第11話 ヤツの名は

 王都の最南、外壁の直ぐ近くにある丘の上には、霊園がある。

 墓の掃除はロンドの家の子供たちの仕事、リラはここに来ると必ずそれに参加した。


 それはリラにとって遊びの延長、しかし3つの墓だけは特別な思いがあった。


 リラは覚えている、リラが産まれて間もなく、家族総出でとおずれた霊園。


 偉大なる父ロンドここに眠る、と刻まれている墓の前。


 「ロンドさん、ほら俺の娘です、可愛いでしょ? ロンドさんにとって孫って事になるのかな」


 ヴァンはリラ抱き、物言わぬ石に向かい語りかける。


 ミラにジル、ロザリーにメアリー、そしてグラード、ロンドの墓の前で二言、三言話し、手を合わせる。


 それが終わると、霊園の端にある不気味な一画、手入れもされず、異臭漂う墓群、皆はとある2つの墓の前で足を止める。


 そして皆は、言葉をかけずに丁寧に掃除をすると、悲しげな表情を浮かべ静かに手を合わせた。


 

 

 リラはそんな2つの墓の掃除していた。


 「ボスぅ〜! そっちは犯罪者のお墓ッス、そっち掃除してもお給金出ないッスよ〜!」


 私はここが犯罪者たちの墓だと知っている。 

 当然だ、私は字が読める。

 1つの墓標には罪人ジャックと刻まれ、1つの墓標には罪人カトレアと刻まれている。


 名前しか知らない、何をしたのかもわからない罪人の墓、しかし、こうして掃除をする、それは、あの時の皆の表情が気になっているから……それともう1つ、私は犯人を探している。


 初めに感じたのは産まれて間もなくここに来た時、誰かに見られている感覚を覚えた。

 ま、まさか! 幽霊!?

 と思った事もあったけど、自宅にいる時も感じた事があるし、必ずしもここで感じると言う事でも無い。

 3歳の時、この指輪を付けてからは、より感じる様になった。

 何度かトトにその気配を追わせたが、それはトトの気配にすら気付ける存在の様だ。


 それは、間違いなく


 ——コソコソ覗きやがって! いずれ捕まえてやるからな! 今に見ておれ! ふふふふっ。


 「ボ、ボスが笑って……る?」


 掃除を終え昼食を終えると、ここに来た時は恒例となっている子供たちとの鍛錬が始まる。


 当然、私が教官だ。


 「整列!」


 「「「イエス! ボス!」」」


 リラの言葉に従う子供たち、手には木剣、それはさながら小さな騎士団に見える。

 

 リラは手本を見せるとおもむろに、木剣を構える。

 静から、上段の構えへとゆっくりと木剣を動かすと。


 「はちょー!」


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされ、それはくうを切り裂き、子供たちに微風を届ける。


 「いいか! まずは素振り一本! はじめ!」


 「「「イエス! ボス!」」」


 「「「はちょー! はちょー!」」」


 子供たちは一応に木剣を振る。

 木剣は多種多様な物があり、それは複数の道場より寄付された物である。


 「棒を振り回せなど言って無いぞ! 静と動を意識しろ! 空を切り裂け!」


 「「「イエス! ボス!」」」


 子供たちは20回以上、木剣を振っているが止める気配はない。


 「才に頼るな! 感覚を研ぎ澄ませ! 指の先から足の指先まで、力の伝達を意識し、一本の素振りに魂を込めろ!」


 「「「イエス! ボス!」」」



 訓練は昼食を終えた後も続いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 遂にこの日がやって来た、待ちに待った? お披露目会、私は普段は着ない様なドレスを着せられている。

 それは薄いグレーを主体とする、大人しい色合いながらも可憐にも見える。

 上級貴族が集まると言う事を考慮し母様がこの日の為に用意してくれたドレスだ。


 ——くっそ、これじゃ走り回る事も出来ない……。


 リラの思考はよからぬ方向へと向いていた。


 ルークはそんなリラにソワソワしながら何度も何度も確認し、リラはそんなルークの言葉をウンザリしながら聞いていた。


 「リラお嬢様、本当に自重なさって下さいください、わかってますね」


 「ルークさん、わかってますって」


 「いえ! わかってません! もし、もしその……」


 「大をしたくなったら?」


 「そう! それです! 本当にわかってるんですか!?」


 「はいはい、ドッサリはいらない」


 「はい、は1回でよろしい!」


 「はい!」


 「はぁ、本当……、お願いしますよ……」


 ルークは深い、深いため息を吐く。


 「でもルークも来るのでしょ? そんな心配しなくても良いじゃない」


 そう、ルークもお披露目会に来る事になったのだ。


 先日、ルークは成人の儀で、天職聖槍を賜ったらしく、今回のお披露目会の余興として、ロンフェロー公国最強の一角、天職剣鬼を持つ近衛第二騎士団長のヴェスター何とかと言う、有名な人と模擬戦をする事になった。

