第弐幕 旅の空編

(弌)

 耀秀ヨウシュウは、かつて邑洛ゆうらくに来た時の護衛の話を思い出していた。


 一つは船での旅の話だった。


 船で如親王国の王都北府をたち、呂国ろこく天港てんこうで、河船かわぶねに乗り換え、北河をさかのぼ泉水せんすいへ、そこから泉国せんこくを通り、さらに条国じょうこくに入り、途中、運河を通り西京せいきょうへの長い船旅の話だった。


 まあ、今のところ後半は関係ないけど。


 もう一つは、陸路での旅の話だった。泉水への旅は、邑洛から中原道ちゅうげんどうを通っての、街道を通る旅だった。しかし、それは、かなり大変なように聞こえたのを覚えていた。


 途中の街等を支配する、様々な豪族ごうぞく。そして、街道に勝手に関所等を設ける野盗やとう等。様々な勢力下を進む。


 まあ、このメンバーならなんとかなりそうな気もしたが。


 なので、耀秀はとりあえず南下。海に出て船で龍会ろんえまで行く方法を考えていた。



 丹倭たんわの街を夕闇ゆうやみにまぎれて、こそっと出発。ここは翁垓おうがいさんの勢力圏。まあ、心配はないと思うが、一応用心して進む。


 そして、南下していくと、翁垓さんの勢力圏を出て、他の豪族の支配地域に入る。まあ、小さな小豪族の方で、翁垓さんの通行手形を見せると、あっさり通してくれた。



「さすが翁垓さんだね」


「ええ、見た目、野盗のような方々も、翁垓さんの手形を見たら震え上がってましたから」


「ガハハハ、確かに」


「まあ、本当に野盗まがいの事をして翁垓さんに、実際討伐されたりしたのでしょうね~」


「そうかもね」



 僕達はこんな事を話しつつ、街道?を南下する。街道というほど整備されておらず、途中迷いそうであった。所々に廃村はいそんがあり、大きな街に人々が移住してしまったのだろうか?



 そして、海に出る。今の如親じょしん王国は、危険な街道よりも海路が発達していると言っていたのは本当だった。海沿いのちょっとした大きな街から龍会への定期航路が出ていた。


 それに街を支配しているのは……。


「これは、これは、ご無事で何よりです。お坊ちゃま」


「えっ? 僕の事を知っているの?」


「はい、耀家の人間で本家の方を知らないって〜のは、もぐりでさ〜」


「そう」


 そう、街の支配者というか、海賊?というか、まあ、海の男なのだろうけど、街を実質仕切っているのは、廻船問屋耀家かいせんどんやようけの分家の人間だった。


「で、坊ちゃま方は、龍会へ行かれるのですね?」


「そうだね、とりあえず兄上のところで今後について考えるかな」


「そうですか〜、わかりやした。早速、船を仕立てるので少々お待ち下さい」



 そう言って、少し待つと、本当にあっという間、船の準備が出来て出港する事になった。しかも定期航路の船ではなく、別に用意された船だった。しかも、船の船長以外には僕達の身分も秘密だったようで、ただの賓客ひんきゃくだと伝えられていたらしい。


 まあ、良く国のお偉いさんが身分を隠して渡航する事もあるので、船員さん達は慣れたものだった。





「綺麗ですわね〜」


「うん」


 僕達は船に乗り、西に向かっていた。海は見慣れていた北府ほくふの港の海より、綺麗に見えた。


 光を反射して輝く深い青色の海の上を、滑るように進む船。


 僕は、船の甲板に出て縁に寄りかかりながら、今後について考えていた。隣には、朱鈴シュレイさんがいて、止めどなく話していた。



 自分はどうしたいのだろうかと。戦いの残酷ざんこくさ、人の残虐ざんぎゃくさ、卑怯ひきょうさを知った。だからと言って、そこから逃げる気も無かった。


 だけど、圧倒的に知識、経験も足りないと思う。だけど、具体的にどうするのかがまとまらない。朱鈴さんや、龍清リュウセイや、凱鬼ガイキもいるしね。う〜ん?


