(伍)

「耀秀。今日も行くのか?」


「ん? ああ。龍清、ちょっと待ってて。後、少しだから」


 二年の歳月で、お互いの呼び名から君が、無くなった。お互い、身長も伸びて少し男らしくなったとも思う。


 耀秀は、眺めていた地図をたたむと立ち上がった。そして、


「龍清、行こうか」


「ああ」





 新学年前の休みを利用して、耀秀達はやっている事があった。



 耀秀達は、宿舎を出ると街を出て郊外に向かう。そして、とある丘に向かう。すると、


「耀秀さん。龍清さん。お待ちしておりやした。おかしらは、こっちでやす」


「ああ。じょさん。わざわざ出迎え、ありがとうございます」


 そこは、この周囲を支配する、野盗やとうとりでだった。その野盗の頭目とうもくは、


「耀秀。龍清。よく来たな。今日も頼むぜ」


凱鬼がいきさん。今日もよろしく」


「凱鬼さんは、よせやい! 凱鬼で、いいぜ。ガハハハ!」


 そう。凱鬼は、身のたけ、9しゃく(約207㎝)にもなる。かなりの長身で、豪快な人物。北方民族の血が入っているそうで、金髪に金眼だ。口調は乱暴に聞こえるが、とても気さくな人だ。何せ、僕の進言をあっさりと聞いてくれるくらいだから。



 この頃、龍清が、8尺(約185㎝)。凱鬼君よりは小さいが、平均よりはかなり大きく、がっちりとした身体つきになっている。僕は、7尺(約162cm)。もう少し背が、高くなると良いのだが。





 耀秀、龍清が、凱鬼と知り合ったのは、偶然だった。いや、偶然だったのか?



「僕だったら、ここから攻めるね」


「この地形だと、そこから攻めると攻めにくい気がするけど」


 耀秀の言葉に、龍清が異論を挟む。


 耀秀は、龍清と行きつけになった、酒家しゅかで地図を使い、戦術を議論するのが日課になっていた。いるのは酒家だが、別に酒を飲んでいる訳ではなく、食事を軽くつまみながら、茶を飲みつつ話しているだけだった。


 この日は、邑洛ゆうらく近郊の実際の地形図を用い、その攻略法を議論していた。議論と言ったが、だいたいは耀秀の描く戦術を龍清がじっと見て、すきがある場合指摘するのが定番だった。


 耀秀と、龍清。お互い冷静沈着だが。理論的な耀秀と、感覚的な龍清。それが組み合わさる事で、思わぬ発見があり、お互いにとって有意義な時間になっていた。



 そして、邑洛の近くにある、とある丘を守備拠点に見立て砦を構築し防御拠点を作っていった。


 丘の周囲に簡易的な堀を掘り、柵を建てる。一応、東西南北に門を作る。門を見下ろす場所にやぐらを作り、見張り台兼弓兵の拠点とした。もちろん、門を突破され櫓に敵兵が殺到した時の対策に、櫓から背後へと抜ける間道かんどうも作る。


 そして、さらに、道を作っていくのだが、真っ直ぐ登れるように見える道と、丘の周りをまわっているように見える道に分ける。


 真っ直ぐ登れるように見える道は、すぐに行き止まりになり、少し開けた場所に辿たどり着くが、周囲を少し高くして、容易には登れぬようにした上で、周囲から攻撃出来るようにする。


 丘の周りを、まわっているように見える道は、さらにいくつも別れ道を作りながら、一段上からは、攻撃出来るようにして、その長い道中で、兵を減らせるようにしてあった。


 味方が、すぐに撤退出来るような間道も作り、構造は、かなり複雑になっていった。さすがの龍清も、どう攻めて良いか分からず、目を白黒させていると、二人の背後に気配が、近寄って来た。


