっていた。
「トゥカーナの小娘め! あれは必ず
走る場所の中、ギルマルキン伯爵は怒りに身体を震わせていた。
「マリー、少し落ち着け」
向かいに座るどす黒い血の様な髪の少年はギルマルキンに向かい言う。
「申し訳ありませんベルゼード様、しかし何故あの様なポーターの小娘を?」
城内で見せていた上下関係とは異なりギルマルキン伯爵は息子であるベルゼードにかしこまっている。
「いや、あの会場に気になる気配を感じてな、あの小娘から同じモノを感じた気がしたのだ。
それは、すぐに間違いだと気が付いた。
あのリラ・トゥカーナと言う娘……」
ベルゼードは不気味な笑みを浮かべる、それはギルマルキン伯爵をも震わせるものだった。
「マリー、奴を殺す事は許さん、まあ、貴様に殺す事は叶わぬだろうがな」
「べ、ベルゼード様、では……」
「あぁ、僅かだが
——しかし……、本当にそうなのか? 奴の気配、本当にカルディナのものなのか……? 転生とはこうまで別人となれるものなのか……?
ベルゼードは考え込むが答えは出ない。
「ベルゼード様お考え中、申し訳ありません。
あの双子の小僧、小娘ですが……」
「ふっ、喰いたいのか……、まあ、そっちは好きにしろ」
「ありがとうございます、ふふふっ、モリス、聞きましたね、戻ったら直ぐにアムサドーのガラムに連絡を取りなさい」
「はっ、仰せのままに」
「例のアレも上手く行きそうですし、今は気分が良いわ」
王都より西に270km、この地から始まる悪意をリラはまだ知らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ティファレンス殿下の治療が始まりました。
こんにちは、私ルーク・クラリスです。
ローレンス様やミラ様はお仕事にお戻りになり、私とランス様はリラお嬢様の手伝いとして残る事となりました。
リラお嬢様の巧みな話術、そう、私とランス様は虎の入る檻に閉じ込められたのです……。
いえ、違いますね、私はすでに檻の中、新たにランス様が招かれた、と言う表現が正しい。
少し昔の話をしましょう、あれは……、そう、去年の秋頃の話です。
私が檻に片足を踏み入れたのは、トゥカーナ家の執事見習いとしてやって来て間もなくの事、メアリーさんと出会った瞬間でした。
私は何度となく貴族たちが主催するパーティーに参加しました、そして、いつも気持ち悪い違和感を感じていたです。
同年代、いえ、全ての女性たちと言ってもいいでしょう、同じ仕草、同じマナー、そして同じ歩き方……。
洗練された兵士、いえ、ゴーレムの様に私は見えました、今でもそう見えてしまう事があります。
そんな時、私の前に天使が現れました。
話しかけると、あたふたする可愛らしい彼女。
作業中、少し身体と身体が接触しただけで、頬を赤く染め下を向く彼女。
ちょっとカラかっただけで、頬を膨らます彼女……、とても愛おしい。
私は恋に落ちました、そう、メアリーさんに……。
彼女が喋っている時、彼女の唇を目で追いました。
彼女がうたた寝をしている時、一時も目を離さない事もありました。
大きな口を開け笑う彼女。
私を見つけるのはと満遍の笑みを見せてくれる彼女。
私は暇を見つけては彼女を追いました。
水場で髪の手入れをしている姿、多くの汗をかき作業する姿、そして、その汗で服を湿らせ……、私は彼女が自分の下着を何処に干すのかも知っていました。
彼女がおっちょこちょいな所も、居た堪れなく愛おしい……、彼女が転んだ時の事です。
私は優しく手を差し伸べ、彼女も頬を染めながら私の手を……、そして、よろけた彼女を私が支えた時、少し膨らんだ胸が私の腕に当たった……、アレは一生の思い出です。
私が14歳、彼女が10歳、紅葉が始まりかけた秋……、甘酸っぱい私の青春。
しかし、そんな私の行動を物陰より、全てを、そう、全てを不気味な笑みを浮かべ覗き見ていた4歳の悪魔……、いえ、リラお嬢様がいたのです。
そして少女は満遍の笑みを浮かべ、こう言ったのです。
「ルーク、取引しましょっ」
背筋にツゥーと氷水を垂らされた様な感覚、今でも忘れる事が出来ません。
私はリラお嬢様の言動をミラ様、ヴァン様に逐一報告していました。
