鋼鉄の家族愛

平賀・仲田・香菜

鋼鉄の家族愛

 母が行方不明になってからというもの、僕の父は変わってしまった。


 昔から肩が上がらなくなったなどとぼやいていたが、最近ではプシューッという音を立てて肩から煙を出しながら不調を訴える。プロテインと言い張ってマイボトルで何やらを飲んでいるが、どう見てもそれはガソリンである。洗い物は僕の担当だから直ぐにわかる。三歳の弟が不用意に風船を空に飛ばしてしまった時も、父は足から火を吹いて空を飛び、風船を捕まえていた。先日の父の日に肩叩きをさせられたが、硬かった。凝り固まった筋肉が鋼のように硬くなって、ということではなく、ただの金属だった。僕の手の方がひしゃげてしまう。父との間に静電気が発生した時など、大袈裟に飛び上がって口から黒い煙を吐いていた。

 というか、父はいつのまにかロボットであった。しかし最新鋭で最先端、という雰囲気ではなく、昭和に作られたおもちゃの如きステレオタイプな無骨さである。その見た目は幼い頃に読んだ『オズの魔法使い』に出てくるブリキの木こりによく似ていた。

 父がロボットになってから数ヶ月、僕はといえば未だに『父さんじゃないよね? ロボットだよね?』と言い出せずにいる。思春期と反抗期真っ盛り十六歳男子の僕にとって、そのように腹を割って話すことはどうにも気恥ずかしいのだ。まだものの分からぬ弟は気付いている様子が無い。だから僕も気付かないふりでいいのである。きっとそれが父と子の正しい距離感というものであろう。いや、父ではないのだが。

「ただいま」

 父(ロボ)が帰ってきたようである。父(ロボ)は毎日出勤している。背広を着て、鞄を持ち、革靴を履く。その姿は正に世の父親……とは言い難い。顔がロボ丸出しなのだから。

「びしょ濡れだ。傘はどうしたの?」

「忘れてしまってね。でもこの背広は洗えるし鞄も防水だから大丈夫」

 心配なのはどちらかといえば父(ロボ)の防水なのだが。しかし心配要らないと言っている以上深くは追求しない。ショートなどしないといいが、生活防水くらいはしてあるのだろう。

 僕は食事の準備を済ませ、弟と席につく。弟はまだ小さい。僕が補助をしなければならない。

「母さん、帰ってくるといいな」

 マイボトルに口を付けながら、父(ロボ)がぽつりと溢した。口からはガソリンの臭いも溢れる。食欲が失せるからはっきり言ってやめてほしい。

「行方不明になってから半年くらい? 僕はもう馴れたよ」

 弟に麦茶を飲ませる。こくこくと一生懸命に飲む。

「でも、弟は寂しいだろうね」

 父(ロボ)もゆっくりと頷く。金属の擦れる音が部屋に響いた。

「母さんが研究してたAIは素晴らしいものだった。悪い奴らに目をつけられても仕方がないほどに」

「だから攫われて行方不明になったんだよね。母さんはAI。父さんはロボット工学。二人の研究を合わせた自律式のロボットを作るのが夢だったんでしょう?」

 父と父(ロボ)の口から合わせて百度は聞いた話だ。

 大方このロボットは本物の父が準備したものだろう。母を探しにいく間、僕たちが寂しく思わないように気を利かせて。しかし、もう少し外観の方に気を利かせるべきではないかとも思う。

「母さんが戻るまで、家族三人で頑張ろうな!」

「……うん」

 父が手を差し出す。がっちりと握手でも交わしたいのだろう。仕方なしに手を伸ばして手を握るが、やはり硬い。金属だもの。しかしその手の大きさに僕は父を覚える。ほんの少しだけ温もりを感じた気もした。

 食事が終わると父(ロボ)はいつも新聞を読む。弟は全身全霊を持って遊び始め、小猿のようになる。僕はといえば洗い物である。ガソリンが入っていたマイボトルを家庭の流しで洗っていいものなのかは分からない。しかし僕はそのことに気付いていない体なのだから勘弁を願いたい。

 気付けば弟はキッチンの冷蔵庫にマグネットをペタペタと貼り付けて遊んでいた。口に入れないようにだけは横目で確認していたが、大量の磁石を持ってリビングに行ってしまった。

