第13話 七つ還りの王女
「しかし、ギルマルキン伯爵……、
「はい、反王族派の求心力でございます、カラス事件の後、かなりの力を失いましたが未だ大派閥、発言力も健在です」
ロンフェロー公国は一枚岩ではなかった、いや、一枚岩の国など皆無かも知れない。
人とは権力を持てば更なる権力を、力を持てば更なる力を、人の歴史とはそう積み重ねて来た。
ロンフェロー公国には大きく分けて3つの派閥がある。
王族を筆頭とする王族派。
スレイン公爵家を筆頭とする改革派。
ノルトン公爵家を筆頭とする中立派である。
中立派は国政第一に考え、絶対王族制を否とする。
そもそもこの考え方は王族派と何ら変わらなかった。
ノルトン公爵は王族派と改革派の衝突を防ぐ為、歴史書にある三竦みを真似、派閥を作った賢人である。
方向性を違えなければ、敵になり得ない派閥である。
問題は改革派、王族派が進める殆どの事に難を示し、陰で暗躍する事を
裏ではローゼンマルク教国との繋がりも噂される派閥である。
「ギルマルキン伯爵か、厄介な奴に目を付けられたかも知れんな、しかし、王族が主催するお披露目会に参加とはどうも怪しいな、しかも、息子のベルゼードは養子であろう……、ロダン影は?」
「はい、ギルマルキン伯爵には、ジェドの隊が引き継ぎ……、報告によれば、まだ確証に至らず、巧妙に隠蔽されている節があるとの事。
あの女1人でとは、とても思えません」
「そうか、国の外にも
トゥカーナ家に危害が及ぶ恐れがある事、ローレンスも他の者も理解していた。
「陛下が心配なさる事ではありません、引き継ぎ国の事だけをお考え下さい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、リラはランスと共にティファ王女の部屋へと向かっていた。
「リラ、ギルマルキンは黒い噂のある、何をしでかすか分からん人物だ」
ランスが険しい表情を作り言う。
「ふぅ〜ん」
「ふ、ふぅ〜んって! ギルマルキンは影で暗躍する組織とも繋がりがあると噂されているヤツなんだぞ!
今回の事でトゥカーナ家がターゲットになる事だって考えられる!」
「え? はあ?! 何でウチが! そもそもその……、ギルマルさん?って誰!?」
「えっ!? ……、はぁ、あのルークが冷静さを欠かす訳だ……」
ランスが深いため息を吐いている最中、リラは今日の出来事を振り返っていると、長い茶色の髪で青い瞳を持つ女性がヒットする。
「ちっ、あのババァか……」
ババァと言い放ったのは紛れもなく、ギルマルキン伯爵の事であった。
「え? 今、舌打ち……」
「してませんわ、断じて」
「今、ババァって……」
「言ってませんわ、断じて」
◆◇
ティファの部屋の直ぐそばまで来ると様子がおかしい。
部屋の中から少女の苦しむ声が聞こえる。
「ティファ! 大丈夫か!」
ランスが部屋に入るとすぐにリラに声を荒げる。
「リラ! 今は入るな!」
部屋は酸っぱい匂いが立ち込め、少女が床で嘔吐を繰り返している。
少女の皮膚は変色し、時間の経過した死体にも近い
部屋の天井には六芒星の魔法陣、円を描く様に配置された石は少女が苦しんで無意識に触れたのであろう、少しずれていた。
窓は少し開き、殺風景な部屋に似つかぬピンクの柄物のカーテンが
「私、そう言うの気にしないから」
リラは何事も無かった様に、何も無いかの様に、ズガズガとティファの部屋へと足を踏み入れた。
そして、リラはティファの様子を見ると確信する。
——間違いない、七つ還りだ……、この魔法陣に刻まれている術式は、時の流れを歪める……、あまり意味がないな。
先天性、魔動脈不全、別名、七つ還り。
産まれながらに、マナ量が多い子に発症しやすく、治療を受けられずにいると7歳になる前に死に至る。
——うん……、間違いない前世の記憶、そう、サクラさんは……、七つ還りの薬を作ってた……、何とかって毒草使ってたな、作り方は……、……、……、全然、思い出せない。
治療法は他にもあったはず……、サクラさんに習ったマッサージもその1つだけど……、今のティファの症状でやると間違いなく死んじゃうし、これだけじゃ完治はしない……。
そうだ! まずはゼロ・フィールド!!
