序章 リラと不思議な指輪
第2話 転生
ここはロンフェロー公国、王都ミズリーの中央区。
王都は5つの区画に区分されており、王都のほぼ中央に立派な王城が建つ。
その周り、様々な施設や貴族に役人、裕福な者たちが住う中央区がある。
そして中央区の南、南区に程近い所にトゥカーナ家の屋敷があった。
「ただいま帰りました!」
まもなく9歳を迎える少年が急いだ様子で屋敷に入る。
「お帰りなさい、ジル君」
屋敷の玄関でジルを出迎えたのは、整えられた白髪に髭がダンディなグラード。
王家の執事も務めた人物で、現在はトゥカーナ騎士爵家で執事として働いている。
王家の執事ともなれば執事としての仕事はもちろん、武芸も上級者で無くては務まらない、年老いたグラードは王家の執事引退し、トゥカーナ家へとやって来た。
ジルにとっては剣術の師でもある。
「先生、ただいま帰りました、母上の具合はいかがでしょうか」
「大事ありませんよ、少々お疲れのご様子でお部屋に、今はロザリーが付いていると思いますよ」
「はい、では挨拶をしてまいります!」
ジルはそう言うと駆け足で2階に上がり母の部屋を優しくノックする。
「母上、ただいま帰りました、入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ〜」
「失礼します」
部屋の中には身重の女性がベットに腰掛け、その傍らには20代と思われるメイド姿の女性が立っていた。
「母上、ロザリーさん、ただいま戻りました、母上お加減はいかがですか?」
「ジルお帰りなさい、全然平気よ、お加減も何もちょっと動いて疲れただけなのに、皆が心配しすぎなのです!」
ジルの問いに身重の女性が、わざと不機嫌そうに言う。
ジルと同じく金色の髪に水色の瞳、女性の名はミラ・トゥカーナ、この屋敷の主人でありジルの母親である。
「母上! またグラード先生やロザリーさんの目を盗んで動き回ったのですか! もう母上1人の身体では無いのです、大事にして下さい!」
「そうです! ジル様、もっと言ってあげて下さい!」
詰め寄るジルとロザリー。
しばらくジルとロザリーの2人に責め立てられ、ミラは反省した素振りを見せる。
ミラはロンフェロー公国、近衛騎士団に在籍し、国王より騎士爵の爵位を賜っている。
槍の腕は上位に位置し、女性王族の護衛を専門とする第四近衛騎士団『白雪』の団長でもある。
そんなミラは現在、出産の為自宅休養中なのだが、体が鈍なまる事を嫌い何かに付けて体を動かし、日々皆に心配をかけている。
ジルは、そんな母を心配しながらも騎士としての母に憧れ、騎士を志している。
最近はもっぱらグラードと共に稽古を朝夕、欠かさず行っていた。
「では母上、グラード先生と剣術の稽古をして参ります、くれぐれも無理はなさらないで下さいね」
「もう、わかってるわよ、ジルも程々になさいね、ウェズリットへの推薦を受けたのですから勉学も疎かにしてはダメですよ」
「はい! わかっております!」
ジルはミラの部屋を出るとグラードの指導を受けるべく急ぐ。
屋敷の敷地、ミラの部屋から見える裏庭、そこがいつも武の鍛錬をしている場だ。
「先生! 稽古をお願いします!」
「ジル君は今日も元気ですね」
「はい! 父上は兎も角、母上も産まれて来る子も守れるくらいに強くなりたいのです!
産まれてすぐ顔を見れないのは残念ですが……」
「卒業式が終わったらアストレア王国に御出立でしたね。
残念でしょうが、夏休みの頃には目が見える様になっているかも知れません、立派な兄の姿を見せてあげられる様、頑張りなさい。
では、始めましょうか」
「はい!」
屋敷の2階、ミラとロザリーは優しく微笑み浮かべ窓の下を覗き見る。
「ロザリー、ジルは本当、グラードを慕ってますね」
「はい、まるで本当の祖父と孫の様です。
産まれて来るお子様の為にもグラード様には長生きして貰わなければなりませんね」
「ふふふっ、本当にそうね、ジルとこの子、そしてメアリー、今からそんな光景が楽しみでなりません」
ミラは優しく自身の膨ふくれたお腹をさすりながら笑みを浮かべる。
「い、いけませんミラ様! メアリーは仕える身」
「ねぇ、ロザリー、私たちと貴女たちは家族も同然よ、メアリーにはこの子のお姉さんになって貰わないと」
「そ、そんな」
「ジルは幼い頃から周りに気を使う様な子だったでしょ?
