(肆)
街の中にあるとは思えないほど、広かった。それを訊ねると。
「ホホホ。ここの兵士には、必要無かろうと、兵の練兵場を拝借したのですぞ。正解のようじゃの、今も、困って無いようじゃからの」
なるほど。
「それと、ほれ見てみろ。あの綺麗な庭も」
臥良が、指差す先には、綺麗に整備された庭園が、あった。小川が流れ、花の咲く木々が植えられ、緑の芝は青々としていた。
「あれもな。ここの
勝手に? 良いのかな。そして、
「見事な、書物だろうて」
その後、書庫にも案内されたのだが、書物の数も多いが、貴重な書物もたくさんあった。それこそ、王家の書庫にあるような。
「読まない書物があっても、宝の持ち腐れだろうて、宮殿から、ちょっと
あっ、やっぱり。
案内が終わると、寮へ案内された。二人一部屋であったが、同室なのは、
「部屋は、ずっと変わらないようだから、これからも、よろしく」
「そうだね。龍清君が、同室で本当に良かったよ。よろしく」
「ああ。俺も、耀秀君が、同室で本当に良かった」
と、耀秀と、龍清が同室となった。たまたまなのだろうか? 他の者は、仲が良いからとか、同郷だからとかで、同室となった者はいなかったのだが、耀秀は、少し疑問に思ったが深く考えない事にした。
誰かの思惑であっても、今は、何も分からない。だったら、動きがあってからでも遅くない。そう考えたのだった。
そして、翌週から、授業が始まると、耀秀は、ここに来て良かったと、心の底から思ったのだった。
特に、校長である、臥良、自ら教えるとは思っていなかったのだが、座学の戦術学で臥良がまとめた兵法三十六計の授業が素晴らしいものだった。
臥良の考案した、兵法三十六計とは、まず有利な場合不利な場合等で大きく六大計に分かれていた。その一つが、
勝戦計
こちらが戦いの主導権を握っている場合の定石の大計。
そして、その、
第一計
敵に繰り返し行動を見せつけて見慣れさせておき、油断を誘って攻撃する。
「ホホホ。何回も同じ行動しておれば、相手も、ああ、またやってると思うだけだがの、そこで、突然、違う動きをすれば、相手の目をくらませる事が、出来るのじゃよ」
第二計
敵を一箇所に集中させず、奔走させて疲れさせてから撃破する。
「これはの、味方が囲まれるなどして援軍を求められてもの。助けに行くのではなくて、敵の本拠地を逆に攻撃してみたりしての。慌てて引き返してきて、疲れきったところを攻めれば、勝ちやすいって事じゃ」
第三計
同盟者や第三者が敵を攻撃するよう仕向ける。
「自分の手を汚す事なく、敵を葬り去る事じゃの。わしが、得意とした戦術じゃ。くっくっく。おっと、すまん、すまんの。まあ、要するに、策略を用い、自分以外が戦うように仕向けるのじゃ」
第四計
直ちに戦闘するのではなく、敵を撹乱して主導権を握り、敵の疲弊を誘う。
「うむ。これはいかに敵を上手く操ってこちらの利とするかじゃな。敵がこちらの動きに振り回され、疲れきったところを叩く。という事じゃ」
第五計
敵の被害や混乱に乗じて行動し、利益を得る。
「卑怯だと言う
第六計
陽動によって敵の動きを翻弄し、防備を崩してから攻める。
「まあ、これはの、言葉の通り。東で騒いでおいて、西から攻めると言う事じゃが。単純に攻めても上手くいかん。陽動をしてから攻めた方が良いんじゃが、これも動きを読まれては意味がない。相手を良く見てやるのじゃぞ」
二大計目は、
敵戦計
余裕を持って戦える、優勢の場合の大計。
第七計
偽装工作をわざと露見させ、相手が油断した所を攻撃する。
「敵におとりの策を見せておいて、その後、真実の策で敵を倒すんじゃが。これは、
第八計