「私がどうかしましたか?」


「えっ」


 どうやら、少し声に出していたようだ。


「今のところは、何でもないよ」


「そうですか?」


 その後も考えがまとまらずうじうじと考えていると、船は龍会へと近づく。



「龍会が見えたぞ〜」


 そう言う船員の声で僕達は船首へと走る。現在のカナン平原最大の街、龍会。ひっきりなしに船が港に出入りしているのが見える。港に面した城壁は高いので直接街の景色は見えないが、いくつか城楼じょうろうのように高い建物が顔を出していた。


 昔は城壁や水門は無かったそうだが、昔戦いがあって以降、海側にも大きな城壁や水門が出来たそうだった。


 ところで、どれが本当の城楼だろうか?



 結局わからないまま、龍会の港に入る。カナン平原最大の港で、カナン平原の船だけでなく、南方、さらには西方の船まで見えた。


「すげー」


 大きな街としては邑洛しか見たことない凱鬼が唖然としていた。いやっ、北府で育った僕達でさえ、その大きさに圧倒された。


「本当だね~」


「ええ」


「……」


 そんな茫然としていた僕達に船長が声をかけてきた。


「お疲れ様でございます。長旅ご苦労様でした」


「いいや。こちらこそありがとうございますだよ」


「はい」


 凱鬼や龍清、そして朱鈴さんも口々にお礼を言う。


 そして、挨拶を済ませると。


「で、耀家の家ってどこ?」


「はあ。だいたい大きいのがそうですが」


 そう言って少し歩き街へと入る門の所までやってくる。


「あそこに見える古臭いのが、ここの主城楼しゅじょうろうです。そして……」


 船長さんは、門から中を覗き込み、一際ひときわ大きいが確かに古そうな建物を指し示す。かつての龍海ろんはい王国時代は王宮があり、大岑だいしん帝国時代は、それを直してして皇宮こうきゅうとしていたが、統一後皇宮は取り壊され、主城楼が建てられた。


「その奥の鮮やかな朱色の建物が、耀家本家の建物です」


「えっ? 本家?」


 僕は、主城楼の奥にある建物を見る。確かに、主城楼よりは一回り小さいが、鮮やかな朱色が目立つ、新しそうな楼閣ろうかくがそびえ建っていた。


「はい、本家です。つい最近完成しましたが」


「そうなんだ~」


 我ながら恐ろしく思う。耀家の財力って凄いな〜と。



「では、私はここで」


「ありがとうございました」


 僕達は、船長に御礼を言うと、歩き始めた。


 かつては戦場になった事があるらしい。しかし、ここしばらく龍会は戦火に見舞われた事はなく。いかにも古都という風情だった。ちなみに北府や邑洛も本来古都だが、内乱などの戦火で古い建物は残っていなかった。


「素敵な街ですわね~」


「そうだね」


「しかし、人が多すぎて歩きにくいぜ」


「確かに」


 比較的大きな通りを通る。すると、大勢の人々が行き交い、道の両脇に立ち並ぶ商店にもひっきりなしに人が出入りしていた。


「まあ、活気があるのは良いけど、犯罪者も多いな」


「ええ。嫌ですね」


 そう言いながら、龍清と朱鈴の兄妹は、僕の両脇に立ち、僕に向かって伸びてくる手を素早く払っていた。


 いやっ、僕はほとんど気づかなかったけど。ぶつかりそうになったり、わざと寄って来る人はほとんどり目的だそうだ。まあ、2人のおかげで被害に合うことはなかった。



 そんな感じで進んでいると、城壁に囲まれた主城楼にたどり着き、その城壁を回り込むように歩き、再び少し歩くと、目の前にそびえ立つ建物の前に出た。



 しかし、大きい。横幅は80じょう(約196m)ほどだろうか? さらに、一階層というのだろうか? 一つ目の屋根まで4丈(約9.8m)ほどあり、その上にさらに一階層ほどの高さは無いが、二階層、三階層、四階層とあった。