「へ〜。そんな風にやるんだな」


 耀秀は、もとより、龍清も過激には反応せず、その男を見上げた。普段から、街の人が訳も分からず眺めたり話しかけてきたりするので、慣れてもいた。


 ただし、今度の気配は、耀秀でも分かるような強者のものであり、激しく反応しても良いのだが、その気配に邪気が無く、極めて純粋なものに感じられたのであった。



 その男は、並んで座っていた耀秀、龍清の前へと回り込むと、地図を挟んで反対側にどかっと座った。



「お前ら、軍官学校の学生だろ? 俺の名は、凱鬼だ。一応、あの凱炎の末裔って言われている。本当かどうかは、知らんがな! ガハハハ!」


 凱炎。かつて、大岑帝国だいしんていこく末期の大将軍だいしょうぐん金髪金眼きんぱつきんがんの大男の豪将ごうしょうで、強く義にあふれた将だったと言われている。


 さらに、あの趙武を見つけ出し、上へと引き上げたとも言われている。最期は、その趙武に負け、命を落としたそうだ。だが、息子達は、趙武につき、凱家の命脈めいみゃくを保ったと言う。


 息子達を、勝つと思われる趙武の下に送り込み、自分は負けるだろう陣営に残り、忠義をまっとうした。なので、義に溢れた将だと言われているのだ。実際のところはわからないけど。



 そして、目の前の男も、金髪金眼、そして、かなりの大男だった。


 耀秀も名乗る。


「耀秀です。あの耀勝の末裔です。軍官学校の今度3学年になります」


「龍清と言います。一応、あの龍雲の末裔だと言われています。耀秀とは同年です」


「えっ、龍清君って、あの龍雲の末裔だったの! だから、あの強さなのか〜」


 耀秀が、驚き感心する。これだけの長い付き合いになりつつあったが、はじめて知る事も多い。このしばらく後、もう一つ驚かされる事になる耀秀だった。


「ガハハハ! すげーな。英雄の末裔が三人も集まるのか。奇跡だな。この出会いは! ガハハハ!」


 その後、しばらく、三人で議論を交わす。凱鬼は、かなり力任せの攻撃だったが、龍清と同じく、かなり感性に優れていた。ただその感は野生の勘に近く、鋭い反面、誘導しやすくもあった。



 何度目かの全滅を経験し、凱鬼は、後方にごろっと倒れる。そして、


「負けた、負けた。全然勝てねーや」


 すると、龍清は、


「それは当たり前だよ。軍官学校一の戦術家の耀秀が相手だよ」


 そのめ言葉に、耀秀は、


「褒め過ぎだよ龍清。でも、お世辞せじでも嬉しいよ。ありがとう」


 そう言ったのだが、龍清は、何言ってるんだ? という顔を耀秀に向けた。どうやら、龍清の本音ほんねだったようだ。


「そうか、軍官学校一の戦術家か」


 凱鬼は、勢いよく起き上がると、耀秀に向かい。


「俺は、お前らが戦場にしてた、この丘で野盗の頭目をしてんだ」


「や、野盗の頭目!」


 耀秀は、慌てて周囲を見回す。だが、店の人も、周囲の客も気にする素振りは無かった。


「ガハハハ! 街の人間も知ってるぜ。俺の事を。襲うのは悪徳商人と、腐った役人だけって決めてるしな。まあ、大金持ちの商人さんからは、守ってあげてお金もらったりはするけどよ。基本、一般人は襲わねーよ。それに、兵士共も、前にちょっと名前の売れてきた、指揮官を一撃でなますにしてからは、俺を見ても逃げるだけだからな。ガハハハ!」


「そ、そうなんだ」


 耀秀は、自分を落ち着かせるように、言いながら、横を見るが、龍清は、平然としていた。後で聞くと、どうやら元々知っていたようだ。街中で見かけ、かなりの強い人間だと思い近くの人に訊ねて知ったそうだ。



 そして、凱鬼は、奇妙な事を言い始めたのだった。


「あれだ。軍官学校出ても、実戦経験無くて使えね〜って事にならねーように、俺の所で、その戦術ってやつ、教えてくれね〜か?」


「えっと。どういう意味ですか?」


「だからだ。お前らは、俺達に戦術を教える。俺達は、お前らに実戦経験をつませる。どうだ、良い考えだろ?」


 得意気とくいげに言う、凱鬼だったが、耀秀は首をかしげる。こっちの利点ってあるかなと。軍官学校の人間が、野盗の砦に出入りしていたら。良い事は無い。ばれれば、軍に配属されないどころか、逮捕されるかもしれない。


 だが、凱鬼という人物は、悪い人じゃないだろう。自分達を殺したり、人質にとってとか、そういう事はしないと思う。だったら、如親王国や学校にばれなければ良いか。


 だけど、自分の扱うような高度な戦術理論は理解出来ないだろうし、野盗と言えども、兵士の訓練と、指揮の訓練をすればかなりの良い経験になるなと。こっちが利用する形になるが、大丈夫だろうか?



