(什弐)

「では、お世話になりました」


「おう、気を付けてな」


道中どうちゅうお気をつけて。しかし、寂しいです。また、是非、条国じょうこくにお越しくださいね」


「はい、是非とも」


 耀秀は、そう言いつつ、もう二度と来ることはないだろうなと考えていた。


「ふふふ、今度お会いできるのは、もしかしたら、戦場かもしれませんね」


「そうは、なりたくはないですが」


「ふふふ、はい」





 条烈ジョウレツ様とファランさんに別れを告げ、僕達は条国を離れる事にしたのだった。


 で、目的地は麻国まこく。今まで通ってきた北街道ではなく、南の街道を行くことになる。


 途中、南河なんがだったり、その支流だったり。さらに、少し台地になっているので、それを越えたりしないといけないそうだ。


「まずは、風樓礼州フローレスへとつながっている街道を進んで、それから麻国の王都の……」


「麻国の王都って風樓礼州じゃねえのか?」


「えっ? うん。風樓礼州は独特みたいだからね~。いまだに街の住人の大半が、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの民。そして、ある程度の自治権を認められていたからね~。まあ、大趙帝国だいちょうていこく国母こくぼの出身地って事で、麻国の王様も手出し出来なかったんだろうね」


「へ〜」


「じゃあ、王都はなんて街でしょうか?」


「あっ? 朱鈴が偉そうに、知ってんのか?」


「知ってますよ~。言っちゃいますよ。麻国の王都、令東れいとうですよ」


「くっ」


 朱鈴さん、惜しい。


 僕は、朱鈴シュレイさんの耳元でささやく。


「へっ? ああ、令徳れいとくですよ~」


「あっ? 朱鈴も間違ってるじゃねえか」


「ちょっとぐらい良いじゃないですか〜」


「けっ」


「む〜」


 はいはい。仲良くね~。まあ、朱鈴さんが知っていた理由は、出発前に聞かれたからだった。ちょっと間違えていたけどね。



 南の街道は、北の街道程は歩いている人は多くなかった。まあ、条国内の治安は良いので、治安の問題ではなく、戦後復興で活性化している北東方向と違って、南方は普通の交易路だからであろう。さらに、西京近郊を通る、北河と南河を結ぶ大運河と、南河、そして、南河の支流を使った河船での交通もあるからであろう。



 でも、とりあえずの目的地は、風樓礼州だった。僕達は、大運河沿いの街道を歩いて行く。北河、南河ほどの川幅はないが、満々と水をたたえ、流れる大運河の水面は光り輝いていた。



「のどかですね~」


「うん、条国は平和だよね」


 一面の小麦畑が広がり、まっすぐと続く街道に野盗やとうが出ることもなかった。



 そして、南河に至る。黄色い土地を走る北河に比べて、南河の水はにごっていなく、綺麗きれいな河に見えた。



「街道、途切とぎれてるな」


「ああ」


わたぶねが出てるみたいだよ」


「おっ、あれか?」


「そう、みたいですね」



 みんな良く見えるね。僕は、まだ南河の大きな河しか見えていない。まあ、確かに、そこで街道が途切れているようなのだが。



「お兄ちゃん達、体大きいからこれで出るよ」


「はい、よろしくお願いします」


 僕達は順番を待って、渡し舟に乗り込む。本来10人くらいそろったら、出発するようだが、凱鬼ガイキを筆頭にかなり大柄なので、4人乗り込んだところで、船は出発したのだった。


