(什弌)

 そして、次は陵国りょうこくだった場所へと向かってみた。


 馬車を貸してくれるとファランさんに言われたが、実際に歩いてみて、その住んでいる人や、往来おうらいする人々の感覚を感じてみたかったので、歩いて向かう。



「確か、途中で行き止まりだったよな~。結構、人いんじゃねえか」


凱鬼ガイキ。行き止まりじゃないよ。まあ、確かに陵国の国境は、越えられないと思うけど」


「陵国へは行けない。だったら、どこへ行くんだ?」


 龍清リュウセイも首を傾げていた。


「さあ?」


 そう、陵国国境で途切れているはずの北街道。陵国側と違って、結構な人数が歩いていた。行商ぎょうしょうの商人さんだったり、軍人さんだったり、後は分からないけど。


 まあ、泉水せんすいから通ってきた北街道だけど、元々、治安の問題で歩いている人は少なかった。皆、船で行き来していた。


 だけど、条国じょうこく国内は街道を歩いている人が多い。安全なのだろうな。



 こうして、僕達は本来の条国の領土を越えて、陵国へと入る。


 すると、あちこちで多くの人々が働いていた。それは、運河の整備だったり、荒れ地の開拓だったりだった。


 話を聞くと、陵国だった時も運河はあって、小麦の生産なども行われていたそうだ。しかし、戦争となり、農地を放棄して逃げ出したり、避難したりしたりした農地も多く。自然と荒れ地も増えてしまったようだった。


 そこで、農家の次男、3男。さらにはこの辺りで暴れまわっていたかもしれない野盗やとうなどを、働き手として募集。


 街道や運河などの整備をさせ、さらに、休みなどの空いた時間で、自分で開拓した農地はそのまま自分のものに出来る。



「本当に、凄いですね~。工事の人いっぱいですよ」


「そうだね」


耀秀ヨウシュウ様、どうされたのですか? 下ばかり見て」


「えっ、いやっ、街道も綺麗だなって思って」


「確かにな。歩きやすいぜ」


「ああ」


 そう、この辺りの街道は作られたばかりのように、平になめらかに整備されていた。


軍馬ぐんばや軍勢が通って荒れた街道を、まずは整備し直したのかな?」


「だな」


 いやっ、北街道だけではなかった、その支道とでも表現すれば良いのだろうか? 北街道から分かれている道も、整備の手が入っていた。


 街道を整備し、運河を整備し、農地を開墾する。自然と人々も多少は戻ってくるだろうし、人も集まってくる。そして、増えた人々を食べさせるお店なども、安く出店出来るので集まってくる。街は大きくなり、にぎやかになる。


 そして、国にとっても、収穫量が増え、街の人々が商売で生み出すお金も増えて、国もうるおう。考えられた政策だと思った。



 陵国だった街に入る。


「店主、牛とか羊の内蔵を煮た出汁だしのスープの麺はあるか?」


 凱鬼が、街の酒家に入ってそうそう、店主にたずねる。そんなに好きだったんだね。


「ありますよ」


「じゃあ、それをくれ、とりあえず五つ」


「はい」


 とりあえず五つ。と言っても、凱鬼が五つ食べるのだ。僕達は、今はいらないかな。


 そして僕達は包子ぱおずを食べる。羊肉のあんが入っているやつだった。


「ちょっと懐かしい味だね」


「ああ」


「同じスパイシーですが、条国の方が辛い感じ、陵国のは甘い感じですよね?」


「そうだね」


 ここは条国の領土になったが、陵国だった人々に条国の文化を押し付けているわけでは無いようだ。


「しかし、店主。人が多いな」


「はい。まあ、戦後ですよね、人が増えたのは。こちらとしては、ありがたいことですよ」


「そうか」


「それに往来する人も増えて、野盗が減りましたからね」


「おう。そう言えば気配もねえな」


「まあ、あいつらも金儲けの手段としてやってますからね~。条国の徹底的な野盗狩りに、開拓事業の働き口が与えられ、いずれ農地も手に入るっとなれば、野盗はやめちゃうでしょう」


