(捌)

 それから1週間。陵麗りょうれいの街中を観光したり、宿で退屈な時間を過ごしたりしていると、陵国りょうこく吏部りぶ官吏かんりの方が宿を訪ねて来られた。


龍清リュウセイ殿、凱鬼ガイキ殿、耀秀ヨウシュウ殿、朱鈴シュレイ殿。王宮にお越しください」


 との事だった。



 僕達は慌てて準備すると、王宮へと向かう。そして、吏部の官吏さんは、吏部の方に向かわず。いわゆる正殿せいでんと呼ばれる王宮の中央に鎮座ちんざする場所へと向かう。


「すみません、どちらに行くのですか?」


「えっ、はい。正殿にて国王陛下と謁見えっけんして頂きます」


「はい?」


「ああ、大丈夫です。儀礼ぎれいとかは、重視されない方ですので」


「はあ」


 確かに正殿は、国王の外交の場で、ちゃんと謁見出来る玉座ぎょくざの間とは違うが、それでもいきなり正殿に案内して、謁見するとは。



 僕達が正殿の階段を登ると、正殿の扉が音も無く開く。


 部屋の奥には一段高い場所に国王陛下かな? が、座って、左右には文官、武官が並んでいるわけじゃなかったが、近衛このえの兵達が警護けいごしていた。



吏部侍郎りぶじろう尚鐵ショウテツ。龍清殿、凱鬼殿、耀秀殿、朱鈴殿をお連れ致しました」


 入口付近でそう言うと、そのまま進み、壇上だんじょうの人物にひざまずき礼をすると、左手に下がる。


「私が、陵国国王りょうこくこくおう陵高リョウコウです」


「はっ」


 僕は、慌ててひざまずき。礼をする。慌てて追随ついずいする龍清達。


「この度は、国王陛下のご尊顔そんがんを……」


「ああ、良いですよ礼など。申し訳ありません。何でも優秀な人材だと」


 そう言うながら、陵高様は玉座を降りてこちらに歩いて来た。豪華ではあったが、いわゆる漢服かんふく弁冠べんかんという服装の、人の良さそうな方だった。年齢は三十代だろうか?


 僕達一人ずつの手を取り、立ち上がらせる。


「それで貴殿きでんかな? 龍清殿は、弓も大刀だいとうの扱いも力も強く、さらに兵法の理解も深いと聞しました」


「恐れ入ります」


 龍清は、ちらっとこちらを見つつ返事を返した。


「うむ。貴殿には是非ぜひ、我が軍の中枢ちゅうすうで戦って欲しい。希望の役職などありますかな?」


「いえっ、それは……」


「まあ、ゆっくり考えて欲しい。それで……」


 と言いながら、今度は、凱鬼の前に立つ。


「貴殿が凱鬼殿だな? 本当に大きい身体だ」


「おう! じゃなくて、ありがとうよ。で、なくて。ございます」


「ハハハハハ、気にされるな。それよりもだ。素晴らしい力と、大刀の演武えんぶだったそうだな。弓や兵法など必要ないくらいの武。条国じょうこく獅神ししんとも渡り合えるであろうな」


