第3話 誕生の儀

 リラは暖かい家庭に産まれ、愛されながら……、いや、溺愛されながら、すくすくと、それはそれはすくすくと成長しました。


 一般的には6ヶ月を過ぎた頃より寝返りを始め、ハイハイをし始め、1年ほどでつかまり立ち、それより2、3ヶ月で歩き始める。

 その頃には目も遠くまで見える様になり、色々な事に興味を持ち始め、生後1年6ヶ月ほどで言葉を発する。


 しかし、リラは異常であった。


 生後まもなく寝返りをマスターし、6ヶ月ほどで平均的な子供たちの実に10倍もの速さでハイハイし。


 「りゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」


 1歳になる頃には普通に歩き回り、ミラやグラード、たまに帰ってくるジルの稽古を真似しながら、奇妙な動きを奇妙な掛け声と共に行った。


 「はちょっ! はちょっ!」


 そして。2歳を迎える頃には書物に興味を持ち、地図や歴史書など屋敷にある書物をむさぼり。


 「ふむふむ、まっ、マジか!」


 大人の話す言葉を理解し、話した。


 「記憶にございません」


 私の名前はリラ。


 騎士爵を叙爵じょしゃくした母様かあさま、ミラ・トゥカーナとギルド職員である父様ととさま、ヴァン・マーネンとの間に2人目の子、長女として生を受けました。


 銀色にも近い光沢のある透き通る様なグレーの髪、そして、透明感のあるセレストブルーの瞳。

 

 聖女と言っても過言では無い、いや、もはや聖女すらも足元にも及ばないほどの美少女。


 そんな私は今年3歳になる。


 現在は聖法歴224年、何でも魔王が討伐た年に聖法歴が始まったらしい。


 魔王……、なんだか懐かしい感じがする……。


 誰にも話していないのだが、私には不思議な漠然とした記憶がある。

 それは私が生を受けてからの記憶ではなく、


 丘の上に建つ、それほど大きくない屋敷。

 近くには小さな村に……ミカンと言う果物……。

 それと、顔は思い出せないが小さな男の子。


 他にも、初めて聞く国や街、初めて聞いたはずなのに知っている所があった。

 初めて見る物も知っている物が多々あった。


 ジル兄様とは9つ歳が離れ、父様にとって念願の女の子と言う事もあり宝物の様に育てられ、そんな記憶の事など然程気にする事もなく、優しくも楽しい生活を送っていた……、のだが。


 ある日、私は魔法を目にする。



 私が知る魔法とは異なる魔法。



 皆が魔法だと使っているが魔法でない事を私は知っている。


 媒体を必ずしも必要としないマナ放出に、術式や魔法陣の構築……、自身とマナとの対話は無いにしろ、アレは間違いなく魔術。


 私の記憶では魔法と魔術は異なる。

 確かに魔術を魔法、魔法を魔術と言う者も多かったが、その道を生業なりわいとしている者であれば当然知っている事、書物でも調べてみたが、魔術と言う概念、本当の魔法の存在はないらしい。


 私の記憶とはなんたのだろう……、前世の記憶、ありえない事とは思いつつも、それが一番しっくりくる。

 じゃあ、記憶に残る世界とこの世界とは……。

 でも知ってる地名もあった……。

 未来? 過去? 

 最近はこんな事を考え、何時もここで行き詰まる、まあ、そんな事を考えても意味がない。

 きっと知る事が出来ないのだから……。



 そんな事を考えてた私は今日、不思議な体験と共に不思議な人物に出会う。



 はいったい何だったのだろう……、それに約束って……。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「ほら、リラいくよ〜」


 ジル兄様が屋敷の外から私を呼ぶ。

 屋敷の門の外にはトゥカーナ家が保有する馬車が待機している。


 そう、今日は家族みんなでお出かけ、これから私は教会に行き誕生の儀と言うのを受けるらしい……。



 年初めのこの時期、教会で『誕生の儀』と『成人の儀』が行われる。

 誕生の儀……、初めて聞く行事だった。


 誕生の儀は3歳になる年、成人の儀は15歳になる年に大聖堂のある教会で行われる。

 それを聞いた時は教会が、お布施集めの為に行う行事だと思ったのだが、そうではないらしい。



 ——昨晩——



 私は3歳になる年に人となる?



