(玖)

「そうなのですか~、まあ……」


「それでよ……」


「まあな、あれはひどかったよ」


「まあ」


 普段比較的、しゃべらない凱鬼ガイキ龍清リュウセイがべらべらと話して、それに相槌あいづちをうつ、ファラン。


 一方、考えにふけってしまい、外を見たまま黙ってしまった耀秀ヨウシュウ。そして、その横顔をかっこいいな~。と思って見つめる朱鈴シュレイだった。



 まあ、凱鬼と龍清の話自体も、各地で食べた食べ物の話題で、なんの損にも得にもならない話題だった。それを本心なのか、ちゃんと笑いながら聞く、ファラン。



 馬車は、条国じょうこく王都の西京さいきょうに向かっていた。


 西京は、かつての大岑だいしん帝国がただの岑国しんこくと呼ばれていた頃の首都でもあったが、それは遥か昔の話である。


 近郊に西方と東方をへだてる高さ200mもの高さのアトラス断崖だんがいを登る唯一の道、龍の口がある。


 現在は南回りの航路が主なる交易路となっているが、昔は唯一の陸の交易路があることもあり、交易の要衝ようしょうでもあり、人口もカナン平原の西部最大の都市であった。


 近くに大河は無かったが、北河より、運河がひかれ大地をうるおして豊かな地でもある。そして、あの趙武の生誕地。


 耀秀は、物思いにふけっていた。趙武を産み、さらに、条烈ジョウレツという英傑えいけつを生んだ街。どのような街なのだろうか?



 馬車は、途中、街で宿に泊まりつつ、西京に向けて北街道を進む。この辺りのかつて陵国りょうこくだった街にも人があふれ活気があった。また、北街道にも往来が頻繁ひんぱんにあり、陵国側とは別物であった。



「凄い人だぜ」


「ああ」


 凱鬼と龍清は、この繁栄はんえいを見て思わずつぶやく。


「ふふふ、条国は民を大切にしておりますから」


「民を大切に?」


「はい、民は、お金をかけて優しくお世話すれば、金の卵を産むのですよ」


「へ〜」


「凱鬼、例えだぞ、実際産むわけじゃないからな」


「えっ、そうなのか?」


「はい」



 ファランさんは、どうやら内政にも詳しいようだった。だけど、耀秀にも意味はわかった。


 放っておいて何かを期待するよりも、いつくしみ手をかけて育てれば、期待にこたえてくれるものなのだ。内政も一緒だと思う。


 戦い領土を拡大させるだけが、国を繁栄させるわけでは無い。それをファランさんは、分かっている、そして、それは条烈様も一緒なのだろうな。





 馬車は、西京の街へと入る。


「おっ、ファランと同じ銀髪ぎんぱつのやつが多いな」


「おい、さすがに失礼だぞ」


「ふふふ、構いませんよ」


「そうですか、すみません」


 凱鬼の代わりに、龍清が謝る。


「はい。私と同じ銀髪の民ですが、やはり西方から陸路で来るとここが最初の街なのが大きいでしょうか。後は、この街に昔から大勢の銀髪の民が、暮らしていた事が大きいですね。こことか、風樓礼州フローレスとか」


