(什玖)

 海瓜子うみうりこと呼ばれる小さな二枚貝を、青葱あおねぎの香りを移したやや甘めの魚醤ぎょしょうで炒める。小さい貝だが、意外にしっかりした旨味があり、甘辛い味付けがよく合った。


 小魚と豆腐を組み合わせるスープは、南龍なんろんでは定番のようで、魚の出汁だしを吸った豆腐がまた美味しい。ほっかほかの温かいスープは、身体がしんから温まる。


 まあ、魚自体は、海底の砂地にみ、うろこがほとんどなくヌルヌルした魚だそうだ。加熱しても身が硬くならず、豆腐並みに柔らかいことから、豆腐魚とも呼ばれているのだそうだ。それでいて白身魚の旨味もしっかりあった。



 そして、南河なんがで捕れた川海老かわえびを茹でるだけの料理。これが、また美味しいのだ。半透明の小さな川海老なのに、身に張りがあって甘い。卵を抱いているものもたくさんいて、そのはかない甘味がまたなんとも言えなかった。



 さらに、かにだった。 殻ごと細かく叩き切った蟹を、ジャッといためてとろみをつけてあった。葱や生姜の風味を効かせたあっさり味で、蟹本来の旨味を存分に味わえる。食べ方は殻ごと口に放り込んで、ガシガシ、ペッと食べるのが南龍流だそうだ。



 なんて料理を食べていると、こんな話が聞こえてきた。



樹越じゅえつが、勝ったらしいな」


「ああ。だが、相手は至国しこくだろ? 勝って当たり前だろうが」


「まあな。だったら、今度の廷国ていこくも、返り討ちに」


「だと、良いんだがな」


「昨日の友は、今日の敵ってか?」


「そう言えばそうだが……」


 どうやら、南龍の人々は廷国が攻めてくる事は、すでに知っているようだった。


「廷国と戦うっていうと、水軍戦か〜」


「だったら、ほらっ。え〜と」


「ああ、そう兄弟〜」


「そう、それ!」


 奏兄弟? 僕は、左右に首を傾げる。


「海賊だったが、改心してな〜」


「ああ、兄の奏衛そうえいは、頭が良くて」


「ああ、そう、え〜と……」


「弟の奏甘そうかんは、水軍の指揮がうまいんだよな」


「そうそう」


 ふ〜ん、樹越は、元海賊が水軍を率いているのか。



「そして、あれだ。え〜と、なんとかって人が。三顧さんこの礼で迎えられたって……」


盧銘仙ロメイセンだろ」


「えっ! 盧銘仙師父ロメイセンしふが!」


「うわっ、びっくりした~」


「あっ、申し訳ありません」


「お、おう」



 僕は、思わず叫びながら立ち上がってしまったのだった。話していたお客さんを驚かせてしまったようだった。



 そう、盧銘仙師父は、臥良ガリョウ先生と並ぶ有名人だった。いやっ、僕の中でだけどね。


 如親じょしん王国で軍師ぐんしとして活躍していたものの、讒言ざんげんで王の不興ふきょうをかって邑洛ゆうらくで軍官学校の先生をしていた、臥良先生には直に教わることが出来た。まあ、素晴らしい理論だった。


 そして、もう一人の憧れの人が盧銘仙師父だった。まあ、本を読んだだけだけど。ただし、盧銘仙師父は、軍略家ぐんりゃくかではない。いわゆる法家ほうかというやつだった。


 結果主義・能力主義、法とじゅつとを用いた国家運営をいていた。要するに、いかに名家の人間も能力が無く結果が出せなければ、出世出来ないし、能力があればいくらでも出世出来る。



「会いたいな~。会えるかな~?」


「で、どんな奴なんだ?」


 この凱鬼ガイキの一言で始まった僕の語は延々に止まらず。三人を辟易へきえきさせるのだった。



「で、会いに行くのか? え〜と……」


「盧銘仙師父だ」


「そう、それぞれ」


「もちろん、会いに行きますよね〜。樹越の王都の……」


「うん、会いたいね。まあ、会えるか分からないけど」


「では、行きましょう〜。樹越の王都に……」


「うん」


「で、樹越の王都って、どこですか?」


「えっ? ああ、ごめんごめん、朱鈴シュレイさん。樹越の王都は広矮こうわいだよ」


「広矮、広矮……。あっ、カナン平原の四大菜系でしたよね」


「朱鈴さん、さすがだね」


「えっへん」


「食べ物の事だけ覚えているのか、朱鈴は」


 まあ、龍清リュウセイの悲しげなつぶやきは置いといて。朱鈴さんの言う通りだった。



 カナン平原の四大菜系の一つ、えつ菜。様々な野菜や海産物の持ち味を生かし、 素材の下ごしらえを念入りにし味付けは、薄くさっぱりが基本。素材の味を第一に考え、 火を通しすぎないように調理するのが特徴だそうだ。



