(什陸)

「しょんべんだ!」


 ガシャ、ガシャン!


 ダン!


 奥の部屋で、下品な大事が響き、何かをひっくり返す音と乱暴に扉を開く音が響き渡る。


雷禅ライゼン様、かわやはそちらではありませんよ」


「う〜ん?」


「こちらです」


「おう」


 どすどすと、大きな音が響き、男が消えていった。


「大きかったですね~」


「ああ」


「俺よりもでかいやつを見たのは、はじめてだ」


「ああ」


「それよりも、雷禅だって」


「はい、確かにそう聞こえました」


 一国の王が、街中の高級店とはいえ、昼間から酔っている? そんなことありえるだろうか?



 しばらくすると。



 ドタン! どすどす。


「雷禅様、そちらではありませんよ」


「う〜ん?」


「おう」


 そう言いつつ、雷禅様の目が、凱鬼ガイキを見る。


「おお、ここに俺と同じくらい大きなやつがいるわ! ガハハハ」


 そう言いながら、どすどすとこちらへ歩いてきて。


「お前、名は?」


「凱鬼だ」


 凱鬼は、そう言いながら立ち上がる。二人が並ぶと、部屋が狭く感じる。


 それにしても雷禅様は大きかった。凱鬼は9尺5寸(約220cm)の身長だが、それよりも頭一つ大きかった。10尺(約231cm)はあるかな?


「凱鬼? 凱炎ガイエンの子孫か?」


「ああ、一応な」


「ほお、面白い。それに、良い目をしてやがる。俺の配下になれ」


「断る」


「あ〜ん? 何故だ?」


「俺の主は、すでにそこに居る」


 えっ、誰?


 皆の視線が僕に集まる。


 えっ? 僕?


「あ〜ん?」


 雷禅様が、僕に視線を送り、そのままドカッと座る。


「名は?」


「よ、耀秀ヨウシュウです」


「ほお。こちらは、耀勝ヨウショウの子孫か。ん? お前も良い目だ。面白い。で、そちらの二人は?」


龍清リュウセイ


「龍・朱鈴シュレイですよ」


「ほ〜。こちらは、龍雲リュウウンの子孫か。面白い。実に面白い。趙天チョウテンにさからって在野したやつらの子孫に、趙武チョウブに喧嘩売ったやつか〜。面白い、面白い。ガハハハ!」


 雷禅様は、そう言いつつ立ち上がり部屋を出て行く。


「いや~、面白い。次の戦で死ぬつもりだったがやめだ、生き延びてくれる。ガハハハ、これからの世が楽しみだぜ。おう、邪魔したな。ガハハハ」


 と、一方的に喋って去って行った。



 雷国王雷禅、強い王。だけではなかった。支える人間がいれば、良い王になったかもしれないな。だけど、すでに遅い。国は乱れ、戦いに負けた。今更、逆転は無理だろうな。


 もう少し早く会っていれば。会っていれば? 傲慢だな。



 それよりもだ。


「凱鬼。僕が主ってどういう意味?」


「あっ? ああ、今は、だって旅のお金全部出してもらっているだろ」


「ああ。そうだな。主だな」


「そうですよ、私の主様ですよ~」


「え〜」



 まあ、こんな感じで雷禅様にも会えたし、名物の城楼じょうろうなどを外から見学して、治安の悪そうな江陽こうようは、さっさと後にしたのだった。



 そして、向かうは、大趙帝国だいちょうていこくの帝都、大京だいきょうだった。


「名前が良くねえよな。大凶だぜ」


「そう言われれば、そうだね」


「でも、長い間帝都だったんだろ?」


「そう。大岑帝国だいしんていこくの帝都として繁栄したんだよね」


「そして、大趙帝国の帝都か」


「そうだね」


「帝都ですか〜。美味しいものいっぱいあるなんでしょうね~」


「どうだろうね?」


「楽しみです~」


「そうだね」



 さて、美味しいものあるのだろうか? 各地の名店が、店を出していたのは過去の話。


 カナン平原四大菜系といえば、滬菜ほうさい魯菜ろさい川菜せんさい粤菜えつさいだ。要するに、龍会ろんえ料理、泉水せんすい料理、令徳れいとく料理、そして、広矮こうわい料理。


 さらに、カナン平原八大菜系に拡大しても、浙菜せつさい湖菜こさい徽菜びさい閩菜みんさい。要するに、南龍なんろん料理、江陽こうよう料理、会蓮かいれん料理、東海とうかい料理だった。


 要するに、大京料理というは、聞いた事はなかった。どんな料理なのだろうか?



