第8話 イケメンストーカー

 サングラスを外しながら、無造作に前髪をかき上げるその様は、日本の映画でよく見る俳優に少しだけ似ていた。

 つまりは、実に様になっているということだ。

 暑さに半分溶けそうな僕に缶ジュースを恵んでくれた親切なその人は、

「缶ジュースでシケてて悪ぃけど」と言った。

 年の頃は20代前半といったところ。スーツを着込んでいるわけではないが、学生ではなく社会人といった風格がある。僅かにウェーブがかった黒髪は無造作だが、襟足は短いので爽やかさを損なうことはない。

 サングラスを外した目元は切れ長な奥二重で、鼻筋も整っている。男の僕が見ても、文句無しのイケメンである。

 僕はイケメンにお礼を言ってから、受け取った缶に口をつけた。冷たい炭酸の感覚で、ふにゃふにゃだった意識が生き返る心地がした。

 木に背を預け、僅かな風を感じた。心地いい。

「花岡園子、知ってるよな?」

 その人は僕が一息ついたのを横目で確認し、口を開く。

 知っているもなにも、花園ちゃんはこの学校の生徒であれば誰もが知っている有名人だ。

 僕は一抹の不安を感じた。

 尊大な態度をとるイケメンだが、社会人らしい節度を感じるし、暑さにやられている僕を労る優しさもある。

 だが。

 僕は自分の手元に視線を落とす。そこには、彼から手渡された缶ジュースがある。僕が既に一口飲んでしまった缶ジュース。

 この人は花岡ちゃんのストーカーで、僕に彼女を呼んで来いとか命令する気ではないか。はたまた、彼女に関するなにかしらの情報を僕から得ようとしているのか。

 なんの疑いもなく知らない人から餌付けされてしまった自分が情けない。

 この人がもっと不審者らしかったらどうだろう。僕はもっと警戒して、なにかを受けとることもなく逃げていただろうか。

 自分の浅はかさが恨めしい。

 僕は缶ジュースで買収されてしまったのだろうか。

 僕は缶を握りしめたまま、恐る恐る相手を見た。

「し、しりません」

「あ? 知らないだと?」

 知らないの一言では済まされないようだ。僕はブルブルと首を振って、全身で否定する。

「お前、高木樹だろ? お前んち、あのおしゃれなカフェの隣だろ? 住所は…」

 青年はきつい表情で迫り来る。続けて僕の住所をすらすらと正確に読み上げる。

「ひぃ! なぜ僕の個人情報を…」

 花園ちゃんのストーカー、恐るべし。

「さすが花岡さん、ストーカーも並みじゃない」

「誰がストーカーだ、ボケ」

 言いながら、膝で僕の太ももを痛め付ける。蹴るというほど暴力的ではないが、的確にツボを押さえていて、地味に痛い。

「お前が書道部に誘ったんだろ? なにさっさと帰ろうとしてんだ。園子の護衛はどうしたんだよ」

 言いながら更に力を強められ、僕は痛みにもだえながら混乱していた。

「え? 護衛?」

「お前が園子を一人で帰すから、あいつまた…」

 僕は痛みも忘れ、相手を見つめた。まるで自分が痛みを抱えているかのような、苦しげな表情に、僕は自然と息をつめていた。

 その空気をぶち壊す勢いで、甲高い声が響く。

理人りひと、なにしてるの! やめて!」

 男二人がその声を辿ると、そこには。

 走ってきたのだろうか―――頬を上気させ、肩で息をする美貌の人が立っていた。


 

 

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