第9話 護衛のわけ

 顔を真っ赤に上気させた花園ちゃんが、僕らの間に割って入る。僕をその小さな背に庇うようにして青年に対峙すると、きつい口調で噛みついた。

「理人! お前なにしに来たわけ?」

「あれ? 今日は早いんだな」

「教室からお前が見えたから走って来たの! ここで何してるの? 学校に来ないでって言ってるでしょ。高木くんに一体……」

 そこまでまくし立てると、はっと言葉をのむ。

 恐る恐ると言った様子で僕を振り返る様は、なんだか怯えた子猫のように見えた。

「た、高木くん……」

 僕は意味がわからないながらも、とりあえずにこりと笑って見た。

「んだよ、こいつ。へらへらふにゃふにゃしてて全然頼りにならない奴だな」

「お前は黙ってろ」

 押し殺した声で短く言い放つが、その口を慌てて押さえる。そのまま僕を見上げるまん丸とした目は、その仕草と相まってこの上なくかわいい。

「えーと……花岡さん、こんにちわ」

 僕は困惑しつつも、当たり障りのない挨拶をする。

「高木くん、お久しぶりです。いま帰りですか? よかったら一緒に……」

 先程の口調も迫力も消え失せ、花が綻ぶような笑顔を僕に向けて言う。

「おい、俺の話はまだ終わっ」

「高木くん、この人のことは放っておいていいから帰りましょう!」

「語尾にかぶせてくるんじゃねぇ!」

「ごきげんよう、理人くん」

 優雅に言うが早いか、僕の腕を引いて立ち去ろうとする。強い力に戸惑いつつも、僕は立ち止まってから姿勢を正した。

「理人くーん、コーラごちそうさまでした」

「気持ち悪ぃな! おい、ちゃんと園子のこと送れよ」

 僕は返事の代わりにぺこりとお辞儀をして、彼に背を向けた。

 そこには、僕を待つ花園ちゃんがいる。

 


 僕は花園ちゃんと二人で歩くことに緊張していた。なにを話したらいいのかわからない僕の代わりに気まずい沈黙を破ってくれたのは花園ちゃんだった。

「理人、なにか失礼なこと言わなかったでしょうか?」

「あ、うん。暑さにのびてた僕にジュース買ってくれたよ」

 僕は焦りながらも答えられた。飲みかけの缶を見せながら、「よかったら飲む?」と聞いてしまってから、自分でも何を馬鹿なことを口走っているんだと項垂うなだれる。

 彼女も困っているに違いない。その証拠に、見たこともないような苦笑い。

 僕は恥ずかしさをかき消すように、ジュースを一気にあおった。

「理人くん、僕に書道部の護衛がどうとか言ってたよ」

「違います。部活をすると帰りが遅くなると危ないから、その……高木くんと毎日帰るように言われてて……」

 なるほど。僕はようやく合点がいく。

「気にしないでください。ただ理人の勝手な言い分を説明しただけですから」

 次第に先細りになる声で、「この前ちょっと遭ったからって大騒ぎしちゃって」と続いたので僕は素っ頓狂な声を出してしまった。

「えぇ! ちょっとって、なにに遭ったの?」

「嫌なミステリーです。相手が誰かも意図も、はたまた偶然かもしれないんですから」

 言いにくそうにしている彼女の話をまとめると、電車を降りたら自分のスカートが何かで汚されていたとのこと。夕方の電車は混んでいて、近くに誰がいたかわからず、何が付着しているのかもわからない。気持ちが悪いので帰ってすぐに洗い、汚れはすぐにきれいに落ちたという。

「誰かのカバンの中でこぼれたジュースがみて濡れただけかもしれないでしょ。気づいたらカバンの中でペットボトルのキャップが開いてて、なんてよく聞くし」

「そ、そっかなぁ」

「汗っかきの人の手汗がしたたってきたのかもしれないし、お弁当の残り汁がカバンから滲みて……」

 考え得る予想を挙げられるが、少し普通と違う。

 理人に対する態度といい、今日はなんだか花園ちゃんの違った一面を知れた気がする。


 

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