第17話 男同士の約束
「理人くん、帰ってきちゃってよかったの?」
そういえば、と僕は気になっていたことを訊ねてみる。自分が顔を出したことで仕事の邪魔をしてしまったのではないかと心配になった。
「あぁ、俺は在宅だからな」
そう一言告げたあと、理人が
「ま、やることやってれば気ままなものさ」
フンと鼻を鳴らし、理人はソファに深く腰を掛けた。その発言だけ聞けば奔放な印象を受けるかもしれないが、僕は違うことを感じ取っていた。
「それって、花岡さんのため……?」
僕の呟きを横目で受け止めると、そのまま視線を逸らした。
「違う。俺がそう決めただけだ」
僕がなにを言っても理人は認めないだろう。僕は口を
乾いたギターのフレーズが会話の隙間を違和感なく埋めてくれる。こういった選曲のお陰で、この店には必ずしも会話を必要としない。ひとりの静寂も、ふたりでの気まずい沈黙も、わだかまりなく受け流してくれる心地よさがここにはあった。
「おまえはあいつのこと、『花園ちゃん』って呼ばないんだな」
理人がぽつりと言う。僕の方を見ていない。
この人は、真剣な時ほど目を逸らす。なんて不器用な人だろう、と僕は思った。
「彼女の名前は『花園ちゃん』じゃないから」
その言葉は、ごく自然と言葉になった。心からそう呼べるようになったのはごく最近だけど、今は強くそう思う。
「本当の名前で呼ばなかったら、本当の花岡さんがわかるようになることなんてないと思ったから」
花岡さんのことが知りたい。
困っていることがあるのなら、助けになりたい。
少しでも近づきたい。
だからせめて。
彼女の本当の名前で呼びたい。
いまは心の底からそう思う。
「詳しいことはまだ言えない。お前を信じていないからじゃない。本当にわからないことが多いんだ。だが、これだけは信じてほしい。お前が園子を守りたいと思ってくれるなら、俺もそれを全力で助ける。だから、力を貸してほしい」
理人は席を立つと、僕を見下ろして一息に言い切った。それは用意してきたセリフのようだった。
間接照明の影になり、理人の表情は読み取れない。けれど、彼が真剣であることはわかる。
これを言うために僕を引き留めたのだ。
あなたたちは一体何に苦しめられているというのか。
断片的でもいいから、洗いざらい教えてほしいという気持ちを圧し殺し、僕は小さく頷いた。
店の外は炎天下で、うだるように暑い。
なのに僕の手はじっとりとかいた汗が冷え、強張っていた。
僕は構わずにギュッと拳を握る。
きつくきつく、爪が食い込んでもいい。
強くなりたい。
彼女を守れるように、そう思った。
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