(弐什)

「おいっ! 園宜エンギ、勝手な事を」


「あっ? だったら、どうするんだ?」


「えっ? ええと、蒼武ソウブどうすんだ?」


「そりゃ……。夏稜カリョウ、一応、樹閔ジュビンの親分に報告して……」


「そ、そうか、行くぞ!」


「おう」


 と言って、げている人と、もじゃもじゃの人は消えて行った。剥げている人が夏稜さん。もじゃもじゃの人が蒼武さんというようだった。そして、美丈夫が園宜さん。


 で、樹閔の親分って……。樹越の国王だよね?



「で、どこ泊まってんの?」


「いえっ、広矮こうわいに到着したばかりなので」


「ふ〜ん、じゃあ、このちょっと先にある、宿に泊まってて、料理も美味いしよ」


「えっ、ありがとうございます」


「うん、じゃね〜」


 そう言うと、武器を持っていない手を肩越しに、ふらふらと左右に揺らしつつ、去って行った。



「良かったな」


「うん。まあ、実際会えるか分からないけどね」


「まあね」



 僕達は、園宜さんに言われた宿に入る。


「会えるかな?」


「会えますよ」


「ああ」


「まあ、考えても、しゃあねえ。飯、行こうぜ、飯」


「そうだね」


 というわけで、この宿は料理もやっているという事で、食べに食堂に行く。



 で、僕は何を食べたか覚えていない。美味しかったような気がする。


「美味しかったですね~」


「うん」


「しっかし、始めて見たな」


「うん」


「耀秀、聞いてないだろ?」


「うん」


 という感じだった。





「お〜い、いるか?」


 翌日、宿の外で大声で叫んでいる声が聞こえた。この声は園宜さんの声だった。


 僕達は、急いで宿の玄関に向かう。


「お待たせしました」


「おう、来たな。行くぞ」


「え〜と、どこにですか?」


「ん? 会うんだろ、盧銘仙ロメイセン師父しふに」


「えっ、会えるんですか?」


「ああ、まあな。じゃあ、行くぞ」


「はい」



 こうして、僕達は宿を出ると、王宮に向かって歩き始めたのだった。


「おう、こいつら盧銘仙師父の客人だ」


「はっ」


 どうやら、王宮の門番の方は、しっかりされているようだった。王宮の中に入り、屋敷の一つに入る。


 中は長い廊下が続き官吏かんりの方が、歩き回っていた。


 うん、官吏さんもいて、普通の王宮のようだった。そして、官吏さん達は、両手とも握らずに胸の前で軽く重ね、手のひらを自分の方へ向けて頭を下げる、拱手礼こうしゅれいをしていた。


 そして、園宜さんは、それに対して、軍礼ぐんれいを返す。


 軍礼とは、軍中では右手に武器を持っているので、すぐに拱手ができるよう、右手に武器を握ったまま左手を重ね合わせる軍礼が行なわれた。なので、武官は軍礼をすることが多い。



 しばらく、王宮内を歩き回ると、一つの扉の前で立ち止まる。


「盧銘仙師父、連れて来たぜ」


「園宜殿ですか? どうぞ、お入り下さい」


「おう」


 園宜さんは、そう軽く答えつつ、扉を開け放つ。僕はドキドキしながら部屋へと入る。


 部屋の奥、真正面に二人の人物がいた。二人とも、文官の着るような漢服かんぷくまとい、頭には綸巾りんきん、そして、手には羽扇うせんという格好であった。羽扇で、口元を隠し何やら話していた。



 え〜と、どちらが、盧銘仙師父だろ?


 一人は、五十代くらいの茶と緑の服装の貫禄かんろくのある男性。もう一人は三十代後半か、四十代前半の白と青の服装の気の良さそうな男性だった。イメージ的には、年配の方だと思うけど……。



 すると、若い方の方が。


孫嶺ソンレイ殿と、少し話がありますので、そこの椅子に腰掛けて、少しだけお待ち下さい」


「だってさ~。俺は行くよ。じゃ~な〜」


「はい、ありがとうございました」


 園宜さんは、再び肩越しに手をひらひら振りつつ、部屋を去って行った。



 僕達は、椅子に腰掛けて、少し待っていると。


「お待たせ致しました。え〜と、私に会いたいという方は?」


 話が終わったのか、年配の方も、若い方の方もこちらへ歩いてきて、若い方の方が僕達に声をかけた。やっぱり、この人が盧銘仙師父のようだった。


「盧銘仙師父、お初にお目にかかります。僕は、耀秀ヨウシュウと言います。そして、龍清リュウセイ凱鬼ガイキ、そして、龍・朱鈴シュレイです」


 そして、軍礼をする。


「おお、耀秀殿。という事は、耀勝ヨウショウ様の御子孫……。なるほど。おっと、失礼致しました。私は、樹越国の丞相じょうしょう、盧銘仙です。そして、隣におられるのが、樹越国じゅえつこく大尉たいい、孫嶺殿です」