 南河は、かなり大きな河だった。河口だと川幅160(約80km)程あるそうだが、この辺りは川幅4里(約2km)で、流れも速く感じた。



「う〜りゃ、こ〜りゃ」


「う〜りゃ、こ〜りゃ」


 2人の船頭せんどうさんが、息を合わせて船をぐ。流れに逆らい、ややさかのぼるように漕いでいるように見えるが、船はなぜかまっすぐ進んでいた。


「へえ、上手いものだな」


 龍清リュウセイが感心したようにつぶやく。


「兄ちゃん、そりゃ、仕事だからね」


「まあ、まっすぐ進ませるまでが大変なのさ。ほれっ」


 船頭さんが、あごで指し示した方を見ると、一艘いっそうだけ下流へと流れていく船が見えた。


「まあ、最初はあんな感じでさあ」


「へ〜」



 僕は後ろを振り返る。すると、まあ、下流へと流されていく一艘を除き、一直線となり、進む船が連なってみえた。すでに岸は遠くなっていた。


「あっという間だね」


「ん? ようやく半分くらいかな」


耀秀ヨウシュウ様、お魚見えますよ。捕れますかね?」


「えっ?」


 朱鈴さんは、そう言うと、手に持ったほこを川の中に差し入れる。


「きゃっ」


「おっと」


 川の流れに体勢を崩しそうになった朱鈴さん、そして、船も大きく揺れる。まあ、凱鬼が朱鈴さんの襟首えりくびつかんだので、水の中に落ちるのはまぬがれた。


「お嬢ちゃん危ないぜ」


「すみませんでした」


「けっ、子供かよ」


「まあ、無事で良かったよ」


「耀秀様〜」


 珍しく、しゅんとなる朱鈴さん。まあ、確かに魚がいっぱい見える。捕りたくもなるよね。



 船は、対岸へと到着する。


「ありがとうございました」


「おう、兄ちゃん達気を付けて行けよ」



 再び、僕達は南下を開始、南に下るにつれ、小麦畑から水田すいでんへと農村の風景も変わっていった。



 そして、さらに南河の支流を渡し舟で渡ると、台地へと登る坂が見えてきた。


「いよいよだね」


「風樓礼州だよな」


「ああ」


「美味しいものありますかね~」


「あるんじゃないかな」


「おっ、そりゃ楽しみだ」


「ああ」


 こうして、坂を登りきると、大きな城壁が見えてきた。


「なんか形が違うぜ」


「ああ」


「西方式の城壁なんだって」


「さすが耀秀様です。博識はくしきですね~」


「だから朱鈴、なんでお前が偉そうなんだ?」


「えっへん」


 朱鈴さんが、胸を張って威張いばる。


 城壁に目を移す、昔の城壁を改築したようで、新しい石と古い石の部分が見えた。


 高さは約4丈(約10m)だが、幅は投石機でも壊れないようにか、とても厚く。幅は1丈6尺(約4m)もあった。


 そして、背後に岩山を従えた風樓礼州の街は、他のカナン平原の街とは違う構造のようだった。


 カナン平原の他の街は、城壁は街を四角く覆っているので、真っ直ぐに見えるが、風樓礼州の城壁は、弧を描いているように見えた。


「風樓礼州の街は、円形なのか……」


「さすが耀秀様です」



 いよいよ街が近づいて来る。城門の上には、見張りの為の櫓である、城楼は無く、左右に、上方に窓の開いた塔が建っていた。そして、その窓から、光の角度によっては、キラッと光る物が見えた。


