(什漆)

「ようこそお出でくださいました」


「すみません、急におしかけてしまって」


「いえいえ、まあ、他の耀家ようけに比べて比較的、暇ですので出かけるのも、手間がかかりますし」


「そのようですね」


「はい」


 大京だいきょうの耀家の主は耀表ヨウヒョウさんだった。耀家の血筋なのだろうか。皆、背が高くなく、好々爺こうこうやというか、人の良さそうなおじさんというか。


「で、どのようなご要件で?」


「ああ、はい」


 僕は、大京が、大趙帝国だいちょうていこくが、こうなってしまった理由を知りたかった。


「大趙帝国は、カナン平原を統一した帝国ですよね。なぜ、このような帝都すらも支配出来ないような国になってしまったのか?」


「ふむ。そうですね~。八家はっけの乱の歴史は、ご存知ですね」


「はい」


 え〜と、皇紀こうき295年、趙武チョウブの孫の趙天チョウテン大岑帝国だいしんていこくの皇帝、岑陽シンヨウ弑逆しいぎゃく皇位簒奪こういさんだつしたと言われている。そして、大趙帝国が起こる。趙帝紀元年ちょうていきがんねんと元号もあらためたのだった。


 その時に、龍家りゅうけ凱家がいけの者は、趙天の言動に反発、反対し野に下ったが、呂家ろけ至家しけ雷家らいけ陵家りゅうけ麻家まけ泉家せんけ廷家ていけ条家じょうけの者達は趙天に同調し、これを趙下八家ちょうかはっけと呼んだ。


 そして、趙天は、趙武がやめた大将軍制度を復活させ、八家の者達を大将軍に任命し、さらにカナン平原の統一を果たす。


 代を重ねるごとに力を増していった八人の大将軍は、大趙帝国の歴代皇帝に恐れられ、領土を与えられ地方へと派遣され、個々の軍事力を持ち統治者として君臨くんりんしていく。


 そして、その地方、地方で、徐々に力をつけると、趙帝紀147年。趙下八家が大趙帝国に反旗はんきひるがえし、反乱を起こした。


 八家の乱は、一応、十年程の戦いで講和こうわが結ばれ、八家は領土を拡大し、大趙帝国からの半独立はんどくりつを勝ち取り大趙帝国の力は、大きく弱まったのだった。


 八家の乱から国々は乱れお互い相争あいあらそう、戦乱の世へと逆戻りをする。八家の当主は、当初、あくまで大趙帝国の臣下、公王を名乗っていたが、大趙帝国の力が弱っていくと、それぞれが王国を名乗り国王を名乗ったのだった。


 呂国、至国、雷国、陵国、麻国、泉国、廷国、条国。これが、八国。


 これに、国王の家系は、唐家とうけに変わったものの、勃興ぼっこうした如親じょしん王国。さらに、新興国家しんこうこっか樹越じゅえつ、帝都大京周辺を支配する、大趙帝国を加えた国々の戦いは続いていった。


 と、僕は歴史を話す。



「まあ、そうなのですが。まずは、八家の乱です。歴史では、十年程で講和が結ばれたと言っていますが、実際は大趙帝国は滅亡寸前まで追い込まれたのですよ」


「そうなんですか」


「ええ、まあ、元々は、八家の全軍合わせても大趙帝国と良くて互角だったのですが、大趙帝国は、あっさりと初戦で大敗をきっしたのです」


「大敗?」


「ええ、中央部で安穏あんのんとしていた帝国軍と、地方でそれなりに反乱討伐を経験していた八家軍ではね」


「そうなのか」


 龍清リュウセイが、大きく頷く。


 この辺の歴史は、ちゃんと勉強していなかったな~。


「そして、長城ちょうじょうを八家軍に取り囲まれたのです。そして、内部分裂で八家軍が撤退するまで十年」


「えっ? 十年囲まれっぱなしですか?」


「そうですよ。攻略出来なかった八家軍が悪いのか、趙武が作った長城が素晴らしかったのかは、分かりませんけどね」


「ええ」


「まあ、趙武は長城内の生産量で、何年も大京の街が維持できるようにしてあったのですが、さすがに十年です。亡くなる人も多かったようですよ。交易こうえきが止まり人の移動が無くなり、街も死んだのでしょう」