「なるほどな」


 凱鬼が、大きくうなずく。



 馬車は、西京の街中を通り、王宮へと入る。西京の王宮は大きいが、立派な建物ではではなかった。


「意外だな」


「龍清様、何がでしょうか?」


「いやっ、王宮が、普通だなと」


「ふふふ、左様ですか。まあ、条烈様は、物欲ぶつよくがないとも言えますから」


「物欲がない? ならば、なぜ領土拡大を目指すのだ?」


「ふふふ、そうですね~。なぜでしょう? 御本人に、確認してみてくださいね」


「ああ」


 龍清は、狐につままれたような表情をしていた。



 そして、馬車は、王宮正殿おうきゅうせいでんの前で止まり、僕達は、馬車を降りる。


「さあ、皆様こちらです」


 ファランさんは、正殿の階段は上らず、左手の建物と正殿との間の道を進む。


「開けてください」


「はっ」


 道の先には建物の中へと入る扉があり、門番の方が開けてくれて、中へと入る。


 中へと入ると、回廊かいろうとなっているようで、官吏かんりの方々が忙しそうに歩き回る中、左手に少し歩くと右手に折れ、王宮の奥へと向かう。



「条烈様、お連れ致しました」


「ん? おう、入れ」


 ファランさん、自ら扉を開けると、そんなに大きい部屋ではないが、部屋の奥の寝床ねどこに1人の男がいた。


 男は、寝床の上で、あぐらをかき、こちらに鋭い視線を送る。この男性が、条国国王条烈様だろう。


 黒黒した綺麗に整えられた長い髪を後ろにたばね。目は鷹のように鋭い。そして、豪奢ごうしゃな漢服を着ているが、その下の隆起した筋肉が武人ぶじんである事を主張していた。



「すまんな。ちょっと仮眠とってた」


「いいえ、お気になさらず」


「ああ、で、そいつらが、話していた例の奴らか?」


「条烈様、そいつらとか、奴らとかやめてください」


「あっ? 興味持ったらな」


「左様ですか。では、龍清様はとても鋭い方ですね。凱鬼様は泰然自若たいぜんじじゃく。朱鈴様は純粋な方です」


「そうか。で、肝心の耀秀は、どうなんだ?」


「はい、耀秀様には、警戒されてしまいまして」


「そうか、ならば。お前お得意の問答してみろ」


「はい、かしこまりました。耀秀様、少しお付き合いください」


「えっ? はい」


 僕は、ファランさんと向き合った。



「では、ちょっとした問答を。そうですね~。では、自分の事を指して、自我じががあるとか、自己じこ紹介するとか、言うではないですか。では、自我とは、自己とはなんでしょう?」


 う〜ん、とても難しい問題だ。


 だけど、僕は自分なりの答えをつむぎ出す。


「自我とは、自分が考える自分。自己とは、他者との関係にある自分です」


「なるほど、自我はアイデンティティで、自己はパーソナリティという事ですね。では、自分とはなんですか?」


 アイデンティティ? パーソナリティ?


 西方の言葉だろうか?


 だけど、次の問題はと。


「それは……。私という、存在自体でしょうか」


「なるほど。では、なぜ人は、自分が分からなくなったり、自分を探したりするのでしょう?」


「えっ?」


 僕は、思わず驚きの声をあげる。確かに、


「存在そのものであるなら、分からなくなる事も、探す必要もないのではないでしょうか?」


「そうですね」


 これは難しい。僕は、ゆっくりと考える。


「自分そのものですが、人間は感情のある動物です。だから、その中に不安も内包ないほうしているのが、自分なのです。不安によって自分が見えなくなったり、分からなくなったり……」


「そうですか。では、そんな人は、弱い存在なのでしょうか? 不安で自分が見えなくなるなんて」


「そんなことは、ありません!」


「あらっ?」


 思わず僕は、強い口調で言ってしまった。


 なぜなら僕自身が、不安で自分が見えなくなる時があるからだ。本当に正しい道なのだろうか? 自分はちゃんとしているのだろうか?


「私自身が、そうだからです」


「なるほどです。理解致しました」



 そう言うと、ファランさんは、条烈様を、見る。



「いつか、私のライバルになれる方かと」


「そうか。ならば、歓待かんたいせぬとな。ファランがそこまで言うのは始めてだからな」


「えっ?」


「ハハハハハ、面白いではないか、ファランがライバルになり得る人材だといったのだぞ」


「はい」


 ファランさんは、静かに条烈さんに頭を下げる。


「なら、うたげだ! 騒ぐぞ飲むぞ!」


「はい」


 えっ、どういう事?