「孫嶺です」


 盧銘仙師父と、孫嶺さんは、僕達に拱手礼を返す。


 大尉。要するに、軍事の最高責任者という事だろう。



 そして、僕は憧れの盧銘仙師父に話す。


「盧銘仙師父、あなたが書かれた法家としての文章、大変感銘を受けました」


「ありがとうございます。あれを読んで頂いたのですか。まあ、理想論ですが」


「そのような。人は身分ではなく、能力ではかるべきとか、国を統治するのは、法とか。あれは、もう」


「ありがとうございます。まあ、そんな戯言ざれごとをつぶやき続けたものだから、樹閔様に、実践じっせんしてみろと引っ張り出されたのですがね。まあ、実践は難しいです」


「そうなのですか?」


「はい、それはもう」


 その後、盧銘仙師父の愚痴ぐちとか、僕達の今までの事とか話題になり、あっという間に時間が過ぎる。



「なるほど、武官学校で臥良ガリョウ師父に教わったと……。う〜ん、一つよろしいでしょうか?」


「はい、なんなりと」


 盧銘仙師父は、そう言うと、孫嶺さんが持っていた地図を開き。軍に見立てた駒を置く。


「この戦いなのですが……」


 僕は、地図をのぞき込む。どうやら、土塁どるいさく、さらに簡単な堀のような物で作りあげた重厚な防衛線が築かれ、そこを軍勢が攻めるようだった。



 なぜ、防衛線を作ったんだ? 僕は、地図を眺める、すると、防衛線の後方には街があり、その城壁はとても脆弱ぜいじゃくなようだった。


 なるほど、だから街で防衛せず、わざわざ防衛線を作ったのか。なるほどね。



「では、この防衛線を攻略してみてください。さあ、どう攻めます?」


「どうって、攻めません」


「はい?」


 盧銘仙師父と、孫嶺さんは、顔を見合せる。


「それは、どういう意味でしょうか?」


「文字通り、防衛線は攻めません。そして、迂回してこの街を攻めます」


「あっ。え〜と……」


 盧銘仙師父と、孫嶺さんは地図を凝視ぎょうしする。


「ならば、防衛線から出撃した軍勢が背後を……」


「それが狙いです。街の城壁は弱く街で防衛出来ないとなれば、普通ならば野戦でとなりますが、わざわざ、単純な野戦でなく、防衛線を構築して戦うと言う事は、兵力で劣る、あるいは、弱兵という事でしょう。だったら、防衛線から引きずりだし、正面から撃破する」


 盧銘仙師父と、孫嶺さんは、まじまじと地図を眺めた後、顔を見合わせてうなずき合う。


「なるほど。いや〜、至国しこくに耀秀殿がいなくて良かったです」


「うむ、まさしく」


「ですが、孫嶺殿、あなたがおっしゃっていた懸案けんあんが、まさしく片付きそうですね~」


「はい、おっしゃる通りです」



 そう言うと、盧銘仙師父と、孫嶺さんはひざまずき、叩頭こうとうする。


「耀秀殿、我が国に仕えて下さらんか?」


「そうそう、階級は我々、三公さんこうよりは、ちょっと下になってしまうが、九卿きゅうけい軍師卿ぐんしきょうというのは、どうであろう?」


 えっ、九卿?


「おお、孫嶺殿、それは名案みょうあん。それに、龍清殿、凱鬼殿、朱鈴殿も、相当なごうの者と見た。我が軍の将軍として、いかがだろうか?」


「おう、任せろ」


「えっ、凱鬼?」


「うん、悪くない」


「えっ、龍清?」


「私も良いんですか〜? やった〜!」


「朱鈴さん?」


 僕は、目を白黒させながら、慌てる。えっ、この年齢で、九卿? 皆は、将軍。


「受けて貰えぬだろうか?」


 いやっ、盧銘仙師父から頼まれたら断われない。だけど、出来るだろうか?