「なんと……」


可哀想かわいそうです」


悲惨ひさんですね」


「それから大京は、街を離れる大勢の人々、流入する流民るみんとで、緩徐かんじょに衰退し、今に至っているのです。そして、それは、大趙帝国もです」


「そうなんですか」


「はい、今や支配地域は、東西南北にあるかつての大京の支城があった、山波さんば管寧かんねい九龍きゅうりゅう、そして桃嶺とうれいに、囲まれた地域のみ。これで大趙帝国などとは」


 耀表さんは、左右に首を振る。


「そうですね」


 話を聞くと、もう滅んでいるような国に聞こえた。だけど、他の八国が全部じゃないだろうが、滅ぼすことなく帝国と皇帝を維持しているということなのだろうな。


「ありがとうございました」


「いえいえ、御参考にでもなれば良いのですが」


「はい、大変有意義なお話でした」



 こうして、耀家を後にすると、僕達は皇宮こうきゅうへと向かう。まあ、入る事は出来ないけど。


 大京の街の大通り、そこをまっすぐ歩くと、突き当りが皇宮だった。


「なんか、嫌な感じです」


「ああ」


「ああ、まったくだ」


 そう皇宮に近づくと、城壁というほど高くはないが壁があり、各所に見張りやぐらが建てられていて、兵士が鋭い視線を送っていた。下手したらを構えている兵士すらもいた。


 その壁にはばまれ、中の様子も見る事は出来なかった。門も閉じられていたしね。


「こんなもんかな大京見学は」


「そうだな」


 そう、かつて趙武が勉強したという軍官大学はすでに無く、禁軍きんぐんの訓練所も皇宮の敷地内で見ることは出来なかった。つまらないね。



 というわけで、僕達は大京の街を離れる。


 大京の街を出ると、皆が船に乗るために南へと向かう中、東へと向かう。後は、至国しこくのみ、旅も終わりに近づいていた。いやっ、樹越もあるか?



「あれですよね、至国の王都は会蓮かいれん料理の会蓮ですね。楽しみですよ~」


「会蓮料理か? どんな料理なんだ?」


「さあ?」


「内陸だし、南河なんが沿いだし、川魚が主体だと思うけど……」


 どんな料理なのだろうな?