 飴とむちというやつだね。


「確かにな。兵士として雇わねえ事がさらに凄え」


「へっ?」


 凱鬼曰く、だいたい野盗を兵士として雇う国が多いそうだ。戦いがある時は兵士。だけど、戦いが終われば野盗に戻る。結果野盗は減らないという事らしい。


「まあ、他の兵士を勧誘してさらに増えるってのもあるがな」


「へ〜」


 さすが元野盗。ちなみに、街道沿いなどを拠点にしているのが野盗。山などを拠点にしているのが山賊だそうだ。



 こうして、元陵国巡りをして、また、西京さいきょうの街に戻る。



「いかがでしたか?」


「えっと、その前に、ちょっと離れてください」


「あらっ? 良いではありませんか、面白いですし」


「む〜」


 僕は、またファランさんと、朱鈴シュレイさんに挟まれていた。精神衛生上良くない。そうファランさんが、密着するように僕の前に立つから、僕の後頭部に、こう、押し付けられるようになんか、柔らかい感触が……。


 落ち着け〜、落ち着け〜。



「で、いかがでした?」


「はい。元陵国は活気かっきあふれ、人が集まってきていました」


「そうですか。良かったです」


「しかし、良く考えられた政策です」


「そうですか、まあ、上手くいって良かったです。という感じでしょうか?」


「はい?」


「人も、国も、不変ふへんではないのですよ。やってみて、その場所、人にとって良い政策かどうか。見極めて政策は実行しないといけないのですよ。実験場ではなく、実際に生活している人々がいるのですからね」


「そうなのですね。勉強になります」


「はい」


 要するに、ファランさんの政策が良かったからと、僕が他の国で実行しても、上手くいくとは限らないのだ。それが政治というものなのだろうな。


「あっ、そう言えば、耀秀様の政策ですが、上手くいっているようですよ」


「えっ?」


「ふふふ。陵国では食料事情が改善し、国境沿いに軍を集める事が可能になったようですよ。それに、泉国せんこくでは優秀な騎兵が増えている」


「あっ」


 政策って程じゃないが、僕がやった事だった。まあ、陵国のは、試験の解答として書いただけのものだけど。


「まあ、陵王は、わざわざ流浪るろうの文官、耀秀の策なんて宣伝していますから。陵国行ったらお金貰えるんじゃないですか? 人の良い王ですね」


 ファランさんは、少しあきれたように言う。


「そうなのですか……」


「ふふふ、良い王が良い国を作るわけでは無い。強い王が強い国を作るわけでは無い。面白いですよね」


「えっと、そうですね」


「そうでした。強い王ですけど、この後、雷国らいこくに行くようでしたら見れますよ。多分ですが」


「雷国……」


「ええ、趙武の乱の英雄。雷厳らいげん末裔まつえいの国。代々、北方異民族の血脈けつみゃくを守る王族。まあ、大きくて強い王ですよね」


「そうなんですか」


 僕は凱鬼を見る。凱鬼も北方異民族の血だろう、金髪金眼きんぱつきんがんでとても大きな身体をしていた。


「ふふふ、あまり興味はなさそうですね」


「いえっ、そんな事は……」


「そうですか」


 そして、僕は聞いてみたいことを思い出した。


「そう言えば、条国の行った戦いについて聞いても大丈夫です?」


「戦いですか? ええ、良いですよ。まあ、簡単になりますが、もし細かな用兵とか戦術を知りたければ、戦史をまとめている部所がありますので、後で行ってみてください」


「はい、ありがとうございます」



 そして、ファランさんの話が始まった。まあ、長いので簡略的にね。



 カナン平原の一番西方にある条国は、北東方向に、豊かな国陵国が、南東方向に軍事大国雷国があった。そして、雷国は現王である雷禅ライゼンが即位して以降、盛んに国境を荒らしまわっていたのだそうだ。