偽装工作によって攻撃を隠蔽し、敵を奇襲する。
「これは、要するに奇襲だの。ほれそこにおる耀秀の御先祖様。耀勝が好んで使ったと言われておるの。有名なのだと、丘にまるまる軍を隠しておいて、奇襲を狙ったが、趙武に見破られておるがの。ホホホ」
第九計
敵の秩序に乱れが生じているなら、あえて攻めずに放置して敵の自滅を待つ。
「うむ。これはの、敵が利害が一致して団結しているなら、しばらく放っておけと言う事じゃの。こちらが、攻めるのをやめれば、利害関係が一致していただけの者達は、やがて内部で争いだすと」
第十計
敵を攻撃する前に友好的に接しておき、油断を誘う。
「これも、わしが……。おほん! まあ、有効的で、下手にでる奴には気をつけろという事じゃの」
第十一計
不要な部分を切り捨て、全体の被害を抑えつつ勝利する。
「これは、桃の木を守る為に、
第十ニ計
敵の統制の隙を突き、悟られないように細かく損害を与える。
「これも耀勝が用いたの。大軍は統制がとれにくい。そのすきをついて、各個撃破したり、分断殲滅したりした策じゃの」
次の一大計は、
攻戦計
相手が一筋縄でいかない場合の大計。
第十三計
状況が分らない場合は偵察を出し、反応を探る。
「草むらをつついていたら、いつ驚いた蛇が飛び出してくるか分からん。警戒するに越した事はない。という事じゃ」
第十四計
死んだ者や他人の大義名分を持ち出して、自らの目的を達する。
「これは亡国の王族を擁立してでも、正当な大義名分があった方が、敵に対して効果的という事じゃの。そのうち、わしも……」
第十五計
敵を本拠地から誘い出し、味方に有利な地形で戦う。
「これはじゃ。城攻めには、敵の数倍の兵士が必要じゃ。だったら、自分達の有利な地形で戦った方が良い。その為に、敵を、誘い出すという事じゃ。誘い出す策は、各々で考えよ」
第十六計
敵をわざと逃がして気を弛ませたところを捕らえる。
「敵を包囲して四方から攻め立てれば、窮鼠猫を噛むじゃないが、必死に戦うじゃろう。ところが、逃げ道を作っておけば、敵は逃げるじゃろう。そこを背後から追撃すれば、大きな損害を出す事なく、敵を、倒せるじゃろうて」
第十七計
自分にとっては必要のないものを囮にし、敵をおびき寄せる。
「これは、故事からきた言葉じゃ。煉瓦を投げて、玉をとる。要するに、小さな損害で、大きな勝利を得る為の策じゃな」
第十八計
敵の主力や、中心人物を捕らえることで、敵を弱体化させる。
「まあ、これは当然じゃな」
次の大計は、
混戦計
相手が、かなり手ごわい場合の大計です。
第十九計
敵軍の兵站や、大義名分を壊して、敵の活動を抑制し、あわよくば自壊させる。
「これは、文字通りじゃ。耀勝が好んだが。敵の兵糧庫を焼き討ちすれば、文字通り、敵の動きがとれなくなるというものじゃ」
第二十計
敵の内部を混乱させ、敵の行動を誤らせたり、自分の望む行動を取らせる。
「間者を使い、敵の内部に混乱を生じさせれば、容易く、勝つ事が出来るという事じゃ。まあ、その混乱を起こさせるのが、難しいのだがの」
第二十一計
あたかも現在地に留まっているように見せかけ、主力を撤退させる。
「これは、趙武が、南方攻略の時に使ったと言われておるの。旗指し物を残し、わざわざ牛馬を使い、
第二十ニ計
敵の退路を閉ざしてから包囲殲滅する。
「これは、欲擒姑縦と真逆じゃな。完全に取り囲めば、敵の戦意も落ち、容易に倒せるという事じゃ」
第二十三計
遠くの相手と同盟を組み、近くの相手を攻める。
「文字通りじゃな。遠くの国と同盟し、近くの国を攻める。それが、領土拡大の基本じゃ」
第二十四計
攻略対象を買収等により、分断して各個撃破する。
