(捌)

 兄が龍会へと去って、耀秀は、今後の身の振り方を考えていた。


 ちなみに、ここ邑洛で店を出していた耀膳さんも、いつの間にか店を閉めて消えていた。一言、挨拶したかったと思ったのだが仕方がない。



 そして、臥良先生からは、まだ何も言われてはいなかった。なので、邑洛の街中で、耀秀、龍清、凱鬼、そして、朱鈴で食事していると、龍清が、


「で、どうするつもりなんだ?」


「う〜ん。難しいよね。如親王国の動き次第なんだけど」


「ああ? 何がだ?」


 凱鬼には、迷惑かけたくなかったので、話していなかったのだが、聞かれた以上正直に話すしかなかった。



「ふ〜ん。だったら、俺らの所来いよ。邑洛の兵だってそう簡単には手出せねえぜ」


「いや、今までは、野盗の討伐って事で兵の投入を渋っていたけど、本腰入れて軍勢を導入して、例えば3千とかで攻められたら、2百の兵じゃ防ぎきれないよ。それに、迷惑はかけたくない」


「そうか。別に迷惑じゃねーけどな。防ぎきれねーか。あの砦じゃ」


「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」


「いやー」


 凱鬼が、頭を指で掻きながら天井を見上げる。どうやら、お礼を言われて照れているようだ。



 正直、耀秀は悩んでいた。如親王国にいれば、何か父上の情報が入ってくるかもと思い邑洛にあえているのだが、肝心の情報が無い。


 それだったら、王都に行って救い出すまではいかなくとも、有力者に働きかけて減刑を望むのも手かな、とは思ったが、耀秀にも、捕縛しろという命令が出ている可能性もある。そうなると、必ずついてくるであろう龍清や朱鈴にも迷惑をかける事になる。


 なので、如親王国の動き次第で、自分も隠れないといけないかもしれない。もう、お手上げ状態だった。ここは、流れに身を任せるしかないかと考えていた。



 その時だった。凱鬼が、ポツリと呟く。


翁垓オウガイの、じい様に相談するのも手かな?」


 龍清が、訊ねる。


「翁垓のじい様?」


「ああ、邑洛から一番近い街の、豪族なんだけどよ。完全に、今の如親王国嫌ってて反如親王国掲げているから、如親王国から追われてるって言やあ。かくまってくれるんじゃねーかな。兵もいっぱいいるし。少なくとも、邑洛の兵力じゃびくともしねーと思うぞ。多分」


「ふ〜ん。知り合いなの?」


 耀秀が、凱鬼に訊ねる。


「ああ。なんだかんだと世話好きだから、助けてくれるんだわ。親父が死んで、俺が後継ぐ時も駆けつけてくれたしよ」


「そう。それなら耀秀」


 龍清の顔が、明るくなった。だが、


「う〜ん。僕の事を匿う利がないよ。もしかしたら、今は、如親王国と事を構えたくないかもしれないし」


「そうか」


 龍清の顔が曇る。すると、朱鈴が、


「会ってみないと、わかりませんよ。考えてもわからないじゃないですか」


「ガハハハ。そうだぞ、その通りだ。とりあえず、会って話しねーと、翁垓のじい様が、どうするかわかんねえな」


 凱鬼が笑う。


「そうだね」


 耀秀が、そう言うと、凱鬼は、


「耀秀は、頭が良いけどよ、考えすぎるのが、駄目だな。頭でっかちって言うのか?」


「痛いとこ、つくね」


「ガハハハ。そうか?」





 こうして、凱鬼の紹介で、翁垓に会うことになった。


「おかしら行って来やしたよ。翁垓の旦那だんな会ってくれるそうでやす」


「そうか、御苦労」



 じょさんが、つなぎをつけてくれて、耀秀、凱鬼、龍清、朱鈴の四人は、邑洛から歩いて二日程の距離にある、翁垓の支配する街である丹倭たんわの街に入った。


 邑洛に、比べれば大都市では無かったが、門ではキチンと入城する人間の確認が行われ、街中も整然としていた。そして、邑洛のどこか退廃的たいはいてきな活気では無く、生き生きとした街のいとなみが感じられた。



