第4話 無才の少女

 ゴーン、ゴーン、ゴーーン……。


 教会の鐘が誕生の儀の始まりを告げる。


 ジルは鐘の音を聞くと両親の方に指をさし、リラに両親に元へ行く様促す。


 「はい! ではジル兄様、御学友の皆様方、行ってまいります」


 リラはスカートの端を摘み頭を下げる。


 3歳とは思えない仕草に皆、驚きの顔を見せ、リラはそんな光景を尻目にソクソクとその場を後にする。


 

 両親の元に歩みを進めるリラは途中、両親と貴族風の家族が親しげに会話をする姿が目に入る。

 騎士爵家の娘であったリラはこれまでに貴族と呼ばれる者たちと会い、話す事はあったがその機会は多くはなかった。

 貴族と話す両親の姿を見たのは数回、しかし物珍しいこの数回はリラに強い印象を与え、その光景は脳裏に蘇る。



 ——失礼のない様にしないと……。



 「お話中申し訳ありません、お初にお目にかかります。

 母ミラ・トゥカーナ、父ヴァン・マーネンが娘、リラ・トゥカーナでございます」


 リラはスカートの端を摘み、華麗に優雅に頭を下げる。


 「「「……」」」


 同い年とは思えないリラの仕草を見たエレンは、憧れにも似た感情を抱き無意識のうちに、ため息の様な声を漏らす。


 「ど、どこで覚えたのかしら……」


 目を丸くしてミラが言う。


 「お、俺は教えてねーぞ……」


 目を丸くしてヴァンが言う。


 「お、驚いたぞ、こんなに小さいのに……」


 目を丸くしてヒューリ子爵が言う。


 そんな中、ヒューリ夫人が一括を入れる。


 「貴方! 歳など関係ありません! 淑女たるリラ様がご挨拶して下さっていると言うのに、何を呆けているのです!

 主人が失礼いたしました、わたくしモント・ヒューリの妻、エルカと申しますわ」


 エルカはスカートの端を摘み頭を下げる。

 それは完璧と思われたリラの動きとはまた違う、力強い大人の魅力を感じさせるものだった。


 この時、母とは違う女性の魅力を目の当たりにしたリラは淑女に、淑女と言う言葉に目覚める。




 ぞろぞろと3歳になる子供を連れた家族は列を成し教会へと入って行く。

 トゥカーナ家もヒューリ家も、その列へと加わった。


 列の周りには、祝福する者たちが群がっていた。

 拍手をする者、祝いの言葉を送る者、中には祖父母だろうか、涙を流している年配の者も見受けられる。


 私が思っていたよりも、この世界では一大行事の様だ。


 教会に入ると、そこには異世界が広がっていた。

 高い天井に広い空間。

 様々な所に描かれている神秘的な絵の数々。

 天井や窓に設置されているスタンドガラスは太陽の光を受け、きらびやかに多彩な色を発光させている。

 そして、それは光沢のある石が並べられている床や、高価と思われる置物や長椅子を装飾していた。


 子供たちは、その異世界をキョロキョロと見渡し、ざわめき、リラも思わず「わぁ〜」と声を上げるがヴァンに優しく頭をポンポンとされ沈黙する。


 教会に入った家族たちは、教会の者たちに誘導され長椅子に着いていく。

 全ての家族が席に着くと、この教会の司教であろう白いローブに身を包む壮年の男が挨拶を始める。


 「つつがなく、この日を迎えられた事、まずはお祝い申し上げます」


 広い大聖堂内は、司教の声を反響させ席に着く者たちの耳に飛び込む。

 僅かに騒ついていた子供たちも沈黙し、司教へと興味を向けた。


 「今回、誕生の儀を担当させていただきます、聖ローナン大聖堂、司教のレント・カーリーと申します」


 レント司教は挨拶から始め、儀を行う手順、注意事項などを説明し、奥の部屋、祈りの間へと消えていった。


 「では、誕生の儀を始めさせて頂きます」

 

 教会のシスターであろう者が1組ずつ順番に祈りの間へと案内を始める。


 そして、誕生の儀を終えて行く、1組に要する時間は3分程度、みるみる家族は減って行き……。

 

