第26話 盛り上がる車中

 旅行当日の朝。

 天気予報でもこれから晴れが続き、絶好の旅行日和といえる。

 大きめのスポーツバッグにいくつかの着替えを入れ、僕は家の前で理人の到着を待っていた。

 やがて、見知らぬ大きな車が静かに停車した。運転席の窓が開き、理人が顔をのぞかせた。

「よう」

「なんだ、理人くんか~。いつもと車が違うからびっくりしたよ。かっこいいね」

「ただのファミリーカーだろ」

「……買ったの?」

「レンタカーだよ。買うわけないだろ」

「だって。理人くん、花岡さんのためだったらやりかねないなって」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと乗れ」

 あきれ顔の理人に促され、スライドドアを開けるとすでに全員が乗っていた。理人が僕の手から荷物を奪い、トランクルームに入れてくれる。

「キキの荷物、それだけ?」

 ハルが後部座席から身を乗り出して驚いている。僕はなんだか申し訳ないやら恥ずかしいやらで苦笑いするしかない。

「うん。クーラーボックスくらいならあったはずなんだけど、今朝になって探したら無くなってて」

「なんだそりゃ。パパさんかママさんに聞けばいいのに」

「いや~。それが朝起きたら全員いなくなってて」

「はぁ?」

 ハルが素っ頓狂な声を上げるが、僕は笑うしかできない。

「ハル坊、お前はレディのお相手。樹は助手席で俺の世話だ。さっさと乗れ、日が暮れるぞ」

「は、はい!」

「はーい」

 僕らは素直に返事をした。

 僕は言われた通り助手席に座る。

「わざわざレンタカーまで用意してくれたんだね。ありがとう」

 僕はシートベルトを締めながら、改めて礼を言った。

「こちらは別荘を貸してもらうんだから、これくらいどうってことない」

「父さんは小屋って呼んでたよ?」

 大丈夫かな、と今更不安になって来た。行ってみたら廃墟のようなボロボロの小屋だったらどうしよう。近くに代わりとなる宿はあるだろうか。

 僕が考え込んで静かになっていると、心配した理人がこちらをちらと見て言った。

「ちゃんと近くのスーパーで買い出しするから大丈夫だ」

 こうした気遣いのできる人だ。理人は本当に優しい。僕は胸がいっぱいになってしまって思わず。

「理人くん、ありがとぉ!」

「うわぁああっ!」

 理人の左腕をガシッと掴んでしまった。シートベルトが邪魔をしていなければ、もっとじゃれついていたかもしれない。

「ぅあっぶねぇな!」

 理人は言いざまに僕の腕をブンと振り払う。

「ちょっと、理人! 高木くんに何してるのよ!」

「俺は何もしてないだろ! 俺は被害者だ!」

 花岡さんが身を乗り出して抗議する。何気なく振り向いた僕は、「あ」と声を上げた。

「今日はポニーテールなんだね、かわいい」

 そう言って僕がにっこりと笑うと、花岡さんと更さんがピタリと動きを止めた。そして同時に顔を真っ赤に染める。

「た、高木くん……」

「や、やだ、キキ先輩ったら……」

 それぞれ相手が照れている様子に気づくと、猛然と言い合いが始まった。

「ちょっと! キキ先輩はわたしを見て言ったんですよ! 花岡先輩は黙っててください」

「高木くんは確かにわたしを見ていました! 更さんこそ勘違いしてますね!」

「花岡先輩なんていつもと同じじゃないですか! ちょっと高い位置で結ってたってそんなに変わらないでしょ」

「いいえ! そんな小さな変化にも気づけるのが高木くんなんです!」

「先輩、わたしを見て言いましたよね?」

「わたしですよね、高木くん!」

 二人の剣幕におされ、僕は助手席から小さく振り返った。

「えーと……二人が揃ってポニーテールなんて双子みたいでかわいいなって思ったんだけど……」

 声に出してみるが、自分の唇がわななくのを抑えられないので、それ以上は口をつぐんだ。

「お前それは罪づくりだわ」

 最後尾からハルの呆れたような声が虚しく響いた。










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