(什伍)

 宿に帰ってくると。


「う〜、痛え〜。おかえり。くう〜、痛え〜」


 凱鬼ガイキは、真っ青な顔をしてうめいていた。凱鬼の事だから、帰ってくる頃にはぴんぴんしているだろうと思っていたのだが甘かった。



「凱鬼、大丈夫?」


「お、おう、だ。大丈夫だ」


 大丈夫そうじゃない。声に元気がない。さて、どうしよう?


「凱鬼様。大丈夫ですか? 牛肉の水煮に、麻婆豆腐美味しかったですよ」


「お、おう。そりゃ良いな……」


 うん、つらそうだ。


「ちゃんとした医者に、見てもらった方が良さそうだな」


「うん」


 ちゃんとした医者。さて、どこにいるか? 宿の人に聞いて……。うん? 待てよ?


龍清リュウセイ。宿の人に頼んで荷車にぐるまを用意してもらって」


「荷車? ああ、分かった」


 龍清は、そう言うと、部屋の外に飛び出して行った。そして。


「用意出来たぞ。じゃあ、運ぶか」


「うん」


 と言ったものの、龍清と朱鈴シュレイさんの2人で巨体の凱鬼を軽々と持ち上げ、僕は誘導のみ。


 そして、荷車に乗せると、向かったのは。


「あの、すみません。信者ではないのですが、病人がいて診て頂くこと可能ですか?」


「えっ? もちろんです。さあ、こちらへ」


 そう、教麻天帥府きょうまてんすいふだった。ちゃんとした医者がいると言う話だったしね。



 で、教麻天帥府の建物の一つに運ばれる。どうやら重病人が、運び込まれている部屋のようだった。


 そして、案内してくれた方は、一人の呪医じゅいさんを連れてやってきた。いやっ、呪医じゃないのだろうけど。


櫓金師父ロキンしふです」


「よろしくお願い致します」


「ふむふむ。どうされたのかな?」


「はい。腹痛で苦しんでおりまして」


「ふむ。昨日は何を食べられました?」


「え〜と、火鍋ひなべを。そこで豚の脳味噌が半生はんなまだったと、言ってましたが」


「ふむふむ」


 そう言うと、櫓金師父は、凱鬼のお腹を押し出した。


「ここは痛むかな?」


「いやっ」


「ここは?」


「いやっ」


「ふむ。では、ここは?」


「痛え〜」


「ふむ」


 そして、櫓金師父は、凱鬼のお腹に耳をあてると、しばらく音を聞いて。


「うむ、虫下しの薬を濃いめで」


「はい」


 案内の人は、どこかに何かを取りに行く。


「うむ。家畜かちくの神がの、あまりに乱暴に食べるので、お怒りになったようじゃ。明日は、部屋で大人しく祈祷書きとうしょを読んでいること」


「お、おう」


「そして、今から家畜の神に誓約書せいやくしょを書くでの、それを苦い水で飲むのじゃよ」


「お、おう」


 いつもよりも大人しく、凱鬼がうなずく。


 そして、櫓金師父は何やら紙に書くと、それを小さく丸める。そこへ、案内の人が、ちょっと多めのおそらく薬を持ってやってくる。


「さあ、起きて飲むのじゃよ」


「お、おう」


 凱鬼は、丸めた紙を口に入れると、薬を口の中に流し込む。


「うっ、にげっ」


「ほれっ、ちゃんと飲むのじゃよ」


「おう」


 凱鬼は、薬を飲みきる。


「では、少し休んでいきなされ」


 そう言って、櫓金師父は去って行った。



 そして、案内の人が寄ってくる。


「あの〜、祈祷きとうに関してのご寄付なのですが」


「はい。どれくらいが相場でしょうか?」


「いえっ、普段は五斗ごと(約1.7kg)ほどのお米を頂いておりますが……」


「えっ、五斗?」


「はい」


 後で聞いたのだが、信者の寄付は、ほぼ五斗のお米と決められているそうだった。なので別名、五斗米道ごとべいどう


 僕は、頭の中で計算すると、五斗分よりもちょっと多めの金子きんすを渡す。それでも普通に医者にかかるよりだいぶ安い。


「申し訳ありませんが、旅の者ゆえお米の手持ちがありません。これで代用して頂きたく」


 案内の方は、ちらっと金子を見て。


「これはだいぶ多いような気がしますが……。かしこまりました、ありがとうございます」


「こちらこそありがとうございました」


 そして、ふと凱鬼を見ると、ぐうぐうといびきをかいて寝ていた。


