(什肆)

「あ、あの、鞨項かつこうさん……、その」


「あっ? 何やってんだ早く行け」


「えっ?」


 僕は、待ち受けていた鞨項さんをなんとか説得しようとしたが、その前に行けと言われた。どうやら鞨項さんは、逃がしてくれるようだった。



 僕は、野盗やとうさん達を先に門の外へと走らせると。再び、鞨項さんと話す。その間も、鞨項さんの配下の兵士達は、黙々もくもくと馬車に積まれた遺体を火柱ひばしらの中に投げ込む。


「ありがとうございます」


「あっ? ああ、気にすんな。翁垓おうがいのじいさんに頼まれただけだ」


「翁垓さんに?」


「ああ、野盗の下働きの国王が、野盗だった過去を消して〜んだとよ。くだらねえ」


「そうでしたね」


「ああ。知ってるんだったな。まあ、良いや。それでよ、翁垓のじいさんが、野盗達は丹倭たんわの街でかくまうってよ。お前らは顔が売れすぎて無理だがよ」


「まあ、そうでしょうね~」


「おっ、敵さん来たぜ。お前らも早く行け」


「はい、色々ありがとうございました」


「鞨項様、ありがとうございました」


 僕と朱鈴しゅれいさんがお礼を言うと、鞨項さんはめんどくさそうに、あっちいけと手を振る。


 僕と朱鈴さんは、馬上で深々と頭を下げると門の外へと馬を走らせた。



 そして、


「おう、龍清りゅうせい凱鬼がいきじゃねえか〜。なんだこいつら?」


 激しい戦闘音と共に、殿しんがりをつとめていた龍清、凱鬼と敵兵士が門の前にやってくると激しい炎と、鞨項さんの存在を見て戦いが止む。


「はあ、はあ、鞨項さん……」


「こいつら俺の手下共を〜!」


 龍清と凱鬼の返答を聞いて、ずいっと鞨項が二人の前へ出て敵の前に立ちふさがる。


「ああ! 貴様らも如参陛下がおられる邑洛ゆうらくの街を騒がす野盗の仲間か、あっ?」


 鞨項は、そう言いながら、一歩一歩ゆっくりと前に出ると、敵兵士は顔を見合わせつつ、ジリッジリッと後ずさりする。



 そりゃそうだ。人間が持つものとは思えない大刀だいとうを片手で軽々とかつぎ、見上げるような大男がせまってくるのだ。そりゃ怖い。


「おいおい、しゃべれねえのかよ? まあいい。ちょうどちょっと前に来た野盗達が、こんがりと焼き上がった頃だ。おめえらも、いい具合に焼いてやんよ」


 それを聞いて、ギョッとした顔をして凱鬼が火柱の中に投げ込まれている死体を見るが、見知った顔でなかったので、鞨項をチラッと見ると、視線を敵兵士に戻す。


 すると、敵兵士達は、顔を見合わせ頷くと、脱兎だっとのごとく去って行った。



「鞨項さん、ありがとうございます」


「あん? 気にすんな、おめえさんとはいずれ殺り合うんだからな~。今死なれちゃ困る。ガハハハ!」


「はい」



 僕は野盗さん達を遠くに逃がして、門の影から目だけ出して、そっと覗いていた。朱鈴さんが後ろからぎゅっと重なるように、僕の頭の上から目をのぞかしていた。戦っていた朱鈴さんの身体は、汗ばんでいて熱かった。



「大丈夫そうですね」


「そうだね」


 さて、これからどうしよう? 僕の頭はこれからについて考え始めていた。兄さんのいる龍会ろんえに向かうか。それとも……。



「で、これってなんなんだ?」


 龍清が鞨項さんに頭を下げて、門に向かって歩き始める中、凱鬼が鞨項さんにたずねる。


「あっ? これか?」


 そう言いながら、鞨項さんは、器用に大刀の背に死体を乗せると、火の中に投げ込んだ。


「ああ」


「これは、如親王国の兵士の死体だ〜。有効活用させてもらったぜ」


「そうか、感謝する」


 凱鬼もそう言うと、こちらに向かって歩いて来た。


 どうやら、先の戦いで、思いつきで集めていた如親王国の兵士の塩漬けされた死体を今、燃やしているようだった。野生のかんってやつだろうか?


 僕は、歩いてくる龍清と凱鬼を見て、門から離れ出迎えようとするが。う、動けない。



「よお、相変わらず仲良いな~。なあ、龍清」


「ああ」


「もう嫌ですわ~」


 と言いながら動かない朱鈴さん。


 そして、僕は諦めてそのままの体勢で話す。


「二人とも大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


「ああ、そんなに手応えのある奴らじゃねえからな。それよりもだ……」


「?」


 凱鬼の顔が曇る。


「かなり殺られちまった。くそっ!」


 あっ。そうだった。襲われたのは、凱鬼の配下の野盗さん達だった。


 コクンとうなずく龍清の隣で、


「それに、歩けない奴も置いて来ちまった……」


 悔しそうに凱鬼がなげく。だけど。


追手おってが、かかるかもしれない、出来るだけ街から離れよう」


「そうだね」


「ああ、分かった。だったら、とりでに行って……」


「駄目だよ。相手は如参だよ」


「そうか……」


 そう如参陛下は、凱鬼の配下の野盗だったのだ。かつての凱鬼達の本拠地は知られて


「とりあえず、警戒しながら街道沿いを歩いて、丹倭の街に向かうしかないよ」


「そうか……、そうだな」



 こうして、僕達は夜の闇の中、街道を歩き丹倭の街に向かった。まあ、僕はまた無理やり、朱鈴さんに馬上に引っ張りあげられて、朱鈴さんと共に馬で移動する。



 僕は、この移動時間を使って、考えにふける事にした。


 まず、如参陛下が、凱鬼さん配下の野盗を消して、自分が野盗の下働きをしていた過去を消したがっていると、翁垓さんから聞いて知っていた。どうやら翁垓さんは、鞨項さんにも伝えたようだ。


