(参)

「兄上行ってきます」


「ああ、気を付けてな」


 兄上の挨拶はあっさりしたものだった。



 だけど、前日は盛大せいだいに祝ってくれて送り出してくれたのだった。


「兄上、こんなに盛大に送り出して頂き、ありがとうございます」


「いやっ、なに」


 兄上は、ちょっと気恥ずかしそうに返す。


「それよりもだ。ほれっ」


「えっと、これは?」


 僕の目の前に大きな袋と、書き付けが置かれた。


「何って、金子きんすと各耀家の分家に宛てた書き付けだ。私の弟だから金子を用立ててくれとな」


「あ、兄上……」


 まあ、とてもありがたい。これで働かなくても旅が出来る。僕は、護衛の仕事でも引き受けつつ旅をしようと思ったのだけれど。


 だけど、甘やかされ過ぎだろうね~。



「ありがとうございます」


「ああ」



 こうして、僕達は旅立ったのだった。



「それで、どこへ行くんだ?」


「うん、まずは、泉水せんすいに行こうと思うんだ」


「泉水か〜」


「お兄様、泉水をご存知なのですか?」


「いやっ、良く知らないけど、授業ではやったから場所だけはな」


「そうですか〜、凱鬼がいき様。覚えておられます?」


「いやっ、全く」


「ですよね~」


 ですよね~、ではない。朱鈴シュレイさんと、凱鬼は脳筋コンビだよね。


 まあ、その泉水については追々おいおい語るとして、まずは。


「まずは、天港てんこうに向かう定期船が今日出る予定だから、それに乗ろうと思うんだ」


「へ〜〜天港ですか〜」


「朱鈴、分かっているのか?」


「いえっ、全然」


 胸を張って言う事ではない。


「天港は、北河ほくが河口の街で、呂国ろこくの都市だ。だよな、耀秀ヨウシュウ


「うん、そうだね」


 天港は、かつては如親じょしん王国との国境の街だった。


 かつて、港の対岸には唐港とうこうという如親王国の街があった。だが、現在は、街の名残り廃墟はいきょがあるだけだった。如親王国の衰退と共に、街は人がいなくなり、ただの廃墟となったのだった。多くの人が天港に移り住んだのだろうか?


 だが、天港は海と北河との中継点として栄えていた。呂国の重要都市。



「だから、龍会ろんえと同じく安穏あんのんと生きている街かな?」


「耀秀は、きついな~」


「お兄様、そんな事はありません」


「まあ、どうでも良いじゃねえか」


「そうだね」


 凱鬼の言葉に、僕は同意する。



 僕達が乗った船は天港の港へと入る。船で龍会から、数日かかる距離だった。龍会よりはだいぶ小さいが、大きな港にはひっきりなしに、船と河船かわぶねが行き来していた。


 街中には、多くの商店があり、栄えていた。かつて、上将軍じょうしょうぐんだった趙武チョウブが街を統治していた時代があり、それが、この街の誇りでもあるそうだ。


 そんな事を、宿にて聞いたのだった。



「趙武ね~。何年前の人間の事言ってんだよ。な〜」


「いやっ、凱鬼さ〜。趙武の名前は偉大だよ。俺の先祖も一緒に戦ったんだし」


「うっ、そうだったな。龍清は、え〜と……」


「一応、龍雲りゅううんの子孫だよ。遠いね。それを言ったら、凱鬼だって、凱炎ガイエンの子孫だろ?」


「まあな、実感はねえけど」


「お兄様、凱鬼様。それでしたら、耀秀様も、耀勝ヨウショウ様の子孫ですよ」


「まあ、偉大な御先祖様だよね」


「そうですよ~。それに、本家ですよ。耀秀様は直系なんですよ」


「確かに」


 朱鈴さんの勢いに押され、ちょっとその後を続けられず。まあ、良いか〜。



 で、その後、河船の日程を調べると、結構頻繁に出ていた。それなので、泉水の情報をちょっと聞いてみたり。


「泉水って、どんな所ですか?」


「そうですな~。昔は如親王国との陸路での貿易で栄えていたのですが……。現在は、王都というだけですな。今や、天港の方が大都市ですし。まあ、立派な主城楼が見どころでしょうか?」