ご両親はリラお嬢様に凄く甘く、そんなに強く叱る事はありませんでしたが、多少の効果はあったと思います。
えーっと、それからは……、何故か……、どうしてでしょう……、私は、この取引をした後、リラお嬢様の良い所のみ報告する様になったのです。
私が虎の檻に入った瞬間でした。
しかし、私はルーク・クラリス。
それより2ヶ月ほどたったある日、私は無謀にもリラお嬢様に戦いを挑んだのです。
「リラお嬢様! もう看過出来ません! 今日、ご両親に全てを報告します!」
「そぉっ」
リラお嬢様は私にそう、一言言うと荷造りを始めました。
私の頭の中には疑問符が並びました……、そして私はリラお嬢様に問いかけたのです。
「リ、リラお嬢様? 何をなさっているのですか?」
「……」
リラお嬢様は答えてくれません。
私は必死に考えました、リラお嬢様の考えている事を……、そう、リラお嬢様の考えを先回りし、この虎のいる檻から脱する案を見出す為に!
まず、荷造りをしていると言う事は、家出を考えている?
まあ、家出として考えましょう……、すると?
ご両親が帰って来られたら、こう言うはず「リラは?」と、そこで私は、家出をしたらしいと答える……、何で?……、私が全てを報告すると言ったから……、何故今まで言わなかったの? 取引をしたから……、どんな取引……。
ぎゃーー!! 私は私の痴態を!? 自分で発表するところだったのか!!
ま、まずい!! まずいよ!!! これは……、完全に……、詰んでる!!!!
い、家出! 何て強力な
「リ、リラお嬢様! 申し訳ないありません! 先程の言動、訂正させてください!!」
私は産まれて初めて土下座をしました。
こうして熾烈を極めたリラお嬢様との戦いは幕を下ろしたのです。
そして今日、更に1匹……、いえ、ランス様が虎のいるの檻へと足を踏み入れようとしている。
ローレンス様やミラ様の足音が遠のく……、ティファレンス殿下の治療が終わったら……、恐ろしくて考えたくありません。
しかし、今日は運がいい! 何と言ってもティファレンス殿下がおいでだ、リラお嬢様と言えど……。
「ランス、貴方の
「え!?」
ランス様が豆鉄砲食らった様な声を上げます。
そうです、ティファレンス殿下の治療の前に、ランス様の治療が始まりました……、まずいです。
私はランス様を視界の外に置き、ティファレンス殿下のフォローに……。
「え! そうなのですかランスお兄様! 酷いです!」
……、こ、これは……?
「そうなのティファ! ティファの治療に専念したいから誰にも言わないで!って言ったのに! 約束守ってくれてると思って、そんなランスの事を裏切らないって思って、窓から入ったのに!」
「ちょっ、ちょっと」
こ、これはまずい! 2対1の構図に持っていくつもりだ! リラお嬢様1人でもフルボッコ確定の試合に、ま、まさか、ティファレンス殿下まで……。
「そ、そんな、それでリラ様はミラ様に……」
ティファレンス殿下はうっすらと涙を浮かべます。
「そうなの! きっと帰ったら凄く怒られる……、私はティファを助けたいだけだったのに……、それだけに集中したくて……、だから初めに具合が悪くなるって言っておいたのに……」
リラお嬢様の目から大粒の涙……、末恐ろしい、いえ、すでに恐ろし過ぎて言葉も出ません。
「待ってよ、僕は……」
「ランスお兄様! リラ様が言われた事は事実ですか?! 事実であれば酷いです!」
はい、2対1の構図が完成しました……南無。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、僕だってリラが心配で……」
ランス様……、申し訳ありません、私は、私はランス様にお味方する事は出来ません。
「ランス、心配してくれたのは嬉しいよ、アルフレッドなんか付きっきりで看病してくれて……、てもね、約束は大事だよ」
ん? リラお嬢様にして落としが早いな……、こう言う時のリラお嬢様は水を得た魚の様にボッコボコな流れなのですが……。
「ランスは、約束を違えた時の損失を考えた事ある? ルーク説明してあげて!」
は? え? このタイミングで、わ、私に??