 僕達は、街道を進む。


 ほとんど人は歩いていない街道だった。それもそのはずで、街道は南河なんが沿いを走り、その南河は大京まで通じていた。いやっ、大京だけじゃない、これから向かうだろう。至国しこくの会蓮、さらに兄上のいる龍会まで通じているのだ。



 なので、危ないかもしれない街道を進む人は、ほぼいない。


「しかし、帝都を結ぶ街道がこれじゃあな」


「ああ」


さびしいよな」


「ああ」


「龍清、もうちょっと、なんかねえのかよ」


「ん? ああ」


「はあ〜」


 まあ、何もやる事なくて、ただ歩くだけだと、たまにこうなる。



 二週間ほどで、僕達は大京まで、半分位の所まで到達した。


 そこから先、南河は大きく南へと蛇行だこうしていた。大きな岩山があり、南河はそこを避けるように南に迂回うかいしているのだった。


 街道も、一旦、対岸に渡河して進む道と、岩山を削って真っ直ぐに進む道、そして、岩山を北へと迂回して続く道と分かれていた。


 さあ、どうするか?



 僕達は街道の分かれ道にある、街の宿屋にて相談する。


「……、という感じなんだけど、どうする?」


「私は、耀秀様の決めた道を進みます」


「ああ」


「同じくだ」


「って、え〜。う〜ん? そりゃ岩山を突っ切った方が近いだろうけど、登り坂だし」


「うっ」


 僕の言葉に、凱鬼が小さくうめく。


「いかにも山賊いそうだし」


「それは、居ないだろう。こんなに歩くやつが少なければ」


「う〜ん、そうか。じゃあ、まっすぐ岩山進もうか」


「ああ」


「そうですね」


「やっぱりよ〜……」


 という感じで岩山を進む事になった。そして、何もなかった。ただ、凱鬼が大変そうだっただけだった。





 こうして、さらに二週間ほど歩き、僕達は大京が見えるところまでやってきたのだった。



「なんだ、これは?」


「ああ」


「凄いね」


「首が、おかしくなりそうです」


「だよね」


 目の前には、2じょう7しゃく3すん(約66m)の城壁がそびえ立っていた。楼門ろうもんがあり、三層の城壁。


 低い城壁の煉瓦れんが造りと違い、版築はんちくで作られていた。 版築とは木の枠に土・砂・小石などを入れて突き固めたもので、積み重ねるのが容易だったそ。


 そして、いくつかの楼門。と、2000(約100km)に及び長く高い城壁を持つ、壮大そうだいな大京を守る防衛ライン。それが、僕達の目の前にそびえ立っていたのだった。


 この防衛ラインを構築したのは、趙武チョウブだった。別名趙武の長城。


 天才の考えた防衛ラインは、大京を難攻不落の要塞としたが、その防衛力に安心してしまい、大京は発展を止めてしまったのかもしれない。



 僕達は、そびえ立つ楼門を越えて中に入る。すると、その先に大京の街が、見えてきたのだった。



 大京は、高さ約2丈(約5m)の城壁に囲まれた、碁盤ごばんの目状に整備された大都市であった。東西約200里(約10km)、南北約180里(約9km)、北の端には皇宮こうきゅうがあり、東側の3門、南側の3門、西側の3門からのみ入ることができた。


 だが、外の防衛ラインと違って、大京の防衛ラインは脆弱ぜいじゃくだった。というよりは、壁は低いし、門は開きっぱなしだし。大丈夫かな?



 そして、街中は結構活気があった。さすが、帝都。


 僕達は、ぶらぶらと大京の大通りを進む。


「朱鈴」


「はい、お兄様」


「ん?」


 いつの間にか、龍清と朱鈴さんは、僕の左右斜め前にいて、凱鬼も僕の背後にいた。


 えっと、どうしたの?