 そして、一刻いっこく(2時間)ほど寝ていると。


「う、う〜ん、よく寝た。さあ、腹減ったな。めし行こうぜ」


 良かった、どうやら元気になったようだった。だけど。


「駄目だ。今日だけでなく、明日も食べちゃ駄目だぞ」


「うっ。えっ。もう痛くねえし……」


「とにかく、駄目だ」


 と、龍清に怒られ。しゅんとなった凱鬼だった。


 そして、翌日は凱鬼に付き合って、僕達もダラダラと宿で過ごすと。



「さあ、飯行こうぜ」


「ああ」


「そうだ、朱鈴が言ってた教麻天帥府近くの酒家の牛肉の水煮と、麻婆豆腐食いに行くか。櫓金師父にお礼も言わねえといけないしな」


「そうだね」


「元気になって良かったです。さあ、行きましょう〜」


 こうして、僕達は凱鬼が全快するまで、まこく国の王都、令徳れいとくに滞在したのだった。





「えっ、雷国らいこくへ行くのかい?」


「はい。う〜ん、あんまりおすすめ出来ないがね~」


「そうですか」


「まあ、樹越じゅえつに向かうのが良いと思うけどよ~」


 僕達は、すっかり馴染なじみになった教麻天帥府近くの酒家しゅかで、令徳最後の食事をしていた。


「樹越ですか?」


「ああ、良い国だって評判だぜ。戦狂いくさぐるいの雷国に行くことは無いだろ」


「でも、一目見たいんですよ」


「そうかい。じゃあ、気を付けて行きなよ」


「はい」


 こうして、僕達は、令徳を出発して、北上を開始したのだった。



 雷国の王都は江陽こうよう趙武チョウブが大将軍として赴任ふにんした街。かつては、繁栄はんえいを極めた街だった。今は、どうなっているのだろうか?



「これは、確かにひどいね」


「ああ」


「所々、れていますよ、お米が」


「あ〜あ。勿体もったいねえ」


「だね」


 雷国に入るのは簡単だった。南河なんかの支流が麻国との国境になっており、渡し舟で渡るだけだったのだが。


「本当に、雷国行くのか?」


「ええ」


「そうか、気を付けて行けよ」


 と、麻国側の関所で心配され。


「良くこんな国に来ようと思ったな。まあ、気を付けてな」


 と、渡った先の雷国の関所でも心配されたのだった。



 そして、人のいない街道をさらに北上する。雷国内の南河の支流と南河に挟まれた地域は、大穀倉だいこくそう地帯のはずだったのだが。


 確かに、広い水田地帯があったが、所々管理されていないのか、枯れている場所が見えた。水ははられているのだけどね。


 戦いに巻き込まれないように逃げたのか? それとも無理やり徴兵ちょうへいされて、働き手がいなくなったのか? それとも、米を徴収ちょうしゅうされての飢餓きがか?


 どちらにしても、国としては最悪な状態だった。



「人がいねえから、野盗やとうすらいねえ」


「ああ。人の気配しないな」


「ですよね~。先程の街もさびれてましたし」


「だよね。本当に軍事大国だったのかな?」


「ああ」


 条国じょうこくとは雲泥うんでんの差だった。元々は、豊かな穀倉地帯を持つ雷国。とやや土地が貧しい地帯がある条国。国力では圧倒的に上だった雷国が、条烈ジョウレツさんと雷禅ライゼンさんの代で逆転し、大きく領土を失った。


 その結果が、これだったら悲しいものだね。



 そして、南河に到達する。ここの川幅も4(約2km)。対岸はかすんでいた。


「おっ、あれが江陽の城楼じょうろうか?」


「えっ、どこ?」


「ほらっ」


 指をされたがさっぱり見えない。江陽の主城楼はとても立派なのだそうだ。江陽楼と呼ばれ、5層7階の大楼閣だいろうかくとなっているのだそうだ。おそらく、カナン平原最大の城楼だろう。



 僕達は、渡し舟に乗る。


 江陽。南は南河に面し、水門があるそうだ。 さらに、南河の水が江陽の城壁の外に引き込まれ、珍しい水堀となっているのだそうだ。


 東、北、西に門があるが、橋が掛かっていて橋を落とすと、水堀と高い城壁が鉄壁の城塞都市としているのだそうだ。


 さらに交易都市でもある、南河を通って運ばれて来た物が、西京さいきょうをはじめとする、北の諸都市に運ばれ、逆に北部の農産物、特産物が、南河を使って運ばれていくのだ。かつてはだけど。



