第5話 不思議な指輪

 誕生の儀を終えたリラたちは友人たちと約束があるジルを残し帰宅していた。


 「リラ、大丈夫かしら……」


 「まぁ、ショックだろうな……」


 ミラとヴァンはリビングで心配そうに話す。

 

 リラが無才であった事はグラードやロザリーの耳にも入っていた。


 「グラード様……、女神様はなぜリラ様にこの様な試練を……、酷すぎます……」


 「……リラ様の成長は驚くべきものでした、本格的な訓練はまだですが、幼少の頃のジル様よりも上かも知れません……、それが才が1つも……、今はそっとしておいて差し上げましょう」


 トゥカーナ家の皆は一様いちようにリラを心配していた。


 一方その頃、リラは自室に篭り頭を抱え。


 ——……杖って言ったっけ、指輪だったけど……、きっと役に立つはずだよって、才なんかよりも、もっと良い物だよって……、それ……、どこにあんだよ!!


 指輪を探していた。


 私は教会からの帰り道、何度も何度も服のポッケやポシェットの中をまさぐった、が、どこにも指輪らしき物は見つからなかった。

 家に着くと、すぐさま2階にある自室に篭り、ありとあらゆる所を探してみたが指輪らしき物は見つからなかった……。


 そして、頭から色々な事が離れぬまま、翌朝をむかえた。


 ……全然眠れなかった。


 「おはようございます」


 そう言ってリビングに降りて来たリラを見たトゥカーナ家一同は絶句する。

 リラの寝起きの姿、いや、一睡も出来なかった姿は、皆がこれまで見たことがない程に悲惨なものであった。


 昨日は眠れなかったの?


 普段なら、そんな言葉をかけただろう、が、皆はリラが無才であった事を知っていた……。


 どうしたの?


 普段なら、そんな言葉をかけたかも知れない、が、皆はリラが帰宅後、自室に篭り悩んでいた事を知っていた……。

 

 いつもとは違う空気感の中、朝食を終えるとミラは仕事に、ジルは以前から約束していた友人たちの元へと出かけていった。


 才がなかった事で重い空気になっていた事に気が付いていたリラであったが、指輪の事が頭から離れなかった、しかし、ふとある事を思い出しヴァンに声をかける。


 「そだ父様! お祭り! お祭りは?!」


 何時もと変わらぬリラの元気な言葉に戸惑いながらもヴァンが答える。


 「お、おう、早いけど行くかぁ〜!」


 「はい!」


 そんな元気なリラの姿に、グラードもロザリーもホッと胸を撫で下ろし、ヴァンとリラを見送った。


 ——みんな落ちすぎでしょ、流石の私もちょっと不安になってきたよ……、才が無くても微々たる差なんだよね……?


 リラは知らなかった、才とは平均3つほど、多い者では10を超える才を持つ事に……。

 ごく稀に1つと言う者もいるが、0と言うのは前例がない事に……。


 「リラ、気にする必要はないからな」


 南区に向かう道中、ヴァンが優しく声をかけ、リラの頭をポンポンとする。


 「うん! リラ、才が無くても大丈夫だよ!」


 リラの明るい笑顔と言葉にヴァンは目頭を熱くした。


 南区のメインストリートには多種多様の店がのきを連ね、早い時間にも関わらず、多くの人で賑わいを見せていた。

 南区は平民が集ういわば下町、上品とは言えないが、活気に満ち溢れ人々の顔は生き生きとしている。


 ヴァンが南区に住んでいた平民であったと言う事もあり、知り合いが多く、すれ違うほとんどの人に声をかけられ、リラもその雰囲気を楽しんだ。


 「フーガの所は今日行ってるってよ、確か2番目が成人、5番目が誕生の儀だったか」


 「あぁ、しかも今年6人目が産まれるらしいしな、ヴァン、お前も見習えよ、なぁ、リラちゃん弟か妹欲しいよなぁ?」


 「うん!」


 「っ、ローお前リラの前で何て事言うんだよ! あっ! そういやぁ〜遂にハバネラねーさん結婚するらしいぞ!」


 父様はローさんに捕まり話し込んでいる、昔、一悶着あったらしいけど、今は本当にそんな事があったのかと思う程に仲が良い、母様の元上司で今はハンター、クランのリーダーでもある。


 ん?

