(什伍)

「しかし、上手くいくものですな〜」


 會妖かいようと呼ばれていた男は、かつてのように、全身黒ずくめ顔にも布を巻き、眼光鋭い目だけが露出していたという事は無く、長袍ちょうほうというこの時代の男性が一般的に着ている着物をまとい、いわゆる普通の格好をして男の前に立っていた。


 外見はどこにでも居そうな風貌ふうぼうだが、眼光だけが鋭く、目の前の男を見つめていた。



「馬鹿と、何とかは使いようってことですよ」


「はあ」


 如真王国国王如参じょしんおうこくこくおうじょさんに、凱鬼がいきの配下の野盗やとう追討ついとうをそっと吹き込んだのはこの男であった。そして、その後は巍傑ぎけつに助言し、ついには耀秀ようしゅう達の追放にも成功する。



 そう本来の目的はそっちなのであった。理由は。


「英雄の子孫は、一人で充分なのですよ」


 耀勝ようしょうの子孫、耀秀とか。龍雲りゅううんの子孫、龍清りゅうせいとか。凱炎がいえんの子孫、凱鬼がいきとか。


 臥良がりょうは、英雄の子孫達を広告塔のように使い人を集め、そして、如親王国に対抗する力を集める材料として利用しようとしていた。


 しかし、この男にとって他の英雄の子孫は邪魔でしかなかった。


「わたしが歴史の表舞台に立ち、名を残すには邪魔なのですよ。それで、つぼみのまま花開かないようにしていたものを、臥良さんのせいで、開きかけてましたからね。早めにんでおいて正解でしょう」


「はい」


 そう言いながら、男は自慢の銀髪をかき上げる。



 男は名を長舞ちょうぶといった。いやっ、趙武といった。


「臥良さんには感謝しませんとね。じゃないと今趙武いまちょうぶとか呼ばれて、趙武の名を名乗るとか恥ずかしくて出来ませんからね~」


 確かに、かつての趙武の面影はあった。切れ長の美しい碧眼へきがん、整った鼻筋はなすじ、美しいくちびる、そして、銀色の美しい長い髪。まさに絵のような美しい風貌ふうぼう


 まさに絵に描かれた趙武の生き写しだった。ただ性格はだいぶ違うようだったが。



「さて、後は……」


「臥良ですか?」


「いやいや、彼が居ないとこの国はまわりませんよ。だけど、彼ばかりに権力が集中するのも面白くない。というわけで、名ばかりの大将軍の名を利用させてもらいましょうか。如参陛下に上進じょうしんするとしましょう」





 その頃、耀秀達は、そっと、丹倭たんわの街を出て、西に向かい街道を進んでいた。


 丹倭から西に向かえば、如真王国の勢力圏では無くなり、いまだに、各地の豪族ごうぞくなどが相争あいあらそう戦乱の地。ただここには、耀秀達の事を知っている者達は誰もいない。


 ある意味危ないが、それは、龍清、凱鬼、朱鈴にとって、何でもないことであった。そして、その3人に囲まれた耀秀にとってもだった。


 荷物も大して持っていない、いかにも強そうな人達を襲う野盗やとうなどいないのだ。



「さて、このまま陸路を行くか。南下して船で向かうか?」


「耀秀様が歩まれる道が、わたし達が歩く道ですわ」


「まあ、どれが良いかってわからねえからな~。歩いてて疲れるわけでもねえし」


「そうだね」


 へ〜、歩いているだけじゃ疲れないんだ〜。僕は、疲れるけどね〜。


 だけど、いろんな街や景色を見たい。船で行けば何も見ずに通過してしまうだろうね。急ぐ旅でもないし。


「そうだね。じゃあゆっくり歩いて行こうか」


「お〜!」



 こうして、耀秀達の旅は始まったのだった。

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