 こうして、耀秀と龍清の、野盗の砦での訓練は、始まったのだった。





 まず、耀秀は、凱鬼達が根城にしている丘の改造を行った。凱鬼と出会った時に言ったように、堀を作り、柵を建て、策を巡らした道を作る。さらに、頂上を平らに削り小さな城楼を建てる。



 さらに、龍清が、野盗の兵士達を組織立てつつ、訓練させている間に、耀秀は、野盗の指揮官達に、簡単な戦術を叩き込む。


 地形が有利な、上から攻撃する。こちらが、常に数で上回るようにする。周囲を取り囲むように攻める。等などであった。一部、理解出来るような人には、陣形や、簡単な策も、話してみたりもした。


 そして、総合的な訓練へと向かう。耀秀が、総合的に指揮を取りつつ、凱鬼や龍清の率いる兵士達が模擬戦を行う。


 さらに、凱鬼と龍清の一騎討ちで終わる予定だったのだが、


「はあはあはあ」


「はあはあ。ふ~! やるな龍清」


「凱鬼もな」


「ああ」


 そう言いつつ、打ち合う。龍清の矛と凱鬼の大刀だいとうが火花を散らす。


 龍清の瞬発力と移動速度と鍛錬たんれんで生み出された技量。凱鬼の化け物じみた怪力と、その巨体からは信じられぬ動きと、そして、野生の直感。お互いぶつかり合い決着はつかず。まるで、互角だった。


「うん。良い訓練になったな」


 耀秀は、呟いた。



 そして、新学期が始まる為、一日がかりの訓練は終わりと思っていた、その時、丘は邑洛から出撃した、如親王国軍500の襲撃を受ける。それは、まるで卒業試験のようだった。



「お頭! 邑洛から、如親王国軍が向かって来やすぜ!」


「おう、そうか。耀秀、龍清どうするんだ?」


「う〜ん。まるで、卒業試験だな。そうだね。僕が指揮しても良いかな?」


「ああ、良いけど。良いのか? 相手は、正規軍だぜ」


「ああ、戦場だからよくある事だけど。そうだね。だったら、お互い死者が出ないように戦うか」





「耀秀さん。敵、道分かってるように上がって来るようでやすよ。大丈夫でやすか?」


 隣にいる、じょさんが不安気に聞く。


「そうですか。だとすると、臥良先生かな?」


 耀秀は、何でもないようにそう呟くと、


「龍清隊に伝令。裏手より外に出て、本陣を強襲。さらに、凱鬼隊に伝令。龍清隊が本陣襲撃すると共に、同じく裏手より出て、表より攻め手の背後を強襲」


「おう」


 すると、数名の伝令が飛び出していった。



 そして、龍清は、木の矛で如親王国軍を率いる屯長を一撃で馬上より叩き落とす、さらに、本陣にいる兵士を次々と殴り倒していく。と、野盗達は、次々と縛り上げていく。


 丘の襲撃兵達も、背後から凱鬼の襲撃を受ける。その迫力に、兵士達が逃げ惑い。耀秀の作った、防御拠点に誘い込まれる。


 すると、周囲から泥だんごを持った野盗達が、思いっきり兵士達に向かって泥だんごを投げつける。あっという間に、泥だらけになり逃げ出す。他の場所では長い木の戟を持った野盗に、周囲を囲まれ、一斉に叩かれて、慌てて逃げ出す。


 さらに、焦りから道を間違え丘の外に出てしまったり丘から転落したり、徐々に数を減らし、そして、


「撤退するぞ〜!」


 如親王国軍500は、死者はほとんど出なかったものの、心を打ち砕かれ泣きながら撤退していったのだった。


「すげーな耀秀。あいつら、泣いてるぜ。ガハハハ!」


「やりすぎたかな?」

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