(什)

耀秀ヨウシュウ様、美味しいもの、いっぱいありますよ」


「えっ、あっ、うん」


「お〜い、朱鈴シュレイ。こっちにもあるぞ〜」


凱鬼ガイキ様わかりました〜。今行きま〜す。さあ、耀秀様行きましょう。お兄様も、怖い顔しないで、さあ」


「ああ」


 僕達は、朱鈴さんに連れられて出された、料理を取りにいく。



 うん、なかなか美味しい料理がそろっていた。というか、珍しい料理かな?


「昔から西方からの交易路こうえきろとなっているこの街には西方料理や、西方料理をアレンジした料理が多いんですよ」


「そうなんですね」


「はい」


 いつの間にか、ファランさんがやってきていた。僕は、スパイシーな羊肉のき肉の串焼きや、小麦で焼いたパンというものに、焼いた牛肉を挟んだもの、さらに、羊肉の包子ぱおずを頬張りながらいた。


「ふふふ、えい」


「えっ?」


 ファランさんは、笑いながら僕の身体に密着する。良い香りがふわっとただよい。柔らかい感触が……、あまりないけど、ファランさんの体温を感じた。


 すると、


「む〜」


 そんな朱鈴さんの声が聞こえ。どすどすと歩いて来ると。


 むにゅ。


 こちらは、かなり柔らかい感触がした。そして、とても熱い。


「ふふふ、やはり朱鈴さんは、面白いですね」


「えっ?」


 僕と朱鈴さんの声が、ハモる。


「とてもお似合いですよ、耀秀様と」


「えっ、そうですか〜。でへへ」


 あっという間に懐柔かいじゅうされる朱鈴さん。


「ええ、繊細せんさいで冷静な耀秀様に、温厚篤実おんこうとくじつな朱鈴さん。本当に良い組み合わせですね」


「えへへへ〜。良い人ですね、ファランさんは」


「はい、良い人ですよ」


 この人は、どこまで本気なのだろうか?



「そう言えば、獅神ししんにお会いになったようですね。いかがでした?」


 ファランさんは、僕に密着しつつ、ささやくように話す。


「うんうん、いかがでした?」


 え〜と、いい加減、2人ともちょっと離れて欲しい。精神衛生上良くない。


「いかがでしたかって、極めて優秀な方々ですね。そう言えば、ファランさんが、見つけてきたと聞きましたが?」


 すると、ファランさんは、ちょっと考えてから。


「耀秀様の周囲に龍清リュウセイ様、凱鬼様、朱鈴さんが集まって来たように、条烈ジョウレツ様の周囲にも優秀な人材が集まってきているのですよ。そう、その人間的魅力に引き寄せられるように」


「うんうん」


 ファランさんの言葉に力強く頷く、朱鈴さん。そうなの?


「ですから、すでに条烈様の周囲にいた人材を見つけただけなのですよ。1人を除いてですが……」


「1人を除いて?」


「はい、禍角カカクは私の父が、育てあげた剣闘士けんとうしなのです」


「剣闘士?」


「はい、西方のとある国では、剣闘士という。闘技場で命をかけて戦い勝利を目指す、剣闘士という存在があったのです」


「そうなのですか」


「ええ、まあ、そんな国で軍師的な立ち位置にいたのが父なのです。そして、そんな父は、その知識を教える私塾しじゅくも開いていました」


「私塾……」


 僕は、ある人を思い出していた。


「そして、ある日、父は殺され、その知識をまとめ上げた書物も盗まれました。私は、その犯人を追って、カナン平原にやってきたのです」


「う〜、可哀想です」


「えっ、復讐の為にですか?」


「朱鈴さん、ありがとうございます。耀秀様、違いますよ」


 ファランさんは、ちょっと悲しそうな顔をしつつ、ふるふると首を横に振る。


「正直、父の所業しょぎょうは好きではありませんでした。そして、父は、その国での卑劣ひれつな行いで、国内でもうとまれた存在でもあったのです。私も、私塾にて父のもとで学んでいたので、犯人で私の兄弟子にあたるその人物が、カナン平原で何をしようとしているのか、見てみたかったというのが、本音ほんねです」


「そうなんですか」


 さらりと明かされる、ファランさんの過去だった。朱鈴さんは、泣きそうな顔で聞いていた。


「まあ、父という権力の権化ごんげがいなくなって、家自体が崩壊ほうかいの危機で、私は逃げ出したようなものなのですが。その時、私の護衛としてついて来てくれた1人が禍角なのですよ」


「そうでしたか」


「そして、カナン平原に来てすぐ、条烈様に出会い仕官させられて、条国にとどまる事になったのですけどね。そして、私は条国の力も使って、兄弟子の存在を探ったのですが、その過程かていで興味を持ったのが、耀秀様達です」


「えっ、僕達?」


「はい、私の兄弟子。今は趙武を名乗っているようですけど……」


「えっ、長舞先生ですか?」


「はい。どこかで、実際の長舞さんと入れ替わったようですね」


「そうなんですか……」


 そうか、そういう事だったか。なんとなくに落ちた耀秀だった。今の趙家出身者が黒髪黒眼なのに、長舞先生は銀髪碧眼だった。長舞先生は先祖返りではなく、西方出身だったというわけだ。



