第20話 花火が始まる
遠巻きに見つめる謎の視線を感じつつ、僕も虫除け対策をした。
かすかにメンソールが入ってるらしく、拭った後はひんやりして気持ちいい。
「ハルも虫除けしておけよ」
「あ、うん……」
ハルにも差し出すが、なにやら反応がおかしい。ふと思い至って、彼の肩をポンポンと叩いた。
「なに遠慮してるんだよ~。栄里のだから気にするなって! あとでちゃんと返しておくから平気だよ」
お返しをきちんとしないと怖いけどな、という心の声は口にはしない。
「あ……あぁ! エリマリちゃんの栄里ちゃんね!」
そこでようやくハルは笑顔になった。なんだ、そっか~とニコニコだ。
そのハルの腕を女性たちが勢いよく引く。この二人、本当によく似たような動きをするようになったと僕は目を丸くするばかりだ。
「ちょっとハル先輩、エリマリって誰ですか? なんか登場する女の数が増えてるんですけどっ!」
「更さん、エリマリってなにかのユニットですか? わたしそういうのに少し疎いんですけど!」
「ちょっ、ちょっと二人とも落ち着いて!」
女の子二人に詰め寄られて、ハルは汗をダラダラ流して顔を真っ赤にしている。
その異様な様子に僕はキョトンとする。
「栄里と麻里は僕の妹だよ。双子の」
だから遠慮せずバンバン使っていいからね~と僕は続けた。
遠くでアナウンスの声が聞こえるが、何を言っているのかまでは聞こえない。
けれど、それは音もなく始まった。
僕らは一斉に黙って見上げる。
真っ暗な夜空を染める、大輪の花火。遅れて届く、大きく爆ぜる音。
しばし見惚れる。息をのむ。呼吸すら忘れた。
江戸時代にはすでに人気があったとされる打ち上げ花火。昔はこの火薬が爆ぜる音が疫病や災厄を払うとされ、人々に愛されてきた。
だから、夏に打ち上げるんだ。
そして花火には鎮魂の願いも込められている。
魂は浄化されて天に昇ってゆくイメージがある。故人を偲ぶとき、自然と空を見上げてしまうのもそのせいだろう。
だから、空に打ち上げるんだ。亡き人に届くように。
こうして花火を見上げて天を仰いでいると、
どんなに文明が発達してデジタルだなんだって言っても、今も昔も人の根底にあるイメージっていうのは変わらないものだなぁと感慨深くなる。
「こんなに大きな花火、初めて……」
更さんが空を見上げたまま呟く。
「座ろっか。近すぎて首が痛くなっちゃう」
僕が提案する。
僕らは身動ぎすら忘れて無心で見上げていた。この花火には、そのくらいの迫力があった。
花岡さんは両手をお腹に当てて、僕に縋るような目を向けて言った。
「本当に。花火がこんなにズシンズシンお腹に響くなんて、知らなかったです」
「それだけ近くで上げてるんだよ。家にいると窓とか揺れるもん」
周囲に繁華街がなく明るい建物もなく、夜が夜らしく保たれているから、この花火大会はこれほどまでに見る者の心を引き付けるのだろう。
暗闇が濃ければ濃いほど、光はより美しく際立つ。
僕はそっと花岡さんを盗み見る。
鮮やかな花火に照らされて、一瞬だけ明らかになる美貌。そしてそれはまた闇に隠される。
すべてがありのままにいられるように、なぜならないのか。
花岡さんがなににも苦しむことがないように、どうしたらそれが叶うのかを考えた。
「花火が打ち上がった時の『たーまや~』ってさ……」
「『玉屋」と『鍵屋』だろ? それ聞き飽きたぜ」
渾身のネタだったのにハルにピシャリと遮られてしまった。
「玉屋さんばかりだとかわいそうだから、鍵屋さんも呼んであげましょう」
しょんぼりしている僕に、花岡さんはやさしく提案してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます