(什肆)

 で、出てきたのが、真っ赤な鍋だった。


沸騰ふっとうしたら、野菜入れて、火が通ったら食べれます。後、火の調節はこの滑車かっしゃで調節して下さい。この後、お肉持ってきます」


「はい」


 僕達四人が囲んだ真ん中で火がかれ、その上に天井てんじょうからるされて鍋が掛けられ、滑車を回すと、鍋が上下するようだった。


「はい、牛肉と羊肉です。追加出来るので、言って下さいね」


「はい」


 僕達は、沸騰した赤いスープに野菜、白菜、キャベツ、ニンニクの芽、ニラを入れる。


 そして、火が通ると、つけだれにつけて食べる。つけだれには胡麻油をベースに、にんにく、香菜こうさいねぎ、そして、黒酢が入っていた。


「ん? これは」


「確かに、辛いけど」


「美味しいですね~」


「ああ、美味いぞ、これは」


 そして、凱鬼ガイキは我慢できなくなったようで、お肉も鍋に投入する。


「うおっ、美味いぞ」


「ああ」


 僕達も、凱鬼の勢いに押され、凄い勢いで食べる。


 脂でコーティングされた辛いスープが、野菜や、お肉にからんで、辛い、そしてしびれるような刺激が口の中に広がるのだ。



「辛いスープが、良く野菜やお肉に絡んで美味しいですね」


「そうですか、良かったです。まあ、辛い香辛料と痺れる香辛料の花椒かしょう牛脂ぎゅうしを溶かしたスープに入れてありますからね。ちなみにスープ自体は美味しくないので、飲まないでくださいね」


「そうですか」


「もう少し、早く言ってくれ」


 どうやら凱鬼は、スープを飲んでしまったようだった。


「牛脂ベースですから、飲むにはちょっと脂っぽいんですね」


「だって」


「ああ」


 まあ、そんな辛い脂のスープもつけだれのごま油で緩和され、黒酢でさっぱりと食べられるのだ。



 店の人、いわく。この火鍋の歴史は古く、大岑帝国だいしんていこくよりもさらに昔の時代のかなえ(一般には3本足の礼器れいき)も火鍋用鍋の最も早期のものだそうだ。


 家畜かちくを神に生けにえとして捧げ、その後、皆で食べたのが始まりだとか。


 そして、大岑帝国時代になると民間でこの料理が普及したそうだ。そして、この火鍋の発祥地は、ここ令徳れいとくだそうだ。まあ、ここ以外で見たことないしね。



 僕達が夢中で食べていると、地元の人だろうか。お客さんも増えてきたのだった。


 そして、見ると、何やら素焼きのつぼに入った何かをかけていた。要するに、鍋で煮た具材をつけだれにつけ、さらに何かをかけて食べているようだった。



 僕は、僕達の場所に置かれていた、素焼きの壺をのぞく。そこには、真っ赤な香辛料に灰色の香辛料が混ぜられた香辛料の壺だった。辛さとしびれをさらに増して食べているのだろう。なんとも言えないな。



「ん? そりゃなんだ?」


 凱鬼がそう言って、僕の手から壺を取って。


「えっ?」


 つけだれにドバッと入れた。つけだれが真っ赤に染まる。そして、真っ赤なスープの中から、お肉を取り出し、真っ赤になったつけだれにつけて口へ。辛そう〜。


「おっ、こりゃ美味いぞ」


「えっ?」


 本当かな? 