「耀秀様、大丈夫です。耀秀様は、偉いんです」


「おう、その通りだ」


「ああ」


 みんなまで……。だけど、僕の居場所。いやっ、僕達の居場所はここのような気がした。


「かしこまりました、つつしんで拝命はいめい致します」


「そうですか、それは良かった」


「ええ。今まで作戦は、軍事の最高責任者という事で私が考えてきましたが、外交に関しては自信がありますが、戦に関しては、ど素人ですからね~」


「ええ、私が来た時も文官はそろっていましたが、武官。しかも、軍師となると……」


「ええ、私も、眉信ビシン殿も、堅楊ケンヨウ殿も、蔚索イサク殿も、あくまでも文官ですからね~」


「武官は、農民あがりか、野盗あがり。こちらも作戦となると……」


 えっと、大丈夫かな? 樹越。



 こうして、僕達は盧銘仙師父に会うだけのつもりが、樹越に仕える事になったのだった。





「いや~、しかし良かったよ。良い人材が仕えてくれて。三顧さんこの礼しなくて良かったもんね」


 目の前には、樹閔様がいた。王様っぽくない方だが、とても慕われているようだった。


 まだ、三十代だろうか? 好青年? 青年じゃないか。いかにも気さくな良い人という印象だった。身体は結構大きい、龍清や凱鬼ほどじゃないけど。



 武官、文官が周囲を囲んでいた。普通、玉座の周囲に集う事はない。まあ、樹閔様も、玉座に座って居らず、一番下の段に腰掛けていたが。



「そうですね。私のように卑屈ひくつじゃないので、三回も必要なかったですね」


「卑屈じゃないだろ? ただ、本当に留守だっただけ」


「まあ、そうですが。それで三顧の礼などと世間で評判になってしまいましたね」


 ハハハハハ。と笑いが起きる。


 そして、樹閔様は、僕を見て。


「しかし、いきなり九卿の軍師卿か〜。大変だろうけど、頑張ってね」


「はい」


「え〜と、中二千石なかにせんごくか。若いのに凄いよね」


 そう、僕は月180石。年、およそ2160石もの年俸を貰う階級にいきなりなったのだった。


 そして、盧銘仙師父は、僕を見つめつつ。


「能力主義ですよ。実際に、その能力をしめして頂きたくは思いますが」


「そうだね。で、みんな耀秀の言う事をちゃんと聞くようにな」


「おう」


「任せろ」


 という声が、玉座に響く。この声に嘘はない。皆が僕の話に耳を傾け、聞いてくれていた。



 そして、樹閔様は、龍清達も激励する。


「龍清、凱鬼、朱鈴も頑張ってね」



 すると、龍清の兄貴〜。とか、凱鬼の兄貴〜とか、朱鈴のあねさんとか声があがる。



 そう、実力至上主義の樹越国。


 まあ、個の強さでだったが、龍清、凱鬼、朱鈴さんは、他の将軍達をボッコボコにして、尊敬の念を抱かれ、皆に受け入れられていた。



 そして、そのボッコボコにされた将軍の皆様は、園宜さんに、蒼武さんに、夏稜さんに、文官の眉信さんの弟の眉洪ビコウさんだけだった。いやっ、忘れていた水軍を率いる、ソウ兄弟。


 で、文官の高官の方々は、盧銘仙師父を筆頭に、孫嶺さん、眉信さん、堅楊さん、蔚索さんと、こんな感じらしい。


 全員が、樹閔さんが、若い時にやんちゃしていた時の仲間や、自ら探した才能だそうだ。なので、絶対的な忠誠心を持っていた。



「それで、耀秀の最初の仕事は、南龍なんろん防衛戦になるけど、まあ、奏兄弟と策を考えておいてね」


 樹閔様の言葉に、僕はこう返す。


「それでしたら、すでに準備を開始しております」


「えっ、そうなの?」


 樹閔様の言葉に、盧銘仙師父がうなずく。


「はい、お金は多少かかっても良いと伝えてあります。勝てば、廷国ていこくよりとれますから」


「まあ、そうだね。で?」


「はい、商人達の古い船を供出きょうしゅつしてもらい、その代わりとして、新しい船を奏兄弟に頼んで、全力で作っております」


「へ〜」


「で、古い船は油に漬けて、先には返しのついた鉄製の大きなくいを取り付けました」


「鉄製の杭?」


「はい。その上で船を鎖で繋ぎ。廷国の艦隊がやってきたら、その周囲を囲います。操船そうせんには、泳ぎの美味い水夫を任命し……」


「えっ、えっ、えっ?」


「廷国の艦隊が逃げ出そうとしても、返しのついた鉄製の杭が刺さり身動きとれずに、そして、油につけた船は良く燃えます。まあ、多少、硝石しょうせきを積んでおけば、より……」


「へっ、へ〜」


「そして、火は廷国の艦隊も燃やし尽くすでしょう。まあ、廷国の兵はよろいを脱いで海に飛び込めば助かりますし、艦隊が無くなれば、再び攻める気にはならないでしょう」


「こわっ」



 樹閔様はじめ、引きつった顔が僕に向けられたのだった。





 僕は、そのデビュー戦において、海を真っ赤に染め上げ、その恐怖をカナン平原の民に植え付けたのだった。



 真っ赤な炎から誕生した鳳雛ほおすう。いやっ、カナン平原の四霊しれい麒麟きりん霊亀れいき応龍おうりゅうと並ぶ、鳳凰ほうおうが、僕のあだ名となった。

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