第10話 花園ちゃんと理人

「はとこなんです、わたしと理人は」

 電車を待つ間、花園ちゃんがぽつりを呟く。

「わたしの母と理人のお母さんがいとこ同士で、家も隣だから本当の兄妹みたいに育ったのです」

 ベンチに腰かけているため、覗き込まなければ花園ちゃんの表情はうかがえない。でも今の彼女はそれを求めていないことがわかるので、僕はまっすぐに前を向いたまま話を聞いた。

「兄のように慕っていたんです。でも、わたしの父が病気で亡くなった頃から理人の様子が変わってきて……」

 そこまで言うと、彼女はなにかに怯えるように自身の肩をきつく抱きしめた。

 急に彼女の声色が変化する。低く圧し殺したような、忌々しさを隠そうともしない声で。

「―――あいつ、ほんっとーにしつこく絡んでくるようになって!」

 拳を自身の足に叩きつける。スカートの裾が遅れてふわりと揺れた。

 僕は呆然と花園ちゃんを見つめることしかできない。

「もう本当に鬱陶しいの」

 スカートの上できつく握りしめられた両手。

 長い睫毛に縁取られた大きな瞳が憎しみに彩られていた。

 その瞳が急に揺らぐ。途端に泣きそうな表情を伴って僕を見た。

「ごめんさい! 理人が絡むとわたしいつもこんな乱暴な人格が出ちゃって…」

 ほぅとため息をついて微笑むのは、いつもの花園ちゃんだった。


「遅くなってしまったけれど、先日はお邪魔しました。紅茶もとってもおいしかったです」

「コーヒーがメインの店なんだけど、お口に合った?」

 心配した僕に、にっこりと咲き誇る花のような笑顔で答える。

「お父様のお店なんですよね?」

「そう、脱サラして3年……4年? 自宅を増築改築してカフェにしたんだ」

 花園ちゃんと更さんが我が家に来た日、道具選びを終えた彼女たちを隣接するカフェを案内した。カウンター席には一人の女性がいて、

「よ! おつかれ~」と、いたずらっこのような無邪気な笑顔で僕たちを出迎えた。

「まさか森脇先生までいるとは思いませんでした」

「母の古い友達なんだ。よく来てるみたいだよ」

 びっくりしました、と言ってからころころと可憐に笑う彼女を見つめて、僕は意を決して話を元に戻した。

「理人くん、ただただいい人そうだったけど……」

 途端に彼女の顔色が変わり、優しげだった眉が吊り上がる。

「そう、いい人。あいつはそうやって周りの人を味方につけて……いい人の皮をかぶってれば許されると思ってやりたい放題してるの」

 僕は反論したい気持ちがなかったわけではないが、たった今話しただけの自分にはわからない二人の事情もあるのだろうと聞き役に徹した。

 花園ちゃんが落ち着いてきた頃を見計らって、僕は口を開く。

「でも、帰りが遅くなって嫌な目に遭ったのは事実でしょ? 心配する理人くんの気持ちも理解してあげてよ。僕だって花岡さんが心配だよ」

「……え!」

「自分の意見を聞いてもらえないのはつらいよね。僕には二人の事情は分からないけど……でも花岡さんはむやみに人を傷つける人じゃないのはわかるし、僕は何があっても花岡さんの味方でいるよ」

 そう言って彼女の目を見つめる。今の言葉を誓うように。

 何があっても、などと軽々しく使う言葉ではないことはわかっている。それでも、いまの気持ちは嘘でも誇張でもなかった。

「高木くん……」

 花岡さんは大きな瞳に涙をたたえ、ふるふると唇を震わせていた。

「高木くんも、わたしが心配……?」

 頬を上気させ、瞳を濡らして。なんて艶っぽい表情をするのだろう。

 僕は呼吸の仕方を間違えてむせてしまった。

「うっ……ゴホッゴぉホッ」

「高木くん、好きです」

 それを聞いた僕は呼吸を忘れ、卒倒する心地だった。




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