第8話 無才の天才

 ロンフェロー公国は、アストレア王国と大国ファストーロ、2つの国の比護下にあると言う特殊な国であった。


 庇護下と言っても、傘下国ではない。その関係は対等に等しく、親友国として良い関係を築いている。


 なぜ庇護下にあるのか、それはロンフェロー公国の建国までさかのぼる。



 およそ200年ほど前、アストレア王国とファストーロとの間には、南にドレスデン帝国、中央には多くの魔物が住うベルト山脈、そして北の山岳には瘴気が湧き森林地帯広がるロンフェロー地方があった。


 アストレア王国とファストーロは当時から国交を開き貿易も盛んであったが北にはロンフェロー大森林、中央にはベルト山脈、海路は海流が激しく、ドレスデン帝国経由での陸路に頼らざる得なかった。


 当然、通行税はドレスデン帝国の言い値であった。


 しかし、魔王襲来と言う厄災をきっかけにロンフェローの瘴気が浄化され、森林地帯の多くが焦土化した。

 アストレア王国とファストーロは共同でこれを開拓。

 アストレア王国第二王子オセロットとファストーロ第一王女カリーナが結婚、オセロットが国王となり、新たな国、ロンフェロー公国が建国した。

 そして、当時よりロンフェロー公国国王には国王としての顔ともう1つ、アストレア王国とファストーロの大公と言う身分も受け継がれている。


 そして近年、物流の主流はドレスデン帝国経由では無く、ロンフェロー公国経由となった。


 4大大国に名を連ねる大国ファストーロ、数多あまたの英雄を輩出して来たアストレア王国。

 さらに、小さくも資源に恵まれ、商業盛んなロンフェロー公国。

 密な同盟関係である3国は世界最大の勢力として、世界での地位を確立している。


 当然、それを良く思わぬ国も多かった。



 とある領主の屋敷。



 「ベンゼリン閣下、各国円卓に集まって御座います」


 「うむ、バルドスご苦労だった、お前は引き続き例の計画の指揮を取れ」


 「はっ!」


 「サージェス、お前は同席しろ」


 「はっ! 父上」


 「おっと、そうであったバルドス、頃合いだろう奴を呼び戻せ」


 「はい、ファントムですね、では例の計画も?」


 「時期尚早ではあるがな、復讐の時だと知らせてやれ」


 「はい、直ちに」


 ベンゼリンはゆっくりと椅子より立ち上がり、息子であるサージェスを連れ円卓のある部屋へと足を進める。


 広い部屋、中心には十数人ほどが席が用意された円状の大きなテーブル、そこには上座も下座もない。

 円卓には11人の高貴な格好をした要人たちが席に着き、その後方には1人ずつ従者が付いている。

 部屋は薄暗く、人物たちの顔をハッキリとは拝む事は出来ない。


 そんな部屋にベンゼリンが入室すると、要人たちは席を立ち迎えた。


 「お待たせした、ローゼンマルク教国公爵、ベンゼリン・フォン・ローゼンマルクである、本日はお集まり頂き感謝する」


 円卓に集まりし各国の要人たちは、無言のまま皆席に着く、それを待ちベンゼリンも静かに席に着く。

 