 広矮は、元々、入り江のような漁港のような地形ながら南部唯一の港として、船で外界に乗り出し、西方、南方と交流したそうだ。商人の街、と言っても大商人ではなく船一艘ふねいっそう外界がいかいに乗り出す、たくましい商人達の街だそうだ。



「じゃあ、行ってみようか、広矮に」


「は〜い」


「おう」


「ああ」



 僕は、一応、兄上に書状を書いて、その返事を南龍で待つ。そのあいだに、南龍の街を歩いたのだが、一部、西方風の建物が建っていた。中からは、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの人達が出てきたので、西方から来た方々が住んでいるのだろう。


 聞くと、居留地きょりゅうちというもので、西方の方々の貿易事務所や、滞在地なのだそうだ。龍会ろんえにはなかった。どうやら南龍の方が、西方との交流に熱心なようだった。



 他にも、色々と見て回り時間を潰して待っていると。兄上から。


「好きにして大丈夫だぞ」


 との事。僕達は、南龍を出て、広矮へと向かう事にしたのだった。



「え〜と、船で……」


「船では嫌だぞ」


「美味しいもの食べられないですからね~」


「ああ」


 どうやら、三人とも船での旅は嫌なようだった。


 歩き旅か〜。海沿いは山こそ無いが、切り立ったがけの近くの風が強く湿っぽい海沿いの道か、ちょっと内陸に入り、森林の中の丘越えなどの、起伏きふくの激しい道を進むしかなかった。


 まあ、内陸の道だろうな。



「結構、人が多いな」


「ああ」


「本当ですね~」


「南龍から、南部一帯に品物運ぶんだろうね」


「ああ」


「さすが、耀秀ヨウシュウ様です」


 そう、南へ向かう街道はにぎわいをみせていたのだ。南龍に運ばれた品物は、南部の各地に運ばれ、逆に南部で生産された品物は南龍へと運ばれ、海や南河でカナン平原各地に運ばれていくのだ。



「はあはあ、結構、起伏が激しいな」


「そうだよね。まあ、南部はそういう土地だし、さらに暑いしね」


「確かにな」


 徐々に暑くなっていた、そして、湿気を感じる。


 凱鬼は、汗をかきつつ起伏に富んだ道を歩いていた。龍清や、朱鈴さんは涼しい顔で歩いていたが、僕も結構辛い。



 だけど、さらに南下して、森を抜けると、大きな平地に出た。海からだろうか? 涼しい風が吹き、今までの蒸し暑さが嘘のようだった。


 どうやら、広矮のある平野へと出たようだった。


「ふう〜、ようやく道も平らになったな~」


「ああ」


「いよいよ、広矮の街でしょうか?」


「多分、もうすぐだね」


「楽しみですね~」



 僕は、ドキドキとしていた。いよいよ、盧銘仙師父に会える、かもしれない。どんな人なのだろうか?


 自然と歩くスピードも速くなる。


「耀秀様、速歩きですね。負けませんよ~」


「ああ」


「えっ?」


 あっという間に、朱鈴さんと、龍清に追い抜かれた。


「お〜い、待ってくれ〜」


 凱鬼があっという間においていかれ、慌てて走ってくる。





 というわけで、僕達は広矮に到着したのだった。


 広矮は、大きな街だったが、防御という面では心許ない街だった。そんな広矮は、樹越の王都。


 昔、朱鈴さんが邑洛ゆうらくに来た時に話したが、女性が戦うという事が珍しい時代に、息子を無実の罪で殺され戦った樹夫人が、樹越の成立の元凶げんきょうになったのだった。


 樹夫人の息子の樹育ジュイクは、大趙帝国だいちょうていこくの直轄地の南部、矮南わいなんの県庁に勤めていたが、小罪を問われて上司の県令けんれいに処刑された。


 樹夫人はこの県令をうらみ、息子のかたきを討つことをはかったのだった。酒造りで資産を蓄えていた樹夫人は、もとよりあった資産を用い、若年者らに酒をツケで与え、衣服を貸し与えた。