 僕は、凱鬼が置いた壺を取り、龍清リュウセイのつけだれにちょっとだけ入れてみる。


「ん?」


 龍清は、お肉を真っ赤なスープから取り出し、つけだれにつけて口に運ぶ。そして、


「これは辛いな。朱鈴シュレイは止めておけよ」


「えっ?」


 見ると、朱鈴さんも入れようとしていたが、動きが止まる。



 だが、周囲では、凱鬼に対抗するかのように、壺からつけだれに香辛料を投入。変な争いが始まったようだった。美味しく食べようね。


「ゲホッゲホッ」


 むせている人も複数人いた。



「ん? あれは何だ?」


「どれ?」


 凱鬼が、周囲を見回し何かを見つけたようだった。



 見ると、僕達が食べている牛肉や羊肉以外のお肉?を食べている人もいたのだ。いやっ、いたのだじゃなく、最初に投入して食べている人がほとんどだった。


「すみません、あの皆さん食べている、あれは何ですか?」


「ああ、あれですか。あれは、臓物ぞうもつですが……。旅行者の方にはあまりおすすめしていないんですよ」


「じゃあ、あれをくれ」


「えっ?」


 凱鬼が、注文する。


「え〜と、良いのでしょうか?」


 お店の人は、僕と凱鬼を交互に見るが。


「お願いします」


「かしこまりました」


 そうして、運ばれてきたのが。


「牛の胃袋、アヒルの腸、アヒルの血を固めたの、そして、豚の脳味噌です」


「おう」


 凱鬼は受け取ると、そのまま鍋に投入する。そして、


「うおっ、うまっ。美味いぞ、これも」


 良かったね。ちなみに僕は苦手でした。龍清と、朱鈴さんは食べていたけどね。



 そして、最後に、細めの麺をスープに入れて、それをつけだれに投入。スープを少し入れて食べると。


「はふっはふっ、うん、辛いけど。これも美味しい」


「意外とさっぱりして、美味しい」


「ああ」


「いや~、満腹だ」


 こうして、僕達は火鍋に満足して、宿に戻ったのだった。



 そして、翌日。


「ここか、麻教まきょうの本院は?」


「そうみたいだね」


「えっ、王宮ではないんですか?」


「あっちにあったのが、王宮だと思うよ」


「ああ。ちゃんと警備していたしな」


「そうですか〜。不思議ですね」



 なぜか、体調が悪いと言っていた、凱鬼を宿に置いて、僕達は麻教の総本山である本院という場所を探して歩いていた。


 まあ、凱鬼は、豚の脳味噌が半生はんなまだとか言っていたので、その辺があたったのだろう。で、宿の人が薬をせんじて飲ませてくれて今は寝ていると思う。多分、大丈夫だろう、凱鬼だし……。大丈夫だろうか?



 僕達は、宿から麻教の本院がある場所を宿の人に聞いていたので、そちらに向かい歩いていた。すると大きな城楼じょうろうが見えてきた。


 僕達は王宮だと思い、通り過ぎようとすると。


教麻天帥府きょうまてんすいふ?」


「ここか、麻教の本院は?」


「そうみたいだね」


「えっ、王宮ではないんですか?」


「あっちにあったのが、王宮だと思うよ」


「ああ。ちゃんと警備していたしな」


「そうですか〜。不思議ですね」


 となったのだった。そう、大きな城楼が見えてそれを一応目標にしていたが、その手前に一回り小さい城楼があり、そこが王宮だったようだった。



 そして、教麻天帥府の城門……。違うな、門からは大勢の人が出入りしていた。僕達のような旅行者や、おそらく信者だろう小さな米袋を持った方々、さらに、いわゆる貧民の方々、そして、麻国まこくの役人や軍官、高貴な方々と、幅広い階級の人が出入りしていた。


 僕達も門から中へと入る。特に呼び止められたりすることなくしてすんなりと中へと入れた。



「うわ〜、大きいですね」


「ああ。建物も多いな」


「うん」


 中は、広大な敷地だった。さらに、城楼だけでなく、多くの建物も建っている。


 だけど、多くの建物があるのに、結構敷地のあちこちで、茣蓙ござを敷いた上で人が寝そべったり、座っていたりして、さらに呪医じゅいさんや、方士ほうしの方々が治療を行ったり、祈祷ことうを行ったりしていた。



「これだけ建物があるのです。中でやれば良いと思うのですが~」


「そうだよね」


「ああ」


 なんて言っていたのだが、建物の中でも、同じように多くの人々が、祈祷や治療を受けていた。まあ、全ての建物ではなかったけど。


 建物の一つは、大勢の人々が人の像に向かい祈りを捧げ、また、別の建物では、信者の方々が、米袋を渡して、それを多くの窯でかゆにして、それを貧民であろう方々に振る舞っていた。いわゆる炊き出しというやつだった。


