第21話 花火と告白

 迫力ある花火が次々に打ち上がる。打ち上がるのが山手だったり、川の対岸からだったりのその合間。

「あぁああの! キキせんぱいっ!」

 震える声で話しかけられ、目を見張る。同時に、僕の腕も彼女に掴まれていた。僕は掴まれた腕と彼女の顔を交互に何度も往復してしまった。

「え、更さん、どうした……」

「キキ先輩! ちょっと少し、いや、ちょっと! あぁああの!」

「お、落ち着いて……」

「先輩、ちょっとあちらで……」

 少しお話したいことが、と最後は消え入るような声で更さんが言った。掴んだ腕は震えている。うなだれているので表情は見えず、あらわになったうなじしか見ることができない。

 僕は困惑しつつもその提案を受け入れ、更さんを少し離れた気の向こう側へとうながす。

 次が打ち上がるまでに少し間があった。闇が濃くてこわごわ移動した。

「ここでいい?」

「はい……」

 何の話だろうと気にはなるが、僕は次の花火を待った。催促しない。彼女が話せるまで、そっとしておこうと思った。

 またひとつ打ち上がる。ポンッと乾いた音の後、ヒュルヒュルと細く打ち上がった一筋の光は長く長く伸びて、一瞬ののち夜空全体を彩るような大きさに花開く。そしてそのいくつもの光はまた無数の線となって、長く長く落ちてゆく。

 光は先に、音はいつだって後から響いてくる。

 音は、言葉は、いつだって遅れていて儚い。

「先輩、あの……」

 僕は更さんへ視線を下げた。

 更さんの顔は花火に照らされていて、瞳の中にもちらちらと火薬のきらめきが映り込んでいた。僕は彼女の言葉を待つ間、それをじっと見ていた。

「先輩、わたし、好きです……」

 震える小さな声で更さんが言った。

「キキ先輩のことが好きです!」

 唇を引き結び、目には涙を浮かべて。それほどまでに緊張して、更さんは僕に告白してくれたのか。

「び、びっくりした……」

 それが正直な僕の感想だった。

 懐かれていたのには気づいていた。けれどそれは部活上のことだと思っていたのだ。本当に想像すらしていなかった。

 栄里や麻里の相手の延長のような感覚でいたのだ。

「びっくりしましたか……」

「うん。女の子にそんなこと言われたことなかったから」

「本当に? 誰にも告白されたことないんですか?」

 更さんが跳ねるように僕に詰め寄る。

「誰にも『好き』って言われたことないんですか?」

 自慢することでもないのに、更さんは少しうれしそうだ。もし彼女が犬だったら、しっぽをフリフリしているだろうと想像する。

「うん、言われたこと……」

 そこまで言ったとき、僕の脳裏に突然聞こえた声。

『高木くん、好きです……』

 それは花岡さんの声。夕立の気配を感じながら聞いた、珠玉の音。

 気が動転して忘れていた。あるわけないと、甘い勘違いをしないようにと記憶に蓋をしたのだ。固く鍵をかけた、それは無意識で。

 なんてことだ、このタイミングで思い出してしまうなんて。

 僕は顔が燃えるように熱くなっていることに気が付いた。手の甲で口元を覆う。そうでもしないと奇声を上げてしまいそうだった。

 花火が打ち上がる。フィナーレが近いのだろう。畳みかけるように怒涛の連打。爆ぜる重低音は体にぶつかり続け、僕は立っているのもやっとだ。

 ふらふらと近くの木にぶつかるように背を預けた。

「先輩?」

「……高木くん、どうかしましたか?」

 僕の異変に気付いた花岡さんも近づいてきた。

「な、なんてことだ……」

 僕は呆然と呟く。

 混乱に次ぐ混乱で、よだれが出そうだ。このまま意識を手放したい、ワーワーと奇声を上げて逃げ出したい。

 無責任と言われようが、だってどうしたらいいのかわからないのだ。こんな経験は初めてだし、想像すらしていなかった。

 二人の顔が見られない。

 どうしよう。

「うわー! すっげー!」

 ハルが子供のような歓声を上げる。

 花火はフィナーレだ。無数の花火がそこらじゅうで打ち上がり、昼間のような明るさになる。町全体がこの大きな音にのまれる瞬間、一年に一度の瞬間。

 この大きな音は僕の心を揺さぶり続けている。




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