(漆)

「何やら騒がしいね」


「ああ。何だっけ? そうか、新入生が到着したのかな? あっ!」


 耀秀が、自室で書物を読んでいると、何やら外が騒がしかった。その事を龍清に同意を求めたら、話しかけて突然部屋を飛び出していったのだった。


「何だろ?」


 耀秀は、龍清が飛び出していったのを、少し見ていたが、視線を書物へと戻し考えるのをやめた。



 そして、しばらくの後、視線を感じて振り返る。龍清が戻って来たのかと思ったのだが。そこにいたのは、若い長身の女性だった。やや男っぽいキリッとした顔立ちの洗練された美形だった。男っぽいは、女性に対して失礼か?


そして、誰かに似ていた。そうか、龍清か。



「ええと?」


「失礼、致しました。はじめまして、耀秀様ですよね? あまりに凛々りりしいお顔で、真剣に書物を読んでいらしたので、お邪魔しては申し訳ないかと。わたくし、龍清の妹で、龍朱鈴リュウ・シュレイと申します」


「えっ! 妹?」


 耀秀は、驚いた。凛々しいお顔で? そんなに凛々しいかな? 違うそこじゃない! 初耳だった、龍清に妹がいたのか。 そして、なぜ、ここにいるんだ?



 耀秀の疑問に答えるように、龍朱鈴は話し始めた。


「もう、お兄様ったら、わたくしの事を耀秀様に、お話していないのですね。まあ、お迎えにも出ていらっしゃらなかったところをみますと、すっかり、わたくしが来る事をお忘れなのですね。もう!」


「えっ、いや、龍清なら。少し前に飛び出して行ったけど」


「そうですか。では、ここで待っていれば戻って来るでしょう。では、先に、ご挨拶を。あらためて、はじめまして。わたくし、龍清の妹で、この度、この軍官学校の武芸科に入りました。耀秀様の事は、兄から良く聞いております」


 そこで、朱鈴は、何故か、少し顔を赤らめる。そして、


「とても優秀な、軍師様だとか。これからも兄の事を、よろしくおねがいします」


 妹って、言ってたし、新入生って事は年下か。身長のせいもあるが、随分大人びて見える。それよりも、


「はじめまして。朱鈴さん。耀秀です。こちらこそ、龍清にはお世話になってます。妹さんがいるとは知らず申し訳無い。そして、武芸科ですか?」



 まず、この時代、女性の武人自体、珍しいというかほとんどいない。女性が兵を率いて戦ったというだけで伝説や、神話のように語り継がれるくらいだ。


 有名な所で言うと、だまし討ちに合った夫の仇をとるために、敵を、城に招き入れ、兵を率いて包囲殲滅した、ゆう夫人の話や、樹越じゅえつ国の成立の元凶になった、息子を無実の罪で殺された、樹夫人の反乱等が有名な話だった。



 数年に一度とても優秀な女性が、武芸科や軍務科を卒業し、女武芸者として身をたてたり、軍務官として配属されたりするが、極めてまれな事だった。



「はい、お恥ずかしいですが。わたくしも、兄と共に武芸を仕込まれまして。それなりに、戦えますので、武芸者として身を立てるのも良いかなと。思いまして」


「そうですか。それは、素晴らしい。僕の事も、守ってくださいよ。なんて。ハハハ」


「はい、それは、もちろん喜んで。耀秀様の為なら、たとえ火の中水の中」


「えっ?」


「はい?」



 なんて事を話していると、龍清が、帰ってきた。そして、


「朱鈴。すまない。迎えに出るのをすっかり失念していた」


「もう良いですわ。お兄様。こうして耀秀様と、楽しくお話出来ましたから、怒りもどこかに飛び去っていきました」


「そうか。それは、良かった。耀秀、ありがとう」


「いや、僕は、別に何もしていないよ」


「そんな事ありませんよ」


「だそうだ。良かったな、朱鈴」


「はい」



 二人並ぶと、本当に良く似ていた。やや、朱鈴さんの方が、やはり見比べると女らしい顔立ちだった。そして、長い手足に、女性らしい身体……。おっといけない。


 身長は、さらに身長の伸びている龍清よりやや低いが、7尺7寸(約178cm)はあった。その体格から繰り出される一撃は、どんなものだろうか? そんな事を考えたが、耀秀はすぐにその実力を知る事となる。



「いやー! はっ!」


 朱鈴が、矛を持って、くるくると回転する。良く目を回さないものだ。左右の足を交互に軸足にしつつ、矛を遠心力で加速させて、相手にぶつける。


 ブン! ビューン! ブン!


 上段に、下段に、中段に攻撃箇所を変化させつつ、朱鈴の回転連続撃が相手に襲いかかる。初撃を捌いてもそのまま振り抜いて第二撃が、そして、数撃目かで、相手は、


「うわっ!」


 弾き飛ばされ気絶した。負けたのは、武芸科の上級生だった。僕じゃ、絶対勝てないな。


「耀秀様! 勝ちましたよ!」


 朱鈴が、ぶんぶんと大きく手を振りながら、たまたま通りかかって見物していた、耀秀に声をかける。すると、何故か、周囲から冷たい視線が耀秀へと降り注ぐ。


「あ、ああ。おめでとう」


 耀秀は、慌ててその場を逃げるように、離れたのだった。





 三年となっても、凱鬼達、野盗との付き合いは続いていた。そして、邑洛の街で、三人で食事をとったり、酒を飲んだりする事もあるのだが、それに、朱鈴がついて来る事があった。いや、必ずついて来た。



