(什参)

「さあ、お待ちどうさま〜」


「おお……」


「美味しそ……」


「……」


 それは、とても変わった料理だった。



 まずは、平べったいパン。


 そして。


「こっちは、川海老かわえびのフリットね〜」


「フリット?」


 お店の人、いわく、フリットとは、水で溶いた小麦粉を川海老につけて油で揚げたものだそうだ。カナン平原でも、川海老をただ油で揚げたものは食べられていたが、これは珍しいものだった。


「ほふっ、うん、美味いぞ」


「はふはふ。美味しいですね~」


「うん。ほふっ、はふはふ」


「美味しいね」


「でしょ」



 なんとなく、皆の手が、川海老のフリットに伸び。それを口の中に放り込むと。


 ほふっ、サクサク、じゅわっ〜。だった。


 最初周りのサクッとした食感。そして、さらにむと、川海老の味が濃厚に口の中に広がる。ほふっほふっ。まあ、まだ熱々だけど。



 そして、平べったいパンへと手を伸ばす。パン自体は、条国じょうこくで食べたけど、これは本場の味だそうで、炭火で焼いたそうだ。しっかりと焼き跡が残った炭火焼パンは、噛むと表面はカリッ。口には素朴な甘みが広がった。



 そして、川海老や、パンを食べ終えると。



「さあ、ちょっとこれつまんでて〜」


「草のフリットか?」


凱鬼ガイキ!」


「正解。野草やそうのフリットだよ」


「えっ?」


 話によると、風樓礼州フローレスの人々は野草を使って料理もするそうで。


「ゼニアオイ?」


「ブルスカンドリ?(野生のホップの新芽)」


 全てが始めて聞くものだった。さらに、西方の方々は、野草の効能を知っておられるそうで、利尿作用りにょうさようおよび殺菌作用のあるゼニアオイの葉や、消化促進効果しょうかそくしんこうかのあるというブルスカンドリを良く使うそうだ。


 これを、摘んでていると。



「はい。うなぎのローストね〜」


「うなぎ?」


「ロースト?」


 もう僕達は、目を白黒させていた。


「ハハハハハ、ごめんごめん。え〜と、うなぎって、ここの南河の支流にも住んでいるんだけど、カナン平原の人食べないんだってね~。でも、美味しいよ。ローストは、直火焼じかびやきの事ね」


「へ〜」



 うなぎは、川にいる淡水魚たんすいぎょで、体長1メートル近くのウナギの皮をはいで丸焼きにし、叩いて野草と巻き、ローストしたものをハチミツとワインのソースだそうだ。


「うっ、見た目はあれだな」


「ああ」


「これは……」


「じゃあ、僕が。パクッ。うっ!」


「耀秀様?」


「うん、美味しいよ」


「そうですか〜」


「おい、驚かせるなよ」


「ああ」


 うん、とろっとろのとろけるような脂身あぶらみのような魚?の身に、甘いソース。口の中でとろけ、甘いソースがその身の味になんとも言えないニュアンスをかもし出していた。


「うん、川魚かわざかなの独特のくさみが無いですね~。美味しいです」


「ああ」


「うん。ちょっと甘〜いけど。まあ、味が濃くて良いな」


「ありがとうございます。川魚の独特な臭みは、綺麗な水につけておりますので。甘いソースはこのあぶらっこいような身の風味に合うんですよ」


「へ〜」


 結構、僕は気に入って、パクパクと食べている。朱鈴シュレイさんも、ほぼ同じペースで食べて、龍清リュウセイと凱鬼は、たまにつまむ程度。どうやら、甘いソースがやや苦手なようだった。



「うなぎって〜のは、美味いんだがよ」


「ああ」


 だそうだ。



「はい。これも川魚だよ」


「えっ?」


 まだ、食べるの?