「なんか、思ったよりちゃんとした場所だな」


「うん」


「美味しそうです」


「朱鈴さん、後で外で食事するからね」


「えっ? だ、大丈夫ですよ。まだ、お腹空いてませんよ」


 きゅ〜。朱鈴さんのお腹がなる。


「そうですか?」


「うう、嘘です。お腹、きました」



 僕達は、軽く全体を見て回る。大きな城楼は、麻教の事務所とか住居になっているようだった。各建物には、人の像が置かれお祈り出来るようになっている。で、その人の像だが。


「商売の神、耀勝ヨウショウ像か〜」


耀秀ヨウシュウ様の御先祖様ですね」


「うん」


「あっちには、智の神、趙武チョウブ像があったぞ」


「えっ、見に行こう」


「はい」


 という感じで、色んな先人の方が神になっていた。





「まあ、ちゃんとしていたな」


「うん。怪しい宗教ではなかったね」


「美味しいですよ」


「ああ」


「うん」


 僕達は、教麻天帥府を出て、近くの酒家しゅかで食事をしていた。


 料理は、牛肉の水煮に、麻婆豆腐まーぼーどーふにご飯。


 牛肉の水煮は、見た目水煮じゃなかった。


 まずは、野菜を炒めて皿に盛る。辛いスープで牛肉を煮て、野菜の上から注ぐ。その上に唐辛子の粉をふりかけて、熱した油をかけるのだそうだ。


 まあ、辛いけどご飯にのせて食べると、うん、野菜はしっとり、牛肉は辛味の中に旨味があり、美味しい。



 そして、麻婆豆腐だが、この辺りで取れる天然の石膏せっこうで、豆のしぼり汁を固めた豆腐の上から、羊のき肉や辛い香辛料を油で炒めたものを、かけたものだそうだ。


 これも、辛い香辛料の味が豆腐で穏やかな味となり、とろっとろの豆腐に絡む、辛い羊肉の餡はご飯と、とてもあった。



「うん、美味しい」


「ああ」


「とても美味しいですね~」


 僕達が満足そうに話していると、店主だろう方がやってきた。


「ここで食べるって事は、教麻天帥府の見学かい?」


「はい、そうですが」


「そうかい。で、どうだった?」


 どうだったって、僕達は3人で顔を見合わせる。


「お粥、美味しそうでした」


 と、朱鈴さん。


「広かった」


 と、龍清。


「熱心な信者の方も多く。祈祷に治療と手厚いなと」


「そうかい。まあ、祈祷は良いとして、治療はちゃんとした医者集めているみたいだしな」


「えっ?」


「ハハハハハ、俺は信者じゃないしな。まあ、毎日たくさんのお客さんありがとうございますって祈っているがよ」


「はあ」


「信者や観光客増えて、万々歳ばんばんざいだよ」


 え〜と、周囲の視線が痛い。信者の方だろうか?


「え〜と、そう言えば、ありがたい御神託ごしんたくが出たとか……」


「あん? ああ、違う違う。あの城楼見えるだろ?」


 僕達は外を見る、壁越しに大きな城楼がそびえていた。


「あそこが、実質的なこの国の行政機関ぎょうせいきかんよ」


「へっ?」


「あそこには、偉い学者さんや、政治の専門家を集めてよ。意見を戦わして、この国の生末いくすえを神託って事で出してるんだってさ。意外と、ちゃんとしてるだろ?」


「ええ。まあ」


 周囲を見るが、特段、にらまれているとかはなかった。良かった。どうやら、既成事実のようだった。


 まあ、要するに教麻天帥府の城楼は、今流行りの食客しょっきゃくを集めて、議論してもらい、それを神託として、国が公布しているようだ。


「意外と、ちゃんとしているんですね」


「だろ」


 おっと、周囲の方に睨まれた。意外とが余計だったかな?

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