 「では、今回の議題も前回に引き続き、予言の「ま、待たれよ!」


 円卓に座る1人の男がベンゼリンの言葉を遮る。


 「アルカーナ大陸の件はどうなったのだ! 前回も前々回も議題は予言の巫女の捜索、なぜっ! 我々はもう限界なのだ!」


 集まる者の大半は呆れた表情浮かべたが、そうでは無い切羽詰まった表情の者もいた。


 「また貴殿か、その件については準備に時間がかかると申したはず、それでもと言うのであれば、アルカーナ大陸の各国でどうにかすれば良かろう」


 静かな物言いで答えるベンゼリン、当然、男は納得しない。


 「ば、馬鹿な! 我々だけでは出来ぬから、ここに持ち込んだのだ、アルカーナ大陸はあの3国が握っていると言っても過言ではない! 我々は衰退の一途だ!」


 「握っていると言っても、それが国政の努力と言う物だ、物流通行税も適正、貴殿の国がしていた様に不誠実に略取をしている訳ではないのだぞ? マフアー・ドレスデン国王」


 「し、しかし!」


 「まあ、最後まで聞け、我々は表立って動く訳にはいかぬ、表立ってはな、それに我々デゼルト側は貴殿らに援助も行なっている」


 「そ、それはありがたいと思っている、しかし……」


 「準備は進めている、我々も彼の国々かのくにぐにらの脅威は捨て置けぬ、10年、そうだな10年かからずして貴殿らの願いは叶うであろう。

 それに巫女を贄に捧げれば、我々には絶大な加護がもたされる、そうなればファストーロとて敵ではない、まずは巫女だ」


 「そ、それは誠か、信じても良いのか」


 「信じてくれて良い、準備は着実に進んでおる、のお? マリー殿」


 ベンゼリンの左隣に座っていた黒いドレスと黒いヴェールで顔を隠す女性が「はい」と返事をすると立ち上がる。

 円卓に座る者、マフアーもマリーに目を向けた。


 「問題なく、フフフッそうですねぇ近い将来、わたくしたちの預かり知らぬ所で厄災が起きるかも知れません、あくまで預かり知らぬ所でですが、フフフッ」


 不吉な笑みを浮かべるマリー、ヴェールで顔立ちは見えないが口元の真っ赤な紅は皆に印象付けた。


 「と、言う事だマフアー・ドレスデン国王、それに数年の内にクラリス領を手中に収める予定だ、その暁にはクラリス領の半分をドレスデンに進呈しよう」


 「ま、誠であるか! し、しかしクラリスはアストレア王国の傘下」


 「嘘は言わん、まあ、方法は幾らでもあると言う事だ、時間もない議題に入る! では予言の巫女の件だが……」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 季節は秋が終わり、リラ4歳の年が終わろうとしていた。

 この世界では年明けと共に皆が1つ歳を取る。


 そんな肌寒くなったある日の早朝、リラはミラとルークの鍛錬を眺めていた。


 「リラ様、お身体が冷えますよ」


 そう言ってメアリーが私の背中に羽織かける、そんなメアリーも、もうそろそろ11歳になる。

 メイド服に身を包み、ボブヘアの茶色の髪に、頭にはヘッドドレス、メアリーは小さな時より面倒を見てくれるお姉さんであり、私の従者であり、トゥカーナ家のメイドでもある。

