(伍)

「本当に黄色く見えるよな~」


「そうだね」


 全体が黄色く見えるわけではない。だが、がけのような部分とかは、黄色い土が見えていた。


 ただし、北河ほくがの水が水捌けの良すぎる大地にも草を育て。さらに雑穀ざっこくと呼ばれる、ひえあわなども栽培され、この地独自の食文化を育てあげたのだった。



「ちょっとボソボソするが……」


「美味しいよね」


「味が〜、独特ですね~」


「美味しいよね」


「まあまあだな」


「美味しいよね」


 店の方がこちらをチラチラ見るので、いちいちフォローする僕。



 ここは、泉国せんこくに入ってからすぐの街だった。そこの比較的混んでいるお店に入ったのだ。そこで食べたのがめんという食べ物だった。


 麺はこの辺りでとれた雑穀を細かく潰して粉にして、それを水でねて加工し、麺という食べ物にしたものだった。


 だけど、雑穀で作るとちょっとボソボソとしたり、味が独特だったりするのだ。


 ただし、別にまずいわけではない。今食べているのは、猫耳朶と言って、こねた生地を厚さ1cmくらいにのばし、幅1cmの棒状に切り、さらにさいの目に切り、これを親指の腹かへらでこするように伸ばすと、くるりと反り返って、猫の耳のようになる。


 これを、昔ながらのあんに絡めて食べるのだが、どうにもボソボソして、そして、麺の味も目立って、独特な味なので。う〜んなのだ。



 西方より伝わった食文化が改良され、麺の故郷と呼ばれるこの辺り。そして彼らはこの雑穀をさまざまに加工し、いかにおいしく食べるかを追求し続けたのだそうだ。


 おすすめと言われて餡にをかけた麺を食べたのだが、ほとんどの方は、何やらスープに入った猫耳朶を食べていた、あっち食べれば良かったかな~?





 僕達は、さらに歩を進め、泉国の王都、大原だいげんへと進む。


「んっ? あれが、馬賊ばぞくってやつか?」


「えっ、どこ?」


「お兄様、あそこで集まっている、あの方々ですか?」


「おっ、あれか〜。しかし、こっちには来ねえな~」


「えっ、そうなの?」


 僕が、必死に目をらしても、点にしか見えない。だけど。


「どうやら、こっちにはこねーなー」


「まあ、どう見ても商人じゃないし」


「お金持ってそうなの、耀秀様だけですし」


「怖そうなの3人いるからね〜」


ひどいですよ、私まで入れないで下さい」


「まあ、そうだな」


「だな」


「ごめんなさい」


 どうやら、馬賊の方々もいたようだが、こちらには来なかった。まあ、凱鬼ガイキがいれば、ほぼ、誰も寄って来ないけどね。



 そして、街道は少しずつ北河を離れ、南西に進路をとる。と、大平原の向こうにとても大きな街が見えてきた、左手を見るとはるかかなた南から、運河が通ってきて街を通って北へと抜けて遥かかなたへと消えていく。



 大原は交通の要衝であり、北方の守りの要衝でもあった。


 街は、運河の元となった川が作り上げた盆地の中にあった。盆地内の地形は平坦で土壌どじょう肥沃ひよくであり、古くから農業が発達してきた。この街では小麦の栽培もされているそうだ。


 近くの丘陵地帯きゅうりょうちたいでは泉がき、水は豊富。街の中には、大きな池沼ちしょうが六つあり、農業用水を運ぶ用水路も広がっていた。



「失礼ながら、にぎやかな街ですね~」


「そうだな、こんな平原の中なのに、人が多いし、活気がある」


「だな。どっからこんな人が湧いて出たんだか」


「まあ、泉水、西京を往復する商人さんとか、防衛の軍人さんとか、豊かな穀物を求めてとか?」


 結局、僕は曖昧あいまいな答えを返す。


「それでも、これだけ活気があれば、良いですよね」


「確かにな」


「国が富、安定しているんだね。どんな王なんだろう?」


「ガハハハ、耀秀ヨウシュウの興味はそっちか~。俺は、なんか良い匂いがして、たまらんがな」


「そう言えば、良い匂いするね~」


「ああ」


「ああ、お腹すきましたわ~」


「じゃあ、宿に荷物置いたら、さっそく食べに行こうよ」


「おう」


「良いですね~」


「ああ」



 というわけで。



「うまっ」


「美味しいですよ~」


「はふっ、ふっ、はふっ」


 目の前には凄い勢いで麺を食べる三人。目を見開いて麺を見つめ食べる凱鬼。幸せそうに口に頬張る朱鈴シュレイさん。そして、無我夢中で食べる龍清リュウセイ


 で、僕自身も結構な勢いで食べていた。本当にこれ前食べたとの同じ麺?


 確かに川魚で出汁だしをとった塩味のスープや、鶏肉や豚肉を煮込んだスープで食べる麺は美味しかった。だけど、餡に絡めただけの麺も美味しかったのだ。


 いやっ、麺の味が直に感じられ、むしろこっちの方が美味しく感じられた。口の中で弾力のある感触と、麺からあふれる甘い香り、そして、麺の味。雑味のない、豊かな味わいだった。うん、美味しい。



「ハハハハハ、良い食べっぷりだね~」


「店主、うまいぞ、これは」


「本当に、美味しいです〜」


「はい、美味しいです」


「はむっ、うん。はふっ」


「そうか~、そりゃ良かった。まあ、大原特産の小麦の麺だからね。雑穀の麺とは違うよ」


「へ〜」


「小麦は加工もしやすいから、いろんな麺も作れるし、味も良いしね」


「確かに」


 雑穀の食文化と麺作りの技は、小麦という穀物こくもつと出会って革命的に進歩したのだそうだ。それが、ここ大原。


 西方より伝来した小麦は、水で粉をこねるだけで粘りがでてよくのびるという、麺に最も適した性質を持ち、さらに、小麦はどの穀物よりもはるかに美味しい作物であったため小麦に魅了され、その飽くことなき食への探究心を麺作りに凝縮ぎょうしゅくさせ、その結果、さまざまな麺作りの技術が生まれたのだそうだ。