 だから当然、警戒はしていた。凱鬼と、野盗さん達の滞在場所を分けて襲いにくくしたし、さらに、野盗さん達の方も見張りを立て、何かあったら翁垓さんに早馬を出して兵士を送ってもらう手筈てはずにもなっていた。



 しかし、邑洛の街に入ってかなり時間が経過し、ちょうど油断したタイミングで、野盗さん達だけを狙って襲撃があった。これは予想外だった。如参陛下は、凱鬼がペラペラしゃべるような男じゃないことを知っていた。だから、凱鬼を襲わなかったのだろうか?


 それに、いつの間にか、野盗さん達の屋敷の周囲の人が居なくなってもいた。激しく人の移動があれば、野盗さん達も気づきそうなものだけど、なんか変化があったら連絡するようにも言っていたのだけど……。



 こんな事をグダグダ考えていると、周囲がうっすらと明るくなる。野盗さん達は怪我人も多いようで、背負われたり、肩を貸してもらったりしてゆっくりと進んでいる。



 僕達は、街道を外れ森の中で一旦休憩する。


「今数えたら、生き残ったのは80人ちょいだな」


「そう」


 100人以上が、討たれた事になる。


「如参のやつ、昔の仲間を何考えてんだ」


「まあ、如参陛下にとって、野盗の下働きだった過去は消したいってことだろうね」


「ひどいですわ」


「まあね。それで、鞨項さんが言ってたんだけど、野盗さん達は、丹倭の街で匿ってくれるけど。僕達は顔が売れちゃっているから難しいみたいだよ」


「なっ! 俺達もか……。そうか、巻き込んじまって、すまない」


「いやっ、如参陛下がいけないのであって、凱鬼が悪いわけじゃないから、そこは、気にしないでよ」


「そうそう」


「そうですわ」


 僕の言葉に、龍清と朱鈴さんも同意する。


「で、今後はどうするつもりなんだ?」


 龍清が、僕の方を向いて話す。


「みんなで、兄さんのいる龍会に行って……」


「えっ」


 3人の驚きの声が合わさる。


「あっ、別に一緒に行くのを強制するわけじゃなくて」


「耀秀が、行くなら当然行くよ」


「おう、俺もだ」


「わたくしもですわ。肉親はお兄様とわたくしのみ、後顧こうこうれいもありませんし。耀秀様の行く所、ずっと共に歩みますわ」


「そう」


 そうか〜、みんな来てくれるのか〜。つい口から出た、唐突とうとつな思いつきで言ったのだけど。



 再び夜になり移動を再開し、また朝になりという感じで丹倭の街に到着する。


 夜に到着するとすぐに、丹倭の街の兵士の方々がやって来て、僕達は、すぐに隠されるように丹倭の外れにある屋敷に入れられた。


「とりあえず、ここにいるしかないか」


「そうだね。誰かが邑洛の情報を教えてくれると良いんだけど」


「まあな」


 だが、その知らせは、その夜に早くも知らされる事になる。しかも、翁垓さんによって。



随分ずいぶん、殺られたようじゃな」


「ああ、すまない。せっかく教えてもらってたのによ」


 凱鬼は、翁垓さんに申し訳なさと、悔しさの混じった感情で言葉を返す。


「なに、わしの事などどうでも良い。お前さん等の方が悔しかろうて」


「ああ」


 凱鬼は、本当に悔しそうに返事をする。


 そんな凱鬼を見つつ、翁垓さんは。


「それでだ。お前さん等も死んだ事に、なっとるがどうするつもりだ?」


「えっ?」


 翁垓さんの話によると、鞨項さんは街中が騒がしいので、大刀を持って門の方に向かったら、野盗が騒いでいたので斬った。さらに遺体は燃やしたと報告したらしい。さらに、野盗を追いかけて僕達も来たが間違えて斬ったかもしれないと報告したそうだ。


「なんか酔ってたしよ~。向かってたやつはみんな斬り捨てちまったよ。ガハハハ」


 だそうだ。


 そして、その発言は如参さんにとても好意的に伝わったようで、あからさまに喜色満面きしょくまんめんの笑みで鞨項さんをたたえたそうだ。ちなみに、臥良がりょうさんは、苦虫にがむしつぶしたような顔だったそうだ。


 僕達の名をもっと利用しようとしていたのに、といったところだろうか?



「まあ、あの男は……、陛下は、凱鬼達も居なくなって欲しかったんじゃろうよ。まあ、あんな男の下で働くのは、凱鬼の将来の為にならん。で、どうするつもりだ?」


「あっ? ああ。旅に出ようと思う、あいつらには悪いが」


「そうか。それが良い。あいつらの事は任せろ」


 翁垓さんは、凱鬼の言葉を聞き大きく頷く。


「じいさん、頼む」


「ああ」


 ここで、僕は口を挟む。


「本当に良いの凱鬼?」


「ん? ああ、あいつらの事は心配だが、俺と一緒にいたほうが危険が多い。だったら、危険があっても死にそうも無い奴らと一緒にいたほうが良いだろ?」


「はい?」


 危険があっても死にそうも無い奴らって、僕らのことだろうか?


「ああ」


「お任せください! 耀秀様の事も命の限りお守りいたしますわ!」


 龍清と朱鈴さんの兄妹は、凱鬼の言葉に応諾おうだくの返事を返す。



「そうか、凱鬼、気をつけて行けよ」


「おう!」

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