 そう、私の髪型はメアリーの真似っこである。


 「ありがとう、メアリー」


 「リラ様は、なぜ毎日早朝鍛錬の見学を? ジル様とグラード様が鍛錬をしておいでだった時も、見ていらっしゃいましたよね?」



 私は昔から早朝鍛錬をみていた、誕生の儀後からはで見る様になった。

 理由は2つ、強くなる為と才とは何なのかを知る為。

 見ているだけで強く? と思う者もいるだろうが、昔から見取り稽古なる鍛錬法がある。

 早朝鍛錬はに集中し、鍛錬の時間は別に設け、心武を行なっている。


 心武しんぶ、あらゆる物をイメージし鍛錬する、側から見れば可笑しな動きに見えるだろうが、列記れっきとした技術……前世では。


 そして才、この才の事も最近わかって来た。

 才がある者はそれを行う時、に自身の身体を動かす事が出来るのだ。

 例えば、目隠しをした状態で両腕、両手首を回し、その後に膝を浮かし両手を合わす、訓練をしていない者がそれをした時、殆どの者が少しズレるだろう。

 手先のズレは剣先、矛先てば大幅なズレがしょうじる、しかし、才を持つ者はその技術に限りズレが生じないらしいのだ。


 僅かなズレ、それを何処がおかしいのだろうと、持ち方を変え、形を変え、正確に身体を動かせる者、そうで無い者、どちらが上達するかなど一目瞭然だ。


 私は正確に身体が動かせる様、鍛錬をして来た……、もし才がそれだけなら私は……。



 「うん、強くなる為にね」


 「え? 見ているだけで強く……?」


 「うん、コツはいるけどね、私もう、めちゃくちゃ強いよ!」


 リラは親指の指紋をメアリーに見せドヤ顔を決める。


 「はい! リラ様がおっしゃるならリラ様はめちゃくちゃお強いです!」


 メアリーは嬉しそうに満遍の笑みを私に向けた。



 早朝鍛錬を終え、朝食を終えると母様とロザリーは仕事へと出かけて行く。

 そして私は恒例となった奇行に走る。


 「はちょーっ!」


 リラは自身の部屋より飛び出し、今日も逃走する。

 それにいち早く気が付いたのはメアリーだった。


 「ルーク様! リラ様が、リラお嬢様がまた、2階の窓から逃走しました!」


 「なっ、今日は行動が早い! メアリーさん、留守を頼む!」


 「はい! これ、追跡用の魔道具です!」


 「あ、あのガキ! もうあんた所まで!」


 ルーク、本名をルーク・クラリス。

 ルークは多くの才を持ち、14歳にして上級騎士をも超える力を持つ、いわば天才、それは周知の事である。


 それはリラも知っていた。


 初等学園入学まで1年と少しに迫る中、リラはある思いを強く抱く様になった、それは……


 ——ヤバイ! 自由にやりたい放題出来るのも後僅か、淑女を目指し、お淑やか?を心がけていた私だけど、前世は多分違ったらしい!

 やりたい放題のこの状況……、ウキウキが止まらない!

 

 ルークから全力で逃げる事20分。


 自宅から中央区を走り抜け……。


 西区を走り抜け……。


 門番のザンザス静止を振り切り王都外へ……。


 そして……リラは西の森の手前であえなく御用となる。


 「ちっ!」


 ルークは親猫が子猫を捕まえる様に、リラの首根っこを捕まえ、リラの足はプラプラと宙を浮く。 

 諦めたのかリラは一切の力を入れていなかった。


 「はぁ、はぁ、い、今、し、舌打ちをしましたか……、この口は!」


 「舌打ちなどしておりません、淑女たる者、舌打ちなどする訳もありません」


 足が地面から離れ、脱力の極意に達していたリラほ、いとも不思議な格好でドヤ顔を見せる。


 「淑女!? 淑女は2階の窓からお出かけになどなりません! 毎度毎度……、そもそも何故、貴女は息を切らしていないのです!」


 「淑女たる者、醜態はさらせませんわ」


 「……」


 お手本の様なドヤ顔とはこう言うのを言うのだろう。

 ルークは深いため息を吐いた。


 

 捕まった状態のまま連行されるリラ、王都西門の前に差し掛かると、門番衛兵のザンザスに穏やかな笑みを浮かべ「こきげんよう」と手を振る。

 足がプラプラしていなければ、何処ぞのお嬢様かと思われたかも知れない。


 「ルーク様、今日は随分と手こずりましたね、嬢ちゃん、今日はどちらまで?」


 ザンザスは毎度の光景を笑いにも近い笑みを浮かべ楽しそうに話す。


 「はい! 森の手前まで行ってやりましたよ! 次こそは森の中で森林浴ですわ」


 疲れ果て、諦めに近い表情を浮かべるルークを尻目にリラが元気よく答え、何故か小さくガッツポーズを決める。


 「マ、マジかよ……」


 リラが無才である事は周知の事である。


 他者をおとしめ、自らを有能と見せる貴族も多く、騎士爵家の娘程度あっても、格好の話題、それは瞬く間に広がっていた。


 そんな5歳にも満たない無才の少女が、騎士や衛兵ならば知らぬ者がいない程、有能で有名なルークから森の手前まで、捕まらずに走り抜けのだ。

 毎日鍛錬をしている騎士や衛兵含め、ルークから森の手前まで走り抜けられる者がどれ程いるか、ザンザスには数える程しか思い当たらなかった。


 「ザンザス、女神様も万能ではないらしい、私にはリラお嬢様に、お転婆の才が見える気がするよ」


 「ルーク様、そら〜、気だけじゃねぇよ、俺にはバッチリ見えるぜ」


 そんなルークとザンザスの会話を聞いていたリラは……。

 

 本気で照れていた。


 「「……」」



 無才の天才、リラ・トゥカーナ。


 彼女の伝説は始まったばかりだ。


 

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