「あれが、鉄のくいを打ち出すか?」


「えっ? なんですか、それ?」


「ああ、うん。風樓礼州には、把切朱絶バリスタっていう兵器があるんだって。まあ、風樓礼州にしかないみたいだけど。西方でも、失われた技術みたいだし」


「へ〜」


「避けれるかな?」


「はっ? 何言ってんだ、龍清」


「ああ。速度しだいで、避けれるかなってな」


「おいおい」


 凱鬼の呆れたようなツッコミの声を聞きつつ。龍清なら避けれるんじゃないかと思ってしまった。



 城門の前には列が出来ていた。僕達も並び順番を待つ。そして。


「ようこそ、風樓礼州へ」


 こうして、僕達は風樓礼州に入ったのだった。



「ここも、麻国か?」


「うん、自治権はあるけど、一応麻国だね」


「ふ〜ん」


「西方の建物なのでしょうか? とても変わった家ですね~」


「ああ」



 僕達は、風樓礼州の街中をふらふら歩いていた。本当に始めて見る景色だった。



 カナン平原の家は、天日干てんびぼしか、焼いた煉瓦れんがを積んで貝殻かいがらをすり潰し、白い粉にした物を塗って白くし、上部は木で作られた家が多かった。


 しかし、風樓礼州は、背後にある岩山を削った岩で作ったのか、石を積んで固めた家がほとんどであった。流石に屋根や、内部には、木で作られた製品が置かれていたけどね。



 さらに僕達は、王宮に向かった。というか、歩いていたら王宮にたどり着いたのだった。まあ、現在は王宮ではなく、自治政府の役所という感じであったが。


 王宮は、比較的簡素な作りで、3層作りの石造りで、周囲には外の城壁よりは、小型の城壁が覆っていた。


 僕達は、王宮の周囲をぐるっと一周した。



「これが、西方風の城楼じょうろうなのか?」


「そうなんだろうね」


「ふ〜ん」


 僕も西方に行った事はない。なので、想像でしかないけどね。


 王宮の周りの道には交差するように、放射状の道が12本走っていて、城壁にある三門は、王宮から見て、中央の門を12時方向とすると、右側の門が2時方向、左側の門が10時方向に見えた。


 王宮の外周道路から、各門が大通りの先によく見えた。


「面白い構造だな。ただ、街中に入られたらこの設備じゃ防げないぞ」


「確かにね」


 今の王宮と、昔の王宮が同じ構造かは分からないが、かつて趙武チョウブが攻めた時は、城壁を突破されると、あっという間に降伏したと書かれてある。まあ、そういう感じなのだ。



「きゅ〜」


「グルルルル〜」


 朱鈴さんのお腹が可愛らしい音をかなで、凱鬼のお腹が虎の咆哮ほうこうのような音を鳴らす。


「おっと、観光はこのくらいにして、宿を決めて、さっさと食べようか」


「は〜い」


「おう」



 というわけでいつもの通り、適当な宿屋に入って荷物を置くと、食事をしに街に出たのだった。


「う〜ん、美味しい」


「珍しいよな、耀秀が酒を飲むなんてな」


「うん、だって、美味しいから」


「はい、本当に美味しいです。甘いし、冷たいし、良い香りだし」


「そうだよね」



 そう、珍しく僕もお酒を飲んでいた。


 普段は、僕と朱鈴さんはほとんど飲まない。龍清はたしなむ程度、凱鬼は結構飲む。まあ、元から強いのか、ほとんど乱れないけどね。



 だけど、ここ風樓礼州で初めて聞いた、葡萄酒ぶどうしゅなる飲み物。


「葡萄酒には、茉莉花じゃすみんや、肉桂にくけいで香り付けしてあるので、して、水で割って飲んでください」


 素焼きの壺を持ち上げ、はいに葡萄酒を濾し網を通して注ぐ。


 澄んだ黄色い、やや粘着性のある液体が、注がれる。茉莉花や、肉桂の香りや、果物のような甘く爽やかな香りが立ち上る。少し冷たい水で割ると、口に運ぶ。


 口の中に甘く、果実香溢かじつこうあふれる、ちょっと酸味のある味が広がる。


「これが、趙武が味わった味か〜」


「そうなんですか?」


「そうみたいだよ」


「美味しいですもんね」


「うん」



 最初、龍清と凱鬼も葡萄酒を飲んでいたのだが。


「ちょっと、あっめ〜な〜」


「ああ」


 という事で、今は濁酒だくしゅを飲んでいる。濁酒も、米の甘みがあって、甘いと思うのだけど。まあ、人それぞれだよね。



 酒は、濁酒いわゆるにごり酒。だが、アルコール度数は低く長持ちしない。まあ、昔よりは、発酵期間が長くなったけどね。


 そして、やや値段は高くなるが、長持ちさせる為に、繰り返し発酵させアルコール度数を高めたのが昔酒せきしゅ。さらに発酵させて出来た澄んだ上澄みだけを集めたさらに高い酒が清酒せいしゅであった。


 清酒は値段も高く、一般的な酒家しゅかでは出てこない。せいぜい昔酒だが、値段もはる。意外と気にしいの凱鬼が飲むのは濁酒。


 まあ、それを水のように飲むので、それなりに高くなるが。


 ちなみに、僕と朱鈴さんがお酒飲まない時に飲むお茶も高い飲み物だ。


 お茶は茶の葉を餅状もちじょうに丸めたものを、あぶってきながらお湯をかけ、みかんの皮、ねぎ、しょうがなどと混ぜて煮るスープ。身体が温まるし胃がスッキリするし美味しいし。食事に合わせるのが最高なのだ。



「おっ、食いもんも来たみたいだぜ」


 お店の方が料理も運んできたようだった。どんな料理なのだろうか?

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