第4話 質問よろしいですか?
新入部員の花園ちゃんに、なぜか僕が説明することとなった。
僕は自分が活動に熱心でない幽霊部員であると自覚しているし、当初からそれでもいいからと半ば強引に入部させられた経緯があるからそれを改めるつもりは今後もない。
そんな僕が適切な説明ができるとも思えないのだが、女性に命じられたことは断れない性格なので仕方なく当たり障りのない業務事項を並べた。
僕が「わからないことある?」と社交辞令とばかりに話を切った時だった。
「質問よろしいですか?」
花園ちゃんがおずおずと左手を挙げ、小首を傾げて見せた。本当に、いちいち仕草がかわいいから困る。僕は顔を伏せ、ブルブルと震える片手を挙げて「どうぞ」と言うのが精いっぱい。あぁ、花園ちゃんは心臓が苦しくなるほどにかわいい。
「わたし左利きなんですけど、なんとかなりますか? あと、樹さんはなぜ『キキ』と呼ばれているのですか?」
高低差のある質問に、僕の
「えーと、花岡さんて左利きなんだ?」
「はい。普段から文字を書くときも左で書いています」
右手で書かないと難しいでしょうか、と不安げに揺れる瞳はキラキラと輝いていて、僕はなんとかしてあげたくなる。
「無理に右で書く必要ないよ。僕も左手で書く時のことは考えたことなかったから、勉強してみる」
「ありがとうございます!」
花園ちゃんが今までで一番の笑顔で体を揺らした。
普段の彼女からは想像もできない無邪気な様子を見ているうちに、僕は彼女の前で緊張しなくなってきていることに気がついた。
彼女に対して、どちらかと言えばクールで大人びた美人というイメージを持っていた。
だがこうして近くで話してみると中身は普通の女の子で、年相応の幼さをも感じられる。
「か……」
「あの、樹さんはどうしてキキと呼ばれているのですか?」
僕が無意識のうちに「かわいいなぁ」と呟きかけた時、彼女が質問を繰り返した。
「何度も質問してすみません。どうしても気になって……」
「あー…………、あー、聞きたい?」
焦らすほどの理由はない。ただ、少し恥ずかしいだけだ。
「僕、小さいとき自分で『いつき』って発音できなくて。そしたら友達も同じように呼ぶからいつの間にか定着しちゃったってだけなんだけど」
僕は溜息を混じりに、「だからって高校に入ってまで長引くとは思わなかったなぁ」と
これもみんなハルのせいだ、と恨めしく思う。
晴哉は明るい性格で友達も多い。誰からも好かれる社交家であるから、自然と彼の発言には影響力がある。目立つ存在の晴哉に
「あのぼーっとしたデカいのは『キキ』というらしいぞって広まっちゃったんだよね」
説明を終えた僕はへらっと笑って見せる。
「えー! キキ先輩、高木の
やり取りを聞いていた後輩が、意外とばかりに声をかけてきた。
人懐っこい性格で、幽霊部員である僕が部室に顔を出せばすぐに寄ってくる。勉強のためと僕の制作風景の写真や動画も撮影しているので、まじめな性格なんだなぁと感心している。
「わたしもそうだと思ってたわ」
いつの間にか顧問も話に加わり、僕の周りは実に賑やかになった。
盛り上がる彼女たちを眺め、小さく嘆息していると、花園ちゃんが僕を見て微笑んでくれた。
その笑顔は控えめでありながら、どこかいたずらを思いついた子供のような無邪気さがあって。
僕は自分の頬がゆっくりと赤らんでいくのを自覚した。
本当は僕だって質問したい。
どうしてこんな僕に微笑みかけてくれるの?
どうして君は―――。
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