(肆)

「皆様、ようこそおいで下さいました」


 僕の前で頭を深々と下げているのは、耀家の泉水の分家の耀鄭ヨウテイさんだった。


「いえっ、そんなかしこまんないでくださいよ」


「いえいえ、我が家があるのは本家のおかげでございますから。本家あってこその我が家と心得こころえております」


 え〜と、その本家で商売の仕切っていたのは、兄上。僕は関係ないんだけど。



「それで、この度はどのような御要件で? 旅の資金でしたら、持てる限りお渡し出来ますが……」


「いやっ、資金は十二分じゅうにぶんにあるので。そうではなく、呂国の国王陛下にお会いになる用事は、ないかなと思いまして……」


「呂国の国王陛下? ああ、呂仁ロジン様ですね、かしこまりました。ちょうど、明後日みょうごにちに西方よりちょっと面白い物を手に入れ、それを差し上げる予定がありますので、御一緒にいかがでしょう? よろしければ、皆様も御一緒に」


「えっ、良いのですか?」


「はい」


 僕だけでなく、全員でどうぞと言われ、驚く僕達。


「呂仁様は、そういう事に無頓着むとんちゃくな方ですので」


「はい?」


 そういう事に無頓着? どういう事?



 そして、僕達は、翌々日。さっそく王宮へと向かう事になった。



「耀鄭様、お待ちしておりました。さあ、どうぞ」


 翌日、湖の監視所の一つで待ち合わせして、監視所に顔を出すと、その裏に船着き場があり、そこに割と大きめの船が待っていた。


「これはこれは、お出迎えありがとうございます」


 そう、耀鄭さんは慇懃いんぎんに礼を返すと、僕達にも何の問いかけもなく、そのまま船へと案内されたのだった。


「無駄にでけえな〜」


「そうだな」


 凱鬼ガイキ龍清リュウセイの言う通りではあった。耀鄭さんと、その付き添いの方数人と僕達が乗り、後は船員さんと随行員ずいこういんの方だけだ。その割には、無駄に大きい船ではあった。



 船は、湖をすべるように進み、あっという間に中央の島へと近づく。そして、島に作られた水路に入るため大きな水門をくぐり、水路に入ると王宮へといたる。


 そして、再び水門を潜り抜けると、王宮内部に作られた船着き場へと至る。



「これって、王宮の中か?」


「そうみたいだね」


 僕達は案内されて、船を降りる。


「耀鄭〜、耀鄭〜」


 子供が騒いでるような甲高かんだかい声が響く。そして、大勢の人がその声を追いかけて走っているのか、こちらに向かって駆けてくる音が迫ってきた。


「耀鄭〜、耀鄭〜」


「こ、これは、呂仁様。このような場所まで」


「良いのだ。なんか、珍しい物が手に入ったとか」


「はい、西方よりグラスなるものが……」


「お〜、お〜、お〜、見せてたもれ」


「はい。こちらに」


 耀鄭さんに言われて、僕は箱を取り出し、開ける。


 すると、こちらにパタパタと走ってきて、箱の中に手を突っ込むと、勝手にグラスなるものを取り出す。それは、半透明のはいだった。


「お〜、向こうが透けて見えるのじゃ。耀鄭、大義であった」


「ははっ」


 耀鄭さんがひざまずき礼をしたので、僕達も慌てて真似まねをする。


 そして、呂仁様は、そのままパタパタと走って行ってしまった。多くの供回りも一緒に駆けていく。


「わ〜い」



 僕達は何事も無かったように、案内する随行員の方々について、部屋に案内された。部屋は豪華な調度品があり、僕達は座って待つ事になった。



「あれがこの国の王か?」


「凱鬼」


「ハハハハハ、大丈夫ですよ、耀秀様。はい、あれがこの国の王です」


「へ〜、国王って言うのは血筋さえ良ければ誰でもなれるんだな」


「龍清」


「はい、誰でもなれます」


「お子様のようでした」


朱鈴シュレイさん」


「ええ、心は子供なのでしょうね~。まあ、このような王宮に閉じ込められていれば当然でしょう」


「えっ! 閉じ込められて?」


 僕は、驚きの声を上げる。


「はい、閉じ込められてです。ここは王宮ではなく、呂仁様にとって、いやっ、代々の呂家の王にとっての、牢獄なのですよ。まあ、最初からではありませんがね」



 その後の耀鄭さんの説明によると、呂国で台頭してきた二つの家があったそうだ。一つは、栄家エイけ、そして、もう一つは藤家トウけ


 栄家と藤家は競い合うように呂家の人間と血の交わりをしつつ、ますます権力を手に入れ、そして、ついには。


「呂家の力を越え、邪魔になったのですよ、呂家が。それで、この王宮から出る事のないように、王は一生この王宮で暮らす」


「そんな事が……」


「事実なのですよ、耀秀様。呂国と名はついてますが、天港てんこうを中心とする栄国。そして、ここ泉水の郊外に作られた人工都市の藤家庄とうかしょうを中心とした藤国が、呂国の本当の正体と言ったところでしょうか?」


 僕は思わず絶句してしまった。呂国はそれでも続いているのか?