 四人は、翁垓のいる、丹倭の街の城楼へと向かう。城楼は、派手でも無く、華美でも無く、質実剛健と言うのだろうか、防御拠点として作られました、というような建物だった。



 中に入ると、一旦、別の部屋に通され座って待っていると、案内の人に


「凱鬼様、耀秀様。翁垓様が、会われるそうです。お付きの方は、この部屋で、お待ち下さい」


 と、耀秀と凱鬼のみが、翁垓に会える事となり、お付きの方と言われた、朱鈴は、一人、むくれる事となった。


「もう。わたしは、お付きの方ではありませんよ。ねえ、お兄様」


「ああ。そうだね」





「良く来た。凱鬼、元気だったか?」


「おう。じい様も、元気そうで何よりだ!」


「ワハハハ! わしから、元気が無くなったら、何が残るのだ?」


「ただの、じじいか?」


「ワハハハ。言うの〜」


 翁垓は、白髪頭を叩きながら笑う。翁垓は、歳の頃60歳半ばから、後半だろうか?


 いかにも、歴戦の武人という感じで、凱鬼ほどではないが豪快な印象だった。無骨ぶこつな手、そして、戦場で戦う事で、鍛えあげられた肉体。そして、日に焼けた顔に刻まれたしわが、老練な将である事を示していた。だが、凱鬼に向けられた目は、優しさであふれていた。


 そして、その優しい目が、そのまま耀秀へと向けられた。


「で、そこもとが、耀秀か?」


「はじめまして、翁垓様。耀秀です」


「うむ。よろしくな。話は、じょさんから聞いた。大変だったの。本当に唐林という如親王国の王は、馬鹿だの。耀家と敵対するとは。まあ、唐林には、会ったことは無いがな。ワハハハ」


「ええ。本当に。我が家を潰しても、良い事があるとは思えません。一時的に財政は、良くなるのかもしれませんが」


「うむ。その通りだな。わしは、唐家なんて家柄の王をたてた耀家も嫌いだったが、唐家と敵対するなら話は別だ」


「ありがとうございます。こちらが、望んで敵対した訳では無いのですがね。何か思惑があるのか? それとも、誰かの策略なのか?」


「確か。反間計はんかんのけいってやつか?」


「えっ!」


「ああ。お前の所の校長の臥良が、良く言っておるからな」


「そうなんですか」


 耀秀は、もしかしたらと思い。しかし、すぐに考えるのをやめた。今のところ、わかる手立てはないのだ。誰の策略だろうと、今は手の上で踊る事しか出来ない。だったら、派手に踊ってやろう。そう思ったのだった。



 そんな事を、考えていると、翁垓は、


「まあ、この街におれば安全だろう。好きにしておれよ。おっ! そうだ。凱鬼も丹倭に来い。あの砦じゃ。攻められたら終わりだぞ」


「大丈夫だぜ。何回も、撃退してるからよ」


「だが、邑洛の連中も知っておるのだろ? 凱鬼と、耀秀が仲良くしておるのを。だったら、本気で攻めるかもしれんぞ。部下を危険な目にあわせるのか?」


「う〜ん」


 凱鬼は、考え込んでしまった。さらに、翁垓が、話を続ける。


「この混乱がおさまるまでだ。それに、歳の近い友達が出来たのだ。共に過ごす、良い機会では無いか」


「そうだな。うん。そうするか!」


 凱鬼は、そう言って決断したのだが、耀秀は思った。歳の近い?