 僕達は渡し舟で南河を渡河すると、橋を渡り城門へとたどり着く。そして、通行証を提示すると、江陽の街へと入ったのだった。



「意外とにぎやかだな」


「そうだね」


「しかし、退廃的たいはいてきな」


「だな」


「う〜。きつい匂いです〜」


 そう、街中はとても賑わっていた。だけどこれは……。


 街の表通りには、酒臭い兵士達、そして乱れた服をまとった女性が、その兵士達に愛想あいそを振りまいていた。いわゆる歓楽街かんらくがい様相ようそうだった。


 真っ昼間から、これは無いな。



 僕達は、表通りを避けるように、奥に行き、静かな場所に宿をとる。



「しかし、昼間から、あれはねえな」


「ああ」


「門入ってすぐの表通りだよ」


「ほんとですよ~」


「どうしようもない国だな。さっさと次行こうぜ」


「そうだね」


 まあ、雷国の国王雷禅様をちょっと見たい気もしたけど。とても強い王だとか。まあ、強い王が強い国を作るわけじゃないとも、ファランさんは言っていたけどね。



 だけど僕達は、そんな雷禅様にあっさりと会ってしまう事になったのだった。



 僕達は、宿を出ると食事の食べれる酒家を探したのだった。


「おっ、ここが良さそうだ」


「そう」


「ですが、ちょっとうるさいですよ」


 店の奥から怒鳴り声が聞こえていた。


「そうだね」


「まあ、もし寄ってきたら、俺達が追っ払ってくれるぜ。なっ、龍清」


「ああ」



 こうして、僕達は凱鬼のおすすめの酒家に入ったのだった。まあ、凱鬼の鼻は正確だった。ほぼ外れが無い。



 僕達は案内され、酒家の中へと入る。その酒家は、ちょっと高級店のようだった。中庭を囲うように回廊かいろうがあり、中庭の反対側には、区切られた小さな個室が複数あった。



「奥の部屋がちょっとうるさいけど、勘弁して下さいね」


「はい」


 で、僕達はこの地のおすすめ料理を頼む。



「昼間っから、なんの集まりだろうな。真っ昼間から飲みやがって」


「ああ」


「ん?」


 僕は、凱鬼と龍清の手許てもとのぞき込む。


「いやっ、これは違うぞ」


「ああ。たしなむだけだ」


「そうだ、たしなむだけだ。うん」


「ふ〜ん」


 凱鬼と龍清の手許には、清酒せいしゅが置かれていた。ここは高級店という事で、清酒があったようだ。


 ああ、ちなみに、風樓礼州フローレスのお店も高級店だったけど、清酒があまり売れないという事で、なかったそうだ。



 で、料理自体は、ここ江陽の料理は、酸っぱい辛いが基本だそうだ。いわゆる酸辣さんらー。麻国の令徳は麻辣マーラー。辛いしびれるだそうだ。辛いのにも色々あるんだね。



 料理は、僕は苦手な料理が多かった。酸辣湯という野菜が入った酸っぱ辛いスープは美味しかったけど、魚がね~。臭かったり、辛かったり。あっ、別にくさっているわけじゃないよ。


「うえっ、なんだこれは!」


「美味しいぞ」


「ええ、意外とくせになりそうですよ」


「……」


 僕は、そっと料理を戻した。


「ハハハハハ、お二人は駄目かい、臭豆腐しゅうどうふ


「はい、無理そうです」


「まあ、しょうがないよね。食べ慣れないと」


 独特の何とも言えない匂いを放つ、黒い豆腐。臭豆腐というそうだ。何年も掃除していないかわやの匂い。という感じだった。これは無理。


 そして、さらに、臭魚しゅうぎょ。塩ベースの発酵液に浸けこんで発酵させた白身魚を焼いたあと蒸し上げるふっくらとした料理。まあ、臭みに拒否反応を示し、食べれませんでした。


 表面を一度カリッと焼いたあと、発酵はっこう唐辛子を使用した調味液を上から掛けて蒸し上げるので、魚のうまみと唐辛子の辛みが引き立つ料理だそうだ。



 で、最後に、唐辛子の漬け調味料に魚を漬けた、定番ともいえる蒸し料理だそうだ。これは美味しく食べれた。辛かったけどね。


 刻んだ生の唐辛子に、にんにく、ショウガ、砂糖、塩、酒を使用して5日程付け込んだもの。


 酸味と辛味のバランスが良く、川魚の臭みを上手く消してくれていた。酸味、辛味が蒸されたことによって魚まで上手く染み渡り、何とも言えない酸辣な味わいだった。


 まあ、これは、食べれたけど、純粋に辛かった。

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