 父(ロボ)が注意して見てくれるだろう、と僕が洗い物に集中を始めたその時である。父(ロボ)の悲鳴が家中にこだました。

「や、やめなさい! パパに磁石を付けるな! 磁石が身体に付いたらロボットだとバレてしまう!」

 気付かないふりを続けていいのだろうか。むしろ気付かない方が不自然なのではないだろうか。自分がロボットであることを隠したがる父(ロボ)の意思を尊重し、僕は無視して食器を洗い続けた。

 僕がリビングに戻ると、父(ロボ)に磁石を付ける遊びに飽きた弟は大量の磁石を床に散らかしたまま絵本をめくっている。父(ロボ)はといえばうつ伏せにぐったりと倒れ込んでいる。必死の攻防を弟と繰り広げていたのだろう。僕に気付くとムクリと起き上がり、言った。

「いやはや、これくらいの子どもと遊ぶのはフレームが……違う、骨が折れるね」

 ふざけているのか? それとも試されてるのか? 父(ロボ)の考えていることがわからない。親の心子知らずというか。いや、ロボットに心があるのかはまた別の問題でわからないのだが。いやだから、父ではないのだが。

 僕がため息を吐きながら父(ロボ)の顔に目を向けると、思わず吹き出してしまった。『水道のトラブルはお任せ!』などと書かれたマグネットが父(ロボ)の右頬にでかでかとくっついているではないか。父(ロボ)は気付いていないようだ。僕は呆れて、その磁石を外してやった。顔に磁石がくっつくことを僕に知られた父(ロボ)は慎重な面持ちでしばらく僕を見つめ、やっと口を開いた。

「遂に気付かれてしまったようだね。ここまで隠し通してきたが、私は君の父親ではない。君のお父さんが作ったロボットだ」

「うん」

「君のお父さんは行方不明の妻を自分の手で探したかったんだ。だけど子どもたちを放っておくこともできない。留守を守るために私を作ったのだ」

 父(ロボ)がロボットであることに今更驚きはないが、こうまで予想通りだとむしろそちらに驚く。

 父(ロボ)は水道修理の磁石を手に取ると、僕の顔にそれをくっつけ、手を離す。

「この通り、普通の人間にはもちろん磁石はくっつかない。まさかこんな単純なことでバレてしまうとは……」

 父(ロボ)は下を向いて頭を抱えている。そして、違和感を覚えて僕の顔を見た。

「磁石落ちなくない?」

「だって僕もロボットだし」

 父(ロボ)は白目を剥いた。キョロキョロと首を振り、頭から白い煙を出している。コンピュータの処理が追いついていないようだ。これだから旧式のロボットは困る。

「母さんの捜索を父さんだけに任せておけないからって、僕は本物の僕に作られたんだ。父さんと母さんの研究データを盗んで、さらに性能を上げて」

 父(ロボ)はようやく我に帰り、僕(ロボ)を問い詰める。

「ガソリンを飲んでるところなんて見たことないぞ! それに見た目だって全然ロボットっぽくない!」

「リチウムイオンバッテリー式で毎晩充電してる。強化カーボンと合金のフレームに人工皮膚を貼り付けてるんだ。人間の再現度は父さんと段違いだ」

「ご飯を普通に食べてた!」

「有機物を取り入れてバイオマス発電する機能もあるんだ。父さんみたいなガソリン式内燃機関は時代遅れだよ」

 父(ロボ)はがっくりと肩を落とす。

「そんな……私は今まで何を……」

 僕(ロボ)は父(ロボ)の肩を叩く。やはり硬い。カーボンのようにしなやかではないが、質量たっぷりの金属に僕(ロボ)の手は打ち負ける。

「僕もロボットだからさ。父さんとの家族は初めての経験で楽しかったよ。ごっこ遊びみたいなものかもしれないけどね」

 父(ロボ)は顔を上げる。その目からは涙が流れていた。冷却水を涙に活用する設計とは……父さんも好きなんだなあそういうの。

「そうだ……! まだ家にはお前の弟が、幼い子どもがいるんだ。二人で、いや二台で協力して守っていこうな!」

 父(ロボ)は僕をがっしりと抱きしめた。正直油臭いし、硬いしでやめて欲しい。だけれど、何だかこれも家族っぽいなあと僕(ロボ)は感じて、抵抗しないでいた。父(ロボ)の背後で眠りこけ、寝相で床の磁石を全身に砂鉄の如く集めてくっつけた弟(?)を見て見ぬふりしながら、そう感じていた。

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