第7話 黒猫のトト

 この世界は大小、8つの大陸からなる。


 中でも人族の人口が多い大陸が2つある。

 四大大国の一国であるファストーロを筆頭に7つの国々と4つの部族、多種多様な人族が住う南東の大きな大陸、アルカーナ大陸。

 そして四大大国であるローゼンマルク教国やノートザムル、四大大国には劣るものの大きな国土を持つライオス帝国など、10の国々が点在する南西の大きな大陸、デゼルト大陸である。


 そんなアルカーナ大陸とデゼルト大陸の間に小さな大陸、デア大陸がある。

 このデア大陸は、周辺の海流も穏やかでアルカーナ大陸とデゼルト大陸との貿易には必要不可欠であった。

 


 古くより多くの国々がこの大陸領土を欲し、幾度となく争い、多くの骸を積み上げた。

 そんな欲望渦巻くデア大陸、遂に200年ほど前、ある厄災がもたされる。


 度重なる争いで負の瘴気が増大、魔物たち狂魔と化し溢れ、たちまち死の大陸へと変貌を遂げる。

 無慈悲に行われる殺戮、殺し、殺され、また殺す……。

 地獄と化した大陸には昼も夜も生き物たちの悲鳴がこだました。


 そんな地獄に更なる恐怖、魔王が現れる。


 負の王の力に取り憑かれ、力を我がモノとしようとした熾天使カルディナの成れの果て……。


 魔王カルディナは負の眷属たちを従え、デア大陸に存在する全ての人族を滅ぼすとアルカーナ大陸に牙をむける。


 戦いは熾烈を極めた、多くの人々が死に多くの領土が焦土と化した。

 そして当時12の国が存在していたアルカーナ大陸であったが、それを7つに減らしたある時、魔王カルディナは不可解な沈黙をする。

 負の眷属の進行も止まり、それはアルカーナ大陸の国々にとって反撃の準備期間となった。


 十二英雄……。


 世界から集まった12人の強者たち、更には各国から集まった戦力は実に50万を超え、人族は反撃に出る。


 決戦の地はロンフェロー。


 少量ではあったが瘴気が漏れ出す山岳地帯に魔王が居座っていた。


 待ち構える魔物たちを倒し、一歩、また一歩と魔王討伐軍は歩みを進める、そして、魔王カルディナとの戦いが始まる。


 魔王と対峙したの十二英雄の面々であった、一進一退の攻防、両者共に死力を尽くした戦い三日三晩続いたとも伝えられ、十二英雄の1人英雄ウェズリット・バーンの命をかけた一撃によって幕が降りる。


 その後、数多の国々や聖教が会談の場を設け、デア大陸平和宣言を発表、この時よりデア大陸平和宣言歴が始まり、ガルド歴に終止符が打たれた。

 

 現在デア大陸は6つの国々が共同で運営、自由貿易地域として活用され、国境無き大陸として様々な国の名産が集まり、観光地としても賑わいを見せている。


 そして、デア大陸平和宣言歴は、いつの間にか聖法歴と呼ばれる様になって行った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「なに!? まことかロダン!」


 ロンフェロー公国、王都ミズリーの王城、王の間にて国王であるグラハム・フォン・ロンフェローが宰相であるロダン・リッケルマンに声を荒げる。


 「陛下! お静かに、まだ極秘でありますれば……」


 「あぁ、すまぬ、続けてくれ」


 「はい、ローゼンマルク教国が異世界召喚の準備をしているとアストレア王国より情報が共有されました。

 聖教の者も裏で動いている様です。

 表向きは魔王復活の予兆があるとして、有事の際の準備であるとローゼンマルクより回答があったとか」


 「はぁん? 魔王復活の予兆だと! しかもあの国が我々に回答? あり得ん! それにそんな馬鹿でかいエネルギーを何処から! ホイホイと異世界召喚など出来るはずも無かろう!」


 「陛下!」


 「あ、あぁ、すまぬ……」


 「考えられるのは3つでございます、1つ目は既に異世界召喚に至るエネルギーをローゼンマルク教国、もしくは聖教が既に持っている可能性、2つ目ににえによる」


 「に、贄だと!」


 「陛下!」


 「あっ、あぁ……贄によるエネルギーの補填の可能性か……、して3つ目は?」


 「考えにくい事なのですが可能性と言う事では」


 「もったいぶらずとも良い、わかっておる」


 「はい、聖石の発掘……」


 「な! 馬鹿な!! 負の王はそれによって封印されているのでは無いのか! 奴ら世界を滅ぼす気か!!」


 「陛下! あくまで可能性の話、彼の国かのくにでもその様な愚劣は犯さぬと……、しかし想定は必要かと……」

 