 「ん〜、誕生の儀?」


 私は初めて聞く単語に、疑問を投げかける。


 「そうなんだよ、リラぁ、明日はパパとお出かけだぞぉ〜」


 「父上! 明日は僕も一緒に行きますからね! リラぁ、明日は僕も一緒にお出かけだよぉ」


 ……そして、いつもの言い合いが始まる。


 父様は帰りが遅く、帰ってくる頃には私は夢の中、朝も早くから仕事に向かうので少し顔を合わせる程度。

 一方、ジル兄様はロンフェロー公国とは親友国にあたるアストレア王国、騎士学科の名門、ウェズリット騎士学院に通っており、寮生活。


 そんな事もあり、こんな日は2人とも私にベタベタ、可愛いとは時には罪なのだ。


 ——しかしこの2人……、めんどくせー。


 とりあえず「やったー!」と満遍の笑みを作り、愛想を振り撒く。


 私は空気も読める良い子なのだ。


 「ヴァン君もジル君も、そのうちリラちゃんに嫌われるわよ! 全く」


 そんな母様の言葉に2人は沈黙し、母様は誕生の儀について語り出す。


 「誕生の儀はね、むかし、天啓の儀と呼ばれていたのだけど、当時は事故や病気、ちょっとした不注意で亡くなる小さな子が多かったらしいのよ。

 きっと治療の方法や薬、治療魔法なんかが乏しかったのね。

 それで教会の偉い人がそんな子供たちを少しでも……「そだ! リラそれでな、教会のお偉いさんたちが天啓の儀って呼名から誕生の儀としたって訳だ」


 母様の話を遮り父様が割り込む。

 母様は、私の頭をポンポンすると、やれやれと顔を動かす。


 いつもこんな感じだ。

 

 父様が話を脱線させると母様が話しの方向を修正し、身を引く。


 母様は父様のどの辺に惚れて結婚したのか……、小耳にはさんだのだが、昔は姉弟の様な関係だったとか。


 今度聞いてみよう……。


 「そしてだなぁ、誕生の儀って呼名になった時、3歳未満の子は神の子ですよぉ、大切にそだてなさ〜い! って言ったらしい!」


 ……。


 ——誕生の儀を行い、親は本当の親と認められる。

 それまでの子は、神より授かりし神の子、神子とし大切に育てなさい——


 教会主導で広まった教えは、国や街、村や小さな集落に至るまで広がり。

 当時、不注意で神子を亡くした両親が死罪となった地域もあったそうだ。


 そして、誕生の儀はもう1つ、昔の呼名でもある様に天啓が降りる。

 女神様に祈りを捧げ天より才を授かる儀式でもある。


 