 ここにいる呂国王呂仁はただのお飾り。いやっ、もっとひどいかもしれない。民衆にすら忘れられた存在。


 そして、北河の向こうに進出しない理由も分かった気がした。栄家と藤家は呂国内部での勢力争いに終始した。なので、他国に興味がなかった。言うなれば、二家にとって呂国が世界の全てだったのだろう。


「ありがとうございました、耀鄭さん」


「ハハハハハ、私は何もしておりませんが。おっ、どうやら謁見えっけんの準備が整ったようですよ。さあ、皆様行きましょうか」


「はい」



 僕達は、呼びに来られた方に連れられて、玉座ぎょくざの間へと向かう。そこは立派な玉座の間だった。王宮といい、この玉座といい、呂国の国力の高さは感じられた。


 支配者ではないであろう呂仁様だが、少なくとも栄家、藤家からかなりの援助? 違うな~。まあ、完全に邪魔者というわけでは無さそうだった。



「この度は、呂仁様のご尊顔そんがんはいたまわり、恐悦至極きょうえつしごくぞんたてまつります」


「うむ。え〜と、先に見事な贈り物かたじけない。そして、え〜と、え〜い、面倒くさいのだ。ありがとう、耀鄭。また、何か珍しい物があったら、見せてたもれ」


「はは〜、必ずや」


 僕は、顔を上げる。呂国王呂仁。まだ若いまあ、三十前半か、二十代後半だろうか? 顔が幼すぎて年齢がいまいちわかりにくい。


 そして、王とは思えない純粋な顔をしていた。王ではない王。耀秀ヨウシュウはその顔をじっと見つめた。挺国ていこくの王、廷山テイザンと異なり、何も映さない空虚くうきょな目ではなかった。しかし、その目に映るのは好奇心という感じであろうか?



 僕達は、謁見を終え、玉座の間を出ると、再び船で王宮を出る、振り返ると確かに荘厳そうごんで立派な王宮ではあった。しかし、耀秀の目には、中身の無い飾りの王宮に見えてしまった。


「遠くから見た方が綺麗かもね」


「確かにそうですよね~」


 当たり前のように僕の隣に立っている朱鈴さんが、僕の隣で僕の言葉に同意する。


 そして、さらに。


「可哀想な王様でした」


「そうだね」


 僕は湖の上にそびえるように建つ、美しい王宮をいつまでも見ていた。





「で、次はどこに行くんだ?」


 皆の興味は完全に次の場所へと移っていた。まあ、僕もだけど。


「そうだね~。このまま街道を西に進むしかないだろうけど」


「街道を西に進むと、え〜と?」


「朱鈴、泉国せんこくだろうが」


「そうでしたね、お兄様」


「そう泉国なんだけど。確か王都の名は大原だいげん。名の通り大平原の中の都市らしいよ」


「へ〜」


 ここ泉水から西京せいきょうを結ぶカナン平原の北の大街道の中継地点にあるのが、泉国の王都大原だった。大原周辺は標高がやや高く、樹木がほとんどなく、黄色い大地に草がはえているのだそうだ。どんな場所だろうか?



 というわけで、僕達は出発の準備を始めた。そして、耀鄭さんに挨拶に行く。


左様さようですか。道中お気をつけて。船で行かれるのですか?」


「いえっ、歩いて行こうかと」


「そうですか。いやっ、皆様なら大丈夫でしょうか」


 耀鄭さんは、少し困った顔をしつつ、そんな事を言ってきた。


「何かあるのですか?」


「はい。船で運河を行かれるならば問題ないのですが、歩いて行かれると出るのですよ」


 なんか幽霊でも出そうな言い方で、耀鄭さんが言う。


「何が出るのでしょうか?」


「はい、馬賊ばぞくです」


「馬賊?」


 始めて聞いた言葉だった。


「はい。まあ、あの辺りは馬の一大生産地なのですが。その馬を使って盗賊行為をする者たちが多いそうで。ですから、我々商人は船で行くのですが」


「そうなんですね。ですが、僕は街道を歩いて見て歩きたくて。え〜と?」


 僕は、そう言いつつ、皆を振り返る。考えてみたら僕が勝手に考えていた事で、皆には聞いていなかった。


「船はきた」


「耀秀の言う通りで良いよ」


「お兄様、耀秀様の言う通りで良いよじゃありませんよ。耀秀様について行きますですよ」


「ああ。じゃあ、それで」


「え〜と……」


「ハハハハハ、良いお仲間ですね」


「はい」



 僕達は、こうして泉水の街を出発したのだった。


 泉水を出発すると南下し、古戦場跡を見て回る。しかし、もうかなり昔の話であり、戦いの痕跡こんせみはなく、ただいにしえの戦いに思いをせるだけだった。



 そして、今度は西に街道を少し進み。藤家庄へと至る。そこもちょっと見学しようと、中に入る。


 実際、泉水よりはこじんまりとした都市だったが、街を行き交う人々には活気があった。まあ、それだけの街とも言えた。



 僕達は、藤家庄を出て、さらに西へと街道を進む。街道を西に進むと雄大な大自然が見えてくる。


 右手には北河ほくがが流れ、そこの所々に、監視所と城塞じょうさいが見える。北からユレシア大山脈を越えてやってくる異民族の略奪りゃくだつから守る為だった。


 まあ、その異民族はカナン平原にやってきて定住してる人も多いのだけど。凱鬼の祖先もそれだった。身体が大きく金髪碧眼きんぱつへきがんの民だった。



 そして、商人さんが通行している運河だが、もっと南を通っていた。その左右には大穀倉地帯が広がる。栽培されているのは、主に小麦だった。カナン平原で栽培されているのは、南は米、北は小麦の割合が多かった。


 ここはさらにその北。採れるのは雑穀と呼ばれる物が主だった。



「良し通って良いぞ」


 耀家の通行手形つうこうてがたは効力抜群だった。街道沿いのせきに到着し、役人に手形を渡すと、あっという間に手続き終了。


 僕達は、関を抜け、泉国に入ったのだった

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