(漆)

 大原だいげんを出て右手に緑の丘陵地帯を見つつ、大平原だいへいげんを渡る。


 朱鈴シュレイさんが、袋を覗き込みながら嬉しそうに話す。


「ですが、いっぱいもらっちゃいましたね~」


「うん、多分、馬賊ばぞくを雇う軍資金の一部だと思うけどね。泯仙ミンセンさんは優秀な事務官なんだろうね」


 泉国王の泉楽センガクさんからたくされた軍資金を、僕達や、馬賊討伐に募集してくれた兵士の方々にも還元かんげんしてくれたのだろうね。


「そうですか。でも、これでしばらく旅の資金の心配しなくて良さそうですね」


「そうだね」


 まあ、元々兄上から頂いた潤沢じゅんたくな旅費が凱鬼ガイキの背負う行李こうりに入っている。それに、いくらいっぱい食べる3人の食費がかかるといっても、そんなに贅沢ぜいたくな旅をしているわけでは無い。と、思う。



「で、次は、え〜と……」


陵国りょうこくだよ、凱鬼」


「そうか、龍清リュウセイ、それだそれ」


「凱鬼様、今回は私は覚えてましたよ」


「なに! 朱鈴のくせに生意気な」


「なんですか! 朱鈴のくせにって」


「はん!」


「む〜!」


 はいはい。



 まあ、結構4人の旅は楽しい。くだらない会話だったり、僕の国に対する考えや、戦いに関する話も楽しそうに興味をもって聞いてくれて。


 ただ唯一の困りごとは、宿で朱鈴さんが僕の隣で寝たがる事くらいだった。朝起きると、必ず僕の寝床に入っていて。とても驚く。まあ、何もないけどね。



「うわっ!」


「う〜ん、あっ、耀秀様、おはようございます」


「うん、おはよう朱鈴さん」


 大柄な朱鈴さんの寝間着ねまきから、チラチラと……。って、僕は何を言ってんだ~!


 ふ〜。



 僕達は、平原地帯から丘陵地帯へと入る。そして、そこを越えると。


耀秀ヨウシュウ様〜。あれが陵国の王都でしょうか?」


「えっ、どれどれ」


 僕は、丘の眺望ちょうぼうの良い場所に朱鈴さんを追って走る。


「はあ、はあ、待ってくれ、耀秀」


「凱鬼、そんな大した丘じゃないだろ」


「はあ、はあ、登りは苦手なんだよ」


「そうか。じゃあ、先行ってるぞ」


「おいっ、龍清〜」


 凱鬼は身体も大きく、大きな行李も背負っているので、それもあるのだろうけど。もちろん龍清、朱鈴さんもそれなりに大きな行李を背負っている。ちなみに僕はあまり荷物を持たせてもらっていない。背負って歩くと、遅くなるからだそうだ。無念。



「へ〜、良い眺めだね」


 丘陵地帯や、北西に広がる山岳地帯に囲まれた、かなり広大な盆地が広がっていた。この見える範囲が、現在の陵国の全てだった。


 そして、南の丘陵地帯を越えた先にあるのが、条国じょうこくだった。


「耀秀様、あれが王都ですよね?」


 朱鈴さんが眼下を指差す。この丘を下ったところに、比較的大きな都市が見えた。


「ん? ああ、そうみたいだね。確か王都の名は、陵麗りょうれいだね」


「へ〜、何か美味しい物ありますかね?」


「さあ? どうだろうね~?」


 陵麗。その名の通り、陵国が出来てから公都こうととして、王都として作られ、成長した街だった。



 僕達は丘を下り、陵麗の街へと入る。陵麗の街の城壁は、元々はそんな高くなかったのだろうが、増築したのであろう。ぎだらけのような無骨ぶこつな城壁が、高さは泉水せんすいの城壁ほどではなかったが、7じょう(約17.5m)はあった。