 いやっ、朱鈴さん、龍清、凱鬼は、まだまだ食べれそうだった。


 僕は、ワインをちびちび飲みつつ、軽くつまむ程度にしようかな。


「はい、チョウザメの香草焼きね〜」



 最後の一品は、チョウザメの香草焼きだそうだ。チョウザメはカナン平原でも、たまに食べる。


 川に住む、7~8歳に成熟した貴重なチョウザメをワインに漬けた後、みじん切りにし聞いたことないような香草で包み、まるごとかまで蒸し焼きにしているのだそうだ。


 そして、ソースは?


「ガルムのソースね」


「ガルム?」


 4人そろって、可愛かわいらしく小首こくびを傾げる。


 風樓礼州の人々がカナン平原にやってくるよりも前から、西方のとある国で使われていたソースだそうだ。


 ガルムは、海で捕れたカタクチイワシの内蔵を2か月ほど天日干てんぴぼしにして発酵はっこうさせた魚醤ぎょしょうがガルムだそうだ。


 カナン平原でも魚醤は作られているが、作り方は同じなのだろうか?



 チョウザメの引き締まった身には旨味が凝縮されていて、それだけでも美味しい。特筆すべきはかけられたソース。ガルムは、ニンニクを牛の乳で煮たソースに混ぜられていて臭みがなく、繊細なアクセントを与える程度の上品なコクがあった。


「美味しいね」


「ああ、これは美味い」


「美味い、美味いぞ」


「う〜ん。私は魚醤とニンニクが〜」


 だそうです。まあ、甘いワインには合わないかな?


 どちらかというと、昔酒せきしゅ清酒せいしゅが合いそうだった。



 いつの間にか、龍清と凱鬼は、昔酒を頼んで飲んでいた。とても美味しそうだった。



 そして、締めくくりは。


「ドライフルーツ食べるかい?」


「ドライフルーツ?」


「ああ、乾燥させた果物だよ」


「美味しそうです〜。ください」


「はいよ」


 というわけで、出てきたのが、イチジクやブドウ、デーツ、プラム、リンゴ、洋ナシのドライフルーツだった。


 葡萄ぶどうや、無花果いちじく林檎りんごなしは、カナン平原でも見かける定番の果物だった。だけど、デーツ? プラム? 洋ナシ?


「これは、なつめかな?」


「それが、デーツね」


「へ〜」


「これはすももで良いんですよね?」


「俺達は、プラムって言ってるけどね」


「へ〜」


「洋ナシってのは、梨とちと違うな~」


「そうだね」


 どれも美味しかったが、結構お腹いっぱいだったので、少しずつ食べのんびりとしてしまっていた。



「なんか、のんびりとしてしまいますね」


「まあね。風樓礼州は、時代の流れに取り残された街って感じだからね」


「そうなんですか?」


「ああ。一応、麻国まこくの国の一部だけどさ。大趙帝国だいちょうていこくの……。え〜と、太祖たいそだっけ?」


「ええ。趙武チョウブ様の……」


「そう、そいつそいつ」


 結構失礼な言い方だけど、まあ、時代が経過すればそんなもんだよね。


「奥さんの国って事で、手暑い庇護ひごを受けているからさ。戦いどころか争いにも巻き込まれない。で、その結果が、変化を嫌うっていうか、なくなっちまったんだろうな」


「そうなんですか」


 ということらしい。別に周囲から隔絶かくぜつしているわけではないが、時代の変化に取り残された街、風樓礼州ということのようだった。





 僕達は、風樓礼州を満喫まんきつすると、今度は、風樓礼州から東へと向かう街道を進む。風樓礼州も麻国だから関所とかも無く比較的スムーズに進めたのだが、どうも街道が騒がしい。


 早馬はやうまが、次々と通り過ぎて行く。どこに行くのだろうか?


 一介いっかいの旅人が、早馬の伝令を呼び止めるわけにはいかない。誰か知ってるだろうか?



