(陸)

「本当にこの人数で、馬賊討伐ばぞくとうばつに行くのか?」


「ほらっ、馬賊の集団も小規模だって言ってたし」


「あてにならないよ、多分」


「えっ、そうかな~?」


「ですよね、お兄様。私もちゃんと見てましたが、小規模な集団に分かれて動いてる感じでしたよね」


「ああ」


「う〜ん、そうか。そうなんだ……。じゃあ、どうする気なんだろ?」


「そこまで、考えてねえんじゃね~の?」


「ああ」


「そうですよね~」


 そうか、そうなんだ。まあ、確かに凱鬼ガイキは元盗賊。だったら、言う事に間違いはないだろうな。



「あの~。少しよろしいでしょうか?」


「はい?」


 そんな事を話していると、僕達は声をかけられた。僕達が振り向くと、そこには。


「え〜と、伯長はくちょう泯仙ミンセンですが。あの皆様方、非常に強そうですが。その〜」


「はい?」


「その〜、協力して頂け無いかと……」


「もちろん、協力するぞ」


 という凱鬼の返答に、泯仙さんは。


「いえっ、そういう意味ではなくて……」


「何なのだ、はっきり言え!」


 凱鬼が切れる。


「ひいい」


「凱鬼、駄目だよ」


「そうだ顔が怖いんだから」


「まあまあ、凱鬼も冷静に」


「おう」


 というわけで、泯仙さんが話し始めたのだが。


「すみません。私、軍人なのに、戦いに行った事がありませんで、普段は軍で事務仕事しております。皆さん、良い体格されてますし、素晴らしい武具ぶぐをお持ちですから、戦闘経験がおありなのかなと思いまして……」


