一章 リラ様、始動!
第9話 ルーク・クラリスの苦悩
私はルーク、クラリス家の長男にして次期当主。
実家であるクラリスは、小さな国である。
昔、聖法歴となったきっかけでもある、魔王カルディナと魔物の襲来によりクラリスは壊滅的被害を受けた。
そこに手を差し伸べてくれたのがアストレア王国、多くの国民が救われ、復興も早かったと言う。
当時のクラリス王は国民を守れなかった不甲斐なさと、アストレア王国の恩義に応え傘下入りを決めたと言う。
私は、アストレア王国国王ラジアス・フォン・アストレア様に招かれ、さまざまな国の王族も通う、ウェズリット騎士学院に入学する事になった。
ウェズリット騎士学院の歴史は古い、騎士と名を打ってはいるが、現在は多くの学問に精通している名門である。
私は、初等学院、中等学院、高等学院を2年の飛び級を得て12歳を間もなく終える年末に卒業。
現在は騎士ミラ・トゥカーナ様に槍術の指南をして頂く為、執事見習いとしてトゥカーナ家の使用人となった。
とは言え私は次期当主、そんな自由も長くは続けられない。
父上との約束は5年、それと家が進めるお見合いには必ず出向く事が条件だ。
王太子となる自分が、他国の、しかも騎士爵家の使用人として務める、私の希望を押し通しギクシャクしてしまうのでは無いかと心配にもなったが、トゥカーナ家の皆は家族の様に迎え入れてくれた。
ミラ様やヴァン様は、本当の息子の様に……。
ジル君は、本当の兄であるかの様に……。
ロザリーやメアリー……さんも、あたかも長い付き合いであるかの様に……。
しかし、そんなトゥカーナ家で、一際異質な存在に出会う事となるのです……。
「はちょーー! こぉぉーー!」
……。
……。
庭で奇声を上げながら奇妙な踊りを踊っているのは、この屋敷のお嬢様、リラ様。
私がリラお嬢様が無才である事を知ったのは、高等学院を卒業し、1年程たった頃だったろうか、知人の結婚パーティーに参加した時。
何処からもなく聞こえてきた貴族同士の会話からだった。
トゥカーナは、ポーションや解毒薬など、多種多様の薬に用いられる薬草の名である。
そして、トゥカーナの花に関しては、胃の炎症を抑える効果があり、殆どの薬に調合されるポピュラーな物、花言葉は『あなたを守ります』プロポーズ時に送る花、騎士団、王都や街など警護する守護騎士団のシンボルでもある。
そんなトゥカーナを家名としてロンフェロー前国王から賜ったのが、ミラ・クロイツ。
騎士の名門クロイツ侯爵家のご令嬢であり、現在はドゥカーナ家当主、私が憧れる騎士である。
会場から聞こえてきた声は細い物だったが、聞き間違いはない。
トゥカーナ家の娘は才を1つも賜らなかった……。
確かにそう聞こえた、しかしパーティーの終盤にはささら笑う声と共にトゥカーナ家の話は聞き耳をたてずとも耳に入る様に、いつの間にか、会場では知らぬ者がいないのでは無いかと思う程に広がっていた。
貴族社会はそれ程に人の不幸が早く飛び交うのだ。
私は才に恵まれぬ者が、どう言う扱いを受けるのかを嫌と言う程見てきた。
正義感か、自己満足かは、わからない、私なりにそれを辞めされようと動いた時もあった……、が、加害者と言うよりも、被害者の私を見る目で心が折れた。
才に恵まれ、身分に恵まれ、そんな者が人前で何度も手を差し伸べるのだ、私の居る所は貴族社会……、話題は邪念に引っ張らる。
偽善者と噂され、自作自演だと噂され、いつしかそれは疑念から真実であるかの様に……。
私は被害者を助けるのを辞めた……。
もう、あんな思いは沢山だ! 私はトゥカーナ家の執事見習いとして働く事が決まった時、同時に、ずっとその
そんなリラお嬢様の第一印象は、可愛らしく、賢そうなお嬢様……。
しかし、そんな幻想は執事見習いとしてトゥカーナ家へやって来た初日に、砕け散る事となったのです……。
ミラ様とロザリーが仕事にお出かけになられて間もなく、足早に何処かに向かわれるリラお嬢様をお見かけました。
早くこの家に馴染もうと考えていた私は、声をかけたのです。
「リラお嬢様、どちらへ?」……と。
するとお嬢様は、それはそれはお人形さんの様な可愛らしい笑顔を見せ、こう言ったのです。
「あっ、ルーク、
……え?
