(什捌)

 まあ、それよりもだった。


至仙しせん様は、英雄王って呼ばれているんですか?」


「そうだよ、自称だけどね」


 自称ね~。


「自称って、街の方々も呼んでいましたよ」


「そりゃ、嫌味だよ」


「そうなのですね、可哀想かわいそうな王様です」


「可哀想なのは、私達だよ」


「そうなのですか?」


「ああ」



 店員さんの話によると、至国しこくは少し前まで、カナン平原屈指の大国だったそうだ。歴代名君と呼ばれる王が続き、呂国ろこく泉国せんこく廷国ていこく樹越じゅえつの領土を侵食しんしょくし、北へ、東へ、南へと領土を拡大していたそうだった。


 だけど、先代の名君ではなかったが、民にしたわれていた王が病で亡くなり、若い至仙様が即位すると状況は一変したのだそうだ。



 至仙様は自ら英雄王を名乗ると、カナン平原統一を掲げ、呂国、廷国、泉国、樹越に次々と戦いを仕掛けたのだそうだった。で、結果は。


「全敗だよ、見事にね。戦いのセンスが無いのさ」


「そうなんですね」



 兵力では上回っていたりしてもなぜか戦いは良くて引き分け、悪い時は総崩れとなったそうだった。まあ、引き分け……、全敗ではないようだけど。



 そして、さらに悪い事が起こる。


「ついには、呂国、廷国、泉国、樹越の連合軍に攻められて領土を大きく減らしたというわけさ。良い迷惑だろ?」


「そう言われれば、そうですね。ですが、そうなる前に止めなかったのですか?」


「止めたさ、みんなね。でも、言う事聞かないみたいだよ」


「へ〜」



 まあ、これは店員さんの話で、王宮の中の事は分からないが、店員さんがお客さんの愚痴ぐちを聞いている限りでは、そういう感じらしかった。


「まあ、優秀な丞相じょうしょう様がいるから、国の経済は安定しているらしいけどね〜」


 と言いながら、店員さんはどこかへ行ってしまったのだった。



「連合軍ね~」


「あの国がな」



 樹越は知らないが、やる気の無さそうな廷国王や、分裂状態の呂国、泉国はお金が心配なくらいか?


 余程、腹に据えかねたのだろうな。


 カナン平原統一を目指し、国土を縮小させた至仙様。今は、何を目指しているのだろうか?



 と、ここで考える。僕は、カナン平原で何をしたいのだろうか?


 軍官学校を卒業したからには、どこかの君主に仕え、自分の力を試したい。それが、昔は如親じょしん王国だったが、今はそれもかなわない。


 だったら、どうしよう? ファランさんと話して漠然ばくぜんと思ったのは、龍清リュウセイ凱鬼ガイキ、そして朱鈴シュレイさんと同じ君主に仕え、そして……。


 まあ、大言壮語たいげんそうごすると、カナン平原に平和をもたらしたい。長く続く戦乱の世をしずめられれば……。大層な夢だよね。



 僕達は、しばらく会蓮かいれんに滞在し、街を見て回る。



 そして。


「今回も負けたみたいだね。樹越と戦ってね」


「そうだったんですか?」


「ああ、王宮に知らせが入ったそうだよ。昨日の夜は、官吏かんりさん達が荒れちゃって大変だったよ」


「大変ですね」


「まったくだよ」


 結局、至仙様は、樹越に奪われた領土を奪還する為に、樹越領となっていた、元至国の領土に侵攻。しかし、守りを固めた樹越軍を力押しで攻めようとして、敗北。


 やる気のない兵士達は、さっさと撤退てったい、至仙様もしぶしぶ撤退したのだそうだ。



 僕達は、敗残はいざんの至仙様を見ること無く、会蓮を離れ、東へと向かう。まあ、目的地は龍会ろんえだった。



 僕達の旅は、一旦終わりだった。約一年に渡る長き旅を終えたのだった。歩いた距離は、どのくらいだろうか?