「それで、カナン平原の外れまでやってきて、私塾を開いた……」


「ええ。ですが、その知識を教える気はなかったようですが。まあ、試験に合格する程度の教えはしていたようですね」


「はい。だけど本当の目的は……、耀家ようけに近づいたのもそのため」


「ええ、実に下らない。立身出世し、名を売る為。正直、興味は無くなりました」


「そうでしたか」


 僕と、ファランさんの会話を僕にギュッと密着しながら、僕とファランさんを交互に見つつ、キョトキョトと視線を彷徨さまよわせる朱鈴さん。後で、ちゃんと話そう。


「というわけで、私の興味は耀秀様達になったのです。まあ、まだまだですが」


 そう言いつつ、ファランさんは僕の耳元に顔を寄せ、ささやくようにつぶやく。呼気こきが耳にあたりこそばゆい。


「は、はい」


「む〜」


 いやっ、朱鈴さん痛いから。


 朱鈴さんは力強く僕を抱き寄せる。僕は、大柄な朱鈴さんにめり込んだみたいになっていた。


「ふふふ、やっぱり面白いですね、朱鈴さんは。そうでした、話が、大分だいぶれましたね。獅神ですが、玄白ゲンハクさんには、私の知識を叩き込んであります」


「ファランさんの知識を……」


「ええ、耀秀様はどう戦うのでしょうね。楽しみです」


 楽しみですって、ファランさんは本当に楽しそうに話していた。


陶鮮トウセンさんは、基本に忠実な用兵家ですよ」


「それは、手強い」


「はい」


 基本に忠実な用兵家。これが意外と厄介やっかいなのだ。って、僕は何を言っているのだろう。


「それで、欧廉オウレンさんですが、凱鬼さんの良いライバルになりそうですね」


「そうかもしれません」


 ファランさんはコクっとうなずき。


「あっ、それで、禍角ですが、剣闘士として幼い頃より、戦ってきて無敗だそうですよ」


「そうなんですか。龍清に伝えておきます」


「はい。よろしくお願い致します。今はまだですが、禍角も倒される事を望んでいる節がありますので」


「そうなんですね」


 そう言いつつ、ファランさんは少し考える素振りをする。


「それで、今後どうされるおつもりですか? 我が国に仕官されるのなら、歓迎致しますけど」


「いえっ、ファランさん達がいるので……」


「出来れば、私達と戦いたいと……」


「いえっ、そこまでは……。まだ、漠然ばくぜんとしているのですが、僕の……、僕達の場所はここでは無い気が……」


「そうですか、良かったです。私も、耀秀様達の成長は遠くで見つつ、いずれ成長した耀秀様達を相手にしてみたいと思っていますので」


「そうですか。期待にそえるように頑張ります」


「はい。では、そうですね~。条国の中を自由に見て回れるように伝えておきますね。まあ、しばらくは拡大した陵国りょうこく雷国らいこくの支配地域を安定させる事が最優先なので、戦いはありませんが」


「そうですか。ありがとうございます」


「はい。では、楽しんでください。朱鈴さんも、しっかり耀秀様を守ってくださいね」


「もちろんです」


 ファランさんは、優雅ゆうが会釈えしゃくすると、僕から離れていった。


「あの朱鈴さん、痛いです」


「あっ、ごめんなさい、耀秀様」


 朱鈴さんが、離れて僕は解放されたのだった。見ると、龍清と凱鬼。そして、かなりの方々が、ニヤニヤしながら見ていた。


「さあ、食べようか」


「はい」





 宴が終わると、僕達には王宮内に部屋が与えられたのだった。


「さて、これからどうすんだ?」


「そうだね。まずは、条国の中を色々見せてくれるみたいだから、見せてもらおうかな」


「そうか。戦いはしばらく無いんだったな」


「うん、龍清は、戦いを見たかった?」


「いやっ、別に。ただ、今までの戦いが、どんなだったかは知りたい」


「そうだね。じゃあ、話してくれる人を探したり、戦争の記録を探したりしようかね」


「俺は、街中も見てみてえぜ」


「私も、街の美味しい料理食べたいです」


「そうか、それも良いな」


「僕は、条国が拡大した支配地域も見に行ってみたいかな」


「は〜い」


 僕の発言に、元気にこたえる朱鈴さん。



 こうして、僕達の条国探訪は始まった。まずは、西京さいきょうの街だった。



「うまっ」


「うん、美味しいね」


「なんか、他の国とは感じが違いますね」


「ですね。これも西方の技術なんでしょうか?」



「ああ」


 僕達は歩き回って、凱鬼が美味しい匂いがすると言った酒家しゅかに入ったのだった。


 そして、皆で夢中で食べているのが。


 平打ちの麺なのだが、とても弾力があるめんだった。それに、かなりスパイシーで辛めの餡を絡めて食べるのだ。


 さらに、この店には、羊や牛のスパイシーな串焼き、羊肉のスープ。さらに、米粉こめこの麺の冷たい麺なんていうのもあった。



「これも、美味しいですね~」


「おっ、お嬢ちゃんもお目が高いね~」


 そう、朱鈴さんは、身体が大柄な事を除けば、とてもかわいいのだ。って、誰も言ってないか。


「お嬢ちゃんだなんて、恥ずかしいですよ〜」


「はあ」


「あっ、え〜と、条国ってどんな国ですか?」


 話しかけられた朱鈴さんが、唐突とうとつに質問する。


「はっ? どんな国って……。う〜ん、まあ、最近は強いよね、条烈様が国王になってから、あっという間に領土拡大だ。あれで、まだ二十代っていうからね~」


「へ〜、そうなんですね」


「ああ、それに西方からやってきた、銀髪のねえちゃん。え〜と、名前は……」


 ファランさんに銀髪のねえちゃんって……。まあ、良いか。


「ファランさんですね」


「そうそう、ファラン。あいつが来てからだよな~。まあ、税も安くなるし、こちらは、万々歳ばんばんざいだよ」


「へ〜」


「税金を安く?」


「ん? ああ、税金っていうか、出店料っていうかだけど。それを安くしたから、店出すやつ増えたし、人も集まってくるし、すげ〜よな~」


「そうですか」


 ファランさんの政策が少しだけど、分かったような気がした。

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