「凱鬼って、何歳?」


「あん? 耀秀の一つ上だぞ」


「えっ!」


 耀秀は驚いた。凱鬼、何て気軽に呼ばせてもらっていたが、もっと年上だと思っていたのだった。外見からして十代には見えない。



「ワハハハ! 凱鬼よ。同年代とは思われてなかったようだな。まあ確かに、その外見ではな。ワハハハ!」


「ひどいぜ。じい様も、耀秀も」


「ごめん。凱鬼」





 こうして、耀秀は、ここ丹倭に滞在する事になったのだが、龍清と、朱鈴も共にいると言って聞かなかった。


「大丈夫だよ。龍清。翁垓さんの兵もいるし」


「いや。万が一がある。遠く邑洛に居て、何も出来なかったと、後悔したくない」


「だけど、学校もあるし」


「それでしたら、大丈夫ですよ。臥良先生が、耀秀さんを守る事も勉強になるって言って、許可を頂きましたので。お兄様も耀秀様もちゃんと卒業出来ますよ」


「えっ。そうなんだ」


 龍清が驚く。手回しが早いな。耀秀も驚いた。こうして、龍清、朱鈴も共にいる事になり、さらに、野盗達を引き連れて凱鬼が入城し、ここ丹倭に、耀秀、龍清、凱鬼、そして、朱鈴がしばらくの間、暮らす事になった。



 翁垓さんから、城楼近くの空き家を貸してもらい、耀秀、龍清、朱鈴が、共に暮らす事になったのだが、そこに、凱鬼も入り浸り、四人の家のようになっていた。


「は〜い。お食事出来ましたよ。お兄様も運んでくださいませ」


「ああ」


 意外にも、朱鈴は、料理が上手く、さらに良く働いた。炊事、洗濯、掃除と。耀秀達が、仕事の分担を申し出たのだが、


「お兄様はともかく、耀秀様はお邪魔です。ゆっくり、書物でもお読みください!」


 と、怒られてしまった。どうも、そういう部分は、耀秀は不得手なようだ。と言うか、耀家では、使用人達が、寮では食事洗濯は、寮の人が、掃除は龍清がやってしまい、耀秀は、ほぼやった事がなかった。


 耀秀は、自分がとても恵まれていた事を、再認識した。そして、これからは、そうもいかない、少しずつ、やっていこうと思ったのだが、


「わたしが、おりますから大丈夫ですよ!」


「はい?」





 そして、平和な時が、一月ひとつき程続いた。



 その後、たて続けに凶報が、耀秀の下に、もたらされる事になった。



 まず一つ目の知らせは。耀秀は、翁垓より父の死を知らされた。


「うむ。耀秀。お父様が亡くなられたそうだ。牢にとらわれていたようだが、自害されたようだ……。無念だろ、耀秀」


「そうですか……。父上が、自害……。そんな事するかな?」


「ん? 自害では、ないと?」


「わかりません。ですが、あまりに唐突とうとつだったので」


「そうか。うむ。まあ……」


 どうやら、翁垓は、耀秀にどう言って慰めて良いか分からず、言葉に詰まっているようだ。とことん優しい人だ。


「大丈夫です。お知らせ頂き、ありがとうございました」


「うむ」



 家へと戻り、龍清、朱鈴、凱鬼に伝えると、三人の方が落ち込んでしまい。耀秀は、かえって落ち込む事が出来なくなってしまった。悲しむ三人を見て、耀秀はその優しさに救われ。ただ一言、こう言った。


「父上に、ちゃんとお礼言えなかったな」





 その後の、凶報は、臥良によってもたらされた。



「お父上が亡くなった事で、耀家から身代金をとる予定が狂ったようでの。耀秀君の身柄確保のめいを出したようじゃ。邑洛近郊に軍を、集結させての。その数は2万あまりになるそうじゃ」


「えっ。2万!」


 耀秀は、驚いた。邑洛の常備軍は、5千程。そして、翁垓の兵力は4千位だろうか? 


 だから、充分対処出来ると思っていたのだが、2万。さすがに。2万対4千じゃ勝負にならない。そう思ったのだが、


「もう。わしも、我慢できん。翁垓殿は、もとより、皆に声をかけて戦おうと思う。こちらに、大義名分もあるしの」


「はあ」



 どうやら、耀秀の周囲で、急速に時代は、動き始めているようだった。

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