 「リラ、いくわよ」


 私たちの番になると母様が私の背中をポン叩く。


 母様に促され、シスターの案内で祈りの間に入ると、そこは思っていたよりも広く、中央の祭壇の奥には、左右6枚ずつ、12枚の翼を生やした女性の像が祀られていた。

 

 祭壇の前にはレント司教を真ん中に、2人のシスターが立っている。


 「お名前は?」


 レント司教の問うと、リラの脳裏にエルカの言動が鮮明に蘇り、リラはそれを模写した。


 「リラ・トゥカーナと申しますわ」


 「!!ッ」

 

 一瞬、ハッとした表情を見せたレント司教であったが、何事もなかった様に儀を進める。


 「リラ、この筒を持ち祭壇の前へ」


 リラは静かに「はい」と答えると祭壇の前で跪き、ミラもヴァンも、それに続いた。


 「ではリラ、復唱し、祈りなさい」


 「「わたしくリラ・トゥカーナは、女神アージュランテ様の庇護を離れ、両親の元へと参ります。

 願わくは、私と家族に寛大なる加護があらんことを」」

 

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 リラの意識は優しく光で満ちた不思議な空間にあった。


 どこ……? ここ……。


 いや……、知っている? 来た事がある……。


 いつ……?


 《……い! おーい!》


 声が聞こえる……。


 ……、誰?


 《やぁ〜、ど〜もど〜も! おひさ〜元気してたぁ?》


 『え?……、誰?……女神…さま?』


 《えぇぇぇ!? うそん、ショック! わたし、私、忘れられちゃったのかなぁぁぁ〜?》


 リラの視界が少しずつ鮮明になって行く。

 リラは誕生の儀に参加した服装のまま見知らぬ空間に立っていた。

 目の前には……、あたかもショックを受けている風の四つん這いになる白銀の鎧に身を包む若い女騎士。


 ショックを全身で表す、いわゆるコテコテである。


 『ご、ごめんなさい……。貴女はどちら様でしょ……』


 《よっしゃー! 言質げんちとった! とったんだからね! 次会った時覚えてたらと言う約束だったんだから、後で思い出したは無しだからね!》


 『え?』

 

 リラは思いもやらぬ人物の登場に困惑の表情を見せる。


 《いやぁ、覚えてたらどうしようかと思ったよ、マジでぇ! でもさ転移が転生になったくらいであんなに怒るかねぇ、全く。

 まっ、ちょっと強引だったって反省はしたんだよ? 2、3分は》


 『あの……』


 《まあ、それでも私との約束は守ってもらうよ、約束は約束だからね! だってリ、リ……、そだっ! リラちゃん! キミがそっちの世界に行きたいって言い出したんだから!》


 『え? ちょっ』


 《それでも破格なんだよ? 普通『あっちの世界に送って!』って言われて、はいそうですかってならない訳だしさ》


 『は、はあ!?』


 《あぁ、そうだ! 私が謝る事でもないんだけど、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだよ? 時間軸の調整をミスっちゃってさ……あれ? それってキミだっけ?

 まっ、いっか、どうせピッタリなんて無理な訳だし、あっ、それとこっちの世界は》


 『あの!! 意味がわから』


 喋り続ける女騎士、リラは声を荒げそれを遮ろうとするが、そうはならない。


 《あっ、ちょっと待ってね、こっちの世界はリ、リ、そう、リラちゃん、もう覚えた! リラちゃん達のおかげで救われそうだよ》


 喋り続ける女騎士に、リラは声を荒げそれを遮ろうとするが、そうはならない。


 ——……続けるのかよ


 《本当、あれから大変だったんだから! 世界を支えてくれそうだったリラちゃんには断られるし、他に目星めぼしい神候補なんていなかったしさ》


 『はあ?! ちょとまて! い、今なんて?!』


 《だから、ちょっと待ってね、だから適当にほら、あの剣、魔王の剣! アレを神様にしちゃったよ!

