第25話 夏の計画

「夏なんだから、どこか行こうぜ!」

 暇を持て余したハルが僕のうちに遊びに来ていた。そしてそのままの流れで、一緒に夕飯を食べているときにこの話題が始まった。

「どこかって、どこに?」

 僕は一応聞いてみる。一種の社交辞令的な、相槌のようなものである。

「んー、海とか!」

「やだ。暑いし、海ってなんか苦手」

「こンの~海なし県民が!」

 お前もだろう、というツッコミはご飯と一緒にゴクリと嚥下えんかする。

「じゃあ、山は? キャンプしよーぜ!」

「僕、キャンプ道具持ってないけど」

 僕は短く断る。

「とーにーかーくー! 俺は夏を満喫したいの! どこか行こうぜ!」

 ハルは早々に食べ終わってしまったので口が暇なのだろう。それならば口が忙しくなるようにと僕は冷蔵庫からヨーグルトを出してきてハルに差し出した。ハルは素直に食べ出す。

「山か~昔は山でよく虫捕りしたなぁ」

 突然の父の割り込みにも、ハルは動じない。家族ぐるみの付き合いが長いせいか、ハルの人懐っこい性格のせいか。恐らくは両方だろう。

 その後は旅行の話から虫捕りの話、カブトムシとスイカの話、カラスの迷惑行為の話から近所の猫が子猫を連れてきた話へと話題は移ろいでいった。


 ハルが帰った後は家が静寂に包まれるような錯覚を覚える。いかにハルがにぎやかだったか思い知る。

 キッチンをのぞくと、母に言いくるめられた父が食器を洗っていた。

「ハルが帰ると静かだなぁ」

 僕がいることに気づいた父が笑った。僕も思ったことなので、声を出さずに苦笑した。

「……キャンプ道具はないけど、小屋ならあるぞ」

 父が食器の泡を洗い流しながら言った。


 そこからの話は早かった。

 ハルに父のセリフそのままに伝えると、すぐに飛びついてきた。すると母が、

「お友達、もっと呼んだら?」

 花火に行った子たちとか、と言い出した。

「親なら男女が一緒に旅行って心配じゃないの?」

 母があまりにあっけらかんと提案するので、子供の僕の方が心配になる。

 母は丸い目を更に丸くしたあと、盛大に笑った。

「あっははは! だってキキちゃんとその仲間たちでしょ? みーんなどこか抜けてるんだもん。間違いなんて起こさない真面目ちゃんばっかりでしょ?」

 僕はこの母になにも言えなくなってしまった。

 ハルはこの提案に大喜びし、続いて更さんも快諾してくれた。

 花岡さんにメッセージを送る。その直後、理人から電話がかかってきた。

 僕がもしもしと言うより先に、理人は開口一番に言った。

「俺も行くぞ」

「え?」

 僕は一瞬なんのことかわからずに聞き返した。

 耳を澄ますと、理人の後ろで花岡さんの声が聞こえる。

 はっきりとした言葉までは聞こえないが、怒っていることだけはわかった。

「車に乗れる大人は必要だろう? お子ちゃまは何人集まったって、所詮…いてっ! やめろ!」

 ガタガタ、ゴソゴソという乱暴な音のあと、

「高木くん!」

 可憐な声が僕の鼓膜を撫でた。花岡さんだ。

「高木くん、楽しみにしています」

 花岡さんの明るい声に、僕も自然と笑顔になる。

「おい、俺の園子相手に間違いなんて死んでも起こさせねぇからな!」

 遠くから絶叫するような勢いの理人の声が聞こえた。






 


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