 ——————



 「ほら、リラいくよ〜」


 「は〜い!」


 ジル兄様に手を引かれ馬車に乗り込む。


 馬車は家族4人を乗せ教会へ向かう、およそ15分の短い旅だ。


 4人で出かけるのはいつぶりだろう。


 そうふけっては見たものの、中央区内での移動、街並みもほとんど変わる事なく、教会近くへと差し掛かる。


 「見えて来ましたよ」


 正装に身を包み、珍しく本気の化粧を施した母様が私に声をかける。

 身なりのせいか、外出先で気を使っているのか、母様の喋り方や仕草は何時もより、お淑やかに感じた。


 教会に目をやると思いもしない光景が広がっている。


 教会は思い描いていた物とは異なり大きく、そこには多くの人たちが集まっていた、私は瞳を輝かせジル兄様に向ける。


 「そうか、リラは近所から出るのは初めてだったね、すごいだろ?」


 大聖堂のある教会は基本、司教以上の神官が管理する事となっており、儀とは司教以上の者が行う。

 当然、多くある施設ではなく、ここ王都にはこの時期、周辺の町などから大勢の人々が集まってくる。


 そして、新年であるこの時期、新年や誕生、成人を祝い、街では祭りが開かれる。

 街のメインストリートには、屋台や露店が並び、それに繋がる広場では、多種の店の者たちがチラシをまき、大道芸をする者なども現れる。


 花柳界、色街でもこの時期は昼間から盛んで、成人した息子を社会勉強などと称し父親と共に色街に、その夜、帰宅した父子は鬼と化した女性陣たちによって地獄も経験すると言う。

 

 「えっ! お祭りリラも行きたい!」


 「ごめん、もう約束しちゃってるんだ……」


 ジルは隣国の学園に通っている、久しく会っていなかった学友や恩師、幼馴染たちなど、お祭り期間中はスケジュールは半年前には決まっていた。


 「よぉし、リラ、じゃあ明日パパと一緒に行こう、お祭り」


 ヴァンはジルに断られ、シュンとしていたリラの頭にポンと手を乗せ言うと、リラは笑顔を取り戻し「はい!」と元気よく答える。

 逆にジルはシュンとした。


 

 馬車を降り教会の広場に向かうと、身長の低さからか、遠目で見ていた時より私は圧迫感を感じる。

 母様はジル兄様に「時間までリラをお願いね」と言うと父様と一緒に私の知らない知人と挨拶やら世間話やらを始めた。


 ジル兄様はそっと私の手を握り「リラ、大丈夫か?」と少し両親から離れた比較的、人の少ない木陰へと手を引く。


 再度、周りに目をやると、各々が知人と塊を作り、誕生の儀に参加するであろう幼な子らは、多くの人に当てられ泣いているのが見えた。


 どうやらジル兄様は私に気を使ってくれた様だ。


 気がつくと私たちもジル兄様の友人たち、その兄弟姉妹たちに囲まれ塊になっていた。


 そして私は……チヤホヤされている。


 少し離れた所、母様と父様は多くの人たちに囲まれ見えなくなっていた。



 ミラは近衛騎士団に入る前、ここ王都を守る守護騎士団に在籍していた、市民にとって一番身近な騎士団であり、王都の顔と言うべき騎士団、知人は多い。

 一方ヴァンも産まれは違うがここ王都の南区にある孤児院で育ち知人、友人が多かった。


 そんな2人の元に貴族風の家族が近づく。


 「ミラ様、ヴァン様、この度はお嬢様の誕生、おめでとうございます」


 40歳前後の夫婦だろうか、ミラとヴァンの前で深々と頭を下げる。


 「ひ、ヒューリ子爵! や、やめて下さい! 御立場を考えて下さいよ!」


 「そ、そうです! 妻は兎も角、俺は平民ですよ?!」


 2人は即座に恐縮する、無理もないトゥカーナ家は騎士爵家、基本1代限りの爵位であり、1番下の爵位でもある。


 「はははっ、あなた方は我々の恩人ですからな、ご無礼は出来ますまいて、ほらエレン、挨拶なさい」


 誕生の儀を受けに来たと思われる少女エレンが、母親の影から震えながら、泣くのを堪えているかの様な仕草で顔を出す。


 「え、エレン・ヒーリです……」


 「こら、エレン、ちゃんと出て来て挨拶なさい! 申し訳ありません、やっと子宝に恵まれたと言う事もあり、私も主人も甘やかし過ぎてしまった様です」


 母親の後ろで今にも泣きそうな娘にヒューリ夫人が困り顔を見せ言う。


 ミラはそんなエレンの前で膝を折る。


 「私はミラ・トゥカーナと申します、人がいっぱいだもん、緊張しちゃうよね」


 ミラが笑顔で挨拶するとエレンの顔にも僅かであるが笑顔が戻り、2組の家族は会話に花を咲かせた。


 

 程なく、教会から誕生の儀、始まりの鐘が辺りに鳴り響く。

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