 僕達は、南河沿いの街道を進む。開拓された水田が広がっていたが、徐々に湿地が増え、自然な水田が広がる。湖や湿地に阻まれ、街道も左右に激しく蛇行だこうする。


「えらく遠回りしてんな」


「そうだね。昔は湖に渡し舟があったみたいだけど」


「今は、人通り少ないからな」


「そうか」


「でも、綺麗きれいですよね」


「そうだね」


 確かに湖の湖面は、太陽の陽光ようこうを反射しキラキラ光って綺麗だった。ただし、晴れていればだけど。そう、徐々に曇ったり雨降ったりする日が増えてきたのだった。


 内陸の乾いた空気から変化し、湿った空気が身体に感じられる。



 僕達は、至国へと入り関所せきしょを通る。


「目的はなんだ? その武器はなぜ持っている?」


 高圧的こうあつてきという程ではないが、ちょっとピリピリしていた。


 そう、僕達は背に行李こうりを背負い、手には、凱鬼ガイキ大刀だいとうを、龍清、朱鈴シュレイさんが、ほこを持っていた。僕も、腰に剣をいていた。


 一応、僕だって、それなりに剣をつかえる。まあ、三人に比べればあれだけど。


「僕は、各地の耀家の視察をしています。彼らは僕の護衛なので、武器を持っています」


「う、うむ、そうか」


 関所の役人さんは、耀家の通行証と、その通行証の中に挟んで置いた金子きんすを見て、表情が和らぐ。地獄の沙汰さたも金次第。


「そうか、耀家の者だものな心配無いな。通って良いぞ」


「ありがとうございます」



 周囲の人達が、かなり念入りに荷物検査などを受ける中、あっさりと通る僕達。周囲の視線が痛い。


 南河を進んできた方々も、至国に入国するには、一旦、関所を通らないといけないのだった。大変ですね~。



「しかし、耀秀ヨウシュウもあれだよな」


「ああ」


「?」


「その変、商人の家の子っていうか、上手くやるよな」


「ああ、そういう事か、確かにね」


「耀秀様は、えらいのです」


「朱鈴、何がだ?」


「お金を有効活用して、さっさとめんどくさい事は済ませるのです」


「そうだな」


「まあ、あまり良くないことなのだろうけど、面倒に巻き込まれるよりはね」


「そうだな」


「そうなのです」



 こうして、僕達が至国の中に入ると、南河は東北東に流れを変え、僕達も南河に沿って進むと。



「おっ、あれが会蓮か?」


「そうみたいだな」


「楽しみですね~」


「そうだね」


 そう言いながら、僕には点のようにしか見えない。はるか湿地帯の先に、白い薄靄うすもやの中、会蓮の街が見えた。



 かつては、大岑帝国時代、龍会ろんえ攻略や東方諸国同盟との戦いで軍事拠点となった街。堅牢けんろうな城壁を持つ城塞都市じょうさいとしだった。確か趙武時代も、戦いの舞台になったはずだった。



 僕達は、二重の城壁を通り抜け街へと入る。一つ目の城壁は1じょう2しゃく3すん(約30m)の版築はんちく造りの城壁がそびえ立ち、二つ目の城壁も煉瓦れんが造りの7尺4寸(約18m)のものだった。


 城壁と城壁の間にも、家々がひしめき、街は発展しているようだった。だけど、街の雰囲気は、どこかピリピリしているように感じた。



 そして、その原因はすぐに分かった。



「うわっ、また戦いかよ、今度はどことだ?」


至仙しせん様にも、困ったものだよな~」


「全くだぜ。また、負け戦だろ?」


「おいおい、そんな事言うなよ。英雄王えいゆうおう至仙様だぜ、ハハハハハ」


「ハハハハハ、確かに、そうだった、英雄王だったな」


「ああ、英雄王だ。ハハハハハ」


「英雄王、万歳!」


 先頭に、銀色に光輝ひかりかがやく鉄製の全身鎧をまとい、片手にやりを持った、おそらく至仙様だろう。が、歓声に片手を挙げて応える。


「重てえだろうな」


「ああ」


「あの頭のは、鳳凰ほうおうでしょうか?」


「多分そうだね」


「馬鹿っぽいな」


「凱鬼、聞こえるよ」


「おう、わりいわりい」



 堂々たる行進ではあった。だけど、後に続く兵士のみならず、しょうの顔にもうんざりしたような表情が浮かんでいた。これは駄目だろうな。



「へ〜、見たのかい、英雄王至仙様を」


「はい」


「ハハハハハ、そりゃ、私も見たかったね~」


「そうですか」



 ここは、会蓮の酒家しゅかだった。カナン平原八大菜系の一つ、徽菜びさいの会蓮料理。


 なのだが、僕の目の前には微妙な表情で料理を見つめる朱鈴さんがいた。最初はウキウキした表情で料理を待っていたが、運ばれてきた料理を見て微妙な表情になってしまったのだった。


 料理は、スッポン、カエル、はと、キジ、キョンの料理だった。会蓮周囲の湿地帯や山、そして、南河で捕れるものばかりだった。


 そして、料理は元の素材がなんだったかが分かるようになっていた。朱鈴さんは、カエルや、スッポンを指でつついていた。


 豚肉とスッポンの煮込み、椎茸しいたけとカエルの蒸し物、鳩煮込み、 タケノコとキジの醤油煮、タケノコとキョンの細切り炒め、ハクビシンの醤油煮。などであった。


 いやっ、味は美味しかったよ。だけど、見た目が〜。最後まで微妙な表情の朱鈴さんだった。


「可哀想ですよ~」


「そうだね」


「料理だぜ」


「ああ」


「う〜」

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