「何でも、神託しんたくがあったらしいよ」


「神託ですか?」


「そう、神託」


「はあ」


 比較的大きな街に宿泊した時に、宿の人にたずねると、そんな返事が帰ってきたのだった。



 聞くところによると、麻国では大趙帝国の成立からしばらくして麻家の人が、この地にやってきたとき、疫病えきびょう蔓延まんえんしたのを治療してみせた人がいたそうで、その人にその時の麻家の人が帰依きえして、麻教まきょうという宗教が成立したのだそうだ。



 で、宿の人も麻教の信者だそうで、説明によると、例えばだけど、人間が病気になるのは、人間界を支配する宇宙の神が、その人間の罪悪ざいあくに対して懲罰ちょうばつを与える為なのだそうだ。


 それで、病気になった人は、部屋に閉じこもって、過去に犯した罪悪を懺悔ざんげして、服罪ふくざい自戒じかいを意味する直筆じきひつ誓約書せいやくしょを三通書き。それを一通目は山の上に置いて山の神へ、二通目は地に埋めて地の神へ、三通目は水中に沈めて水の神へささげる。いわゆる天・地・水の三官神さんかんしんに捧げて病気治療をするのだそうだ。


 まあ、そこから発展して、国の決め事をしばしば、神託で解決するようになったそうだ。



 で、今回の問題が、雷国らいこく条国じょうこくに敗れ、大きく領土を減じた事。今までは、風樓礼州から西京さいきょうに続く街道部分くらいしか、国境を接していなかったが、それが、条国の領土拡大により、麻国の西部のほとんどが条国と国境を接する事になったのだった。


 その問題を、麻教の教団に問い神託が下ったという事だろうか?


 で、どんな神託だったのだろう?



「それで、どのような神託だったんですか?」


「さあ、さすがにそれは……」


「まあ、そうですよね」


「だけど、戦いの準備とかはしてないから。まあ、条国とも仲良くするようにって事じゃない?」


「そうですか、ありがとうございます」


 という事らしい。


 しかし、いくらなんでも、国の方針を神託で決めるとは。ちょっとね。


 その話をみんなにすると。


「私、病気した事ないですよ。罪はないって事でしょうか?」


「さあな。俺も無いしな。龍清は?」


「俺も無いな」


 うん、僕達には関係なさそうな宗教だった。



 その後は、街道も静かになり、街道を東へと進む。と、遠くに城壁に囲まれた街が見えてきた。


「あれが、令徳れいとくか?」


「そうみたいだね」


 ついに僕達は、挺国ていこく呂国ろこく泉国せんこく陵国りょうこく条国じょうこく、そして、麻国。六ヶ国目の王都にやってきたのだった。


 話に聞く所によると、宗教都市のようだけど。



 僕達は、令徳の街へと入る。


「特段、変わった事はないな」


「そうだね」


「勧誘とかも、されないですね~」


「ああ」


「おっ、良い香りがするぞ」


「えっ、どこですか?」


「あっちだな」


「行きましょうか?」


 朱鈴さんが、僕の方を見て聞いてくる。


「そうだね。この辺りで宿を見つけて、さっさと食べに行こうか」


「はい」


「おう」


 朱鈴さんと凱鬼の元気な返事が聞こえた。



「こ、これはまた……」


「真っ赤だな」


「うん、美味そうな匂い」


「そうですか? 目はしばしば、鼻はヒリヒリしますけど」


「だよね」



 僕達は、令徳の酒家しゅかに入り、令徳の名物料理だという鍋料理を頼んだのだった。鍋に野菜や、お肉を入れて食べる。最後に麺でしめる。とても良さそうな感じの料理だったのだが、名前が気になったのだった。



「火鍋?」


「そう、美味しいよ」


 まだ早い時間だったので、酒家には人があまり居らず、他の人が食べているところを見る事は出来なかった。



「おう、それをくれ」


「はい、かしこまりました」


 まあ、名物料理なら食べてみたいけど、どんななのだろうか、火鍋?

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