 その中の1つが、猫の耳のような形をした、「猫耳朶」 。


 一方「撥魚児」は、やわらかくこねた生地を器に入れ、器を傾けて縁から垂らし、箸で熱湯の中にそぎ落として作る麺だそうだ。


 はねるように落としていく様子が、まるで魚の泳ぐ姿のように見え、やわらかい生地なので、作る途中でのびるため、繊細でほっそりとした麺になるのだそうだ。


 さらに、さっきから、奥の方で刀を持った職人さんが、大きな小麦を練ってかたまりにしたものを、刀で削って煮立ったお湯に飛び込ませていた。どうやら刀削麺と言うらしい。


 刀削麺も、薄い部分と暑い部分と感触の差があり、幅広い麺は餡と良く絡み、これまた絶品だった。



 その後も夢中で食べる僕らを見て、またまた店主さんが、話しかけてきたのだった。


「それにしても良い食べっぷりだね~」


「ありがとうございます。とても美味しかったので、つい」


「ついね~。ハハハハハ。いやっ、面白いね~」


 そう言いつつ、僕達を見ると。


「しかし、皆さん体格良いね〜。それに立派な武具ぶぐ。あっ、そう言えば、馬賊の討伐に参加しに来たのかい?」


「馬賊の討伐?」


 僕達は顔を見合わせる。馬賊の討伐とうばつ自体はわかる。しかし、それって、この国。泉国の役割だろうって思ってしまうのだけど。


「えっ、違うのかい。てっきり、そうだと思ったんだけど……」


「馬賊の討伐って、泉国の軍は動いてないんですか?」


「へっ? ああ、この国の軍は、国境に駆り出されているからね~」


「国境に?」


「ああ。あれっ? 条国じょうこくの話知らないのかい?」


「一応は、知ってるけど、あまり詳しくは」


「そうかい」


 で、店主さんが言うには。


「条国がね~、陵国りょうこく雷国らいこくを破ってついに、この泉国と国境を接して来たのさ。次は泉国だと言うわけでさ。軍は、条国との国境を守っているというわけさ」


 条国、噂には聞いていた。新王が即位して数年。かなり好戦的で勢いがある国のようだった。そして、優秀な王だという評判だった。


「それで、馬賊の討伐は、傭兵ようへいやとってというわけですか?」


「まあ、そうだね。とは言っても、なかなか集まらないのが現状だけどね」


「集まらない?」


「お金が無いのさ」


「なるほど〜」


 条国と戦う為に、戦費せんぴついやしたというわけだろう。


「いやっ、なるほど〜。じゃないんだよね」


「えっ、違うのですか?」


 今まで、黙々もくもくと食べていた朱鈴さんが、突然顔をあげて店主を見る。ようやく、お腹いっぱいになったのだろうか?


「ああ。まあ、元々、税として徴収ちょうしゅうしたお金をぱぱっと使っちゃうんですよ〜。派手な方ですからね~」


「えっ、え〜?」


 ぱぱっと使っちゃうんですよって、それを民に知られているって、どうなのだろうか?


「使っちゃうんですよって、何に使うんですか?」


「えっ? そうだね~。思いつきでやるから……。自分の像作ったり、大原周辺の開拓かいたくしたり、ああ、お金ばらきながら巡幸じゅんこうされた事もあったな~。あの時は、パニックだったよ」


「え〜と、そうなんですね」


 うん、自分の事だけ考えているわけじゃなさそうだけど……。なんとも言えないな。



「まあ、荒野こうやが多いこの国だからね~。元々、お金も少ないんだけどね。おっと、いらっしゃいませ~」


 店主さんは、そう話しながら、新たに入って来たお客さんを案内しに行ってしまったのだった。



「で、参加するのか?」


「えっ?」


 龍清に言われて、僕は驚く。そう考えていた事を言われたからだった。


「何にですか?」


 朱鈴さんの言葉を受けて、僕が答える。


「馬賊の討伐だよ」


「えっ、お兄様は分かっておられたのですか?」


「まあ、なんとなく」


「む〜」


 朱鈴さんが頬をふくらませて、龍清をにらむ。どうやら兄である龍清が僕の考えを察知さっちしたのが、悔しいのだろう。


「じゃあ、食べ終わったら行くか!」


「そうですね」


「だな」


 え〜と、まだ食べるんだ……。





「え〜と、お集まりの皆様、ご参加ありがとうございます」


 馬賊討伐の立て札を見つけ、そして大原の王宮近くに作られた、国防を統括する役所、兵部所ひょうぶしょの中庭に集まったのは、合わせてたった10人だった。


「たったこれだけかよ」


「凱鬼。きっと今日はだよ」


「まあ、そっか」


 と凱鬼と話していると、1人の頼りなさそうな中年男性が、兵部の役人にかされて、僕達の前に立つ。


「え〜と、私が今回の討伐の指揮をとる伯長はくちょう泯仙ミンセンです」


 伯長ね~。下から、伍長ごちょう什長じゅうちょう属長ぞくちょう、伯長。伯長は100人の兵士を率いる役職だ。という事はそれだけの人数をそろえるという事だろう。


「今日は大勢が集まってくれまして、これで全員で30名になりましたね。強そうな方もおられますし。これで馬賊討伐に向えます。いや~、良かった」


「えっ!?」

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