 だが、条烈ジョウレツ様が即位して、ファランさんが条国に来ると、逆に条国が国力を安定させ、雷国の嫌がらせをけ始めた。


 そこでムキになった雷国王雷禅は、軍を起こし、条国に侵攻。戦いになったのだそうだ。


「まあ、軍事大国と呼ばれるように兵力も多く。戦いに慣れてもいました。ですが……」


 戦い方は、ファランさん曰く単純なものだそうだ。国王である雷禅の圧倒的武力に依存いぞんした突撃のみ。


「ですから、戦いも楽なのですよ。負けたふりして逃げて誘いこみ、伏兵で背後から叩けばね」


「そうですか」


 そして、その後もむきになって雷禅は戦い。徐々に戦力を消耗しょうもう。条国は、逆に雷国に攻め込んだのだそうだ。


「それが、良かったのでしょう」


 占領した荒廃こうはいした雷国の地を見た条烈様は。


「許せんな~」


 野望が、元々あったわけでは無い。しかし、戦いに明け暮れ荒廃した土地をどうしようともしない事に怒りを覚え。


「俺が、このカナン平原を統一する」


 という決意をしたのだそうだそうだ。



「まあ、そのような感じでしょうか」


「そうですか」


 どうやら、言いたかった事は、条烈様の部分のようだった。


「あっ、それで雷国との国境ですが、危ないので通行は、おすすめ致しません」


「そうですか」


 まあ、そりゃそうだろう。


「なので、雷国に行きたいのであれば、一旦、南下して麻国まこくに行って頂き、そこを通って、北上するのが良いと思いますよ」


「ありがとうございます」


「そして、麻国には、風樓礼州フローレスがあります。あそこは完全に西方ですよ、文化が」


「そうですか。風樓礼州には行ってみたいです。だとすると、麻国は、昔の東方諸国同盟だったんですね」


「まあ、そこの西部分ですけどね」


「なるほど」


「では、そろそろ」


「あっ、ありがとうございます」


「いえいえ。そう言えば、耀秀様は大きいのがお好きなようですね。まあ、私の硬い胸板では満足出来なさそうですもんね」


「えっ?」


「ふふふ、では、失礼致します」


 ファランさんは、そうからかうように話すと、去って行った。


 後には、僕を強く抱き寄せるように立ち顔が真っ赤な朱鈴さんが立ち往生していた。


「大きいのがお好き……」


 もう、純粋な朱鈴さんを誂うのやめてよね。



 こうして、僕達はファランさんと分かれると、戦史を編纂している部所にやってきて、資料を見る。


「耀秀、どうだ?」


「うん、う〜ん?」


 いやっ、違う集中出来ないのだ。


「あの、朱鈴さん重いんですけど……」


「耀秀様、申し訳ありません。だけど、この格好がどうもしっくりいってしまって」


「そう」


 凱鬼は興味なさそうに、部屋をぶらぶらしている。龍清は僕と共に座って、資料を開いていた。そして朱鈴さんは、僕の背中にもたれかかって、そして、何か柔らかい重い何かが頭に乗っていた。なんだろうね?


 落ち着け〜、落ち着け〜。むにゅ。


 朱鈴さんの身長は8尺(約185cm)を越えていた。僕とは、だいぶ違う。そして、朱鈴さんが僕に寄りかかると、ベストポジションが僕の頭の上という……。まあ、それはどうでも良いのだけど。



 そして、戦史を紐解ひもとく。


「うん。特段変わった戦術はないけど」


「ああ。だが、用兵は斬新ざんしんだな」


「そうだね」


 そう用兵。僕達は陣形など軍勢をかたまりとして考えるが、おそらくファランさんだろう。個々の部隊を自由自在に動かし、勝利していた。


「なるほどな」


「面白いね」


「ああ」


 そして、もう一つ気づいた事がある。


「あえて雷国の王様、雷禅様だっけ? を逃しているね」


「ああ。雷禅様の個の強さは分からないけど。禍角カカクさんなら、討ち取れるもんな」


 そう、雷禅様が条国軍の中に孤立しても、あえて逃していた。ファランさんは、おそらく、雷禅様が生きていた方が、戦いやすいと考えたのだろうな。


「怖いね」


「だな」

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