 「あぁ、直ちに影を動かせ、まずはヴァナハーデンに向かわせろ、多少動いているのがバレても構わん、牽制にはなるだろう」


 「はっ! 直ちに、それとアストレア王国から異世界召喚が成された後の事で三国会談の申し入れが、ローゼンマルク教国による、デア大陸への侵攻、もしくは周辺国家への侵攻を懸念している様です」


 「確かに有り得ない事では無い……、三国会談か、ロンフェロー公国、国王として来いと言うからには我が国の兵力も戦力として巻き込む腹づもりなのだろうな。

 ロダン、リカードと情報を共有して対策を講じてくれ」


 「はっ!」


 「それと会談の日取りもな」


 「はっ! 調整いたします」

 


 動き始めたローゼンマルク教国と聖教の悪意。


 しかし、今より数年後、それらが思い描く未来図とは、かけ離れたものとなる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 グラードに痴態を晒し、はや1年が過ぎリラは4歳に、魔術も魔法も順調に上達、才がもたらす力の研究も怠っていなかった。


 そして、トゥカーナ家の内情も大きく変わった。


 「な、なんじゃこりゃぁー!」


 「リラお嬢様!」


 ダダダダダッ!


 階段を急いで上がって来る足音、その持ち主はグラード……、ではなく、新しく執事見習いとしてトゥカーナ家にやって来たルークが飛んでくる。


 「ルーク! 今は入らないで!」


 「入らないで! じゃ、ありません! 今度は何をやらかしたんですか!」


 「やらかしてないから、今は入らないで!」


 グラードは70歳を超え、仕事に支障が出る前にと執事を引退、今はファストーロにいる孫家族の近くでひっそりと暮らしているらしい。


 父様もギルド職員から役員に、2ヶ月前にファストーロにあるギルド総本部に単身赴任。

 月に1度は帰って来れると言っていた。


 そして、母様は王城に忍び込んだ賊を鎮圧、功績により6等勲位くんいを賜った。

 騎士爵にも関わらず、上級貴族と同等の身分を与えられた、相当名誉な事らしい。

 それにともない、従者を1人付ける事に……、ロザリーが付く事となった。

 本当はもっと後の話であったのだが、ロザリーが抜けた事でロザリーの娘、メアリーがメイド見習いとして働き出し、ロザリーのメイドの師匠であるフレアおばさんが暇を見つけて指導しに来る事となった。

 兄様は、無事ウェズリット高等学院に合格、学生寮に入り学園が長期の休みにならなければ帰ってこない。


 つまり……、母様とロザリーが仕事に行けば、残るは14歳のルーク、10歳のメアリー、そして4歳の私……。

 

 ヤングマンオンリー! しかもメアリーは中等学園に通う身、私は密かにやりたい放題なのだ!


 「リラお嬢様、わかりました……って! なるかぁー!!」


 「ぎゃぁーー!!」


 ルークが鍵を蹴破りリラの部屋へと入ってくる。

 

 「で、リラ様、今度は何をやらかしたのですか」


 緑色の髪をかき揚げ、ルークは冷ややかな目線をリラに向ける。


 「な、なにも……」


 リラはあせりの表情を浮かべ、ルークから目を逸らす、何かを隠している事をルークは瞬時に悟った。


 ルークは部屋を見渡すとある事に気がつく。

 隠れているつもりなのか、部屋の角に頭を向ける黒い小さな生き物が震えている。


 黒い小さな生き物は、ゆっくりと首を動かしルークと目が合うと「にゃ、にゃー」と鳴いた。


 「ちっ」


 「舌打ち! 今、舌打ちをしましたか!」


 「し、していませんわ! 淑女たる私が舌打ちなどする訳もありません!」


 「淑女? リラお嬢様、貴女に淑女としての自覚があるとでも言うのですか?」


 「も、もちろんです……」


 「はぁ……」


 ルークは右手を額に置き、深いため息を吐く。

 

 「それで、その子猫は?」


 ……。


 「トトと言います、か、買う事にいたしました」


 呆れた表情を浮かべルークが言う問いに、リラは部屋の角で震えている黒い子猫を胸の前まで持ち上げ回答する。


 「魔物の類いではないのですね?」


 「も、もちろん……」


 ルークはぎこちないリラの返答に、近づきリラと子猫を凝視する。


 ……。


 ……。


 ルークの沈黙の凝視にリラとトトはあせりの表情を浮かべ、うっすらと脂汗の様なものを流す。

 そして、リラとトトは何故か同時にルークから目を逸らす。


 「魔物では無さそうですね」


 「ほ、ほんと!?」


 魔物では無いと言うルークの言葉に食い気味に言葉を発するリラ、当然何も知らなかった事が露呈ろていする。


 「リラお嬢様……、わからずに拾ってきたのですか?……」


 ルークは呆れた物言いでリラに視線を送った。


 とりあえず今夜、母様に話し、飼う許可だけは貰うと言う事で決着、ルークは部屋を出て行った。



 この子猫、トトは1ヶ月ほど前から私の部屋……? の住人、いや、住猫である。

 そう、私は1ヶ月もの間、隠し通していたのだ!