 街中は意外と活気があり、人も大勢いた。戦いに負けた国とは思えなかった。そして、その理由もすぐに知れた。



「え〜と、なんだ? 身分、階級問わず優秀な人材募集。だってよ」


「しかも、結構良い待遇だよ」


「確かに」


 貴族階級じゃなくとも、軍官学校を卒業しなくても優秀だったら、仕官がかなう。しかも、文官でも武官でも。


 これだったら陵国中、いやっ、下手したら隣国からも人が集まっているかもしれない。だけど。


「今さらだと思うけど。それに、条国の人間が陵国の中枢ちゅうすうに入っちゃうんじゃないのかな?」


「そうか、確かにな」


「お兄様、何が確かにな。なのですか?」


「ん? 条国のスパイが仕官しかんに来ても分からないって事だよ」


「へっ? ああ、そう言う事ですね」


 凱鬼は、俺は分かってるぞ感を出しているが、視線が彷徨さまよっている。後で説明しておこう。


「でだ、これにも行くんだろ?」


 凱鬼が、俺は分かってるぞという感じで、言ってきた。まあ、その通りなんだけど。


「まあ、実際、仕官はしないけど、どんな感じなのか、やってみたくはあるよね」


「ああ」


「そうですか〜。では、後ほどやりましょう。それよりもです」


 朱鈴さんは、そう言うと、こっちに勢い良く振り向いて。


「お腹すきました~」


「ハハハハハ、そうだね。じゃあ、宿に荷物置いてさっさと食べに行こうか」


「はい」



 というわけで、僕達は陵麗の酒家しゅかへとやってきた。


「うおっ、これは」


「独特だな」


「うまっ」


「うん、確かに美味しいですけど……」


 多分だけど、牛とか羊の内蔵を煮た出汁だしのスープと、手打ちの太い柔らかいめん。まあ、美味しいけど。


 スープは、内蔵の臭みを消す為に、色々なスパイスが効いている。そして、麺はちょっと柔らかい麺。



 好みの問題だけど、どうやら凱鬼は大好物。他の3人は食べれるし、美味しいけど。という感じではあった。


 僕は、かなり濃厚でスパイシーなスープの影に隠れているが、内蔵の臭みがちょっとね。


 まあ、他にも牛肉のスパイシー焼きとか羊肉の包子ぱおずとか、結構美味しい食べ物があって、夢中で食べる。


 この地は豚肉ではなく、羊肉とか、牛肉がメインのようだった。



「この牛肉は美味しいよ」


「あっ、本当ですね、耀秀様」


「ん? なんで麺食べね~んだ?」


「凱鬼は好きなんでしょ。どんどん食べてよ」


「おう。店主、この麺、おかわりだ」


「はいよ!」


「こっちの包子もうまいぞ」


「うん、美味しいね」


「まわりがふわふわで、中はじわっとジューシー。幸せです」


 凱鬼は夢中で麺を食べ、僕達は牛肉や包子を食べる。



 包子は、羊肉のあん饅頭まんとうで包んだものだった。外はふわふわ。中はしっとりジューシーで、羊肉の旨味が広がる。


 生地きじは小麦粉に水を加えてね、発酵はっこうさせ、餡を包み半球形に成形せいけいし、蒸籠せいろで蒸して作るそうだ。


 ここ陵麗周辺に広がる盆地でも小麦が取れるそうだった。



「おい、店主」


「はい、麺のおかわりですか?」


「いや、さすがにこの濃厚な麺はお腹いっぱいだ」


「そりゃ、よ〜ございました。では、何の用でしょうか?」


「あれだ。あの仕官ってやつはど〜なんだ?」


「へっ?」


 凱鬼から意外な質問が出て、店主さんだけでなく、僕達もちょっと凱鬼を見つめる。


「ああ。はいはい。え〜と、結構、人多いですよ。おたくらも仕官の口かい?」


「まあ、そうだな」


「だとすると、出自しゅつじの証明出来るもんが必要みたいよ」


「なるほどな」


 え〜と、耀家ようけ発行の通行手形で大丈夫かな?


「まあ、後は文官、武官に分かれた試験があるみたいだよ。後は、王の面接とか」


 王の面接? 直に会えるのだろうか?


