第7話 謎の青年

 期末試験期間に突入し、僕は嵐が過ぎ去ったような心地で穏やかな日常を過ごしていた。

 連日の部活に、まさかの「女性よ、自宅へようこそ」までやってのけたのだ。

 今までの僕には考えられないことだ。

 期末テストも終え、男子ばかりの校舎でのほほんと過ごしていた僕だったが、職員室前の掲示板を見上げて呆然とした。

 そこには、校長に「我が校の宝」と讃えられた天才にして美貌の花岡園子の記事が大きく張り出されていた。

 『合格者の平均年齢35歳の難関国家資格に合格』との見出しにくぎ付けとなる。

 資格の名称を見ても、カタカナばかりでなんのことやらわからない。

「ほんとうに、高嶺の花園ちゃんだなぁ」

 僕はぼんやりと呟く。

 本当にそうだ。誰だ、中身は普通の女の子だなんて一瞬でも思ったやつは。

 僕は自分が恥ずかしくなった。

 ちょっとばかり親しくなったような気になったこと、思い上がるのも大概にしろと自分を怒鳴りたい気持ちでいっぱいになった。

 このところ、ちょっと関わる機会が多かったというだけ。

 本来であれば、言葉を交わすこともあいさつをすることもない、別世界の住人なのだ。

 僕は今まで通り、顧問と母に怒られない程度に部活に顔を出していけばいい。

 器用な彼女のことだ。あっという間に上達して、またひとつ得意なことが増える。

 僕の存在なんてすぐに忘れる。

 そもそも彼女の中に僕なんて存在はいたのだろうか。

 なにを夢見ていたのだろうか。

 日常に戻っただけのはずなのに、僕の気持ちは今までとは違う虚しさを感じていた。

 

 テスト期間を終えて数日、僕は部活に出ないですぐに帰宅する日々を過ごしていた。

 梅雨も明け、放課後になってもまだ暑い。

 僕が背中を丸めてダラダラと歩きながら校門を出ると、声をかけられた。

「高木樹くんて、君?」

 振り返ると、サングラスをかけた青年がこちらを見ていた。目元は見えずとも、嫌なものを見るようなしかめっ面をしていることは見てとれた。

「あ、はい。僕です……」

「んだよ、情けない奴だな。シャキッとしろよ」

「よく言われます……」

 失礼極まりない態度を隠そうともしない人だが、僕はもう暑さで構ってられない。こういう時、少しでも背が低ければ太陽からの距離が長くなって有利なのではないか、と自分の身長すら恨めしく思う。

 だいたい背が高いことで得したことなんて一度もない。

「チッ! しょーがねーな」

 ちょっとそこの木陰で待ってろよ、と言うと青年はくるりと背を向けた。

 素直な僕は言われた通り、木陰へ移動する。ぼんやりとしながらさっきの人を探すと、近くの自販機に姿を認めた。

 僕はカバンからタオルを出す、額にかいた汗をゴシゴシと拭いた。

 西日を忌々しそうに受けながら戻ってきたその人は、

「ほら、コーラやるから元気出せって」と言いながら、冷たい缶を僕に差し出していた。

 この人もなかなかに背が高いのに、どこか涼しげなのはどうしてだろうと僕はぼんやりと見つめながら思った。

 



 

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