 それにルークは「拾ってきたのですか?」と言っていたが、そうでは無い。



 ……出て来たのだ、そう、から……。



 1ヶ月ほど前、私は書物を読み漁っていた。

 家にある書物やトト様の古巣であるギルド、近所の知人など、借りたり、読ませてもらったり、私はかなりの書物を読んだ。

 中でも魔導書の類は必死に目を通した。


 そして、わかってしまった事が……


 ——やっぱりそうだ、この世界の術式はガチガチ……。

 何もかもが組み込まれている……。


 使用するマナの量から、その魔術が及ぼす効果に至るまで……、


 この世界にはマナコントロールが存在しない?


 私が知っている魔術、いわゆるこの世界で言う魔法だが、自身とマナとの対話によりマナに自身の意思を宿し、その意思に応じてある程度、術式が刻まれる。

 後は環境、状況に応じて術式を足し、完成させるのが一般的。

 そりゃ当然でしょ、殴るって行為一つ取ったってそうだ。

 顔を殴る時、腹を殴る時、カードされている上から殴る時だって殴り方は違うし、そもそも人によって、その殴り方も違う。

 魔術だって魔法だって同じだ。

 通常時に使う火魔術と雨か降っている時に使う火魔術と同じ訳がなかろうが!


 魔術の長所は安全性と威力、短所は発動までの時間とマナ消費、それに属性が限られる事。

 この世界の魔術は……。

 最大の長所である威力を固定し、無駄の多い術式、環境によってはクソの役にも立たない。


 な、なんだこの世界の術式は! 長所を抑え、短所を伸ばす……、こわっ!


 リラは知識を得て、その知識の研究に余念がなかった。


 指輪と言う媒体を手に入れた事により、密かに魔法もメキメキと上達したリラ。

 そんな魔術や魔法を探究していたある日、ふと1人の女性を思い出す。


 『サクラさん』


 黒髪に黒に近い茶色の瞳の二十歳はたち前後の女性。一緒に精霊が2匹、確かメリルとマグ。


 ——そうだ、確か一緒に精霊が……、そう、メリルとマグ。

 薬臭い小さな家……。

 サクラさんは何かの薬を作っていた……。

 私は……。


 ——そうだ! マッサージを教わった!


 リラが前世の事を少しずつ思い出し、マッサージを思い出した所で、頭の中に例の文字が現れる。


 

 『ケットシー』



 ——な!? 久々に何か出た!


 もしかして前世の事を思い出すと……? 記憶が関係してる?


 私は恐る恐る、ケットシーなるモノを指輪から取り出した。


 それが私とトトの出会いであった。




 ケットシーを呼び出せる様になった次の日から私は……。


 何故か今世紀最大の筋肉痛に襲われ、それは1週間ほど続いた。


 ケットシーは黒い子猫の姿をしている、艶のあるふわふわの毛に、真っ赤な瞳……。


 ——うん、を身につけた私とお揃いだね。


 私はケットシーに出会い、生活のリズムが大きく変わった。

 魔術や魔法の研究は程々に、ケットシーの能力に重きを置いた。


 子猫にも関わらず、驚きの速さで走り……。

 子猫にも関わらず、凄いジャンプ力……。

 子猫にも関わらず、壁を歩き、天井を歩いた。


 ——おめぇー、何者だよ!!


 他にもわかった事がある。

 それは人の言葉を理解すると言う事、多少、無茶な注文をしてもそつなくこなす。


 そんな不思議子猫の生態を観察をする日々を送る事、1ヶ月、ふとケットシーに名前を付けようと思い立つ。


 ——やっぱり、名前はあった方が良いよね!

 父様ととさまがファストーロに旅立ち2ヶ月、月に1度ほどは帰って来るのだが、父様のポンポンに飢えていた私は、トトと名付けた。


 「な、なんじゃこりゃぁー!」


 私がトトと名付けた瞬間、おびただしい数の黒い子猫、子トトがワラワラ、にゃーにゃーとトトから分裂する様に現れたのだ。


 私は急いで子トトたちに戻る様指示、事態はすぐに収まったのだが……、その声にトトが怯えたのか、部屋の隅で震えていた。


 「リラお嬢様、わかりました……って! なるかぁー!!」


 「ぎゃぁーー!!」


 その後の研究でトトからだけでなく、指輪からもトトの様に子トトを召喚出来る事を知り、そしてこの日の夜、トトは、トゥカーナ家の一員となりました。


 子トトは……、秘密にした。


 

 

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