 やあ、何でもやって見るもんだよね、それがバッチリ決まっちゃってさ、世界の支えになってくれちゃったのよ、これが、しかも! 私の仕事が》


 『ちょっと待てー!! 全然意味がわからねぇーよ!』


 《だから、ちょっと待っ》


 そして、遂にリラがキレる。


 『またねぇーよ!! 今、神とか、 いや、そもそも貴女は誰なの? 転移とか転生とか、あっちの世界とか、しかも私が送ってって言ったとか!』


 《だから、ちょっと待っ》


 『はあ?! つづけさせねぇーよ!?』


 《『……』》


 《あれから私の》


 『いわせねぇーよ!?』


 《『……』》


 《じゃあ、こうしよう! 質問の回答は手紙で伝える事にします! 大丈夫、私は約束を守る子だよ、それに、話せば長くなっちゃうし、リラちゃんがここにいるのにも限界があるじゃん?》

 

 『は?……限界って?』


 《そらそうでしょ、私だって完全に時間を止める事なんて芸当、出来る訳ないじゃん! 今のリラちゃんの身体は抜け殻なんだよ?

 長い事ほっとけば戻れなくなって死んじゃうじゃん? 常識だよ》


 『はあぁぁぁ?!! テメーそれなのにあんなくだらない話をペラペラ喋ってたのかよ! 

 さっさと本題話に行ってよ! 才だっけ? どうすれば良いの!?』


 《え? 才?》


 『へ?……、て、テメー! 何ボケてんだよ! 誕生の儀は才を授けてくれる儀式でしょうが!!』


 《ん? 誕生の儀ってなんぞ?》


 『ちょっ、ちょっと! ふざけないでよ! 神様なんだから、ちゃんと仕事しなさいよ!》


 《え? 私、神様じゃないよ?》


 《え……?》


 《あっ! 神様! 神様で思い出した! あのふざけた野郎ども、勝手に後からいじりまくりやがって!

 リラちゃん! 大丈夫、安心して!》


 『……』


 《リラちゃんに才は無いから!》


 『はあぁぁぁ!?』


 《そもそもある訳ないから! だってそっちの世界のルールだもん、リラちゃんはこっちの世界の住人だった訳だし、そっちの世界のことわりに縛られたりしない!》


 『え! う、うそ……、じゃあ私は……』


 《大丈夫だよ! そっちの世界でも才があればちょっと楽程度なんだから! 才が無くて頑張ってる人もいるし、逆に努力しなけりゃ才があったって使い物にならないんだから!》


 『そ、そうなの?……、ん?……、じゃあさ、私って何でここに来たの?』


 《ん?……あぁ、その事かぁ、絶対怒るしなぁ……、あっ! ヤッベ 時間、時間がヤバいよ! リラちゃん早く戻らないと!》


 『はあ!? て、テメー、逃げる気か!?』


 《そうだ! 確か……》


 女騎士は空中に黒い渦の様なモノを出現させると、それに手を入れまさぐる。


 《あっ、あった! はい! これ杖、きっと役に立つはずだよ! 才なんかよりも、もっと良い物なんだからぁ〜!》


 『どう見ても指輪じゃねぇーか!!』


 《イエッス! デジャヴ! 中にリラちゃんが知りたいって言ってた手紙も入れといたから、落ち着いたら読んで!》 


 『……もう突っ込まない……もういい……』


 《あああ! 私が嘘言ってると思ってるでしょ! 私は超すんごいんだから!》


 リラの視界が優しい光で満ちて行く。


 《じゃ、そっちの世界の事よろしくね、あっ、そだ約束の子供は、リラちゃんに似た可愛い女の子がいいなぁ〜、よろしくねぇぇぇ!》


 『はあああぁぁぁぁ?!……』




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 さいごに……。


 意味不明なもん、ぶち込みやがって……。




 祭壇の前で祈りを捧げているリラの手の中、筒が眩い光を放つ。


 「誕生の儀は終了いたしました、筒をお預かりします」


 レント司教はそう言うとリラから筒を受け取り、中にある紙を取り出す。


 紙には……何も書かれてはいなかった。


 リラが無才である事がわかった瞬間だった。

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