 ファランさんから、そっともらった地図によると、およそ16000里(約8000km)。歩いたね~。





「兄上、帰ってまいりました」


「ん? おお、お帰り」


 龍会の耀家ようけに顔を出すと、兄上は出かけているからと、お風呂に先に入らされ、着ていた服や、行李こうりに入れられていた服は全て洗濯、あるいは廃棄はきされて、僕は新しい衣服に着替え、くつろぎつつ兄上を待っていた。



「旅は、どうだった?」


「良い旅でした」


「そうか、それは良かった」


 まあ、この後、食事の時間に長い長い旅の話しをすることになるのだが。



「うん、だが、良い顔になった。しかし、面白い成長をしたな、文官にでもなるのか?」


「はい?」


「いやな。商人として生きていると、こう人の成長っていうのが、なんとなく顔つきで分かるようになってな」


「凄いですね」


「ああ、まあな。それで、耀秀ヨウシュウがなんか文官っぽい成長をしたなと」


「……。確かに、そう言われると、戦いよりも政策について色々学んだ気がします」


「そうか。だったら、文官として仕官するのか?」


「いえっ、それは……。どうなんでしょう?」


「ハハハハハ、それは、耀秀次第だろ?」


「まあ、そうなんですが」



 さて、どうなんだろうか? ファランさんのように、智謀ちぼうはあり戦略、戦術の才はあるが、戦場には立たず。文官として活躍するのか? それとも、実際に戦場に立って、指揮をとるのか?


 どうしたいのだろう、僕は?


「まあ、ゆっくり考えろ。それよりもだ。まだ、南龍なんろんに行ってないだろ?」


「えっ? はい」


「行ってみるきはないか?」


「ええと……」


 南龍。そこは、龍会から160里(約80km)離れた大きな街だった。ただし、南河の河口を隔てた対岸の街であり、樹越の街だった。


 まあ、元々は、廷国の領土だったが、貿易港の欲しかった樹越によって、だいぶ前に落とされ、樹越の都市となっていた。要するに、カナン平原南部への入口のような役割をしていた。



「なぜ、南龍に行けと?」


「うん? ああ、あの面倒くさがりの廷国王の挺山テイザン様がな、南龍の攻略を提案されたそうだよ」


「えっ? なぜですか?」


「うん、どうも樹越の拡大を懸念されてるそうだ」


「なるほど」



 樹越は、元々南部の人口の少ない地域で起こった国だった。それなのに、南龍を攻め落とし、さらに、至国の領土も奪った。面積的には、廷国に匹敵する国となっていた。


 まあ、人口は、東の海岸線の人口密集地帯を支配する、廷国が圧倒してはいたが。そうなると当然兵力もだけど。



「そこでだ。南龍の耀家の支店にな、その事を教えて、避難するなど準備をして欲しいのだ」


「そうですか」


「書状を書くかとも思ったんだが、何があるか分からないからな」


「そうですね」


 確かに、書状を送って、廷国の間者とかに盗み読みされたら、情報漏洩じょうほうろうえいの罪に問われるかもしれないしね。そういう事は慎重な兄上らしい。


「というわけで、行ってくれるか?」


「はい、かしこまりました」


「よろしくな」



 というわけで、せっかく龍会に帰ってきたのだが、また、出かける事になった。とはいえ、南龍までは、定期船が出ている。それに乗って対岸に渡るだけなのだけどね。



「また、旅ですね~。楽しみです」


「良かった、朱鈴さんが喜んでくれて」


「まあ、耀秀様ったら」


「?」


「また、船かよ」


「船って言っても、川船じゃないぞ」


「えっ、そうなのか、龍清?」


「ああ」


「凱鬼、ほらっ、最初、龍会にやってきた」


「ほ〜、あの船か。だったら、速えな」


「多分ね」


 で、僕達は準備しつつ、龍会で少し滞在すると。南龍に向けて船に乗った。



 船は一旦、南河の流れにのって外洋に出ると南下。再び、南河に向かう。流れの穏やかな河口は、風次第であっという間に着くのだ。



「なかなか、つかないですね~」


「この時期、風が逆なんだって」


「それでも、蛇行だこうしながら風上に進んでいるだろ」


「まあな。でも、遅え」


「そうだね」



 龍清の言った蛇行しながらは、風上に向かう時に帆船はんせんが進む進み方だそうだ。風上には進めないが、斜め前方には進める。ただ、斜め前方に進むだけでは、目的地と離れちゃうから、切り返して反対の斜め前方に進む。それを繰り返して、風上に進むのだった。