この子はヤンチャな気がするのよね、ヴァンと私の子よ? ジルが良い子すぎるのよ。
メアリーがこの子の面倒を見てくれたら安心だわ、本当よ?」
「はい、メアリー、いえ、私もメアリーも本当に幸せ者です」
ミラとロザリーは顔を見合わせ優しく笑う。
そして数日後、ジルはアストレア王国へと旅立ち、それより1ヶ月程たったある日、ミラは産気づいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
優しい光で満ちた、永遠とも取れる広い広い不思議な空間……。
そこにはベットに寝そべる、白銀の鎧を着た女性が1人と飛び回る小さな光が1つ。
他には何もない……。
肩まで伸びた艶のあるダークブラウンの髪、それに似た色の瞳、歳は20歳前後に見える。
そんな女騎士がベットにだらし無く寝そべっているシュールな絵面。
私は小さな光。
今はこんな形なりをしているが、当然、私の本当の姿ではない。
そして、この女騎士は……。
《じゃっ、そう言う訳だから、よろしくね〜》
女騎士が私に向かい、素っ気ない態度で言い放つ。
『ぬぐぐぐっ、だから聞けぇー! そう言う訳だから〜、じゃ、ねぇーよ! 訳もクソも一方的過ぎるだろ!」
小さな光は、女騎士の周りを激しく跳び回り声を荒げるが、女騎士の反応は薄い。
《だって良いじゃん、キミがあっちの世界に行きたいって言うんだもん、簡単な話じゃ無いんだよぉ?
だからさぁ〜2つくらいお願い聞いてくれたって良いじゃん、良いじゃん!》
そう、私はあっちの世界に
理由は……まあ、兎も角望んでいる。
この女騎士はそれが可能な存在、なんでも神に近い存在らしい。
以前よりその存在を聞いてはいたが、会ったの今回が初めて、ついさっきだ。
『ふ、2つくらいって……』
《良いじゃん! それに1つはキミが望んでいる事でもあるんだし、ねぇ? ウヒヒヒッ》
『ち、違うし! 望んでなんかいないし!』
女騎士は私の事を数少ない自分の眷属だと言っていた。
そして眷属である私なら、あっちの世界に送る事が出来るとも言っていた……。
でも、代償として耳を疑う様な2つの条件を提示された。
簡単な事でない事は理解している、別の世界に行くのだ、簡単な訳がない。
《まっ、難しく考えなくても大丈夫、
それにあっちはちょっと複雑だけど、こっち程ヤバイ状況でもないみたいだし、チャチャっとババっとよろしく頼むよ》
チャチャっとって……、コイツだってあんなお願い無理って事ぐらい……。
『……』
《じゃあ、やめる?》
『それは……』
《ハイッ、めんどい決定! 例の件、約束したからね!》
『え?』
《大丈夫ダイジョブ! キミなら上手く
『ちょ、ちょっと、ちょっと待って!』
《約束忘れないでね、や・く・そ・く》
女騎士が小さな光に手をかざすと光は動きを止め、強く輝き始める。
『ちょっ!』
《あっ! そうだ! 言い忘れてたんだけどさぁ
『はっ、はあ?!』
《あ〜、それだとイージーって訳でもないか……てへっ》
『て、てめー! そ、それって!』
《あー! あー! 聞こえない、聞こえなーい! まあ、次会った時キミが覚えてたら聞いてあげよう! うん、約束だ! じゃっ、まったねぇ〜》
満遍の笑みを浮かべ手を振る女騎士……。
小さな光は、眩く発光させると、静かに消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……。
……あれ?
……。
……約束……。
……。
……やくそく……わたしは……。
「ミラ様! ヴァン様! 女の子です!」
ロザリーが産まれたばかりの女の子を抱き上げ言う。
ん?……ミラ様?……ヴァン様?
「よっしゃー! むすめキター!」
父親であるヴァンは念願だった娘の誕生に歓喜の声を上げ、それを見たミラは「ジルも私と貴方の子なのですからね」と釘を刺す。
「息子なんぞ放っておいた方が立派に育つってもんよ! 娘は、娘は断じて違うぞ!
パパのお嫁さんになるんでちゅよね〜」
「「……」」
……。
ミラとロザリーは冷めた眼差しをヴァンに向け、時間が止まる。
「……も、もお、ヴァン君は……、ロザリー、私にもよく見せて頂戴」
「あっ、申し訳ありません、見て下さいミラ様、ミラ様に似た可愛い女の子、ほら、貴女様のお母様ですよ」
……お母様……。
「まあ、綺麗な瞳、はじめましてリラ、貴女の名前はリラ、リラ・トゥカーナ。
貴方のお父さんと寝ずに考えたのよ? 気に入ってくれたかしら。
これからよろしくね、リラ」
「ほ〜ら、リラ、パパでちゅよぉ」
「「……」」
……。
……私の名前…リラ・トゥカーナ。
「ミラ様! リラ様が笑いましたよ!」
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