「でけえ」


「ああ」


「凄いお店ですね~」


 皆が口を開けて上を見ていると、クスクスという笑い声が通行人から聞こえた。完全にお登りさんだね。



 僕は意を決して、その大きな楼閣の入り口から中を覗き込む。まあ、その入り口自体が大きい。幅は10丈(約25m)で、高さは2丈(約5m)位あるだろう。



 ひょっと僕が首を覗かせると、中に居た人達の顔が一斉にこちらを向く。


「あの〜」


「いらっしゃいませ~」


 と、1人こちらにやってくるが、その顔が柔和な笑顔から、驚きの表情に、そして、また柔和な笑顔へと変わる。


「ま〜、お坊ちゃま。良くぞご無事で〜」


「うん、ありがとう」


 次々と人が寄ってきて、声をかけてくれた。


「え〜と、みんなありがとう。それで、兄上は……」


 すると、みんなは顔を見合わせ。


「あ〜、申し訳ありません。すぐにお声かけて参ります。旦那様〜」


 そうか、兄上が今は旦那様か〜、ちょっと、心が沈みそうになる、耀秀だった。


 すると、そのタイミングで、入口から顔だけを覗かせて、朱鈴さんが話しかけてきた。


「あの〜。耀秀様、私達はまだ外で待っていたほうが良いのでしょうか〜?」


 あっ、忘れてた。僕がそう思って声をかけようとすると、それよりも早く。


「まあ、お坊ちゃまのお客様ですか? さあ、お入り下さい。さあ」


 そう言って、朱鈴さんを中に引っ張ると、朱鈴さんが掴んだのか、龍清が朱鈴さんに引っ張られ、さらに、龍清に引っ張られ、凱鬼が入ってくる。


 凱鬼の巨体と外見に一瞬ギュッとしたものの、そこは慣れたもの。一瞬で顔を笑顔に戻すと、それぞれの武器を預かり、旅装を解き、足を洗い始めた。



「さあ、お坊ちゃまも」


「ああ」


 僕達は、その後、案内されて奥の部屋へと通される。その部屋には、現在の耀家の本家の主人で、耀秀の兄である、耀慶ヨウケイがいた。


 耀慶は、忙しそうに指示をだしていたが落ち着くと、僕達を手招きして座らせる。


「兄上、お久しぶりです」


「良く来たな、耀秀。無事で何よりだった。邑洛で反乱が起きたと聞いて心配したんだぞ」


「はあ」


 僕達は顔を見合わせてから、その反乱についても話す。


「そうか〜。如親王国は終わりだな」


「兄上、なぜ、そう考えるのですか?」


「なぜって、簡単な話だよ。財政を支えていた我が家を取り潰し、優秀な家臣は反乱する。もう終わりだろ? それに、手に入れた我が家の財など微々たる物だな」


「そうなんですか?」


「ああ」


 兄上曰く、耀家本家の財は北府だけにあるわけでなく、カナン平原各地に蓄えられているのだそうだ。


「それに、父上も前々から如親王国に疎まれているのは感じていたようで、龍会に本店を移そうと準備していたからな」


「それが、ここですか?」


「ああ、そうだよ」


 なるほど、だからこんな大きな楼閣が兄上が移ってきてからそんなに経っていないのにあったというわけだった。


「そう言えば、父上は……」


「ああ、聞いたよ。まあ、本望だったというのはおかしいが、覚悟はしていたから………。悲しいのに変わらないがな」


「はい」


 僕が、そう言ってうつむくと、兄上は。


「まあ、それよりも耀秀が無事到着してくれた事がうれしいよ。みなさんも、耀秀を連れて来てくれて、ありがとうございます」


「いえっ。そんな」


 兄上にそう言われて、皆は恐縮する。


 そして、


「さあ、みなさん、風呂の用意が出来たようだよ。旅のあかを落として夜は、歓迎のいわいだ」


「はい」

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