「これも謀略の一種かの。敵の隣接国や敵国内の対立したニ将でも良いが、片方を優遇して、片方を討ち、その後もう片方を討てば、苦労せずとも討てるという事じゃ」
次の大計は、
併戦計
同盟国間で、優位に立つために用いる策謀。
第二十五計
敵の中心人物を弱体化させ、自軍の相対的立場を優位にする。
「これは、意味は柱用の木材を、梁用の木材に入れ替え、弱体化させるという事じゃ。敵の王や、優秀な将軍を、駄目な王や、駄目な将軍に入れ替えるという策じゃな。元々駄目な王の如親王国は、どうすれば良いかの?」
第二十六計
本来の相手ではない別の相手を批判し、間接的に人心を牽制しコントロールする。
「味方に対する策略じゃ。直接注意するのではなく、もっと駄目な事例や、人物を指して、駄目な理由を言い、間接的に注意をうながす策じゃな。まあ、馬鹿な奴に言っても、効果はないぞ」
第二十七計
愚か者のふりをして相手を油断させ、時期の到来を待つ。
「馬鹿のふりをして、時節を待つ……。まあ、そんな感じじゃな」
第二十八計
敵を巧みに唆して、逃げられない状況に追い込む。
「屋根に昇った所で、梯子を外せば、屋根から降りれず。飛び降りれば怪我をする。敵を、巧みに誘導して勝つ、策じゃな」
第二十九計
小兵力を大兵力に見せかけて敵を欺く。
「それこそ、食事の時に作る竈の数を増やす、進軍時に、土埃を上げて大軍に見せる。先人も色々、苦労しておるぞ」
第三十計
一旦、敵の配下に従属しておき、内から乗っ取りをかける。
「あまりに敵が強大だったら、一回、配下となり、中から崩すという策もあるぞ」
そして、最後の大計は、
敗戦計
自国がきわめて劣勢の場合に用いる奇策。
第三十一計
土地や金銀財宝ではなく、あえて美女を献上して敵の力を挫く。
「土地や金は渡した分だけ損だがの。美女は違うぞ。さらに、相手を誘惑し、落とすことも出来る」
第三十ニ計
自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘い、攻城戦や包囲戦を避ける。
「空城の計と言っても、何も城を使ったものばかりではないぞ。耀勝は、如親王国の国土を使って、大岑帝国を破ったそうだ」
第三十三計
間者を利用し、敵内部を混乱させ、自らの望む行動を取らせる。
「これは、皇位継承戦争で、興魏と、岑瞬の対立を耀勝が行った策と、言われておるの」
第三十四計
人間というものは自分を傷つけることはない、と思い込む心理を利用して敵を騙す。
「痛めつけられた者が、寝返って来たら、敵の間者だとは、誰も思わんだろうて。その心理を利用した策じゃ」
第三十五計
敵と正面からぶつかることなく、複数の計略を連続して用いたり足の引っ張り合いをさせて、勝利を得る。
「敵があまりに巨大な時、複数の策略を合わせ、敵の力を徐々に削ぎ。最終的に敵を倒す策ですの。耀勝も、趙武も連環計を用い、最終的に趙武臥、勝利しましたがの」
第三十六計
勝ち目がないならば、戦わずに全力で逃走して損害を避ける。
「三十六計逃げるに、
これが兵法三十六計。やや似たような策が多いのと、大計と策が、合わない気もしたが、まあいいや。耀秀は、自分の考えで改めて、大計や、戦術をまとめつつ、自分の戦術を構築していった。
どうも、臥良先生は、謀略家のように見えた。だが、幅広く戦術の知識を持つ臥良の授業は、耀秀の知恵を鍛えていった。
耀秀は座学で。龍清は武術で。その才覚を発揮し、その名は学内に響き渡った。
そして、二年の歳月が過ぎた。
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