「まあな、小せえ頃から、とう……」


「凱鬼」


 凱鬼が盗賊だったと言いかけたので、慌てて止める。


「おっと」


「はい?」


「いえっ、それなりに戦いは経験した事はありますが」


「ああ、龍会ろんえで軍官学校に通っていたからな」


 さすが龍清リュウセイ。そして、朱鈴さんは、余計な事をしゃべらないように、だまる事を選んだようだった。


「さすがですね。あの大都市の軍官学校の元生徒さんとは……。あの~、もしかして条国じょうこくを目指しての旅ですか?」


 どうやら、泯仙さんは、敵対するだろう条国に仕官目的で旅しているのかも? と考えたようだった。


「いえっ、諸国を見て回るだけで、後々は、龍会に戻る予定です」


 僕の言葉に朱鈴シュレイさんが、コクコクとうなずく。


「そうですか、それは良かった」


 泯仙さんは、ほっとしたように、胸をなでおろしつつ、言葉を続ける。


「この人数で、馬賊と戦えますでしょうか?」


 龍清、凱鬼、朱鈴さんの視線がこっちに向く。


「凱鬼と龍清、朱鈴さんが戦えば、なんとかなっちゃう気がしますが、多分、馬賊はまともに戦わないんじゃないでしょうか?」


「え〜と?」


 泯仙さんも、皆もキョトンとした顔をするので、説明する。


「討伐するって言われて、馬賊は戦わないといけない理由ありませんからね」


「あっ」


「それこそ移動力に優れた馬で移動しちゃえば、こちらに騎馬兵いないのであれば追うのも難しいですからね」


「なるほど」


「それこそ拠点拠点でも分かっていれば別ですが」


「拠点は、分かっておりますが……」


「えっ!」


 今度は、こっちがびっくりする番だった。


「え〜と、馬の有名な産地の屯伝村とんでんむらの若者達ですから……」


「そうですか〜。う〜ん?」


 僕は、ちょっと考えてから。


「それならば、手がないわけではありませんが……」


「えっ、本当ですか?」


「はい。まずは、馬賊の拠点の屯伝村を包囲するか、村人達を捕らえるかして、もし、現れなかったら。村人を……」


なますに、おろせば良いんだな?」


「老人、女性、子供を殺すのは、しのびないですが、致し方ありません」


 凱鬼、朱鈴さんがとんでもない事を言い始めた。泯仙さんが、化け物を見るような顔で僕を見る。いやいや、違いますよ。そんな事しないから。


「え〜と、振りだけね。実際にはしないから。でも、村の方面に向かうだけで、馬賊は現れると思うけどね。この大平原見通し良いからね」


「ああ、この間の奴らも、偵察隊ていさつたいぽかったしな」


「うん」


「なるほど」


 泯仙さんも頷く。


「では、準備が出来次第、屯伝村に出兵すると言う事で」


「はい。かしこまりました」


「それで、指揮はえ〜と……」


 そう言いながら泯仙さんは、何やら書類を見て。


耀秀ヨウシュウさんに、お願いしたいのですが」


「はい?」


「いやっ、私は事務仕事が向いているようで、どうも兵を指揮するのは……」


「かしこまりました。ですが、出来れば戦いにしたくないので、交渉になっても大丈夫ですか?」


「それは、もちろん。戦わなくて済むなら、そのほうが」


「かしこまりました。では、指揮をとらせて頂きます。泯仙さんも一緒に行かれますよね?」


「それは、もちろん責任がありますので。それでは、皆さん、よろしくお願い致します」



 で、翌日は、募集に応じた兵士の方々の演習えんしゅうを一応行う。なにせ、募集に応じた兵士の方々のほとんどが、愛国心に燃えた地方出身の若者達だったので、戦った事も無ければ、武器を持った事も無い方々だったからだ。龍清、凱鬼、朱鈴さんが、指導する。



 で、僕はというと、泯仙さんと共に、色々な役所をまわり、屯伝村の情報を集めていた。


「そうか、なるほどね」


「何か、わかりましたか?」


「はい、色々と」


「そうですか、それは良かった」


「それで、軍資金って残ってますか?」


「それはもう。条国との戦いに備えて潤沢じゅんたくに」


「そうですか、それは良かった」


「はい?」



 そして、数日後、屯伝村に出兵する事になった。


「いや~、なんとか、4頭の馬を借りられました。皆さんお使い下さい」


「えっと、ありがとうございます」


 さて、馬か~。一応、乗れるというレベルだけど。龍清や、朱鈴さんは、本当に上手くあやつる。だけど、凱鬼は。


「俺はいらね〜よ。歩いて戦った方がいい」


「そうですか〜。え〜と……」


「泯仙さん。乗るだけだったら移動が楽ですよ」


「そうですか、では」


 こうして、4名の騎兵と、29名の歩兵として僕達は出発したのだった。



 僕達は北西の丘陵地帯きゅうりょうちたいへと向かう。ただ広い黄色い平原から、水と草も豊かな緑の丘へと分け入る。豊かな緑の牧草は馬を飼うのに最適だろうね。



「うん、監視されてるな」


「えっ?」


「ええ、遠くからですが、視線を感じます」


「そうなんだ」


 どうやら食いついたようだった。馬賊の監視体制の中、僕達は進む。



 夜。少し開けた場所で野営やえいすると、翌日も丘陵地帯を進む。


 そして、屯伝村までもう少しの所だった。突如、左右のがけのように切り立った丘からおよそ10騎ずつが駆け下りてくる。背後にも5騎ほどが現れたのだった。予想より少ないけど……。