「そうか、ありがとよ。で、この包子ってやつ追加で」


「へっ? はいよ」


 そう言うと、店主さんは、店の奥へ行ってしまった。



「という事は、俺達は武官の試験を受けるのか?」


「うん、龍清達はね」


「わかった」


「耀秀様は、武官の試験を受けないんですか?」


「うん。だいたい武官の試験は武芸を重視する傾向にあるからね。多分、僕じゃ難しい。だから、僕は文官の試験を受けてみようと思う」


「わかった」


 というわけで、数日の準備の後。僕達は、王宮へと向かったのだった。



 陵国の王宮は、祖先が代々文官であった事もあってか。防御というよりも政治の場所という感じの王宮だった。結構広い敷地に、役所や官僚達の仕事場が並ぶ。



 そして、王宮の中庭に仕官の試験を受けに来た人々が並ぶ。試験日は週一回。


 俺何回目の試験なんだと言っている人も多く、合格率も低そうではあった。


 官吏かんりの選任事務を管轄かんかつする吏部りぶの官吏の方が、次々とまずは身分照会を行っていく。



「はい、次」


 僕達の順番が来た。僕達は申し込み書のような物を渡し、さらに、耀家発行の4人分の通行手形を渡す。


「少々お待ちください」


 官吏の方は、どこかに2つの書類を持って去っていく。そして、四半刻しはんこくほど待っていると。


「確認出来ました。では、耀秀さんは、右へ、他の方は左手にお進みください」


「はい」


 というわけで、僕は3人と分かれて、文官の登用試験を受ける。


 文官の試験は、説明によると、経書けいしょ詩賦しふ、策。という事らしい。


 経書は、『えき』『書』『詩』『礼(れい)』『春秋しゅんじゅう』の五経の事であり、五つの永遠の書、絶対の書の意であり、五経のなかに人間の生活に必要な道理どうりは、すべて含まれていると意識されていた。


 で、経書の試験自体は、その五経の指定の部分を書く試験であった。まあ、読書好きの僕としては得意な試験だった。



 続いての詩賦だが、これは、漢詩や賦を作る試験だった。漢詩が歌謡から生まれたと考えられるのに対し、賦はもとより朗誦ろうしょうされたものと考えられている。


 漢詩が心象風景しんしょうふうけいを書くのに対し、賦はあらゆる場所・物・感情を網羅的もうらてきに表現する手段だった。


 まあ、あまり得意じゃないが、旅の風景を賦で表してみた。



 そして、最後は、策。


 これは、いわゆる時事作文だった。これは得意だが、さて、文官の試験だから何を書こう?


 となり、まあ、条国との戦時中という事で、戦時下の食料調達について書いてみた。


 途中食事しながらであったが、昼前に始まった試験は夜になってしまっていた。



 僕が試験会場を出ると。


「耀秀様〜」


「ああ、朱鈴さん」


「お疲れ様です、耀秀様。いかがでした?」


「まあ、ある程度は出来たかな」


「そうでしたか~。それは良かったです」


「朱鈴さんは?」


「私は〜……。それよりもです。お兄様達が待ってます。お話はそこで。いつもの酒家に行きますよ」


「うん」



 というわけで、いつもの酒家に入ると、龍清と凱鬼が、すでに食べ始めていた。僕達も料理を頼む。



「で、武官の試験はどうだった?」


「ああ」


「ばっちりだぜ」


 凱鬼が、自信満々に言う。


「私もです」


 と、朱鈴さん。


「俺は武芸は良かったが、筆記がな」


「えっ、筆記……。お兄様、ありましたね~。記憶から消去しておりました」


「ガハハハ、俺もだ」


 という事らしい。


 で、武官の試験は。


 騎射きしゃ:馬上から三射。一本でも当れば合格。総外れ、落馬等は不合格。本数で優良佳ゆうりょうか


 歩射ほしゃ:五十歩離れた円的に五射。一本でも当れば合格。本数で優良佳。


 技勇:以下の三種目 。


 開弓かいきゅう八十斤きん、百斤、百二十斤の弓を引きしぼる。重さによって優良佳。 (一斤≒220g)


 舞刀ぶとう:八十斤、百斤、百二十斤の一丈の大刀だいとう演武えんぶ。重さによって優良佳。


 てつ石:二百斤、二百五十斤、三百斤の石を一尺しゃく以上持ち上げる。重さによって優良佳。


 内場:孫子そんし呉子ごし趙武法ちょうぶほう指定箇所していかしょの清書。いわゆる、学科試験。


 という感じだったそうだ。



「まあ、弓はどうにか当たったという感じだが、他は完璧だぜ」


「筆記試験は?」


「私は、弓は、かなり良かったですが、力がいまいちですかね~」


「筆記試験は?」


「俺は、武芸の方はまあ出来たよ。そして、趙武法については、良く耀秀が話していたからな。なんとかって感じだったよ」


「そう、良かったよ」


 趙武法とは、趙武がまとめ上げた戦術、戦略、用兵などの書だった。さらに前の時代の孫氏、呉氏の兵法書と並び、三大兵法書の一つであった。



 さて、試験結果はどうなるだろうか?

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