「へえ〜」


「後は、趙武様が凱炎大将軍の下で大出世を果たした地とか。ああ、後は泉水古戦場とかかな?」


「なるほど」


 耀秀はそう返事を返しながら、さほど興味はなかった。興味があったのは。


「で、その王都にいる王様って、どんな方ですか?」


「へっ?」


 相手はいきなり突拍子とっぴょうしもない事を聞かれたかのような反応をしめす。そして。


「そうだね~。会った事はないけど、そう言えば、本当にいるのかね~?」


「はい?」


 耀秀がびっくりしたような返事をすると、次々とまわりの人も。


「確かに、見たこともねえな〜」


「えっ、確か十年前に行幸ぎょうこうされて……」


「馬鹿っ、そりゃ先代様だよ」


「えっ。そうだっけ?」


 と、集まって来た人の話を総合すると、とりあえず存在感がないという事らしい。まあ、ここは王都泉水から離れた港街天港。だけど、頻繁に泉水に行っている方の認識だった。どうなんだろうか?



 というわけで、僕達は河船に乗って、泉水へと向かう。


「しかし、このスピードで何日で着くのかね~?」


「確かに」


 凱鬼の言葉は確かにその通りだった。天港は北河下流の街、そして向かうのは北河上流の街泉水。


 となるといくら流れが穏やかとはいえ、流れに逆らって進む事になる。まあ、とりあえずは、を張って風の力で進むのだが、それでも進まなかったら水夫すいふさんが総出でぐ。それでも進まなかったら、河岸に集結した人夫にんぷさん達が、縄を持ち引っ張る。


 まあ、どちらにしても歩くスピードとさほど変わらないスピードで進む。


 というわけで、かなりのんびりとした旅だった。


「いや~!」


 ビュン!


「おっ、朱鈴もやるな。では、こっちも。やっ!」


 ビューン!


「きゃっ、お兄様やりますね~」


「ハハハハハ、まだまだこれからだぞ」


「はい」


 まあ、船旅に飽きた龍清と朱鈴さんが甲板かんぱんほこを持って、練武れんぶをしていた。結構迷惑だけど。2人とも本気じゃないし、範囲も限定しているので、まあ、良いだろう。となった。


 そして、いの一番でこういう事をやりそうな凱鬼が加わっていないかというと。実は一番最初にやり始めたのは、朱鈴さんと凱鬼だった。


 しかし、凱鬼の巨体と圧倒的なパワーで船がきしんだ音が響いた。慌てて水夫さん達に止められ、こうして不貞腐ふてくされて僕の隣で大人しくしているのだ。



「良いよな~2人とも。これじゃ、身体がなまっちまうぜ」


「そうかもね~。あっ、だったら水夫さんに頼んで、船漕がせてもらったら?」


 すると、凱鬼はガバっと起き上がり、走り出す。甲板が微かに軋む。


「おっ、良いね~。行ってくら〜」


 そう言って、凱鬼は船の中に消える。



 バッシャーン! バッシャーン!


 僕の背後で派手な水が跳ねる音が聞こえた。だからといって、船が急速に速く進んだり、蛇行だこうしたりなんて事はなかった。まあ、いくら凱鬼が馬鹿力だと言っても、船を漕ぐのは素人だ。なので、他の水夫さんが調節することで船は安定して進んでいた。



「いや~、俺、筋が良いって褒められたぞ」


「へ〜、良かったね」


「明日も漕がせてもらえるってよ。良い訓練の場ができたぜ。ガハハハ!」


 う〜ん、水夫さんにとっても好都合なのだろうな。交代要員が増えたとか。まあ、体力馬鹿の凱鬼はずっと漕いでたようだけどね。



 で、こんな船の生活も10日ほどで終わり、泉水へと到着する。まあ厳密に言うと、泉水へと向かう為の河港かこうだけれどね。河港周辺には、城壁のような見張り台と防衛施設が作られていた。そして、対岸にも防衛施設があったようだが朽ちて廃墟となっていた。