 のんびりとした船旅になったが、確実に南龍には近づいていた。



「耀秀様、確か南龍料理も有名でしたよね?」


「そうだよ。カナン平原八大菜系の一つだね」


「そうですか、楽しみです」


「ん? だが、龍会料理は四大なんとかだよな。だったら、近えし違いあんのか?」


「え〜と……」


 龍会料理。その特徴は、塩をうまく使い、あっさりとした甘味を感じさせる味付なのだそうだ。


 一方、南龍料理は、同じ塩味ながら、淡白で香りが強く、歯ざわりの好さが特徴である。という事らしい。


「へ〜、楽しみです」


 だそうです。



「南龍が見えたぞ~」


 龍会に、負けず劣らずの広大な港が見えてきた。龍会よりは、なんとなく雰囲気がどこか明るい印象だった。いやっ、龍会が暗いわけじゃなく、大人の落ち着いた雰囲気というのだろうか?


 どこか古都を思わせるおごそかな雰囲気の龍会と、明るく活気に満ちた南龍という感じだった。



「明るいね」


「ああ」


「昼間ですからね~」


「そうだね」


「朱鈴、明るく活気のある街だな?」


「そうですね」


「ああ」


「おい、何やってんだ、早く行くぞ」


「凱鬼、今行くよ」


「おう」



 こうして、僕達は南龍へと到着したのだった。


「さあ、まずは……」


「何を食べましょうか?」


「え〜と……」


「朱鈴、まずは、役目を果たさないとだ」


「あ〜、忘れてました。耀家の支店行くんですね」


「うん」


「おい、朱鈴、良い匂いがするぞ」


「え〜、どこですか?」


「は〜〜、ったく」


 龍清が、珍しくため息を吐く。


「さあ、さっさと用事済ませて、美味しい料理食べようか」


「おう」


「は〜い」





「左様でございますか。ありがとうございます」


「いえっ、どう致しまして……」


 僕達は、耀家の支店を見つけ、兄上からの伝言を伝え、さらに、兄上からもらった書状を渡したのだが。どうも、反応が悪い。すでに知っていますという感じだった。


 う〜ん、兄上の目的は、僕達を南龍に行かせる為だったようだった。



 というわけで、僕達は、耀家の支店を早々に辞し、南龍の街中をぶらついていた。耀家の支店があるのは、南龍の中心の大通り。とても高級感があり、おしゃれな街並みだった。


 まあ、人通りもそれほど多くないので、そこから歩きまわり、すると、活気のある人通りの多い場所を見つける。


 道の両脇にある店舗だけでなく、道にも屋台が出て、販売を行っていた。売られていたのは、南龍の海の幸などの食材や、日用品に、旅の必需品や、調理された食べ物と多岐にわたっていた。



「う〜、美味しそうです」


「ああ、美味そうだ」


「まあ、まずは、宿に荷物を置いてから」


「は〜い」


「おう」


「は〜」



 そして、近くの宿に荷物を置くと、一軒の酒家に入ったのだった。


「しっかしよ〜、耀家の南龍の支店はケチだよな~」


「そうですよ~。てっきり、料理出して泊めてくれるのかと」


「まあな」


「そこまでしてくれんのは、耀秀の兄上だけだろうが」


「まあ、そうですけど」


「そうだよ。自分達で美味しいお店探した方が美味しいもの食べれるし、泊めてもらうのは窮屈だしね」


「ああ」


「そうですね」


「おう」



 まあ、兄上からの指示っぽいけどね。


 耀家の支店から出ようとすると、呼び止められて。


「そうそう、耀秀様。樹越の国内をまわってみるようにとの言伝ことづてでしたよ」


「えっ? ありがとうございます」

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