第23話 彼女を苦しめるもの

 家の近い順に、ハルと更さんを送った。

 その間、車内では誰もしゃべらなかった。小さな音量で音楽が流れていたが、歌詞までは聞き取れなかった。

 やがて理人が車を停めたのは、一軒の家の前。純和風のその家は、花岡さんの家らしい。

「園子、着いたぞ。降りろ」

「命令しないで! ちょっと、先に高木くんを送ってよ。わたしはそのあとでもいいから。それとも本当に高木くんをここから歩いて帰らせるつもり?」

 花岡さんの家の隣は暗くてよく見えないが、それが理人の自宅か。実際に二人が育ってきた隣接する家を見ると、彼らの絆の厚みを目で見るような心地がした。

「花岡さん、僕は大丈夫だから。先に帰って」

「でも……」

「ね、もうおやすみ」

 かたくなに降りようとしない花岡さんに、僕は助手席から振り返って努めて優しく声をかける。

 それでも花岡さんは納得できない様子で、必死で食い下がる。

「でも……」

「おい、園子。さっさと降りろ。んで、さっさと風呂に入れ」

 いつまでたっても譲り合わない僕たちのやり取りを見ていた理人が言い放つ。

「お前、自覚しろ。汗と虫除けでとんでもないニオイぷんぷんだからな」

 それを聞いた花岡さんはしばらく動きを止めた後、勢いよくドアを開けた。

「か、帰るわよ! 理人のバカバカ! ……高木くんをちゃんと送らなかったら許さないんだから!」

 半ば叫ぶように言い放つと、花岡さんは振り返ることなく玄関へと走っていった。

 あまりのできごとに僕が唖然としていると、理人は無言でアクセルを踏んだ。車は静かに動き出し、花岡さんの家はすぐに見えなくなった。



「で? 俺に何か用があるんだろ?」

 理人は問い開けた後、ちらりと横目で僕を見た。

「なんだよ、さっきの言い訳か?」

「……教えてほしいんだ。いまわかっていることだけでいいから、教えてほしい。花岡さんになにが起きているのか」

 僕には覚悟が足りなかった。だから僕は放心したままぼんやり歩き、花岡さんを無防備な状態でほったらかしにしたりしたのだ。

 知りたい。どんなことでもいい。

 何に彼女は苦しんでいるのか。僕は何から彼女を守ればいいのか。

 しばらくあてもなく走ったあと、車は木々が茂る駐車場で停まった。どうやら大きな公園の駐車場らしい。奥には小高い山があり、公園の入り口らしきところに自動販売機の明かりが見える。暗いのでそれ以上はわからなかった。

「……何って、言葉にすれば一瞬で説明できる」

 フンと自嘲気味に笑い、ハンドルに頬杖をつくと僕の方に向き直った。

「ってことは、なんにもわかってないってこと。情けないけどな」

 僕はわずかな明かりを頼りに、理人をじっと見つめる。

「一言でいえば、ストーカー。相手はわかってない」

 闇は濃く、理人の彫りの深い顔に濃い影を刻む。

「園子に差出人不明のメッセージが届くようになったんだ。最初は大して気にも留めない、SNSにちょっとしたコメントがつくようなことだったんだ。それからブロックしても届くようになって、メールでも届くようになって……」

 吐き出すように一気にまくし立てた理人は、わずかに肩で息をしていた。

 握られた拳が小刻みに震えていた。







 

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