 だが、ふと周囲を見回すと、僕と同じように強そうな方々に囲まれた人達が大勢いた。そうか、そういう事か。



りとかが多いの?」


「ちげえな、摺りってレベルじゃねえ」


「ああ」


野盗やとうさんですね」


 野盗さん? 街中に?



 龍清曰く、表通りは良いものの、一歩入った路地からは、危険な気配がするそうだ。


 表通り歩いていても、油断していれば、路地に引きずりこまれて。まあ、どうなっちゃうのだろうか?



 僕達は表通りを進み、比較的治安の良さそうな、皇宮近くの宿屋に宿泊したのだった。ちょっと高いけど、まあ、長居ながいしないだろうしね。



「で、大趙帝国の帝王は誰なんだ?」


「帝王じゃなくて、皇帝だよ」


「皇帝……。なるほどな。で、誰なんだ?」


「え~と、趙景チョウケイ様だったかな?」


「そうか。で、会えねえよな」


「そうだね」


 耀家ようけの力をもってしても会えないだろうね。皇帝だし。


「でしたら、お食事行きましょうよ」


「そうだね。行こうか」


 というわけでとりあえず、街に出たのだった。




楚菜そさいって、言うんだよ」


「へ〜、そうなんですか」


「まあ、あまり有名じゃないけどね」


 そう、カナン平原八大菜系とかの話をしていたら、お店の人がそう言ってきたのだった。ちゃんと大京料理というのがあるそうだった。


 で、料理は美味しかった。


 豚や鳥の出汁に、きのこなどを入れて調理したスープを、蒸しあがった魚の上にかける魚料理や、魚団子や、肉団子、海老や卵、そして豚肉を豆皮で包んだもの。そして、川海老の油含め煮などだった。



 インパクトは無いが普通に美味しい料理だった。うん、インパクトがないって、今までがインパクトありすぎだったのだと思う。



「美味しいです〜」


「そうだね」


「ありがとうございます」


 店員さんが、嬉しそうにそう言ってきた。


「すみません、大京料理知らないって言ってしまって」


「いえいえ、江陽や会蓮といった、インパクトの強い料理に挟まれているからね」


「いやっ、美味かったぞ」


「ああ」


「ありがとうございます。そう言って頂けると、嬉しいですよ。で、お客さん達は、なぜ大京に?」


「えっ? ああ、耀家の人間なので」


「ああ。そうでしたか、どうりで、体格が良い方々だと。護衛の方も一緒に食事とは良い御主人ですな~」


「えっ?」


「はい、良い御主人ですよ~」


「ああ」


「そうだな」


 えっ? 僕は、御主人ではないが、それに多分、朱鈴さんは意味を勘違いしていると思う。


「ハハハハハ、これはうらやましい。私も店員にしたわれたいものですな」


 どうやら店主さんだったようだ。僕は気になっていた事を聞いてみる。


「大京って、帝都というわりに治安が悪そうですが?」


「そりゃね。これだけ大きい街だけど、空き家が多いからね~。まあ、良からぬ人がその空き家に住み着いてしまって」


「排除しねえのか?」


「この街というか、この国にそんな力は無いですよ。禁軍きんぐんもいるのは、外の長城だしね。安全な場所に閉じこもっているのさ。何が、禁軍かね」


「そうなんですか」



 禁軍とは本来、皇帝の宮城きゅうじょうを守る近衛兵の事だった。そして、帝都の治安を守るのも、禁軍の役割のはずだけど。その禁軍は、大京にはいない。大きい城壁に守られた外の長城にいるそうだ。なんの為の禁軍だろうか?


「じゃあ、誰が、え〜と、皇宮か?守ってんだ?」


「それは、え〜と、衛府えふとか言う所の兵士だよ」


衛士えいしですか」


「そう。まあ、趙景様も皇宮に閉じこもっているからね。実際には分からないがね」


「へ〜」


 趙景様は閉じこもっているのか〜。じゃあ、会えないね。



 だけど、僕はふと、ここ大京の耀家の支店に顔を出してみようと思ったのだった。


 どうして、こうなったのか興味があった。

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