お花を摘みに行くとは、人の目から姿を隠したい場合に使われる言い回し。
貴族の女性がトイレに行く時などに使う隠語です。
当然
小さな子は覚えたての言葉を意味も分からず、よく使います、私はそう思いお嬢様の将来の為にも直して差し上げなければと思いました。
しかし、次の言葉で私に激震が走ります。
「ルークも行く? 私はいつも2階を使うから大丈夫よ」
2階にお花を摘める様な畑などありません……、使い方、正確には間違っていますが間違いではなかった様です。
私はあり得ないリラお嬢様の言動に驚きつつもゾッとしました。
これが、貴族の集まるパーティーだったならと……。
リラお嬢様の奇行はそれだけではありませんでした。
お嬢様以外誰もいるはずのない寝室、独り言を始めたかと思えば、急に怒りだし、急に笑い出し、急に歓喜の声あげる……、正直怖いです。
出来るかも知れないと始めた料理は屋敷中に激臭が走り、目から涙が止まりませんでした、才が無いからと言う問題ではありません。
出来るかも知れないと作り出したポーションに至っては完成する前に私が投げ捨てました。
アレは間違いなく毒にしかならなかったでしょう……。
そして……、トゥカーナ家が運営管理している孤児院、教会跡を改装し、裏にある敷地には大きな畑が広がっている『ロンドの家』。
ロンドの家の運営報告書は私が取りに行き、家長であるミラ様にお渡しする。
私が屋敷の外へ出向き行う、唯一の仕事。
それはリラお嬢様にとっても屋敷の外に出て孤児院の子供たちと遊ぶ、月1回の特別な日。
しかし、私はまさにこの孤児院にて、これまでのリラお嬢様の奇行は……、生優しい物だったと知るのです。
鼻歌まじりて孤児院に向かうリラお嬢様。
孤児院に近づくと子供たちがリラお嬢様に気がつき、声をかけて来ました。
「ボス! お勤めご苦労様です!」
……はい?
そうです、孤児院の子供たちがお嬢様の事を『ボス』と呼んでいたのです。
私はリラお嬢様から離れ、子供たちに聞きました。
何故、リラお嬢様がボスと呼ばれるのかを……。
すると子供たちは私にこう答えました。
「ここでは強いヤツをボスと呼ぶんだ」……と。
……強い?
私は困惑しました、才がある無しの問題ではありません、ボスと呼んでいた少年の中には10歳を超え、話を聞いてみると、剣術の才や格闘の才などを授かっている者まで、いたのです。
それだけではありません、中等学校で行われた闘技大会で年長者を抑え優勝した経験持つ、ラモンと言う少年までいたのです。
それが手も足も出ずボッコボコ……、同時にその取り巻きもボッコボコ……、ついでに誰かもボッコボコ、だったとか、困惑が膨れ上がりました。
しかし、そんな困惑はすぐに吹っ飛びます。
「ま、待ってくれ! そ、それだけは!」
年配の男の声だろうか、怯えた声が少し離れたボロ屋から聞こえていたのです……。
その後に聞こえていた声はお嬢様の楽しそうな声でした……。
「待つと思うのか、このクソ虫がぁ! ほれ、赤タン! 更にコイコイだぁぁ!!」
……私も耳を疑いました、誤解がない様言っておきますが、この声の主はリラお嬢様、間もなく5歳を迎える少女の声です。
そう、私が目を離した隙にオジさん連中をカモに花カルタを楽しんでいたのです……。
可愛らしく、賢そうな無才の少女……、守りたい存在。
そんな事を思っていた頃もありました、一瞬でしたが……、今は当然改めました。
『目を
そんなリラお嬢様の破天荒な人柄を理解したのも束の間、あるお方が私を訪ねてトゥカーナの屋敷にやって来たのです。
そのお方の名は……。
ランスロット・フォン・ロンフェロー。
学院の先輩であり、特に仲の良い友人にして、ロンフェロー公国の王太子。
当主となった暁には、共に国の
「やぁ、ルーク、卒業式以来……いや、シャーロット王女の結婚式以来か」
「ら、ランスロット様! な、何故こんな所に!」
私は驚きの声を荒げてしまう、当然である王都内と言っても安易に王城の外を歩ける方ではない。
しかも、護衛の騎士も連れてなかったのです。
「様はよしてよ、友人として来たんだから学院の頃と同じくランスって「こんな所で悪かったわね、ルーク」
最中にビビビっと何かが走りました。
私とランスロット様の会話に割って入って来たのは、リラお嬢様でした。
この時、本能と言いましょうか、この2人は会わせてはならないと警報がなったのです。
ランスロット様の性格はどちらかと言うと大人しめで他人の事を貶める様な発言を聞いた事がありません。
一方リラお嬢様は破天荒ながらも猫をかぶる相手を見極め、徹底してお嬢様を演じ切る才能をお持ちで……。
あれ? 会わせても別にいいんじゃねぇ?