「ランス! これから見る事は秘密厳守! 誰にも言ってはダメだからね! わかった!?」
「え?」
リラはランスの返事を待たずに
『ゼロ・フィールド!』
ティファの部屋は何とも言えない違和感のある空間となり、魔法陣がフッと消えた。
ゼロ・フィールドとは空間から一切のマナを弾く
人は絶えずマナと接触し、マナを取り入れている。
正常の者であれば、取り入れたマナは魔動脈を巡り、補充され、許容量を超える事なく、自然と放出される。
ただの魔動脈不全であれば問題ない、マナを放出する方法は幾らでもあるし、それを繰り返す事によって完治する。
しかし、先天性は違う、産まれながらにマナが身体を巡らないのだ。
そう、リラはマナの接触を拒絶させ、マナの供給を絶った、当然、それは根本的な解決にはならない。
「リ、リラ! お前、何をした!!」
多くの優秀な魔導師を集め刻んだ時の魔法陣、時の流れを少し緩やかにする効果をもたらし、莫大な金をかけ維持して来た。
ティファの延命の為の魔法陣を消し去った事にランスは激怒する。
「うるさい!」
リラはティファを抱きベットに寝かせると顔色を確認する。
「よかった……」
青白かったティファの顔色は僅かに赤みを取り戻し、静かに眠っている。
ランスはそれを確認すると静かにリラを追い詰める。
「リラ、何をしたんだ……、ティファの病は不治の病……、多くの治療師が
……な、治るのか……?」
この世界では不治の病、リラも薄々気が付いていた。
同然だ、王女が
そして、この不治の病を治すと言う事は、リラにとってデメリットになり得ると言う事も……。
「治すよ」
リラの言葉に、ランスは緊張の糸が切れたのか、感情より先行して涙腺が緩み、その場に膝を付く。
ティファは本当に治るのか、後遺症は、治療期間は、それは苦しいものではないのか……。
ランスは考えを巡らすが一言、一言言うのが精一杯であった。
「たのむ」
「ランスロット殿下! いかがなさったのですか!」
程なくリラとランスの怒鳴り声を聞きつけた、使用人がやって来る。
「よし、ランス、頼まれついでに、部屋の中で人を入れない様にするか、部屋の外で入れない様にするか決めて」
「え? それは……、もちろん中で……」
「じゃ、お願いね、後、私ちょっと具合が悪くなるかも知れないけど、気にしないで、多分平気だから」
「え、どう言う……」
「殿下! 何かあったのでございますか?」
ランスはリラに聞きたい事があったが使用人の言葉に遮られる。
「いや、何でもない、下がってくれ」
「し、しかし」
「いいから、下がってくれ!」
「か、かしこまりました」
ランスの言葉に使用人の足音が遠くに離れていく。
「ランス、やっちゃったね」
「なっ、言われた通り誰も入れなかったじゃないか」
「あんな言い方したら、次は大ボスが来るよ、頑張って」
リラはそう言うとティファに向き合う。
——私が出来るのはマッサージと……
ティファのマナには絶対に毒素が含まれている。
吸いすぎるとこっちがもたない……。
それにゼロ・フィールドを展開しているとマナドレインは使えない。
私が気を失えばゼロ・フィールドが展開出来ないよね……。
あっ!
「トト来て」
「え! 子猫!?」
リラがトトを出すと、ランスが気が付き声を上げる……、が、リラはスルーする。
「トト、ゼロ・フィールド使える?」
トトはコクッと頷く。
「え?!」
ランスが反応するがリラはスルーする。
——よし、いける!
「じゃ、トト行くよ、ティファは必ず守ってよ! ゼロ・フィールド解除! そしてマナドレイン!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ティファの寝室には皆が集まっていた。
皮膚は変わらず変色したままだが、ティファの顔色は明らかに良くなり、体調も改善されている。
しかし、皆はティファに近づかずにいた。
ティファの膝の上にチョンと座り、両手を広げ「ふぅー!」と可愛らしく威嚇する、小さな黒猫。
「しかし、コレは何なのだ?」
ローレンスが不思議そうに話す。
「はい、父上、トトと言うらしいです、リラの使い魔と思われますが、あの子が結界をはって入れてくれないのです……」
「主人の言いつけを守っている様なのです」
ランスがトトの事を話すと、ティファが補足しトトの頭を撫でる。
「しかし、リラは子猫など連れておらなんだぞ、湧いて出た訳ではあるまい」
「いえ、湧いて出ました、それにリラとは会話が出来るらしいのです」
「湧いた!? 契約獣の類か……、あの年で?……、わからん事だらけだ、嬉しい事だが、今までに色々な者たちにティファを
ローレンスは驚きから、困惑、そして疑問と表情を変える。
話を振られたミラにも、理解出来るものではなかった。
「私とヴァンの子としか言いようが……、しかし、小さな時より成長が早い子でした。
3歳の時、リラは才を
「無才である事は知っていたが、3歳の頃より本を読み漁るとは……」
「魔法で思い出しましたが、詠唱や術式無くして魔法は発動するのでしょうか?」
「うむ、高度な魔導師であれば、詠唱省略や詠唱破棄も可能だが、術式無くして……、いや、まて! 術式無くして発動する者がおる、確かレイナードの息子イズールが……、しかし何故そんな事……まさか!!」
「はい、リラが使っておりました……」
「はあ!? な、なんだと!」
皆が真面目な話をしている中、発言を控えソワソワしている男、ルークはある疑問を抱いていた。
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