「獅神?」


「ああ、条国の四人の優れた将軍だ。条国の国王が、そう名乗らせているそうなのだよ。我が国の将軍達も、何人も獅神に討ち取られてしまってな」


「そうか」


「それで、龍清殿、凱鬼殿には、獅神に対抗出来る素養そようがあるそうでな。期待していますよ」


「恐れ入りやす」


「ああ。では、続いて耀秀殿。極めて優れた文官の才能だとか」


「ありがとうございます」


経書けいしょだが、一字一句間違わず書いたとか。それに、策もすぐさま採用しようという案まで出ている。ああ、もちろん耀秀殿の考えとしてだがな」


「恐れ入ります」


「うむ。まあ、詩賦しふ旅情りょじょうの雰囲気が出ていて、良かったそうなんだが……」


 急に歯切れの悪くなる、陵高様だった。


「その、我が国は領土を大きく削り取られてな。文官の仕事がさほど無いのだ。地方の文官職なら空いてるそうなのだが……」


「はあ」


「む〜」


 僕の気のない返事と、朱鈴さんの不満そうな声が重なる。


 う〜ん、地方の文官職か~。まあ、そんなもんだろうね。


「まあ、ゆっくり考えておいてくれ。そして、最後に。龍・朱鈴殿」


「はい」


 一番元気な返事を返す、朱鈴さん。


「まあ、女性だてらに素晴らしい武芸だそうだが……。失礼だが、龍清殿の妹さんかな?」


「はい、そうですが」


 陵高様に聞かれ、答える龍清。


「そうか。女だてらに素晴らしいのだが、女性に軍を率いてというのは、その〜ちょっとな」


「む〜」


「まあ、龍清殿の仕事を家で支えて……」


 と、ここで、朱鈴さんが。


「む〜、女だからって良いじゃないですか〜。私だって、戦えます。それよりもです。優秀な耀秀様が地方の文官って、何なんですか~。見る目ないんじゃないんですか?」


「う、うむ」


「まあまあ、朱鈴さん落ち着いて」


 興奮状態にある朱鈴さんをなだめるが、止まらない朱鈴さん。


「耀秀様は、天才軍師、耀勝様の子孫なんですよ。それを、地方の文官などと。む〜!」


「えっ、そ、それは……」


 たじたじの陵高様。そして、朱鈴さんの気迫きはくに押されて下がる近衛兵の方々。いやっ、守る気ないよね王様を。


「もう良いです。行きましょう、耀秀様!」


「えっ?」


 ずんずんと歩いてきて、僕の手を取り、歩き出す朱鈴さん。


「失礼致します」


「じゃあな」


 その後に続く龍清と、凱鬼。


 そして、それを茫然ぼうぜんと見つめる。陵高様と、近衛兵の方々だった。



 僕達は朱鈴さんに引っ張られるように、王宮を出て、宿へと戻る。僕は朱鈴さんに引っ張られながら、後ろを見ていたが、どうやら追っ手とかはかけられていないようだった。



「さて、このままこの街を出よう」


「えっ、どうしてですか?」


「朱鈴が、耀秀を引っ張って王宮飛び出したからだよ」


「え〜と……。耀秀様、申し訳ありません」


「いやっ、かえって良かったよ。どうやって断ろうか悩んでたけど、上手くいったしね。追っ手もかかってないから。今のうちに、陵麗を出ようと思う」


「分かった」


「おう」


「わかりました」


 というわけで、宿の支払いをさっさと済ませると、僕達は外に出る為に街の城門へと向かったのだった。



「通って良し」


「ありがとうございます」


 どうやら、城門にも僕達の話は伝わってないようだった。


「どうやら、大丈夫みたいだね」


「ああ」



 そして、僕達は陵麗を離れると。


「さて、どうしようかな?」


「ん? 条国に行くんじゃないのか?」


「うん、そうなんだけど。多分、陵国と条国の国境は、開かれて無いと思うんだよね」


「あっ、そう言えば、戦争中でしたよね」


「うん、そうなんだ。だから、一旦、泉国せんこくに戻って、北街道を外れて南下して、再び西進して条国を目指すか。このまま北街道を進んで、高安こうあんの街から、こそっと街道を外れて丘越えして、条国に入るか……」