「おいっ、貴様ら、この先になんの用だ?」


 僕は、応えようとする泯仙さんをせいすると、前に出る。朱鈴さんが僕を警護けいごするように、横に並ぶ。


「え〜と、皆様に用がありまして。あなた方の本拠地が、屯伝村だと聞いて。ここに来ました」


「えっ、なんで俺達が屯伝村の出身って、知ってんだ?」


「兄貴、駄目っすよ」


「あっ!」


 うん、とてもやりやすい。


「で、で、お、俺達になんの用だ?」


 動揺どうようを隠すように、リーダー格の男が声をしぼり出す。


「本来、我々はあなた方を討伐するように言われていたのですが、あなた方と話してみたくて」


「俺達と?」


「はい」


「で、何だ?」


「はい。何で、討伐対象になるような隊商たいしょうを襲ったり、略奪りゃくだつ行為に及ぶのかと?」


「えっ、そ、それは〜。襲ってるがよ~。殺しちゃいないぜ。それに出来るだけ、怪我けがしないようにして……」


 リーダーの言葉をさえぎるように、少し怒ったような声が響く。


「食えね~からだよ!」


「そ、そうだよ。俺達の村は貧しくて……」


「兄貴!」


「あっ?」


 僕は話しつつ、周囲を見回す。凱鬼が大刀だいとうを持ってぶらぶらという感じで後方へと歩いて行く。後方の5騎の馬賊は、じりっじりっと下がって行く。前方も龍清が、馬を上手く操り、包囲網ほういもうはすでに崩れ始めていた。これで、もし戦いになっても逃げる事が出来そうではあった。



「貧しい。そうなんだ、泉国は何もしてくれなかったの?」


「まあ、泉国には何も期待してないが、昔は、屯伝村も馬の産地って事で、裕福ゆうふくだったみたいだぜ」


「兄貴〜」


 まわりの馬賊の人達はリーダーの言動を注意するが、リーダーは気にしなくなっていた。


「そうか、優秀な馬の産地だったら、泉国の軍が高く買い取ってくれるから……」


「それもあるがよ~。馬の乗り手としても、優秀だからさ、いっぱい騎兵として、泉国の為に働いていたんだぜ。それをよ〜」


 泉国の中では、平和な世が続いて、騎兵を必要としなくなったのかもしれない。しかし、今は違う。条国と国境を接し、再び騎兵の力を必要としているだろうね。


「だったら、その騎兵としての力、泉国の為に役立ててみない? 今は、条国が陵国、雷国を破って、泉国と国境を接するまでに拡大している。だったら、再び、騎兵の力を必要としていると思うんだよね」


 すると、泯仙さんが。


「はい、その通りです。条国と戦うのに皆様の力が必要なんですよ。ちゃんと、泉国国王せんこくおう泉楽センガク様の許可も頂きました」


「なっ、何だと?」


 馬賊の中に動揺が走る。ガヤガヤと周囲と話し合う。


 だけど。


「信用できねぇよ」


「だけど……」


「本当に?」


 という懐疑的かいぎてきな声が多かった。


「泯仙さん」


「はい」


 泯仙さんは、ずっしりと重い袋をリーダーへと渡す。


「な、何だ、これは?」


「準備金です。泉楽様よりです」


 馬賊の人達は、袋を覗きこむ。そして、


「なっ!」


「まじか……」


 僕は、圧倒されている馬賊の人達に声をかける。


「我々は、少し戻った開けた地で野営しています。考えが決まったら、返事をください」


「あ、ああ」



 凱鬼を先頭に僕達は道を少し引き返すと、野営を開始したのだった。



「どうやら、上手くいきそうだね」


「だな」


「しかし、泉国もいい加減だよな」


「確かにね」


 名馬と優秀な乗り手。騎兵として優秀な軍だっただろう。そして、それが泉国の強さだっただろう。しかし、平和な世でそれを捨てた。それにより、国にとって害となる馬賊が生まれ。そして、今、戦火せんかにさらされようとして、再び騎兵をほっする。


 まあ、最後のは、僕の策にのせられてではあったけどね。



 そして、翌日。


「皆で相談したんだがよ〜。泉国につかえる事にするわ」


「そうですか、ありがとうございます」


 喜ぶ泯仙さん。そして、戦わなくて済んで胸をなでおろす、兵士の皆さん。


 こうして、馬賊討伐は終わったのだった。



「しかし、呆気あっけないぜ」


「戦わなくてすむなら、その方が良いだろ?」


「まあな」


「それよりもです、さすが耀秀様ですよね」


「だな。だが、朱鈴なんでお前が自慢じまんげ何だ?」


「私の耀秀様だからです」


「そうか、良かったな」


「はい」





 そして、さらに数日後。泯仙さんに見送られて、僕達は旅立つ。


「皆さん、大変にお世話になりました。これは些少さしょうですが御礼おれいです。また、ぜひとも泉国にお越しください」


 というわけで、僕達は大原だいげんを離れたのだった。

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