「あら? ルーク様?」
「はい、わかりました」
危ない、危ない、ダメですね私は、想定外な事柄には本当弱い……、今後はそう言う所も精進しないといけません。
なんて言っても私はルーク・クラリスなのだから。
「約束とは双方に信頼がなければ成立しません、今回の例で言いますと、リラお嬢様はティファレンス殿下を治療なさろうとしておりました。
そして、信頼するランス様にお願いなさいました。
誰もこの部屋に入れないで欲しい、誰にも言わないで欲しい、具合が悪くなるけどそれは守って欲しいと。
そして、約束を違えた事の損失ですが、まず、ランス様自身の信頼がなくなります、次にティファレンス王女殿下のお命、いわゆる今回の場合は治療ですが受けられなくなる恐れが生じます。
更にリラお嬢様が持っている、まだお嬢様すら自覚されていない知識の損失などなどが考えられます」
「待てルーク! 何故ティファの命が出てくるんだよ!」
甘いですよランス様。
「恐れがあると申し上げました、ティファレンス殿下はランス様の妹君、ランス様が約束を破った事により、リラお嬢様が治療をやめる事は十分考えられます」
「ティファ、私は治療を辞めないよ、絶対!」
「リラ様……」
見事ですリラお嬢様、これでティファレンス王女殿下の心はリラお嬢様へ向かうでしょう。
「リラ、ごめん……、僕が浅はかだった……、もう約束を破ったりしない、もう一度僕を信用して欲しい。
次は約束を破らない、例えそれが国王である父上の命令だったとしても」
リラお嬢様はここまでの流れを読んでいたのでしょうか……、脱帽です。
「ランス、私もちょっと言い過ぎたよ、ランスには将来、良い国王になってもらいたくて……」
完璧、まさに完璧なフィニッシュ! ブラボー!!
「あと、ランスに聞きたい事があるんだけど、ルークに何か聞かれたか、何か言ったりしてない? ルークって頭も良いし、回転も速いし……」
え? フィニッシュではない? 私の話??
「ランスが私の事喋っている時ルークはいなかったのかな? 私思うのだけどルークは私の行動ある程度予測出来ると思うのよね……」
ん? どゆこと?
「ルークがその場にいればランスに注意したと思うのよ、だって約束が大事だって知っているし、話始めの頃なら、「それは本人が来てから聞きましょう」って言えばランスだってそんなにペラペラペラペラ話さなかったと思うのよ。
それにさ……、私さっき、誰もこの部屋に入れないで欲しい、なんて言ったっけ? 確かにランスには言ったよ? でもさっきは言ってないよね?
何で知ってるんだろ? いつ知ったんだろ?……」
「「……」」
「もしかして、ランスが喋っちゃってる時、ルークもいたんじゃないかな?
そして、何も、そう、何も話さなかったんじゃないかなぁ? ランスがペラペラ喋っている時、これから起こるであろう事がわかりながら沈黙してた? そして事が済んだ後、ランスとその事について話したんじゃないのかなぁ?……ねぇ? ルーク?」
私にリラお嬢様の冷たい冷たい視線が刺さります。
ティファレンス殿下はキョトンとしてるご様子、当然です。
先程少し元気を取り戻したティファレンス殿下、それに歓喜しているローレンス陛下にミラ様、皆が楽しそうに会話をしている最中、私とランスは部屋の隅で話していた内容なのですから。
それをあの場にいなかったリラお嬢様が、まるでその光景を見ていた様にお話に……、ランス様もリラお嬢様が発する極寒を経験している様。
これでお仲間ですランス様……、そして皆さま、私は……、再調教される様です。
私がこの境地を脱する事が出来たなら、今後はご一緒に……。
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