「わざわざ戻るよりは、そっちだな」


「確かに。まあ、どの程度警戒が、厳しいかもあるが」


「大丈夫ですよ。私とお兄様、凱鬼様がいれば」


「う〜ん? そうだね。じゃあ、このまま、進もうか。高安には、北河の支流の河の壺口ここうの滝っていう名物観光地もあるみたいだし」


「おう」



 というわけで、僕達は、ほぼ誰もいない街道を南西へと進む。


 そして、5日ほど歩くと高安の街に辿たどりついた。


「観光地というわりには、静かな街ですね~」


「まあ、しょうがないよ。条国との国境は閉じられてて、この街は戦いの最前線……。っぽくはないんだよね~」


「ああ。多くの兵が入っている雰囲気は、ないぞ」


「だな。逆に逃げちまったんじゃねえの?」


「かもしれないですね」


 こうして、僕達は観光したり、情報を集めたり、丘越えの準備をしつつ、過ごした。



「さあ、行こうか」


「おう」


 僕達は、一旦、街を出ると、街道を少し戻りつつ脇道に入り、条国へと接する丘へと向かう。



「え〜と、誰もいないよね?」


「おう、大丈夫じゃねえか?」


「ええ、そう思いますが……。お兄様、いかがしました?」


「ん? う〜ん、どうも監視されているっぽいな。別に嫌な感じはしないが……」


「そう。条国の人かな?」


「多分な」


「う〜ん? まあ、多分、大丈夫かな? 龍清が嫌な感じはしないって言うなら」


「そうですね」


「おう」



 というわけで、僕達はあえて隠れることなく、昔は、人通りも多かっただろう道を進む。



「ふう、ふう、待ってくれ、耀秀」


「うん。後少しで頂上だからね」


「おう」


「お兄様」


「ああ」


「どうしたの?」


「お客様のお出ましみたいだな」


「ええ」



 僕達はいつの間にか周囲を取り囲まれていた。条国の兵士……、ってレベルじゃないな。特務兵とくむへいとか、そういう感じだろうか?


 そして、その兵士達の中からあらわれたのは、長い銀髪ぎんぱつを後ろでまとめた、とても美しい女性だった。やや細身ほそみで切れ長の鋭い青い目が、僕達を見つめる。


 https://kakuyomu.jp/users/guti3/news/16817330662982747205


「ふふふ。すでにお察しでしたか、さすがです。耀秀様、龍清様、凱鬼様、龍・朱鈴様」


「えっ! なぜ、僕達の名を知っているんですか?」


「ふふふ、陵国の王宮には、私の手の者が入っているんですよ」


「えっ、えええええ!」


 朱鈴さんが騒ぐ。


「ふふふ、朱鈴さんは、面白いですね」


「えっ、ありがとうございます」


 いやっ、めてないと思うけど。


「それで、僕達の騒動を聞いて、予想して、ここで待ち受けていたというわけですか」


「さすが耀秀様です。御明察です。あらっ、いけない自己紹介がまだでしたね。私の名は、ファランと申します。条国で御史大夫ぎょしたいふの地位にあります。以後、お見知りおきを」


「御史大夫……。国王側近筆頭……」


「さすが、耀秀様。本当に優秀。ちょっと優秀過ぎちゃいますでしょうかね~?」


 で、その条国の女性の国王側近筆頭がなんの用だろうか?


「それで、僕達になんの用でしょうか?」


「はい、我が国の国王である条烈ジョウレツ様が皆様にお会いしたいそうです。是非、西京さいきょうまで、お越し頂けるとありがたいのですが」


「拒否したら?」


 龍清が、そんな事を言う。


「あらっ? どうも致しません。ですが、皆様の目的の一つが条烈様に会うことだと思ったのですが……。違いましたでしょうか?」


 僕は、冷静に返事を返す。


「出来ればお会いしたいです」


「そうですか。ですと、一緒に行くと速いと思いますが」


「わかりました。では、ついて行きます」


「はい、ありがとうございます」


「で、馬で行く感じですか?」


「いえっ、馬車を仕立ててきましたので、一緒にお話しながら向かおうかと思いまして」


「わかりました」


 僕が、そう言うと、ファランさんは、くるっと後ろを、振り返る。すると、馬車が静かに走ってくる。


 馬車とは、西方の乗り物で、車輪のついた屋根付きの輿こしを馬が引っ張る乗り物だった。


 ファランさんと警護の兵士2人、そして僕ら4人が乗ると、馬車は静かに走り始めたのだった。

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