 

 そんな父様たちに相槌を入れつつ辺りを物色していると、空から一筋の光、あの不思議な空間で見た優しい光がとある露店へと指す。


 「と、父様! 父様あれ!」


 「どした? 欲しいモノでもあったか?」


 ——え? 見えて……ない?


 辺りを見渡しても光を気にする者は1人もいない。


 ——私だけ?


 リラはヴァンの手を光が指す露店へと強引く。

 そこはアクセサリー店、不思議な光は屋根を貫き、1つの指輪を指していた。


 「父様! リラこれ欲しい!」


 リラが指輪を手にして言うと、光は指輪に集まり緑色にうっすらと輝き出す。


 「ん? リラが目の色変える何て珍しいな、オヤジこれいくらだ」


 緑色に輝く、何かの金属の様な物で作られた何の装飾もされていない指輪。

 それは紛れもなく、あの不思議な空間で女騎士に渡された指輪であった。


 「そこにあるのは全部1万Gガルドだ、嬢ちゃん、こっちは3万だか石付きだぞ、どうだ?」


 店主は宝石が付いている装飾品を進めるが、当然リラは見向きもしない。


 「ううん、これがいい」


 「オヤジ、これをくれ」


 ヴァンは小金貨を1枚取り出し、店主に渡す。

 

 指輪を買ってもらったリラの興味は指輪だけに注がれた。


 ——間違いないあの時の杖だ、指輪だけど……。

 杖、杖かぁ、杖要素が一切ない……、あっ、それにあれだ! 手紙!

 

 リラは右手の親指と人差し指で指輪を摘み、近目で、遠目で観察するとおもむろに右手の人差し指に指輪を通す。

 すると、さっきまで光って見えていた指輪は、その光を失った。

 

 光が消えた事に気にはなったが、今は取るに足らぬ事、兎に角この指輪が何なのか早く知る事こそが私に取っては1番なのだ。


 私は指輪を調べた、それはもうくまなく……。


 「リラちゃん良かったな」


 指輪をいじり倒し、指に着けガン見するリラの姿を見たローは、優しく微笑みながらリラに言う。

 ローの目には気に入ったオモチャを与えられた子供の姿に映っていた。


 ——この指輪……、不思議な光に、この見た目、間違いなくあの指輪だ。

 時間はあるんだ、少しずつ調べれば良い! これで今日はぐっすり眠れる!


 私はローさんの言葉に「うん!」と満遍の笑みを浮かべ答えた。


 

 指輪を手に入れた後の事はあまり覚えていない。

 確か、色々な人に声をかけられ、所構わず愛想を振りまいた。

 出店を色々回って……、お昼を食べて、誕生の儀のお祝いに服を買ってもらって……。

 あっ、そうそう、酔っ払い同士の喧嘩なんかもあった。


 少しずつ調べれば良い! とは思ったが……。

 そう! 無理! 指輪の事が頭から離れなかった。


 杖? 役に立つ? 手紙?……。

 気にならない訳がない。



 そんなこんなで、南区のメインストリートを一通り見て回った私たちは、帰路についた。



 「ただいま……」


 「お帰りなさいませ」


 出迎えてくれたのはグラードだった。

 ロザリーは食料の買い出しに出かけたらしい。


 「少々疲れたので、自室で休んできます、父様、今日はありがとうございました」


 指輪の事で頭がいっぱいだった私は、速攻で自室に駆け上がった。



 「少々、元気がない様に見受けられましたが……」


 「あぁ、無才である事がもう、下町にまで知れているらしい。

 ヒソヒソと話題にしていた奴らがいやがった、教会もザルだな、連れ回したのは失敗だったかも知れない……」


 「こう言った話は広がるのが早いですからね……、小さいリラ様にはこたえるでしょう……」


 「こんな時に悪いんだが、ローと約束しちまってな、これから出向きたいんだが……」


 「大丈夫です、私が目を配りましょう、ヴァン様もこれからお仕事で、そうそうご友人に会えなくなります、いってらっしゃいませ」


 「グラードさん、悪いな」


 「いえいえ、リラ様は私にとっても孫の様な存在です、お任せください」


 リラを心配する2人、ヴァンは再度南区へ、グラードはリラのおやつの準備に厨房へと足を運ぶ。



 その頃リラは、自室にて指輪と格闘していた。



 そして今日、この後、リラはグラードに痴態を晒し、グラードは見てはいけないモノを目にしてしまう事となる。

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