 そして、朱鈴は耀秀の隣に座り、


「ほら、耀秀様。口についてますよ。拭きますね」


「朱鈴さん。大丈夫だから」


「大丈夫じゃないですよ。もう」



 そのやり取りを見つつ、凱鬼がそっと龍清に訊ねる。


「あれか、お前の妹は、耀秀みたいのが良いのか?」


「みたいだね」


「そうか。見る目あんな。ガハハハ!」


「うん。そうだね」





 こうして、平穏な日々を過ごす耀秀達であったが、水面下では、如親王国を揺るがす大事件が進行中だった。


 そして、秋口を迎えると、その事態は表面化し、意外な人物から耀秀もその事態を知らされる事となったのだった。



「耀秀様。お客様だそうです」


「お客様? 誰だろ?」


 朱鈴が、耀秀達の部屋に来て、来客を告げた。臥良から頼まれたそうだ。


「え〜と。北府から来られた、長舞チョウブ様とおっしゃっておりました」


「えっ、先生が? 何だろ?」


 耀秀は、立ち上げると部屋を出て行った。隣には、朱鈴が一緒に歩を進め。後ろからは、龍清が続く。





「先生。お久しぶりです」


「おお、耀秀君、元気そうで何より。龍清君も。そして、ええと?」


 耀秀、龍清、朱鈴が、校長室に入ると、長舞は立ち上がり懐かしそうに耀秀、龍清と挨拶を交わした。そして、


「はじめまして、長舞先生。わたくし、龍朱鈴と申します。龍清の妹です」


「そうでしたか。はじめまして。よろしくおねがいします。おっと、すみません。なごんでいる場合では、ありませんでした」


 長舞は、その整った顔に焦りの表情を浮かべる。よく見ると、余程、急いで邑洛へと来たのか全身は薄汚れ、その美しい銀髪も、ヨレヨレだった。



「耀秀君。落ち着いて聞いて下さい。如親王国がお父上を謀反の疑いで捕らえ、耀家の財産の没収も決定しました。さらに、耀家の関係者にも追手がかけられ。わたしも、耀家の援助であの私塾をやっていたので、慌てて私塾を閉めて全財産持って逃げて来ました」


「そうですか」


 耀秀は驚いていたが、冷静に返事をした。父上が捕らえられた。兄達は無事だろうか? 少しずつ考えながら、頭を出来るだけ冷静に保とうとするが思考がまとまらない。


「耀秀。父上を救うなら手を貸すが」


 龍清がそう言い。その隣で、朱鈴も大きく頷いている。それを見て、耀秀は少し冷静になった。


「ありがとう。だけど、相手は如親王国。無理だよ」


 そう言いつつ、耀秀は考える。なぜ、如親王国は、父上を? 耀家の財産没収。それが目的か? 


 最近、王国の予算は逼迫ひっぱくしていると兄達も言っていた。だったら、莫大な私財を持つ、耀家を潰してその財産を奪う。随分、短絡的な考えだ。が、一時的には、効果があるだろう。


 しかし、耀家を潰した事で生じる、後々の損失を考えなかったのだろうか?


 第一、耀家の援助で如親王国は成り立っていたのだ。なぜ、こんな浅はかな事を。誰も考えなかったのだろうか? 


 それとも、他の目論見もくろみがあったのか?


 目論見? 如親王国にとって害となる、目論見。誰かの策略だろうか?


 耀秀は、近くでたたずむ、臥良をちらっと見る。臥良は、心配そうな顔でこちらを見ていた。本心は分からなかったが。



 耀秀は、頭の中で、素早く考えをまとめていった。それよりも。耀秀は頭を上げて長舞を見た。


「お知らせ頂き、ありがとうございます。先生は、これからどうされるおつもりですか?」


「ああ。それなんだけど、とにかく、耀秀君に知らせないとと思って。邑洛に来たから、今後の事は考えて無くてね」


「そうですか……」


 すると、臥良が、言葉を挟む。


「それじゃったら、この学校で、先生をやってもらおう。耀家の縁者とは言っても、ただ援助を受けてただけでは、ここ邑洛では関係ないじゃろうて」


「良いのですか? ああ、新たな仕事も見つかり、身の安全も確保出来るとは」


 長舞は、歓喜の声を上げる。


「ホッホッホッ。では、そういう事で。じゃが、問題は耀秀じゃ。今は、邑洛までは、命令が行き渡っておらぬが、いつかはの」


「はい」


「まあ。邑洛の城には知り合いも多い。何かしらの命令があってからでも、動くのは遅くはないじゃろ。それまでは、今まで通りの」


「はい」


 そう言いながら、耀秀は、別の事を考えていたのだった。



 そして、数日後、耀秀は、こんな状況下だったが、嬉しい再会を果たす。



「兄上。良くご無事で!」


「おお、耀秀。元気だったか?」


「元気だったか? では、ありません!」


「ハハハ。すまん、すまん」


「笑い事でもありません!」


「まあ、耀秀、落ち着け」


「はい」



 耀秀の兄、耀慶は、使用人数人と護衛に守られ、邑洛へとやって来たのだ。他の兄弟や使用人達は、船で龍会ろんえと向かったそうだった。


 龍会には大きな耀家の支店があり、そこで新たな本店として営業するのだそうだ。


 耀家の北府の財産は取られた、しかし、元から、色々な場所に耀家の資産は分けてある。北府の財産を取られてもびくともしないのだそうだ。そして、


「耀秀。お前も行くか?」


 耀秀は、少し考えたが、


「いや、僕は邑洛にいるよ。ここで、やれる事をやる」


「そうか。だが、無茶はするなよ」


「はい」



 こうして、耀慶は、龍会へと去って行ったのだが、別れ際。


「父上の事は諦めろよ。父上は、すでに覚悟を決めておられる。わたし達は、耀家を存続させる事だけを考えろ。父上の伝言。いや、遺言だ」


「そうですか」

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