 そして、数年してその資産が尽きた時、若者達はツケを払おうとしたが、樹夫人は、県令への復讐の念を告白する。


 若者らは仇討ちに加担し、ついには数千もの人員を集め県令に対して反乱を起こす。そして、県令を殺害する事に成功したのだった。


 樹夫人は県令を殺害した後に死去するが、一旦集まった者達は、南部の荒れた土地であるのに、それを考えず、賦税そぜいが重いことを理由に解散せず、むしろ人数を増やし拡大する。


 反乱軍は樹夫人の孫、樹崇ジュスウ旗頭はたがしらに南部の山岳部を拠点に大趙帝国軍に対抗し、数年後には数万人の軍勢をようするに至ったのだった。


 山賊さんじくや、野盗やとうの合流はあったが、構成員のほとんどが農民出身であり、多くは文盲ぶんもうであることから、口頭こうとうでの伝令が組織内の連絡手段となっていたそうだ。



 反乱は長く続き、敗北した大趙帝国軍は、南部の支配を諦め、ついには撤退したのだった。ここに、樹越が成立する。


 まあ、所詮しゅせん、反乱軍だと言われ、すぐに崩壊するだろうと言われていた樹越だったが、徐々に官吏かんりなどを登用し、国の形態をなして、樹越国とも呼ばれるようになった。


 現在は、第三代国王が即位していたはずだった。



 街は、活気にあふれていた。あちらこちらで、行商人ぎょうしょうにん露店ろてんを開き、飲食店も含めて、小さな商店が立ち並んでいた。カナン平原の他の街と異なり、綺麗に整備された街というわけではなく、道もどこへと続いているのか分からなかった。



「さっき、ここ通らなかったか?」


「ああ、多分、通ったな」


「だよな」


「多分、こっちですよ〜」


「おい、朱鈴。勝手に行くな」


「龍清、どこ?」


「耀秀、こっちだ」


「あっ、いた」


 というふうに、絶対的に道を間違え無さそうな龍清ですら、同じ道を通り。朱鈴さんが、意外な才能を発揮して、僕達は、王宮へとたどり着いたのだった。



「へ〜、王宮もあれだな」


「まあ、元々は県庁だったみたいだしね」


麻教天帥府まきょうてんすいふの方が、立派ですね~」


「朱鈴、声が大きいぞ」


「おう。なんだ、なんだ、てめえらは?」


「しょぼい王宮だってか?」


「まあ、本当にしょぼいですけどね」


「おいっ、園宜エンギ!」


「おっと、口が滑った」



 僕達が、王宮の門の前で喋っていると、三人の強そうな……。野盗だろうか? 街中に?


 囲まれたのだった。



 三人とも背が高くがっちりとしていた。まあ、凱鬼、龍清よりは低いけどね。


 一人は、長いひげを蓄えた、頭はつるつるという、だけど優しい目はしていた。


 もう一人は、同じく髭をはやしていたが、もじゃもじゃとした髭と頭髪で、いわゆる人相悪い感じだった。


 最後の一人は、やる気の無さそうな雰囲気に反して鋭い目をした、いわゆる美丈夫びじょうぶという類に分類されるだろう男だった。



「で、何の用?」


 美丈夫が、僕達に質問する。


「おう! 野盗ふぜいが偉そうに」


「そうです、そうです。やりますか〜?」


 え〜と、凱鬼、朱鈴さん、とりあえず止めてね。


「おお、やるか〜」


「おうおうおう」


 凱鬼、朱鈴さんと、剥げた人と、髭もじゃもじゃの人が向かい合い、武器を構える。


 凱鬼が大刀だいとうで、向かい合った髭もじゃの人も大刀。朱鈴さんがほこで、げた人も矛だった。後ろにひかえた美丈夫は、げきを持っていた。



 すると、龍清が凱鬼と朱鈴さんを制して、頭を下げつつ。


「大変失礼した。旅で、この地にやってきて、王宮を珍しいので見ていたのだ」


「おっ、おう」


「珍しいって、どこの田舎もんだ?」


「珍しい分けないだろ? しょぼい王宮がよ」


「おいっ、園宜。お前ってやつは」


「だから、樹閔ジュビンの親分から、一言多いって言われんだぞ」


「へっ、だから二人は、盧銘仙師父に野盗に間違えられるんだよ」


「えっ、盧銘仙師父に会ったことあるんですか?」


「へっ? うちの丞相じょうしょう様だけど」


「丞相……。樹越の丞相か、盧銘仙師父は」


「知っているのか?」


「いえっ、本で読んで憧れていただけで」


 すると、美丈夫の園宜さんというらしい。が。


「ふ〜ん、本でね。会いたいって事ね。じゃあ、話してみるよ」


「えっ!」


 会えるのかな?

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