「ふふふ、条烈様は、あなた方に興味をもたれたようですよ」


「そうなんですか?」


「はい」



 というわけで、王宮内の大広間おおひろま祝宴しゅくえんの準備がなされ、僕達が客人きゃくじんとして紹介された。


「耀秀、龍清、凱鬼、朱鈴だ。皆、いずれ俺達の前に立ちふさがるかもしれんぞ。良く覚えておけよ」


「はっ」


「じゃあ、乾杯だ!」


「乾杯!」



 こうして、祝宴が始まった。


「ハハハハハ、愉快ゆかい、愉快」


 条烈様が、いの一番にやってきて、僕達と話し出す。


「あれだ、ファランは西方からの流れもんなんだが、とてつもなく軍略や政治に詳しくてよ」


「そうなんですか」


「ああ。まあ、自分の素性すじょうは話したがらないが、西方でおそらく父親が高名な軍略家とかでよ。で、父親が罪に問われたかなんかして、ファランはこちらにやってきたって思ってんだよ」


「そうですか」


「ああ、ファランは天才だよ。まあ、戦いに関しては趙武もかくやだぞ。そしてな、人を見る目がある。出自問わず優秀な人材を集めたのも、ファランだからな~。獅神ししんとか……。あっ、そうだ、紹介しておくか」


 そう言うと、条烈さんは走って、どこかに行ってしまった。国王自ら動く、なかなか出来る事ではない。



 そして、しばらくして、4人の男性を連れてやってきた。


「こいつらが獅神だ。ファランが探し出した俺の宝だ」


「宝などと、勿体もったいない」


「ハハハハハ、お前達が、宝じゃなくて何なのだ」


「有難き幸せ」


 4人そろって、条烈様に、ひざまずき頭を下げる。反応はそれぞれだが、深い忠誠心が見えた。


「でだ、こいつが玄白ゲンハクだ。攻めて良し、守って良しの智将ちしょうだ」


「玄白です。以後、お見知りおきを」


 4人のリーダー格のようだが、落ち着いた雰囲気に極めて冷静な態度。そして、何より若い、僕達よりも少し上くらいだろうか?


 そして、長身で外見も整っているので、冷たい感じもする。



「で、こいつが陶鮮トウセンだ。守りの将だな。用兵家だが、武もあるぞ」


「陶鮮です。よろしくお願い致します」


 老練ろうれんというほどの年齢ではないが、4人の中では一番年上に見えた。本人穏やかな性格のようだが、厳しい顔だちが厳格な雰囲気をだしていた。体格も良い。身長ではやや龍清が高いが、胸の厚みとかは陶鮮さんが上だった。



「で、こいつが欧廉オウレンだ。勇猛な突撃将だな。まあ、武もあるぞ」


「欧廉だ、よろしくな」


 黒髪黒眼の人種だが、4人の中では一番大きかった。まあ、凱鬼と比べると小さいが、凱鬼が特別なのだろうな。そして、性格も外見も豪快な感じだった。



「それで、最後が禍角カカクだが、こいつはやばいぞ。俺もこいつと戦って一度も勝った事がない」


「えっ!」


 僕達も驚く。見るからに強そうな条烈様が、勝った事がないと言い切るとは……。


「禍角です。よろしくお願い致します」


 ほがらかなみを浮かべる、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの若い男性だった。体格は大きい。ちょうど龍清と同じくらいだった。


「顔は、お兄様の勝ちですね」


 朱鈴さんが、なぜか対抗心をき出しに、兄である龍清と比較していた。朗らかで穏やかな表情で、多分、性格も穏やかなのだろう。だからこそ怖い。


 龍清、凱鬼の表情が厳しい。相当な強さなんだろうな。



「で、こいつらが、ファランが話してた。耀秀、龍清、凱鬼、朱鈴だ。どれがどれだかわかるだろ」


「はい、イメージ通りでした」


「そうか」



 その後、しばらく条烈様や、獅神の方々と会話する。禍角さんが龍清と、欧廉さんが凱鬼と、そして陶鮮さんと、僕と、僕のそばに寄ってきた朱鈴さんという感じだった。


 条烈様は、その会話の輪をまわって色々話し、そして、玄白さんは、いつの間にか消えていた。ちょっと話したかったんだけどね。



 そして、条烈様達が去ると、龍清が僕のそばに寄ってきて。


「あの人、本気でやばいね」


「えっ、禍角さん?」


「ああ。あれは、いちゃいけない存在だな。戦いを壊す」


「えっ? そうなんだ……」


「いずれ、俺が倒す」


「……」


 静かだが、とてつもない闘志とうしを燃やす龍清がいた。


 僕は、圧倒され、何も言えなくなった。

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