 ルークの槍術は凄まじく、母様にも引けを取らない。

 しかし、その有名な人は更なる高みにいるらしく、この模擬戦はルークの願いでもあった。


 私もこの模擬戦は注目している。

 なんせ、天職なんて持っている人同士の戦いなんか当然見た事がないし、例え願って見れる物でも無い。


 良いデータが取れそうだ。


 「心配? 不安しかないですよ! 走ったり、大声を出したり、チョロチョロ動き回るのもダメですからね!」


 「わかってるって、ドッサリはいらない」


 「全然聞いてないじゃないですか!!」


 子爵令嬢であるエレンとは同い年、エレンも出席すると言う事で王城にある、駐馬車場近くにある噴水広場で待ち合わせをしている。

 母様の出勤に合わせ、ちょっと早めだが一緒に行く事に、初めて行く所だが待ち合わせ場所まで迷う事はないのだ。


 「リラ様、そろそろお時間です」


 「ありがとうメアリー、今行きます」


 王城まで真っ直ぐ伸びた道は平に切り出された石が綺麗に並べられている大通り。

 歩道は一段上がり、昼間と言う事もあり灯りは灯されていないが道の両脇には均等に並べられた魔導灯、王城に近づくにつれ大きな建物が目立ち始め、行き交う馬車も豪華な物が増えてくる。


 そんな道をリラたちの馬車は走り、王城へと向かう。

 

 しかし道中、馬車が止まる。


 「早く、どかさんか!」


 馬車のトラブルだろうか、4、5台前の馬車が立ち往生していた。

 それはお世辞にも立派な馬車とは言えず、その馬車の直ぐ後ろには一際豪華な馬車が止まっている。


 「リラ待ってなさい」


 そう、母様が言うとロザリーと共に馬車を降り、立ち往生している馬車の方へと向かう。


 「近衛騎士団所属、ミラ・トゥカーナだ! 状況を説明しろ!」


 ミラが状況を把握しようとするが、豪華な馬車に乗る関係者だろうか、身なりの良い壮年の男が声を荒げる。


 「状況を説明しろだと?! 見ればわかるだろ! 下級貴族のボロ馬車が、事もあろうか我が主人あるじたるギルマルキン伯爵様の道を塞いでおるのだ! さっさと……」


 「貴殿が言ったとおり、それは見ればわかる。

 しかし、この道は馬車1台が立ち往生した程度で止まる道では無いのだがな」


 壮年の男の言葉を遮りミラが言う。

 

 王都に向かうこの道は、パレードや出兵の際など、多くの人が集まっても余りあるほど広い大通りとなっている。


 「なっ! 伯爵様が下級貴族の為に進路変えろと言うのか!」


 「貴殿は、私の言葉の意味を理解していない様だ、状況を説明しろと言ったのは、まさしく貴殿が行っているその言動。

 ここは王都、しかも他国の要人も住う城下だ、そんな場所で事を荒立てる行為は、ロンフェロー公国貴族としての矜恃きょうじを下げる行為では無いのか?

 それは貴殿の主人の意志と見て良いのか?」


 「そ、それは……」


 「私は近衛に属する者、王族の名誉に関わる事と有れば口を挟まざる得ないぞ」


 「モリス、馬車を出しなさい」


 ミラと壮年の会話に、冷たい女性声が割って入る。

 ギルマルキン伯爵の馬車の窓から黒いカーテン越しに語る女性の顔は拝めない。


 「マ、マリー様、はっ! 直ちに!」


 モリスがそう言うと立ち往生している馬車を避け走り去った。



 ミラは2人の少年少女を連れ馬車へと戻ってくる。


 少年少女の名はアランとミラン、オースナー男爵家の双子の兄妹きょうだい

 オースナー家は開拓領地を任されている、いわゆる地方の貧乏貴族である。

 こうした貧乏貴族は、跡取りを残し、他は他家への奉公、もしくは平民となり職を探すのが一般的なのだが、2人はまだ義務教育を終えたばかりの12歳、今回、お披露目会でのポーターとして雇われた。