一瞬、歓楽的になってしまいましたがすぐ我に帰ります。
いや、まずい! リラお嬢様がランスロット様に猫をかぶらなくなったら……、大惨事だ!!
私はこの時、生まれて初めてかも知れない……、そう、パニックと言われる状態だったかも知れません。
これは由々しき事態だ! 兎に角ヤバイ気がする、どうにか2人を引き離さな……。
「君がミラさんの娘さん、リラちゃん?」
「まぁ、お母様のお知り合いの方だったのですね、はい、
リラお嬢様はスカートの裾を摘み綺麗なお辞儀を見せる、上級貴族の5歳になる御子息、御令嬢を集め王城にて開かれる『お披露目会』、そんな会場でも、ここまで綺麗な挨拶の出来る者はいないだろう。
ヤバイ! 思考が遅れ初手を逃した!
「おお、すごいなぁ、こんなに素晴らしい小さなご令嬢とは初めて会ったよ、僕はランスロット、ランスって呼んでくれたら嬉しいかな」
「わかりましたわ、ランス様。
それより、小さなとは失礼ではなくて? 私はもう4歳、すぐに5歳なるのですよ?」
ヤバイ、ヤバイよ! もう手遅れ……。
わかっている、わかっているが……、勝手に2人の会話が進む。
花カルタをしていた時の様な口調で喋り出すのはマズイ、しかし、リラお嬢様と言えど、その辺は……。
あっ! アレはヤバイ! ドッサリ、アレは猫をかぶるとかの話ではない!
アレは……、素、だ……、死守しなければ。
思考が回らない、各国の要人たちが出席するパーティーに参加した時だって、凛としていた筈だ。
「はははっ、リラは面白く、聡明でもあるんだね」
「まあ、ランスったら」
え……? リラ? ランス? 愛称呼び……だ、と!
いつから! いや、
考えろ! 考えるんだ、ルーク! そう、俺はルーク、ルーク・クラリス! まだ間に合う!
「…………だろ? ルーク」
「は、はい?」
「珍しいな、聞いてなかったのか? こんな素敵な令嬢と毎日顔を合わせられる何て、毎日が楽しいだろ」
「そ、そうですねー」
私の顔は今笑っているだろうか、目は今笑っているだろうか、自分の表情が想像出来ない……。
「え!? ランスは王子様だったの?」
ん? あっ、そうか、相手は一国の王子、かたや騎士爵家の娘、そうだ、そうだよ、おいそれと会える間がらでは無い。
今日さえ乗り切ればバッチグーじゃん!
「じゃ、リラ招待状送るから絶対来てね」
ん?
「お披露目会なんて……、ランス、私なんかが行ってもいいのかしら……?」
え?
「問題ないよ! もう僕たち友だち、いや親友と言ったて良い、だろ? 弟と妹を紹介するよ」
はい? 今、なんとおっしゃった? お披露目会?
まずい! まずいだろ! ドッサリだぞ! ドッサリなんだぞ! 会場が極寒に包まれてしまうのだぞ!
あの時の私はどうかしていました。
リラお嬢様が参加されるお披露目会、私の脳裏に流れる最悪を想定した映像。
そして、リラお嬢様のお言葉に私は……。
「じゃあ、
「ドッ、ドッサリはいらない!」
私は声を荒げ、自分の声で我に帰りました。
「ルーク、今日のお前なんか変だぞ?」
「そうですか? ルークは何時もこんな感じよ? じゃあ、
私はこの日、リラお嬢様の言動に、この先ずっと翻弄されていくのだろうと再認識したのです。
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