 だけど。


「何で呂国は北河の対岸に進出しなかったんだろうね? 今は確かに荒野だけど。如親王国の領土だった頃は、豊かな穀倉こくそう地帯だったんだよ」


「う〜ん」


 凱鬼は、ただ頭をひねる。


「あれじゃないですか? 面倒くさかったとか……」


「朱鈴。耀秀が分からない事は、俺達が考えても分かるはずないだろ」


「お兄様、確かに、そうですね」


 と、朱鈴さんと龍清。だけど、意外と朱鈴さんが言った事がまとてたりして。



 泉水の街へは、河港から歩いてすぐだった。



「すげ〜」


「耀秀の家くらいありそうだね?」


「あれは、僕の家じゃないから」


「ですが、凄い壁です」


「ああ」



 泉水の城壁は8じょう(約20m)程もあった。かつて国境の街だった、名残りだろうか?


 綺麗な城壁が街の周囲を囲む。そして、高い城壁の為に中の建物は何も見えなかった。



 しかし、河港から至る泉水の北門をくぐると、素晴らしい光景が見えた。


 街中を水路が流れ、さらに所々に大きな池や湖近くの規模のものもあり、そして、最も大きな湖の中央にある島に、主城しゅじょうがあった。いやっ、王宮と言った方が良いのだろうか?


「って、これ、どうやって渡れば良いんだ?」


「う〜ん、船だろうね」


「ですが、船はありませんよ」


「だから、王宮から船を出すしか渡る方法ないんじゃない?」


「なるほど〜」



 どうやらこの湖を勝手に渡る事は禁止なようで、所々に監視所があり、さらに衛兵えいへいが湖の周囲をまわっていた。まあ、見てるだけなら問題ないようで、僕達が王宮を眺めていても何も言われなかった。



 その後僕達は、王宮の近くに宿をとると、泉水の街を見てまわったのだった。不思議な街だった。王都なのに街中の警戒は緩く、やや治安も今までまわってきた街よりは悪目で、活気もなかった。いやっ、それなりに人はいるんだけどね。



 僕達は、一軒の酒家しゅかに入り、泉水の名物料理の、北河鯉ほくがごい甘酢あまず風味、豚と鶏のホルモン揚げをつまむ。そして、店の主人が料理を持ってきたタイミングで、話を聞く。



「静かだよね、この街」


「へい、そりゃ〜、この街ははずれの街ですからね~」


 外れというのは、当たり外れの外れではなく、中心から遠く外れにある街という意味だろう。カナン平原の外れという感じかな?


「これでも昔は、陸路の拠点として戦後栄えたそうですよ。でも、如親王国が乱れてからは、全然ですよ。海路での交通が主ですからね~」


 ちなみに、戦後というのは趙武の言うところの趙武の乱で、大趙帝国だいちょうていこくいわくの統一戦争の事だった。


「まあ、呂国の最近の王様は、挺国ていこく泉国せんこくと同盟関係にある事を良いことに、人前にも出てきやしません。王宮で何をやってんだかって事ですよ」


 うん、店のご主人はとてもおしゃべり好きなようだった。僕達が軽く相槌あいづちをうつだけで、どんどん話してくれていた。


「じゃあ、王様には誰も会えないね」


「そりゃそうでしょ。あっ、そういや、商人がみつぎ物でしたっけ? ああいうの持って行く時は会えるっぽいですよ」


「へ〜」


 まあ、貢ぎ物じゃないだろうな。泉水で商売させてもらう御礼に珍しい物や、お金を上納じょうのうするとかが正しいのかな?



 だけど、という事は、あまり顔を出さないようにするつもりだったけど、耀家の泉水のお店に顔を出すか〜。

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