 子供のポーターとは基本、お手拭きの補充や回収くらい、直接接待する訳ではない。

 しかし、貴族の目に止まり使用人として召し上げられる事も少なくなく、ちょっとしたパーティーや、今回の様な会など、ポーターとして送り込まれる下級貴族の子供らはそう、珍しくはない。

 

 「私は、リラって言うの、よろしくね」


 私は出来る子、空気を読み子供らしく自己紹介して見せた。


 「オースナー家の三男、アランと申します」

 

 「同じく、次女のミランと申します」


 ——か、硬いよ……、硬すぎだよ……。


 オースナー家の馬車は衛兵に任せて、2人はトゥカーナ家の馬車で王城まで送る事となり、6人乗りの馬車は少し窮屈となる。

 一方に母様と私とロザリー、一方にアランとルークとミラン、そして道中の会話は。


 ——お礼に、恐縮、またお礼……、ウチは騎士爵家でオースナー家は男爵家なのに……、そして何故か……。


 「ルークさんは執事なんですね! 若いのに凄いなぁ〜、僕も将来はルークさんみたいな執事に……」


 ——ルークは将来、小国の王だけどね……。


 「ルークさんはアストレア王国のご出身なんですね! 私も行ってみたいなぁ〜、そうだ今度ご一緒に……」


 ——正確にはクラリス領だけどね……。

 げせん……、非常にげせん、私には敬語で、ルークにはフレンドリーに……、全部バラしたろか!!



 そんなこんなで、私たちは王城へとやって来た。


 城門をくぐるとそこは……、別世界が広がっていた。

 丁寧に整備された道、周りには綺麗に整えられた木々や芝、花壇の手入れも行き届き、センス良く配置された岩などは圧巻、中央には大きな大きな噴水、そして……。


 ——え?! 噴水の上部には……、騎士の姿の……、女性の像!


 「な、なんで!! 誰!?」


 リラは衝撃が走り、馬車の中で立ち上がる。


 「うわっ!」

 「キャッ!」

 「リラ!?」


 「リラお嬢様! 馬車の中で立ち上がらないで下さい!」


 そこにあった像は紛れもなくだった。


 「……」


 「……」


 「コホンっ、失礼しましたわ……、ルーク、あの像の方は、どちらの方かしら」

 

 「あ、あれは英雄ウェズリット・バーン様の像でございます」


 「あ、あら、そうなのね……」


 王城の駐馬車場に馬車を止めると、母様はアランとミランを連れ王城の中に、私とルークは待ち合わせ場所でもあり、ヤツの像が付いている噴水、噴水広場へ向かった。


 ——遂に、遂に見つけたぞ! ウェズリット・バーン!

 よっしゃー! 天は我に味方せりーー!


 ウェズリット・バーン、今から200年ほど前、突如現れた魔王カルディナと戦い、ウェズリットが放った自己犠牲の一撃によって魔王諸共、戦場から消えた。

 現在では英雄と称えられ、その物語は書籍に……、現在でも英雄ウェズリット・バーンは人々から愛され、讃えられている。


 リラはルークからウェズリット・バーンについて色々聞いた所で少し落ち着く。


 ——ほほう、なるほど。

 ……ん? 天は我に味方? 何も変わらないままじゃないか!!

 まあ、でもはウェズリット・バーンで間違いない。

 姿形すがたかたちもそうなんだけど、着ている物、古代のアーティファクトであり一点モノらしい。

 あの鎧、像が着ているそれはまさしくが着ていた物だ。

 でも、戦場から消えたって……、は変な空間に居たし、魔王ってどうなったんだろう……。


 そんな時、リラの頭の中に文字が並び、更なる衝撃がリラを襲う。


 ——イヤ、イヤ、イヤ、イヤ!!

 これはのギャグか何かだよ〜、そうに決まってるよ!

 じゃなきゃさあ〜……、これはタチが悪すぎる!!!


 「リラお嬢様、どうされたのですか?」


 「へ?」


 「顔色がわるいですよ?」


 ——顔色が悪い? 悪くなるだろ!!!


 私……、魔王カルディナ……、じゃ、ないよね?


 

 



 ……魔王城(構築率20%)



 リラの指輪に恐ろしいモノが構築され様としていた。

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